■四月四日 生徒会室での事情聴取
ボク――儚内薄荷――は、翌日、早朝から、本館にある生徒会室に呼び出された。
生徒会室は、本館のなかでも最も古い区画にある。
學園長室と同じ区画だ。
この区間は、鹿鳴館と並ぶ古さで、旧館と呼ばれている。
警備も厳重で、旧館の入口に、たどり着くまでに、生徒徽章のチェックを三回受けた。
三回目のチェックポイントが旧館警備室。
そこに、執事さんが一人、待ち構えていて、ボクを、旧館へと招き入れてくれた。
旧館の大扉に、圧倒された。
木製の重厚な観音開きの大扉だ。
使われている木材に継ぎ目が見当たらないから、巨大な天然木の一枚板だ。
その一枚板を二枚、観音開きにした大扉全体に、野のよもぎを食む鹿のレリーフがある。
『呦呦鹿鳴 食野之苹』の文字も彫られている。
ボクが目を丸くして扉を見上げていたら、執事さんが説明してくれた。
「『呦呦たる鹿鳴、野の苹を食む。我に嘉賓有り、瑟を鼓し笙を吹く』。来客を歓待する詩で、鹿鳴館の名の由来です」
その大扉から、長い廊下を進んだ先に、生徒会室があった。
メチャクチャ広い部屋だった。
奥の方は、資料の詰まった本棚が、ずらりと並んでいて、その辺りは、まるで図書館のようだ。
中央部には、役員用の重厚な執務机が六つ、円陣を組むように配されている。
ただし、現在使用中の机は、四つだけのようだ。
手前の部分が、会議スペースを兼ねたサロンとなっている。
ここには、余裕で三十名は着席できそうな応接セットが置かれている。
生徒会の各役員に、執事、メイド、事務局員がいて、それぞれ忙しく働いている。
案内されて、応接セットの一角に、着席した。
生徒会役員の方々が、仕事の手を止め、応接セットの向こうに、座わる。
タイミングを合わせて、応接セットのアンティークテーブル上に、朝食が運ばれてきた。
フレンチトースト、ポーチドエッグ、キャロットラペ、そして、フレッシュジュース。
ちゃんと、ボクの分まである。
なんというか、『呼び出し』というより、『歓待』されてる感じだ。
生徒会役員の方々が、改めて自己紹介してくれた。
生徒会長は、第一皇子、というか、ほぼ皇太子確定だと言われている、三年生の、白金黄金様。
やっぱり、ボクの場合、テレビや新聞で、たびたびご尊顔を拝見してきた際の先入観が強すぎるんだと思う。
昨日のダンスを見ても、こうして向かい合っていても、絵に描いたような美男子で、実在感がない。
この人は、天津神から与えられた才色だけで、何事にも九〇点が取れてしまうのだろう。
だからこそ、努力して、何かの一科目でも一〇〇点を取ろうなんてことは、思いもしない。
そんな人なんだと思う。
副会長は、第一皇女で、二年生の白金砂金様。
前述したように、黄金様と砂金様は、白金金襴皇后の実子だ。
砂金様は、八方美人で、要領が良くて、甘え上手。
白金白金皇帝が、お子様方の中で、最も可愛がっておられるのが、砂金様だそうだ。
溺愛と言って良い状態らしい。
書記は、公爵令息で三年生の萵苣強記様。
父親が、公爵で宰相の萵苣博學様で、強記様はその次期宰相確実だと言われている。
あと、忘れてちゃいけないのは、ボクのチュートリアルで教導役となってくださった二年生の萵苣智恵様の兄だってこと。
その智恵様は、黄金様の許嫁で、昨日、そのお二人の素敵なダンスを拝見した。
強記書記は、きっと、努力のメガネ男子だ。
日々、寸暇を惜しんで、自己研鑽に励んでいるに違いない。
苦手な武芸は、すっぱり切り捨て、得意の學力で、お國の役に立とうとされている。
庶務は、侯爵子息で三年生の御柱太史様。
こちらは、御柱猛史騎士団長の長男で、次期騎士団長確実と目されている。
恵まれた体躯で、何事に対しても、正面から、ずんずん押しまくってくるタイプだ。
見かけと違って、体力バカというわけでもないから、要注意だ。
ほぼ間違いなくカストリ皇國の次代を担うことになるであろう人物たちが、勢揃いしている。
でも、だとしたら、肝心な役職が一人足りない。
ボクは、呼び出された身であることも忘れ、思わず尋ねてしまった。
「会計担当の女子は、いらっしゃらないんですか? 學園ものの定番ですよね」
役員紹介を、淀みなく進行させていた黄金生徒会長が、痛いところを指摘されたという顔で、押し黙った。
すると、強記書記が、割って入る。
「そんな些事など、どうでもよい。昨日の殺人事件の方が大事だ」
「さっ、殺人!」と、ボクは素っ頓狂な声をあげてしまった。
昨日は、すんでのところで、殺傷沙汰を回避できたはずだ。
いったい、誰が誰を殺したっていうんだろう?
「自分が呼び出された理由も分かっておらんのか? 學園は一晩中大騒ぎであったというのに!」
太史庶務から、逆に驚かれた。
「ボク、ゴスロリ仮面に、鹿鳴館から學生寮に転移させてもらったあと、朝までずっと自室に引き籠もってたんです。夜中に、部屋の扉をノックする人が、何人かいたけど、きっと舞踏会中にボクに迫ってきた人たちだって思って、恐くて、ベッドに潜り込んで、縮こまって眠っていたんです」
砂金副会長が、口元を抑えながらも、プッと吹き出した。
懸命に堪えている様子なのに、くふくふと笑いが漏れている。
「くふっ……ゴスロリ仮面……ゴスロリ仮面って、そんな、女児向けマンガキャラみたく……。」
ボクには何が可笑しいのか分からないけど、副会長の笑いのツボに入ったらしい。
兄である黄金生徒会長の二の腕を、パシパシ叩いてウケている。
太史庶務が、呆れたような視線を副会長に向けながら、話しを続行する。
「そのゴスロリ仮面に、事情を聞きたいのであるが、見つからんのだよ。騎士団を動員して探しておるが正体すら分からんのだ。自分、ゴスロリ仮面に助けてもらった時に、名前を聞いておらんか?」
どうやら、ゴスロリ仮面という呼称を、正式採用したらしい。
「いいえ。お礼を言って、話しかけたら、唇に人差し指を立てて、そのまま自分だけ再転移されてしまいました。でも、ボクと同じ『服飾の呪い』を受けた子なんだから、誰だか分かりますよね」
「『呪いの服飾』に選ばれたと判明している子は、五人いる。まず、セーラー服に呪われた君。あとの四人は、スクール水着、舞踏衣装、運動部衣装、そして文化部衣装だ」
「となると、文化部衣装の方ですよね」
「ところが、だ。文化部衣装の呪いを受けた子には、一見して明らかな外見的特徴があるのだが、それが、ゴスロリ仮面と一致せんのだ。それに、この子については、ちょっとばかり事情があってな、本当は、君と一緒に、ここに呼びだしたかったのだが、生徒会の権限が及ばんのだ」
いま、『見つからない』でも『呼び出せない』でもなく、『生徒会の権限が及ばない』って言ったよね。
カストリ皇國の次代を担う方々の『権限が及ばない』って、どういうことだろう?
「それに、文化部衣装の子、一年生の伯爵令嬢なんだけど、その『呪いの服飾』は、セクシーなミニスカのコスプレメイド服なんだそうだ。あのゴスロリ仮面の服装と同じ真紅で、レースやフリルやリボンだらけなところは一緒なんだけど、その違いは一目瞭然らしい。學園のメイド服とも全く異なるデザインだと聞いている」
ボクは、「へえぇーっ、呪われた文化部衣装は、ボクのミニスカセーラー服なみに、恥ずかしいものなんですね」と、目を泳がせて、朝食をサーブしてくれているメイドさんたちの服装を、さりげなく確認する。
ちょうど、食後のコーヒーを注いで回ってくれているところだ。
なるほど、ここのメイドさんたちは、正統派で格式の高いヴィクトリアンロングスカートメイド服だ。
だけど、納得できない。
「『服飾の呪い』を受けた子には、それぞれ三着の衣装が与えられたはずです。ボクも、『平服』の、このセーラー服以外に、同じピンク色ではあっても、デザインの異なるものを他に二着いただいています」
――二着とも『平服』以上に恥ずかしいデザインで、
人前で着れたもんじゃないんだけどね。
「その子の、他の衣装は確認できなかったんですか?」
太史庶務が、苦虫を噛みつぶしたような顔になる。
「いま言ったように、その子とは会えんのだ。その子の『呪われた服飾』についての情報は、學園長からの伝聞なのだ。それに、物語には、それぞれ展開上の制約がかかる。『服飾の呪い』については、呪いを受けた子に、その服飾の詳細や能力を問い質すことは、たとえ生徒会役員でも、できんのだ」
――いいこと聞いちゃった。
ボクさえ黙ってれば、残る二着の、もっと恥ずかしいセーラー服は、
學園での三年間、封印できそうだ。
ボクは、そんな内心を、勢いで誤魔化すことにした。
「そ、そんなことより、殺人事件って何ですか? ちゃんと説明してください」
今度は、強記書記が、手元の記録を捲りながら、順序だてて説明してくれる様子だ。
「ゴスロリ仮面が、君を連れて、鹿鳴館から転移で去った直後のことだ。君に最後に絡んでいた男爵令嬢の一年生、成上利子様が、手にしていたグラスワインを、一気に煽った。そのグラスワインは、ゴスロリ仮面から君へ、そして、君から利子様へと手渡されたものだ。きっと、興奮して、息を荒げている自分を落ち着かせようとしたんだろう。そして、利子様は、ワインを煽った直後、泡を吹いて昏倒し、そのまま息絶えた」
――なんですと!
それじゃあ、ボクやゴスロリ仮面が疑われても仕方ない。
――いや、待って、よく考えなきゃ。
入學式のとき、學園長がおっしゃってたじゃないか。
『この學園に入學した者は、ロールの命じるところに従い、
破壊行為も、犯罪も、殺人さえも許される』って。
高位の貴族を殺したとしても、物語的必然性があれば、
問題にされないはず。
なのに、ボクは、どうして、呼び出されて、
こんなにも、プレッシャーをかけられまくってるんだろう?
ボクが考え込んでいると、強記書記が、質問を投げかけてきた。
「薄荷さんは、學年ごとの『大物語』については、知ってるよね」
世間に疎いボクでも、それくらいは知っている――というか、これも、入學式の學園長の話に、でてきた。
「三年生が『勇者の召喚』、二年生が『令嬢の転生』、ボクたち一年生が『服飾の呪い』ですよね。加えて、来年の一年生が『混沌の浸蝕』で、第三皇子は、既にこの物語に取り込まれてらっしゃるご様子ですよね」
「二年生の『令嬢の転生』はね、今年入學してくるはずのヒロイン令嬢の登場を待っていたんだよ。そのヒロイン令嬢が、鍍金第二皇子を中心とする、男子學生たちで、逆ハーレムを形成し、こちらの黄金生徒会長から、皇太子の座を奪い取ろうとする物語なのだ」
「それで、利子様なのだけど、本当は平民の産まれだ。転生者の知識を利用し、幼くして貴腐ワインを造り出した。その技術力を認められて、成上男爵家の養子になった。ここまで言えば、分かるよね。多くの人が、彼女こそが、『令嬢の転生』の物語のヒロインだろうと予測していた。そして、『令嬢の転生』のヒロインは、昨日の舞踏会で、攻略対象筆頭の、鍍金皇子に出会うはずだった。ところが、当の鍍金皇子は、なぜか『男の娘』の君を選び、第一夫人にするとまで、宣言した」
――な、なんて、こと!
それじゃあ、利子様が、ボクに激怒したのも当然だよ。
「更に、ヒロインのはずの利子様が、いよいよ物語が展開しようとする、このタイミングで、殺害された。本当に、もう、大騒ぎだ。生徒の半数は、君がヒロインの座を狙って、何か仕掛けたと考え、不埒者を成敗すべきと主張している。残る半数は、巻き込まれた君こそが、真のヒロインだと主張し、祭りあげようとしている」
――な、な、なんて、こと!
「信じてください。ボク、なんにもやってないし、男の娘なんだから、そもそもヒロインになんて、なれません」
ボクは、ギュッと掌を握り込んで、溢れ出る感情に耐えようとした。
だけど、堪えきれず、瞳に涙が滲む。
知らないうちに、自分が嵌まり込んでしまった状況に恐怖したのもある。
だけど、それより、何の力もない平民でしかない自分が、この國の次期指導者たちに囲まれ、スゴまれていることが、怖い。
――この人たち、ボクをどうしたいんだろう。
それまで黙っていた副会長の砂金第一皇女が、立ち上がる。
ボクに歩み寄って、豊満な胸元に、ギュッと抱き寄せてくれる。
「分かっています。わたくしたち生徒会は、薄荷さんを疑ってなどいません。むしろ、護ってあげたいの。それに、仮に薄荷さんが利子様を殺したとしても、何も問題にはならないの。ほら、學園長先生が、入學式でおっしゃっていたでしょう。『ロールとトラウマイニシエーションを得て、この學園に入學した者は、ロールの命じるところに従い、人を殺すことも許される』って。わたくしたち生徒会は、『令嬢の転生』物語の行く末を見極めるために、犯人を捜しているだけ」
砂金様は、取り出したレースのハンケチで、ボクの涙を拭ってくれる。
「そうだ、薄荷さんが『令嬢の転生』関係者から逆恨みで殺されたりしないよう護ってあげようか? とっても、いい方法があるの。実は、今期の生徒会は、会計が空席なのよ。薄荷さんやってみない?」
黄金生徒会長も、二枚目特有の、抗いがたい微笑みを、ボクに向けてくる。
「薄荷さんが会計をやってくれるなら、今だけ特典として、このチャーミングなピンクフレームの会計眼鏡を進呈しよう。この眼鏡は聖具で、掛けると、予算決算の集計時に、収支が一度でピタリと合うんだ」
――な、なんて、こと!
ボクの、生徒会室への呼び出し理由は、本当はこっち?
これって、ボクを護るというより、ボクを取り込もうとしてるよね。
どうしてこう、誰も彼も、ボクを自分たちの物語に引き入れようとするの?
ボクは、しどろもどろになりながらも、「あ、頭の中がいっぱいいっぱいで、どうして良いかわからないんです。し、しばらく考えさせてください」と懇願し、ほうほうのていで、生徒会室を辞去した。
~~~ 薄荷ちゃんの、ひとこと次回予告 ~~~
■四月五日 教導役に相談だ
ど、どうしよう~。
ボク、転生令嬢殺人事件の重要参考人になっちゃった。
だ、誰か、助けて。
そうだ、チュートリアルの教導役になっていただいた智恵様に相談しよう。
えっ、困って相談してるのに、なんか、ヘンな子が乱入してきて、更に困ったことになっちゃったんですけど!