■四月二日 皇立鹿鳴館學園の入學式
皇立鹿鳴館學園の入學式は、新入生だけではなく、全校生徒が出席するんだ。
式場は、本館に隣接している大講堂で、鹿鳴アリーナと呼ばれている。
全校生徒を余裕で収容できる巨大施設だ。
一階席に新入生約一万名、二階席に二年生約五千名、三階席に三年生約二千五百名が着席している。
全校生徒が、居並ぶ様は、壮観だよ。
だけど、そこには、壮観の一言では済まされない、恐ろしい事実が露呈している。
この學園には、毎年、約一万名の生徒が入學してくる。
だが、その生徒は、一年ごとに半減していく。
そして、無事卒業できるのは、千余名のみだという、事実だ。
入學式に、新入生だけでなく、全校生徒を集める意図は、新たな年度の始まりにあたり、その認識を全生徒の魂に刻むためだよね、きっと。
入学式は、服飾に呪われた五人以外の全生徒に、制服着用が義務づけられている。
男子が詰め襟學生服に學帽で、女子がセーラー服だ。
どちらも落ち着きのある濃紺の木綿で、袖や襟に白いラインが入っている。
つまり、会場を覆い尽くす一面の濃紺の中、ボク――儚内薄荷――は、ピンクのシルクでできた、フリフリのミニスカセーラー服だ。
意識しすぎだとは思うけど、会場内にいる全生徒から、チラチラ見られている気がする。
一人では、心細い。
ボクは、仲間を求めて、キョロキョロと、一階席の新入生たちを見回す。
この中に、ボク以外に四人、『呪われた衣服』の魔法少女がいるはずなんだけど……。
見つけることができない。
一万名の新入生たちは、出身學区順に並んでいる。
勝手に離席することも、許されていない。
舞台にのみ照明が当たり、観客席が暗いことも、仲間を探し出せないことの一因だ。
お友だちになった糖菓ちゃんの姿さえ、見つけ出せなかった。
☆
入學式は、当然のことながら、祓衣玉枝學園長の御挨拶というか、訓話から始まった。
登壇してきた學園長は、娘の清女様と同じ髪型だ。
長く艶やかな御髪を、白紙で一本に結んでいる。
衣装は、白衣緋袴の上に、千早を羽織っている。
破魔矢を教鞭のように右手に持って、左掌にパシパシ打ち付けながら話をされる。
學園長は、不心得者がいれば、弓など使わず、その破魔矢を飛ばし、躊躇無く成敗されるそうだ。
新入學生に対する、學園長の訓話内容が、また、怖い。
いきなり、「ロールとトラウマイニシエーションを得て、この學園に入學した者は、ロールの命じるところに従い、破壊行為も、犯罪も、殺人さえも許される」なんていう物騒な言葉から始まった。
普通、誰かが、破壊行為や犯罪や殺人を犯せば、警察官に逮捕され、法に照らして裁かれる。
この國においても、それは当たり前だ。
だけど、この學園の生徒についてだけは、一切、法が適用されない――そうだ。
學園長は、『物語』をドラマチックに展開させるために、それが必要だと言い切った。
むしろ、ロールが命じているのに、破壊や犯罪や殺人を躊躇えば、『モブ落ち』するぞと、脅してくる。
この學園の生徒にとって、『物語』に殉じることは栄誉であり、一方、『モブ落ち』は最も恥ずべきことなのだ。
『物語』の命じるところに従って、襲い、殺す覚悟をなさい。
逆に、『物語』の命じるところに従って、襲われ、殺される覚悟をなさい。
それは、この學園の生徒に課せられた、『高貴なる義務』――なのだそうだ。
そして、學年ごとの『大物語』について、言及された。
三年生の『勇者の召喚』、二年生の『令嬢の転生』、そして新入生の『服飾の呪い』。
次年度の『混沌の浸蝕』についても、既に関連ロールを持つ者が、生徒の中にいるそうだ。
どの物語でも良いから、他者を押し退け、殺し、ロールを奪ってでも、キャラクターの座を勝ち取りなさい。
學園長は、「キャラクターでなければ、この國を導く者にはなれません」と締め括って、訓話を終えた。
☆
次は、在校生代表による祝辞だ。
在校生代表は、例年、生徒会長が務めている。
今年度の生徒会長は、三年生で第一皇子の白金黄金様だ。
昨日教導役を務めてくださった、萵苣智恵様と婚約されている方だ。
第一皇子は、来年の卒業と同時に皇太子となられることが確実視されている。
二年生で第二皇子の白金鍍金様が、これを不服とし、皇太子の座を奪い取るべく画策されていると聞く。
黄金第一皇子のバックには、教皇の天壇白檀様がついている。
白檀様は、『教皇』のロールに加えて、『召喚主』のロールも持っておられる。
第一皇子の求めに応じて、勇者の『召喚』を行ったのが、白檀様だ。
では、令嬢の『転生』を行ったのが誰かというと、玉枝學園長だ。
玉枝様は、『斎宮』と『皇立鹿鳴館學學園長』だけでなく、『転生主』のロールまでお持ちなのだ。
ならば、學園長は、第二皇子派かというと、そんなことはない。
逆に、玉枝様は、第二皇子を「覚悟が足りない」と言って毛嫌いしているらしい。
ここで、神殿と御社についても説明しておく。
神殿は、この世界の世界宗教で、天津神を信仰している。
その祭儀を司るのは男性で、神官と呼ばれ、その頂点に立つのが教皇だ。
御社は、このカストリ皇國の土着宗教で國津神を信仰している。
その祭儀を司るのは女性で、巫女と呼ばれ、その頂点に立つのが斎宮だ。
黄金生徒会長が登壇すると、女生徒たちの間から、黄色い歓声があがった。
テレビや新聞で、ご尊顔を拝見するたびに感じていたことではあるけれど、実物もやっぱり、絵に描いたような、美男子だ。
この人は、天津神から与えられた才色だけで、何事にも九〇点が取れてしまうのだろう。
だからこそ、努力して、何かで一〇〇点を取ろうとは、思わない。
直接話す機会もないだろうけど、そんな人なんだと思う。
実際、第一皇子による『歓迎の言葉』は、美辞麗句が連ねられているだけで、特に内容のない話に終始していた。
最も力点を置いていたのは、自身が会長を務める生徒会に関する話だ。
・本年度の生徒会役員については、二月の選挙で決定されたこと。
・しかしながら、役職に一部空席があり、自分たち役員が、これから個別に依頼して回ること。
・役職の有無にかかわらず、生徒会活動には関心を持って積極的に関わって欲しいこと。
そんな話しだった。
☆
式典の最後は、新入生代表の答辞だ。
新入生代表は、第三皇子の白金白銀様だ。
第一皇子と、父母を同じくするだけあって、こちらも、実に整った容姿……なのだが、なんと言うか、様子がおかしい。
視線が定まらず、瞳が常にぷるぷると揺れている。
宝石をあしらった白銀の儀礼剣を帯びておられるんだけど、ずっと、それに手をかけていて、鞘から、指一本分だけ抜いたり戻したりを、繰り返している。
こんなありさまでも、新入生の中では、最も高位な方だ。
學園も、当たり障りのない挨拶文を読み上げることぐらいはできると判断して、登壇させたのだろう。
白銀様は、懐から取りだした答辞の原稿を、いきなり、投げ捨てた。
そして、「學園に歓迎してくださった先輩方、そして共に學ぶ同輩諸君、オレの話を聞いてくれ。オレは、不出来な皇子だ」と、自分語りを始めた。
「オレは、ロールこそ普通に『第三皇子』があたえられたものの、學園入學を間近に控えた、この三月になっても、トラウマイニシエーションを得ることができなかった。あのままでは、この學園に通えなくなるところだった。そんなオレを憐れんで、トラウマイニシエーションを与えてくれたのが、異母妹であり、『第二皇女』である白金王水だ。王水は、オレの一歳下。この鹿鳴館學園に入學してくるのは、来年になる」
新入生のみんなは、どう反応してよいか分からず、唖然としている。
「王水は、オレにトラウマイニシエーションを与えるため、オレを拘束、監禁し、厳しく鞭打ちながら、優しく教え、導いてくれた。『物語とは、本来、不遇な人々たちのための、過酷な現実からの逃避先だったはずじゃ。なのに、この世界では、いつの間にか、人々の方が物語に奉仕させられておる。妾は、物語に囚われた、この理不尽な世界から、人々を解放するのじゃ。だから、白銀兄者、妾を手伝ってたもれ』、と」
白銀様は、口角泡を飛ばして興奮している。
完全に、イッちゃってる。
「オレは、王水の前に土下座し、その足に接吻し、『オレを王水の使徒とし、使い捨ての道具にしてくれ』と、懇願した。王水からは、『妾が入學したら事を起こし、物語に混沌を齎そう。一年待ってたもれ』と言われた。だが、オレには、いま、この瞬間にも物語がばら撒き続けている不幸を、指を咥えて、ただただ傍観してるなんてできない。だから、ここで仲間を募ろう。諸君、ともに王水の使徒となろうではないか!」
――こ、この人、コワイ。
それに、訳が分からない。
だって、第三皇子と第二皇女って、母親が違うから、敵対していたはずなんだ。
ちょっと、皇族の家系を整理するね。
まず、皇帝は、白金白金様。
その異母妹が、斎宮で學園長の祓衣玉枝様。
斎宮なので、母方の姓を名乗っている。
白金皇帝には、二人の妻がいる。
皇后の白金金襴様と、側室の白金緞子様だ。
皇后である金襴様の子が三人。
・第一皇子 黄金様 三年生 生徒会長
・第一皇女 砂金様 二年生 生徒会副会長
・第三皇子 白銀様 新入生代表
側室である緞子様の子は二人。
・第二皇子 鍍金様 二年生
・第二皇女 王水様 来年度入學予定
同母の兄弟同士は仲が良く、異母兄弟とは距離を置いていると聞いていた。
なのに、どうして?……という状況だ。
新入生たちも、第三皇子の様子が、明らかにおかしいと感じ取った。
囁き交わす声とともに、緊張感が伝染していく。
「己を見失っておられる」
「それこそ、混沌が這い寄ってきておられるのでは?」
そんな声が聞こえる。
演壇間近にいる女生徒たちなんて、恐慌状態寸前だ。
白銀様は、『やってやったぜ』的な恍惚とした表情だ。
「くけけけけけけ……!」と、奇声だか、笑い声だか分からないものを、発し始めた。
新入生たちの最前列にいた怪盗義賊育成科の男子数人が、女生徒たちを庇うように、率先して前に出た。
「異母妹の使いっ走りになりてぇなんて、皇族としての矜持はねぇのか!」
「頭オカシイのは、引っ込めよ!」
これでも、第三皇子を諫めようとして言っているのだろう。
だけど、なにぶん怪盗義賊ロールの平民だ。
白銀様を、嘲るような喧嘩口調になっている。
しかも、野太い大声だ。
白銀様は、これに激昂した。
「皇子であるオレを愚弄するか!」などとわめきながら、壇上から、飛び降りた。
儀礼剣を抜き放ち、その男子たちへ向って、闇雲に振り回した。
闇雲と言っても、幼少期より、有能な師範から、剣の直接指導を受けてきた第三皇子の闇雲だ。
体捌き、剣筋ともに、的確だった。
騎士団の者たちが跳びだしてきて、白銀様を拘束した。
だが、その対応は、遅きに失した。
辺りには、既に血肉が飛び散っていた。
第一〇〇期生は、入學式から、一人の死者と、二人の重傷者を出す波乱の幕開けとなった。
最悪だって思ったけど、この程度の出来事は、この學園では日常茶飯事らしい。
~~~ 薄荷ちゃんの、ひとこと次回予告 ~~~
■四月三日 鹿鳴館學園祝入學進學舞踏会
ボクなんて、ただの平民で、まともに踊れないのに!
なんで、みんな、ほっといて、くれないの!
※次回は、薄荷ちゃんの學園デビュー回です。
一気に、物語が動き始めます。
ぜひ、お楽しみに。