■九月二三日③ 龍神沼③拉太
オレは、喇叭拉太。
誇り高い『海賊』ロールを、『魔女見習い』なんていう、コッパズカシイものに変えられちまった漢。
そして、懲罰として、詰襟の男子学生服の下に、女子の制服スカートを強要されている漢だ。
オレは、再興された金平水軍の長である金平糖菓姫様に、忠誠を誓っている。
姫様とオレは、鹿鳴館學園において、新水泳部なるものを立ち上げた。
姫様は、『泳げない水泳部キャプテン』であり、新水泳部は、泳げなくとも入部可能だ。
当初、たった二人だけだった新水泳部は、過去の騒動で活動を停止しているフェンシング部、セパタクロー部、インディアカ部、アルティメット部等の部員を取り込んでいった。
これに、潜水部、漕艇部、皮艇部も加わり、『親水連合』なる部活連合組織を結成するに至った。
……というのは表向き。
姫様の活動は、『義賊の復権』を目的としている。
ゆえに、文化部系部活の部員を含む、怪盗義賊育成科の學生たちの間で、組織を拡大している。
学外においても、組織化が図られている。
金平水軍を中心に、フェロモン諸島の海賊を組織し、更には、各地の怪盗や義賊組織とも連絡を取っている。
更なる、秘密がある。
オレの兄、喇叭辣人は、『魔族四天王』の一人で『黙示禄の喇叭吹き』という物騒なロール持ちだ。
姫様は、組織の目的を『義賊と魔族の復権』と拡大し、オレの兄を通じての、魔族の取り込みも図っている。
九月になり、現在、學園内では、武闘体育祭が開催されている。
他の体育系部活がそうしているように、俺たち『親水連合』も、集結して所属部員たちを護っている。
根城は、『水泳部トロピカルランド』だ。
ここは、一度、半壊状態になっていた。
そこを、要塞化すべく、連合部員達の手で、突貫工事を進めているところだ。
『親水連合』は、武闘体育祭の勝敗など眼中にない。
あくまで、『義賊と魔族の復権』を目的に参集し、反逆の狼煙をあげるべき時を待っているのだ。
現在、『水泳部トロピカルランド』に集まっている學生は、九百名ほどになっている。
☆
九月八日、『運動部衣装魔法少女』の菖蒲綾女ちゃんから、『スクール水着魔女っ子』である糖菓姫様宛ての手紙が届いた。
それは、八月三〇日に特別列車内で行われた、夏期巡業打ち上げで、『服飾に呪われた魔法少女』五人が眠らされ、思考操作を受けた可能性があることを報せるものだった。
『服飾に呪われた魔法少女』たちの思考が、お互いことに向かわないようブロックされているという。
綾女ちゃんは、そのことに気づいて愕然としたそうだ。
『仲間である『セーラー服魔法少女』の薄荷ちゃんが、人権を剥奪され、武闘体育祭における『お宝争奪戦』のお宝扱いとなり、いつ殺されてもおかしくない状態となっているというのに、助けようと思い至らなかった』と、綴られている。
なお、『薄荷ちゃん』というのは、オレの幼馴染みの儚内薄荷のことだ。
オレにとっての薄荷は、いまでも、親友で、『男の子』だ。
子供の頃から、互いの名前を、呼び捨てにしている。
だけど、世間では、薄荷は、魔法少女の『男の娘』と認識されており、誰もが『ちゃん』付けで呼んでいる。
綾女ちゃんからの手紙を読んで、糖菓姫様も愕然としていた。
確かに、姫様も同じ状態だったという。
薄荷の存在を、忘れていた訳ではない。
なのに、仲間である薄荷が危機的状況に置かれていることを知りながら、全くもって、助けに行こうと思い至らなかった。
それは、あり得ないことだ。
綾女ちゃんは、糖菓姫様だけでなく、『舞踏衣装魔法少女』の宝生明星様と、『文化部衣装魔法少女』のスイレンレンゲさんにも、同様の手紙を送ったそうだ。
また、薄荷ちゃんについては、自分が救出に向かい、武闘体育祭終了まで『格闘部連合』で保護するから安心して欲しいと書かれていた。
糖菓姫様は、薄荷と、そして自分たち『服飾に呪われた魔法少女』が、罠にはめられたのだと理解した。
そして、いずれ自分も動くべき時が来るであろうが、まずは、綾女ちゃんに任せて、様子を見ることにした。
☆
九月二一日の朝、糖菓姫様が、『水泳部トロピカルランド』に集まっている『親水連合』の學生九百名に、非常招集をかけた。
前夜、フェロモン諸島、妙見珊瑚礁の御社におられる『恐怖の大王烏賊』様が、糖菓姫様の枕元に立たれたという。
そして、「龍神沼に征くべし」と告げられた。
糖菓姫様は、薄荷とともに、『恐怖の大王烏賊』様に、巫女としてお仕えしてきた。
――というか、薄荷は大王様の巫女を解雇されたが、糖菓姫様は、いまだ大王様の巫女であらせられる。
また、当時の経緯から、大王様は、姫様が、一族の仇であるその『河童水軍』を倒したこと、そして、學園に残るその残党をも一掃せんとしていることを知っておられる。
『河童水軍』残党は、水球部のコーチであった藪睨謀に率いられている。
そして、召喚勇者北斗拳斗と結託し、學園内のどこかに潜伏している。
大王様によれば、その、拳斗と、謀ら『河童水軍』残党が、薄荷を追って、龍神沼へ向かっているという。
大王様は、薄荷を助け、『河童水軍』残党を一掃することに加えて、龍神沼にお住まいの白龍様を救って欲しいとの、仰せだった。
大王様も、白龍様も、旧き神の一柱であらせられる。
大王様としては、できることなら、自ら、白龍様の元へ向かいたい。
しかしながら、大王様を信仰する民は既に失われており、もはや妙見珊瑚礁の御社から出ることも、できないのだという。
旧き神々は、天津神の策謀により、信者を失い、『この世界』から、消え去ろうとしている。
旧き神々は、信仰が失われると、消え去るしかないのだが、その直前、乱心し、魔獣に堕すことが多い。
白龍様は、いままさに、ご乱心されようとしている。
そうなってしまったら、これまでは、召喚勇者に成敗されるのを待つしかなかった。
しかし、ここに、新たな手だてが見つかった。
それは、転生勇者となった薄荷により、エイチの塔に送ってもらうことだという。
☆
元々、この地には、白鹿様の森と、白龍様の沼が広がっていた。
やがて、白鹿様の森の一部が切り開かれて鹿鳴館學園となり、白龍様の沼が干拓されて皇都トリスとなった。
今でも、鹿鳴館學園と皇都トリスの間には、森を縫うように水路があり、その中心に龍神沼がある。
鹿鳴館學園の漕艇部や皮艇部は、この歴史的経緯により、ボート、カヤック、カヌー類だけでなく、河川用の焼玉エンジン船を多数所有し、この地域を管理している。
『親水連合』九百名は、これらの船や舟に分乗して、龍神沼を目指した。
龍神沼に入ると、岸辺の廃村を、『刀剣連合』千名が、占拠していた。
沼へと突き出た崖の上に、小さな石の祠があって、そこにも、いくつかの人影がある。
「龍神様、おら、この身をもって、償うだよ!」
そんな声とともに、崖の上から、誰かが身を投げた。
浴衣に相撲まわしの大男だ。
着水音が響き、水柱が立つ。
いや、まて、この水飛沫は、尋常ではない。
水底から上がってきたものがいる。
鹿のごときツノに、長い耳、長いヒゲ、そしてデカイ口吻。
その口吻を、ガバッと開いて、落ちてきた大男を、丸呑みにした。
水中でとぐろを巻いた白い胴体が見える。
巨大な白蛇のようだが、鱗があり、手足が見える。
いや、そんなことより、なにより、とんでもないことがある。
いま、大男を丸呑みにした頭の他に、七つの頭がある。
つまり、白龍様って、龍は龍でも、八頭龍だったんだ。
そして、その貴い御姿を視認できたのは、一瞬のことだった。
白龍様は、大波を巻き起こして、その身を翻し、水底へ還っていかれた。
大波に翻弄され、いくつかの船や舟が、水底に引き込まれそうになっている。
姫様が、羽織っていた、バスタオルポンチョを、撥ねのける。
続いて、その下に着用している『呪われた服飾』を、『平服』である紺のスカート付新スクール水着から、『道衣』である純白の旧スクール水着へとチェンジさせた。
片手には、『鉤の鉤爪』と呼ばれる『手甲鉤』が出現している。
姫様は、『鉤の鉤爪』を、大波に引っかける。
なんで、液体である波頭に、鉤爪を引っかけるなんてことができるのか、分からない。
なのに、姫様は、大波を、引きずりあげて、思いのままに操ってみせた。
転覆しかかった数隻の船や舟を、大波で掬い上げ、岸辺へと寄せる。
更には、渦状に波を引っ張りあげて、その上に、自身が乗っているボートを載せ、高く、高く押し上げる。
そして、崖の上にある祠の傍らに、着地させた。
このボートには、姫様とオレ、それから、辣人兄貴と、水泳部部員の生き残り三名が乗っている。
ボートが着地した先では、剣を構えた二人が、対峙していた。
『召喚勇者の剣タチ』を大上段に振りかぶった拳斗。
そして、『転生勇者の剣ネコ』を『脇構え』にした薄荷だ。
二人は、五月の『陸上部のエース』騒動で対峙した時と同様、千日手に陥っているようだ。
拳斗が構える『召喚勇者の剣タチ』は、先手を取りさえすれば、必ず勝てる『先の先』の剣だ。
薄荷が握る『転生勇者の剣ネコ』は、後手を取りさえすれば、必ず勝てる『後の先』剣だ。
ゆえに、二人が対峙すると、互いに身動きできなくなってしまう。
対峙する二人の向こうにいる者たちが、オレらの宿敵だ。
藪睨謀と、『河童水軍』残党十五名だ。
奴らは、身動きできずにいる薄荷に、襲いかかろうとしていた。
その眼前に、オレらが躍り込んだ状態だ。
オレらが来なかったら、薄荷は危ないところだ。
謀が、目を釣り上げた。
「見ろ、ボートの奴ら、金平糖菓と『金平水軍』だ。おあずけを喰らってた、『河童水軍』の仇敵が、向こうから飛び込んで来やがった。拳斗が薄荷に負けることなんて、ありえねぇ。千日手になってる間に、こっちを先に片づけるぞ」
期せずして、『金平水軍』と『河童水軍』の戦いとなった。
『金平水軍』側は、姫様と、オレと、兄貴と、前水泳部生き残りの三名。
『河童水軍』側は、謀と水球部の十五名だ。
これが、最後の戦いになりそうだ。
海賊には、伝統的にカトラス使いが多い。
船上で振り回すのに適した、湾曲した短めの刀だ。
水球部の十五名は、いかにも海賊らしい出で立ちの偉丈夫揃いだ。
腰のカトラスを抜いて、一斉に、躍りかかってくる。
前水泳部生き残りの三名も、愛用のカトラスを抜いた。
この三名、以前は、ひ弱な印象だった。
ところが、賢者天壇沈香に、ロールを、義賊系から魔族系に改変されて以降、研鑽を積んだらしく、逞しくなっている。
一対一であれば、充分ヤリあえるのだが、いかにせん敵の人数が多い。
三人で、背中を預け合って、防戦に入っている。
オレは、自分のスカートを捲って、挑んできた相手の意表を突く。
スカートのなかに、隠していた木刀を取り出す。
一見、短い、子供用の玩具だ。
相手は、余裕で避け……きれなかった。
この木刀、実は、仕込み杖になっている。
ゾロリと白刃を飛び出させて、相手の腹を掻っ捌いてやった。
うちの兄貴は、子供の頃からの、ひ弱な外見のままだ。
だが、魔王様から、直属の『魔族四天王』に取り立てられて以降、研鑽を積んで、凄みを放つ存在となっている。
得物は、『黙示禄の喇叭』。
人間の大腿骨めいた造りをしている。
世界を滅ぼす七段階の力があるらしいが、兄貴はやっと、その第一段階を、引き出せたところだそうだ。
「ぶぉーーーーーーーーん」
兄貴は、ボート上から動くことなく、素早く、喇叭を吹き鳴らした。
辺りの樹々から、黒い靄のようなものが立ち上がる。
喇叭の音に応えるように、ブーーーーーンという、低い羽音が、広がる。
それは、飛蝗や、蜉蝣や、蟷螂の群れだ。
北のツンデレ地帯で蝗害を起こしそうになったこいつらを、兄貴は使役しているのだ。
兄貴は、『黙示禄の喇叭』をヒュルリと揺らし、蟲たちに、自分に向かって来る奴らと、前水泳部の三名を襲っている奴らの駆逐を指示した。
蟲たちは、標的の全身に纏わり付く。
そして、衣服から、まるごと喰らいつきはじめた。
『河童水軍』の奴らは、カトラスを取り落とし、悲鳴をあげながら、痛みに転げ回る。
謀は、当初、余裕をぶっこいていた。
人数差もあり、これまで非道な行いをやりまくってきた自分たちが、敗北する可能性など思ってもみなかったのだ。
謀は、慌てて、崖の下にある廃村を占拠している『刀剣連合』の千名を、呼び寄せようと、崖下に目をやった。
いつの間にか、崖の下も修羅場になっていた。
ボートから降り立った『親水連合』九百との乱戦になっていたのだ。
個々の力量だけ見れば、刃を手にした『刀剣連合』の戦闘力は高い。
しかも、『刀剣連合』は、先にやってきて、廃村を占拠していた。
対する『親水連合』は、龍神沼を背にした背水の陣だ。
これだけなら、『刀剣連合』が、負けるはずなどない。
だがしかし、沼地を背にしていることは、『親水連合』にとっては、むしろ、ありがたいのだ。
『親水連合』には、水魔法の使い手が多い。
背後の潤沢な水を使って、一斉攻撃を仕掛ける。
「ぶぉーーーーーーーーん。ぶぉーーーーーーーーん。ぶぉーーーーーーーーん」
そこへ、再び、『黙示禄の喇叭』が響き渡った。
それは、敵方の人間を震え上がらせ、恐怖心を呼び覚ます音だ。
一方、『親水連合』に加わった魔族にとっては、勇気を呼び覚ます進軍喇叭だ。
気持ちの問題だけでなく、実際にバフの効果があるようだ。
さっきまで攻防の行方を見極めようとしていた糖菓姫様が、魔力を練り始めていることに、謀が気がついた。
姫様の手中に、水球が生まれ、膨らんでいく。
姫様の視線から、その攻撃目標が、謀であることは明らかだ。
謀は、咄嗟に、奥の手を使う判断をした。
常時身につけている、髑髏の眼帯に、力を込める。
この髑髏は、ゴルゴーンの邪眼という魔具だ。
魔力を込めれば、視たものを、石に変えることができる。
強力な初見殺しとなり得る技だが、さして魔力の高くない謀にとって、邪眼の発動は、賭けだ。
一瞬しか発動できないし、使ってしまうと、暫くのあいだ、自分が脱力してしまう。
強引に連射できなくはないが、それは命を削ることになる。
それでも、謀は、ここまで、いくつも修羅場をくぐり抜けてきている。
力の使いどころを間違ったりはしない。
ここぞとばかり、迷いなく眼帯に力を注ぎ込み、一気に発動させた。
それは、姫様の水球発射と同時だった。
交錯する射線上に、互いにカトラスを振り回す前水泳部員と水球部員が、纏わり付く蟲とともに、割り込んできた。
謀の邪眼により、前水泳部員一名と、水球部員二名と、いくつもの蟲が、瞬時に石化して斃れ、砕け散る。
姫様の水球は、割り込んできた者たちを避けるように、山なりに軌道を変えていた。
発射後も、誘導可能なのだ。
謀は、コナクソと、邪眼を連続発動させた。
石化した者たちの身体を飛び越えた、姫様の水球が、元の軌道に戻ってきた。
邪眼の視線が、姫様の水球に飛び込む。
邪眼の視線は、光属性だ。
一瞬で、水球を突き抜けて姫様に届くはず。
謀は、魔力枯渇により、自分はここまでだろうが、それでも、姫様を相打ちにできたと確信した。
姫様の放った水球が、プルンと撓んだ。
そして、邪眼の視線を、屈折させた。
邪眼の視線は、斜めに逸れ、姫様の髪を数本だけ、石に変えた。
水球は、誘導に従って、撓みを戻しつつ直進し、謀に当った。
水球は、ぐにゃりと変形して、謀に纏わり付き、その身体を包み込んだ。
それは、ただの水球ではなかった。
強い、酸性の水球だった。
謀は、水球の酸に全身を焼かれ、苦しみのたうちながら、死んでいった。
これにて、戦いは、趨勢が決した。
『河童水軍』については、全員が討ち取られた。
残る『刀剣連合』は、総崩れになり、逃亡者も、出はじめている。
☆
事ここに至っても、『召喚勇者の剣タチ』を大上段に振りかぶった拳斗と、『転生勇者の剣ネコ』を『脇構え』にした薄荷は、睨み合ったままだ。
『召喚勇者の剣タチ』は白い聖力の輝きを、放ちはじめている。
『転生勇者の剣ネコ』は、魔力の闇を纏い、光を吸収しはじめている。
二つの力が拮抗し、光と闇が入り乱れ、渦を成す。
間違いなく、先に動いた方が、殺られる。
だから、二人揃って、身じろぎもできない。
誰も、二人の間合いに、割って入れない。
いかなる意図であったとしても、二人に介入しようとした瞬間、己の命がなくなると直感できるからだ。
誰もが、遠巻きにして見守る中、意を決したように、二人の間合いギリギリまで、歩を進めた者がいる。
糖菓姫様だ。
糖菓姫様は、敢えて、このタイミングで、薄荷に語りかける。
「薄荷ちゃん、聞いて。薄荷ちゃんって、男のくせに、なぜか、男たちから言い寄られてばかりいるけど、ホントは女の子が好きなんだよね。そして、薄荷ちゃんが、ホントに好きなのって……うちだよね」
――おい、おい、おい、
この緊迫したタイミングでそんなこと。
オレは、姫様に仕える身ながら、頭を抱えたくなる。
「なのに、どうして、薄荷ちゃんは、うちに言い寄ろうとしないの。それに、うちが抱きついたら、逃げるよね。うちらが、魔法少女仲間だからかな? もしかして、自分が、男として気持ちを表明したら、もう、少女仲間でいられないって、思ってる?」
姫様は、まっすぐ、薄荷の目を見て、話し続ける。
「薄荷ちゃんが、トラウマイニシエーションで暴力を受けて、近い将来にやって来る自分の死を受け入れさせられたことは知ってるよ。武闘体育祭が始まって、暴力に抗えない状態にされてからは、深い諦観の中で、じっと自分の終わりを待っていたんだよね」
姫様が、片足を持ち上げる。
「そんなんじゃダメだから、薄荷ちゃんの代わりに、うちが言ってあげる。薄荷ちゃんはね、廃棄物なんかじゃない。『お宝争奪戦』の、『お宝』でもない。意思を持った人間なの。だから、何かを受け入れるだけじゃなくって、人として自分の意思で選んでいいんだよ。さあ、選んで!」
姫様が、持ち上げた片足を、睨み合う、拳斗と薄荷の間合いの中に踏み入れた。
拳斗が、『先の先』である『召喚勇者の剣タチ』を振り降ろした。
その切っ先は、薄荷ではなく、姫様に向かっていた。
そうすれば、動揺した薄荷が、自分も姫様も選びきれず、両方を失うと確信していた。
ところが、薄荷は、『後の先』であるはずの『転生勇者の剣ネコ』を、拳斗より早く、撥ね上げていた。
それは、薄荷が、姫様が間合いに踏み入れるより『先』に、動いていたからできたことだ。
薄荷の『転生勇者の剣ネコ』の向かう先は、姫様でも、拳斗でもなかった。
その切っ先は、振り降ろされようとする『召喚勇者の剣タチ』へと向かい、鎬を削りあう……かと見えたが、そのまま、するりと交錯し……摺り抜けた。
いや、そうではない。
互いの刃先が当る瞬間、拳斗の握る『召喚勇者の剣タチ』が、消えていた。
それは、拳斗だけでなく、薄荷にとっても、姫様にとっても驚愕だった。
三人の視線が、そして、この戦いを見守る者たちの視線が、薄荷の握る剣に集まった。
なぜなら、その剣が、激しく明滅していたからだ。
その場にいる者たちの、頭の中に、声が響いた。
――我は、『召喚勇者の剣タチ』であり、
『転生勇者の剣ネコ』である。
――我は、『召喚勇者の剣タチ』でも
『転生勇者の剣ネコ』でもない。
――新たなる、我が、名を告げよう。
我は、『勇者の剣リバ』である。
――我は、儚内薄荷を、
勇者と認め、主とする。
☆
そのとき、龍神沼全体が、揺れた。
水面がボコボコと泡立ち、多くの異形が、溢れ出てくる。
いずれも、龍神の眷属たちだ。
後から後から溢れ出てくる。
何体いるのか、数えきれない。
様々なサイズの水蛇たち。
一メートルほどの長さのものから、七~八メートルはありそうなものまでいる。
中には、複数の頭部を持つものもいる。
化蛇たち。
三~五メートルの長さの、翼を持つ蛇だ。
螭たち。
二~三メートルと小柄だが、これはもう、龍の仲間だ。
トカゲに似て、硬い鱗に守られ、ツノや翼はなく、尾が細長く、強力な毒を吐く。
殿は、三体の蛟竜。
十メートルほどの龍だ。
それぞれ、赤、青、黒の鱗を輝かせている。
翼もツノもあり、年月を経れば、大龍となり得る。
何より、人間を超える知能を持ち、人語を解する。
☆
龍神沼一帯が、異形の者たちで、埋め尽されていく。
親水連合員たちが、ここまで乗ってきたボート類は押し潰しされ、廃村に残されていた建物が倒壊していく。
そして……。
~~~ 薄荷ちゃんの、ひとこと次回予告 ~~~
■九月二三日④ 龍神沼④刃挽
ボク、悲惨なことになってるなって、自分で思う。
だけど、敵対してる召喚勇者のパーティーメンバーだって、たいがいだよね。
召喚勇者から、捨て駒扱いされてるもんね。
これまで、パーティーメンバーとなった子は、六十人ほどいたんだって。
今春時点での生き残りメンバーは三〇人で、五月の『陸上部のエース』事件で十五人に減って……現時点では、九人しか残っていないんだって。