■九月二三日② 龍神沼②謀
俺は、藪睨謀。
ドクロマークの眼帯がトレードマークの、ナイスミドルだ。
今日は特別に、俺のロールを教えてやる。
俺のロールはな、そのものズバリ『悪党』だ。
笑えるだろ。
本来の『悪党』ってぇのは、不当な支配者に対して決起する、武装集団だそうだ。
だけど、俺の場合は、言葉通りのワルモノだ。
俺は、『河童水軍』の一員だった。
『河童水軍』は、皇國東のフェロモン諸島に本拠地を置いていた。
俺は、十数人の仲間とともに、本拠地を離れて、皇国の首都トリスや、鹿鳴館學園がらみの汚れ仕事を長年請け負ってきた。
本拠地存続のために、首都周辺の、情報収集や工作を誰かが担当する必要があったからな。
ところが、だ。
その本拠地が、つい三カ月前、いきなり壊滅させられちまった。
『服飾に呪われた魔法少女』の奴らが、いきなり東の本拠地を襲いやがった。
俺たちが滅ぼした金平水軍唯一人の生き残りである金平糖菓が先頭に立っての仇討ちだった。
最初に手を出したのはこっちだと言われるだろうが、生き残った俺たちは、なんとしても、死んでいった仲間の仇を取る腹づもりだ。
だから、以前から付き合いのあった、召喚勇者の北斗拳斗との結託を強め、組織強化を謀ってきた。
拳斗がキャプテンを務める陸上部と、俺がコーチとなりゴロツキを掻き集めた水球部が中核となって、『刀剣連合』なんてものを立ち上げた。
これに、騎士団のコネを使い、部活規模の大きい剣道部、薙刀部、洋剣部、槍術部等を加入させた。
現在では、部活の連合会としては最大規模の千五百人を誇る組織となっている。
最初の標的は、武闘体育祭の優勝賞品となっている『セーラー服魔法少女』の儚内薄荷だ。
続いて、薄荷をエサに、『運動部衣装魔法少女』の菖蒲綾女と、『スクール水着魔女っ子』の金平糖菓も、ぶっ殺す算段だ。
薄荷は、いま『格闘部連合』五百人とともに、鹿鳴國技館に立て籠もっている。
だがな、『刀剣連合』には、その三倍の戦力があるんだぜ。
言っとくが、俺たちは、戦力差を過信して正面から殴り込むような、バカじゃない。
ちゃーーんと、姑息な罠を用意してある。
九月十六日に最初の罠、二〇日の夜に二つめの罠が発動した。
目論見通り、査問丹間が、薄荷を確保して、鹿鳴國技館から連れ出した。
ここで、計画が狂った。
丹間のヤロウが、拳斗の精神支配から、抜け出しやがった。
拳斗には、肉体関係を持った相手を、性別に関係なく、精神支配する力がある。
しかしながら、拳斗は、ノンケだ。
男のなんぞ抱こうとは思わない。
だが、それでも、今回、薄荷を殺し、その首を手中にするという目的のため、イヤイヤながらも丹間と肉体関係を持った。
だから、丹間は、拳斗の精神支配下にあるはずだった。
拳斗が丹間を選んだのは、丹間が勇者に対し異常な執着心を持っているからだ。
拳斗は、丹間を、召喚勇者である自分の支配下に置き、転生勇者である薄荷を凌辱、殺害させたうえで、その首を自分に献上させることが可能だと判断した。
「丹間には、薄荷を拘束している『パニエ貞操帯』の『ピンクの鍵』を渡すから、鹿鳴國技館内でヤってから、その首を、鹿鳴陸上競技場へ届けに来いと命じた」
俺は、拳斗から、そう聞いていた。
ところが、丹間は、鹿鳴陸上競技場には来なかった。
俺は、拳斗に、「ちゃんと丹間と、やるべきことを、ちゃんとやったのか?」と追求した。
すると、驚きの反応が返ってきた。
あの厚顔無恥な拳斗が、顔を真っ赤にして、恥じらいやがったんだ。
しつこく追求したが、黙り込むばかりで、それ以上のことは何も答えねぇ。
俺は、呆れ果てて、ついには、腹を抱えて、大笑いしちまったぜ。
どうせ、半端なことでもやってたんだろうよ。
そりゃ、まあ、俺だって、丹間みたいなムサイ大男相手なんて、願い下げだからな。
☆
念のため、鹿鳴國技館も、数名の『刀剣連合』員に見張らせてあった。
その中には、追跡系のスキル持ちもいた。
だから、丹間が、生きたままの薄荷を抱えて、學園の外へ逃亡したこと、更には、その逃亡先まで把握できている。
それにしても、學外とはな。
武闘体育祭の賞品である薄荷を、學園の外へ持ち出したら、學園や皇國からも追っ手がかかるし、処刑対象となる。
覚悟のうえって、ことだな。
綾女と『格闘部連合』も、いなくなった丹間と薄荷を探し回っている。
だが、こちらは、學園内のどこかにいるものと思い込んで、捜している。
俺ら、『刀剣連合』も、全員で學内を探し回っているように見せかけている。
が、その実、學内には五百名だけを残し、密に、千名を學外へ差し向けた。
丹間の逃亡先を確定し、包囲するためだ。
俺は、てっきり、拳斗が、勇者パーティーメンバーの生き残りも、一緒に学外へ連れていくものと思っていた。
ところが、拳斗は、勇者パーティーを學内に残し、『格闘部連合』に対する陽動の先頭に立つように指示した。
俺が理由を尋ねたら、「残り少ないメンバーを、危ない目にあわせたくない」なんて、きれいごとを、小声で、もぞもぞ返してきた。
分ってるだろうが、拳斗は、肉体関係を強要し、精神支配下に置いた女を、便利に使える道具か、自分の盾ぐらいにしか考えていない。
五月の『陸上部のエース』事件で、パーティーメンバーを半減させたときでさえ、自分の行為を恥じる様子などなかった。
その後も、危険なジャングル風呂地帯の『地獄釜』にパーティーを連れ出しているし、今回だって、最初から熾天清良や雲母綺羅々を使い潰す気だ。
「危ない目にあわせたくない」なんてセリフは、白々しいだけだ。
大方、夜のお相手が、全くいなくなるのがイヤなだけなんだろうよ。
だが、後から考えれば、このとき、俺は、拳斗を、きちんと問い質しておくべきだったんだ。
後悔先に立たずってやつだぜ。
☆
丹間のやつは、薄荷を背負って、森へ入り、學園と皇都トリスの中間地点にある龍神沼に面した廃村に、辿り着いていた。
丹間と薄荷は、龍神沼に突き出た崖の上にある祠の前に居た。
俺と、拳斗は、『刀剣連合』員千名で廃村を占拠した。
このなかには、数十名の水球部員もいる。
水球部員の中核は、俺が『河童水軍』から連れてきた十五名で、それ以外は、學園で集めたゴロツキどもだ。
俺は、最も信用できる『河童水軍』残党十五名だけを連れて、拳斗とともに崖を登った。
祠の前で、薄荷が横になっていた。
丹間は、薄荷のミニスカートを捲り上げている。
その下に隠されていた、『パニエ貞操帯』の、何層ものレースの中に、両手を突っ込んで、弄り回している。
崖を登ってきた、俺たちの気配に、丹間が振り返る。
丹間の浴衣が捲れあがり、その下の相撲まわしが露になっている。
「テメエ……」
拳斗が、吠えかけて……言葉を失って……地団駄踏んでいる。
俺には、拳斗が、なんで、ここまで怒っているのか分らない。
丹間が拳斗の精神支配を逃れて、命令に従わなかったのは、拳斗自身が、ヤるべきことを、ちゃんとヤらなかったからだ。
こうして、二人を追い詰めたんだから、とっとと、二人を始末して、武闘体育祭の『お宝』である薄荷の首だけ持ち帰りゃいいだけ……。
「まさか、拳斗、テメエ、召喚勇者である自分に執着していた丹間が、自分を差し置いて、今や、転生勇者の薄荷に夢中なことに怒ってるなんてんじゃ……」
――いや、まさか……な。
拳斗が、腰に差していた『召喚勇者の剣タチ』を抜き放つ。
そして、思いの丈を、やっとのことで言葉にしたぜ。
「薄荷、テメエ、他人のもんを、盗るんじゃねぇ!」
「おい、そっちかよ。丹間じゃなくて、薄荷に怒ってんのかよ。それじゃあ、まるで、愛する男を奪われた女が、相手の女に嫉妬してるみたいじゃ――」
俺は、そこまで口走ってから、ハッと気がついた。
拳斗のヤロウ、丹間を犯ったんじゃなくて、丹間に犯られたのか!
賢者天壇沈香風の表現なら、『拳斗×丹間』じゃなく、『丹間×拳斗』だったってことか!
だから、拳斗は、肉体関係を持ったにもかかわらず、丹間を支配できていなかったってことか!
でもって、拳斗は、初めての男である丹間を奪おうとしている薄荷に、嫉妬しているってか!
――くそっ!
こいつは、全くもって想定外の事態だぜ。
――あっ、ここに、勇者パーティーメンバーの女たちを
連れて来なかったのは、
こんな自分を見られたくなかったって、ことか!
拳斗が、しゃがんだままの丹間を跳び越え、その先に横たわっている薄荷に向かって、剣を振り降ろした。
俺は、『何にしても、これでオシマイだ』と思ったぜ。
思考力も戦闘力も奪われた、いまの薄荷が、嫉妬を爆発させている拳斗に抵抗できるはずがねぇ。
ところが、違った。
薄荷は、自分の股間に伸びていた丹間の腕を引っ張って、その身体を盾にした。
背中を切り裂かれた丹間の下から、薄荷が、横っ飛びに、跳び退る。
――思考力と戦闘力を奪われた奴に、
可能な動きじゃねぇぞ。
立ち上がった薄荷の股間から、ピンクのフリルの塊が、ストンと地に落ちた。
『パニエ貞操帯』だ。
『パニエ貞操帯』を見ると、『ピンクの鍵』が、『お腹の鍵穴』に差し込まれていた。
もう一度言う。
『ピンクの鍵』は、『お尻の鍵穴』ではなく、『お腹の鍵穴』に差し込まれていた。
『パニエ貞操帯』で拘束されていた薄荷が、自力で『ピンクの鍵』を奪えるはずがねぇ。
つまり、丹間が、それをやったことになる。
拳斗が、「どういうことだ!」と、丹間を睨んだ。
「丹間、テメエ、召喚勇者である俺っちに続いて、転生勇者である薄荷を、凌辱し、殺すつもりじゃなかったのかよ」
丹間が、ふらりと立ち上がる。
背中は切り裂かれているが、さして深い傷ではないようだ。
ただし、丹間は、學園を脱出してから三日間、薄荷を抱えたまま、眠ることなく森の中を移動してきている。
もはや、意識が朦朧としている様子だ。
「……龍神様が、怒っておられるだ。おら、とんでもないこと、仕出かしちまっただ」
丹間の目から、滂沱の涙が流れ出す。
その様子の異常さに、拳斗ですら動きを止めて、注視する。
「龍神様、おら、この身をもって、償うだよ!」
丹間が、絶叫しながら、駈け出す。
そして、祠のうしろにある崖から、龍神沼へ向かって、その身を投げ出した。
丹間の姿が、崖の下へ消え、一瞬の間を置いて、水飛沫の立つ音が聞こえた。
あまりに意味不明な行動に、俺たちは呆気にとられたぜ。
薄荷にも動きがあった。
薄荷の体内に封じ込められていた魔力が、溢れ出し、薄荷の身体全体を、淡く発光させる。
薄荷の髪――半年間伸ばし続けてセミディほどの長さになった黒髪――が、ピンクの光沢を纏って、舞い踊る。
一緒に、長いセーラー襟も、揺れている。
束縛から解き放たれ、思考力も、戦闘力も、全開だ。
薄荷が、自分のお尻のあたりを、ぺんぺんと叩き、「白鼠様、助けて!」と呟く。
ミニスカートの内側から、光の奔流が起こり、ぶわりと持ち上がる。
俺は、一瞬、見えてはいけないものが見えるのでは、と思ってしまった。
薄荷は、さっきまで、素肌に『パニエ貞操帯』だけを着けさせられていた。
それが脱げたのだから、ミニスカートの下は何も着ていはず……。
ところが、そこに、『PAN2式』が出現し、白く輝いていた。
続いて、薄荷の背中に、『転生勇者の剣ネコ』が出現した。
鞘だけでなく、柄や鍔も、どピンクだ。
此処彼処に、花柄や、ハートや、星を散らされている。
『PAN2式』も『転生勇者の剣ネコ』も、『ピンクの鍵』と一緒に宝箱に入れられて、武闘体育祭終了日まで、天壇白檀教皇が預かっていたはずのものだ。
それを、薄荷が、自分の元へ呼び寄せたんだ。
薄荷の変化は、更に続いたぜ。
己が『呪われた服飾』を、『平服』のセパレーツセーラー服から、『体育服』のセーラーワンピに、チェンジさせつつ、抜刀呪文1を唱える。
「男の娘のひみつ、見せてあげる♥」
柄を上にして背中に吊されていた『転生勇者の剣ネコ』が、ふわりと浮きあがる。
鞘ごと半回転し、柄を下にして、手元に降りて来る。
薄荷は、『転生勇者の剣ネコ』の柄を、臍の下あたりの位置で、両手で掴んで、抜刀呪文2を唱える。
「ボクを見て♥」
薄荷は、柄を握ったまま、『転生勇者の剣ネコ』の位置を動かしていない。
なのに、鞘の方が、蛍光ピンクにピカピカ点滅しながら背中に戻っていくことによって、抜剣された。
呆然としていた拳斗が、あたふたと、『召喚勇者の剣タチ』を構え直した。
『なんでこうなった』とでも言いたげな表情だ。
だが、そりゃ、自分が『ピンクの鍵』を丹間に渡したからだぜ。
拳斗は、「うっす」と気迫を込め直し、『召喚勇者の剣タチ』を大上段に構えた。
対する薄荷は、『脇構え』だ。
右足を引いて体を右斜めに向け、右脇の刀の切先を後ろに下げ、拳斗から刀身を隠し、間合いを計らせないようにしている。
それは、一見したところ、この二人が、五月八日に鹿鳴陸上競技場で対峙したときの再現だ。
だが、あの時とは、薄荷の側に決定的な違いがある。
薄荷は、五月八日の時点では、筋力のなさから、満足に剣を持ち上げきれず、やむを得ず、『脇構え』めいた体勢になっていただけだった。
ところが、八月一日の薄い本頒布会イベントへの参加時に、薄荷は、『転生勇者の剣ネコ』に、主として認められた。
そして、『転生勇者の剣ネコ』を、かつて『魔女』と呼ばれていたた者達が携えていた箒のごとく、己が魔力で意のままに、軽々と操ることを覚えた。
ただ、それでも、このままでは、二人の対峙は、千日手に陥ってしまう。
それは、二人が持つ、『召喚勇者の剣タチ』と、『転生勇者の剣ネコ』の権能ゆえだ。
拳斗が持つ『召喚勇者の剣タチ』は、敵対する者の心の起こりを打つ、『先の先』の剣だ。
先手を取りさえすれば、必ず勝てる剣だ。
対峙する薄荷の『転生勇者の剣ネコ』は、『後の先』の剣なのだ。
後手を取りさえすれば、必ず勝てる剣だ。
ゆえに、二人は、前回同様、互いに睨み合ったまま、身動きできなくなる。
だが、しかし、拳斗には、何の問題もないぜ。
なぜなら、いま、薄荷はたった一人で、孤立している。
一方、拳斗には、俺と、千名の『刀剣連合』がついている。
一斉に襲いかかれば、間違いなく俺らが勝てる。
~~~ 薄荷ちゃんの、ひとこと次回予告 ~~~
■九月二三日③ 龍神沼③拉太
ボクを奪った丹間に、『刀剣連合』を引き連れた、召喚勇者の拳斗や、河童水軍の謀が追いすがる。
でも、さ、どちらの手に落ちても、ボクの命って、ここまでだね……って観念しかけたら、そこに『スクール水着魔女っ子』の糖菓ちゃん登場。
辣人拉太兄弟とともに、『親水連合』を率いて、ボクを救出に来てくれた。
助かるかもって思ったら、まさか、あんなことが……。