■四月一日② チュートリアルの昼食
歩き疲れたところで、教導役の萵苣智恵様から「昼食をご一緒しましょう」と、ご提案いただいた。
ボク――儚内薄荷――と、金平糖菓ちゃんが、案内されたのは、どこにも看板のないお店だった。
シンメトリーで直線的な庭園に囲まれた、武骨な建物だ。
この日は、ボクたち三人だけの貸し切りになっていた。
智恵様が、予約しておいてくださったのだ。
しかも、智恵様のおごりだという。
ここは、優雅で曲線的なラインばかりが目立つ學園にあって、ひたすら質実剛健な空間だ。
ボクは、その空間の、隠すことのない武骨さに、胸をうたれた。
ボクは、思わず「豪胆で、力強いお店ですね」と呟いていた。
その呟きを聞き取った智恵様が、破顔する。
「そうでしょう。そうでしょう。ここって実は、我が萵苣家の政敵である、芍薬家が、密談の場として造ったお店なの。わたし、警備が厳重で、秘密が厳守されるところが気に入ってしまって、誰かに聞かれたくない話をする時に、よく利用しているの」
ボクは、「ここって、ボクたち平民が、足を踏み入れて良いお店じゃないですよね」と、思わずしり込みしてしまった。
いくら智恵様のおごりだとはいえ、メチャクチャお高いお店に違いない。
ただ、お金のことを口にするのは、マナー違反なので、「こんなコスプレみたいな格好をしたボクたち二人は、ドレスコードに引っかかっちゃいますよね」と、言ってみた。
「あら、この學園の敷地内に、『セーラー服魔法少女』と『スクール水着魔女っ子』が入れないお店なんてないわ。いいから、さあ入りましょう」と、智恵様から、背中を押された。
「もし、そんな不届きなお店があったら、言ってちょうだい。営業できなくしてやるからね」
三人で、ランチコースをいただく。
ボクは、そして、たぶん糖菓ちゃんも、ウェイターさんが一皿ごと運んできてくれるお食事なんて初めてだ。
一皿ごとに、キャビアだとか、白トリュフだとか、海燕の巣がどうこうと説明があったが、何のことだか、まるで分からない。
「薄荷さんも、糖菓さんも、二人揃って、自分たちの状況をまるで理解されてないようね」
食事をしながら、智恵様が、「ふふっ」と笑って、話しを切り出した。
「そもそも、わたしは、高倍率の争奪戦を勝ち抜いて、二人の教導役の座を得たのよ。どうしてもお二人のお友だちになりたくて、父であるこの國の宰相、萵苣博學の権力を行使して、この教導役を勝ち取ったの」
糖菓ちゃんが、目を見開く。
「うちも、薄荷ちゃんも、平民というより、貧民に近いんよ。財力も、コネもなくて、マナーもできてなくて、言葉遣いだってこんなんだし……」
「いいかげん、認識を改めなさい。二人は、新入生の物語『服飾の呪い』において、冒頭から、呪われた服飾を着用せねばならない五人に選ばれているのよ。メインキャラクターとなる可能性は高いわ。それこそ、二人のどちらかが、ヒロインかもしれないの。ただし、物語の冒頭で、その五人が順番に惨殺されて、『それが、この呪われた事件の幕開けだった……』なんて展開もあり得はするけどね」
――いや、いや、いや、糖菓ちゃんなら、
下剋上ヒロインの可能性があるけれど、ボクはムリでしょ。
繰り返し言うけど、ボクは、男子なの!
はなから、色物なの!
「二人が、三年生の大物語である『勇者の召喚』や、二年生の大物語である『令嬢の転生』にも絡んできて、新たなロールを得る可能性が高いと考えている者も多いわ」
「えっ、學年の違う物語のロールを得ることなんて、あるんですか?」
「いまさらな質問ね。わたしの状況を見れば分かるでしょう。わたしは二年生だけど、『第一皇子許嫁』のロールを持っているわ。第一皇子である白金黄金様は、三年生なの。つまり、わたしの持つ『第一皇子許嫁』は、二年生の『令嬢の転生』のロールであるだけでなく、三年生の『勇者の召喚』のロールでもあるの」
――なるほど、ロールは、変化したり、
追加されたりすることがあるだけじゃなくて、
異なる學年のものを得ることもある、ってことだね。
「お気をつけなさい。この學園の生徒たちは皆、薄荷さんや、糖菓さんと係わることで、物語の主要キャラクターになりたいと考えているわ。その係わり方が、味方や仲間になろうとするものならまだ良いけど、敵になろうとする者だって多いの」
智恵様が、冗談めかして言う。
「わたしが、二人の教導役を買って出たのは、二人の味方に立候補するためよ。だから、何かあったら頼ってね」
もちろん、智恵様の、この言葉だって、額面通り受け止めてはいけないと分かってる。
だけど、この先輩は、入學式前の、このタイミングで、ちゃんと忠告してくれた。
いい人だ、と思う……思いたい。
ボクと、糖菓ちゃんは、「ありがとうございます。よろしくお願いします」と、頭を下げた。
そのうえで、ボクは、気になっていたことを尋ねてみることにした。
「お言葉に甘えるようで、なんですが、早速、教えていただきたいことがあるんです」
ボクは、昨日、入寮時に起こった部屋割り変更の顛末について、お話しした。
そして、「祓衣清女様って、どういうお方なんですか?」と、お尋ねした。
智恵様が、探るような視線で、「どうして、清女様のことが気になるの?」と、訊いてきた。
「『この皇立鹿鳴館學園の學園長の娘』だからって、だけじゃないのよね?」
「はい、清女様は、寮の窓口職員に対応を指示する際、ボクのことを『御社にとって、大切な方』とおっしゃったんです」
「良い気づきね。薄荷さんに、『第一皇子側室』のロールをあげたくなってきたわ」
智恵様は、ボクの答えが気に入ったらしく、「うん、うん」と頷いている。
「清女様は、三年生。斎宮でありこの學園の學園長である祓衣玉枝様の、実子なの」
糖菓ちゃんが、何気なく口を挟む。
「うち、小學校で、斎宮は、生涯独身を誓った皇族女性しかなれないって教わったんよ。玉枝様は、独身なのに、清女様を産んだん?」
「その経緯自体が、玉枝様のトラウマイニシエーションだったと言えば分かるかしら」
糖菓ちゃんが、ハッとした表情になって、自分の口を両手で押さえた。
糖菓ちゃんも、この學園に来ている以上、トラウマイニシエーションを受けている。
ボクもそうだけど、トラウマイニシエーションを受けた人間なら、その一言だけで、どんなことが起きたか推測できてしまう。
智恵様は、額に手を当てて、「う~~~ん、二人には、教えておいた方が、良いのかしら……」と、暫し考え込む。
「薄荷さん、糖菓さん、絶対に口外しないと誓えるなら、皇族関係者しか知らない極秘事項を教えてあげても良いわ」
ボクと糖菓ちゃんは、顔を見あわせ、頷き合ってから、「「はい、天津神と國津神に誓って、口外しません」」と答えた。
「まず、玉枝學園長のロールについて、世間一般には、こう流布されているわ。玉枝様は、六歳の時に、『斎宮候補』のロールを得ていた。そして、十四歳の時に遭遇したトラウマイニシエーションで、清女様を身籠もると同時に、ロールが『斎宮』に変わった。しかも、その際、同時に『皇立鹿鳴館學園學園長』のロールも獲得されたと――」
智恵様が、捕捉情報を付け加える。
「皇立鹿鳴館學園はね、全國の小學校を統括している。そして、全國の小學校にある御社の総本山が、學園にある鹿鳴館なの。鹿鳴館には白鹿様がいらっしゃるわ。『斎宮』は御社に仕える巫女の最高位。だけど、これまで、『斎宮』が、『皇立鹿鳴館學園學園長』を兼任されたことはなかったの。玉枝様は、白鹿様に何かを命じられて學園長となられたと言われているわ」
「次に、清女様のロールについて、一般には、こう流布されているわ。清女様は、六歳の時に、『斎宮候補』ではなく『次期斎宮』のロールを得たと――」
「ここからが、皇族関係者しか知らない極秘事項よ。実は、母である玉枝様が六歳で与えられた『斎宮候補』のロールは、十四歳のトラウマイニシエーションの後、『前斎宮』に変わっていたの。つまり、玉枝様は、トラウマイニシエーションの瞬間に『斎宮』になられ、即座に退任されたってこと。そして、子である清女様は、産まれ出られたとき、既に『斎宮』のロールをお持ちだったの」
――ちょっ、それって、とんでもない話ですよね。
六歳になる前にロールを得たなんて話、聞いたことがない。
この話だと、清女様って、玉枝様のトラウマイニシエーションの瞬間、つまり受胎の瞬間に『斎宮』のロールを得ておられた、ってことだよね。
智恵様は、ボクたち二人に、事の重大性を理解する間を与えてから、話しを再開する。
「わたしたち生徒が學園に在籍するのは、十五歳からの三年間。ですけど、清女様だけは、違うの。現在三年生ですけど、生まれてからずっと學園に住んでらっしゃるの。白鹿様の命に従って、教師陣や職員たちを把握し、管理されていらっしゃるの。それから、もうひとつ、情報があるわ。清女様は、女生徒のみで構成されている秘密クラブを、主宰されてらっしゃるそうよ」
智恵様が、意味ありげに、ボクを見つめてきた。
「國津神にお仕えする清女様が、薄荷さんを、『御社にとって、大切な方』とおっしゃった。薄荷さん、もはや何事もなく平穏無事に卒業できるなんて、思わないことね」
――うわーっ、この話、訊かなきゃよかった。
母さん、薄幸、ゴメンナサイ。
どう考えても、ボク、三年間、生き延びられそうにないよ。
~~~ 薄荷ちゃんの、ひとこと次回予告 ~~~
■四月二日 皇立鹿鳴館學園の入學式
いよいよ? やっと? 入學式。
とはいえ、ここは鳴館學園。
無事に済むはずないよね。
案の定、刃傷沙汰だよ。
血の雨、降っちゃうよ。