■九月二三日① 龍神沼①丹間
おら、査問丹間というだ。
三日間、眠ることなく、尻を絡げて、山中を駆けてきただ。
ちなみに、『尻を絡げる』っていうのは、『着物の裾をまくり上げて帯に挟むこと』だ。
着ているのは、鹿鳴相撲部の浴衣だ。
その下は、相撲まわし。
足下は、雪駄。
片方の肩に、儚内薄荷ちゃんを載せ、脹ら脛を片手でかかえてるだ。
愛用武器の金棒を、もう一方の手に握り、これを杖代わりにして、獣道を駆けているだ。
☆
二〇日の夜、おらは、魔獣用檻の警護を放棄して、薄荷ちゃんの寝室へ向かった。
おらは、薄荷ちゃんの警護役として認められている。
だから、いつでも、そこに、出入りできる。
薄荷ちゃんは、布団を撥ねのけて、俯せで眠り込んでいた。
薄荷ちゃんは、下半身を『パニエ貞操帯』で拘束されて以降、起きているときだけでなく、眠るときも、『平服』のセパレーツセーラー服を着用している。
『拒否』の力が使えなくとも、『呪われた服飾』であるセーラー服が、それを破ったり脱がしたりしようとする者から、護ってくれるからだ。
おらは、「薄荷ちゃん、起きて」と言いながら、そのお尻を揺すっただ。
ぷるんぷるんのお尻だ。
「まだ、よなかだよ。タンマおにいちゃん、どうしたの? おかお、コワイよ」
薄荷ちゃんは、目覚めたものの、寝ぼけ眼だ。
おらは、さりげなく、『パニエ貞操帯』のお尻のフリルに手を差し入れる。
まさぐって、お尻の鍵穴の所在を確認する。
薄荷ちゃんは、おらの様子が尋常でないと気づいただ。
「タンマおにいちゃん?」
さっと、身を起こして、ベッドのうえで、這い退る。
「おいにちゃんゴッコは、おしまいだ」
おらは、さきほど手に入れてきた『ピンクの鍵』を、薄荷ちゃんの鼻先に、突きつけただ。
薄荷ちゃんは、一見しただけで、それが、自分の下半身を拘束している『パニエ貞操帯』の鍵だと理解した。
ハッと息を呑んで、静かに、尋ねてきた。
「そのカギ、ボクの、おなかのカギあなと、おしりのカギあな、どちらにさしこむの?」
『お腹の鍵穴』に差し込めば、『パニエ貞操帯』は取り外される。
薄荷ちゃんは、思考力と、戦闘力を取り戻す。
そうなれば、おらなど太刀打ちできない強さだ。
自力で、武闘体育祭の賞品などという不当な立場を、拒否できるだよ。
『お尻の鍵穴』に差し込めば、『パニエ貞操帯』は、パンツのクロッチ部分が外れて、スカート状になる。
薄荷ちゃんは、思考力と戦闘力を失った武闘体育祭の賞品まま、おらがすることに、何の抵抗もできなくなるだよ。
☆
おらは……、おらは……どうしたいだか?
おらは……、學園偶像儚内薄荷ちゃんのファンだ。
その薄荷ちゃんが、武闘体育祭『お宝争奪戦』の『お宝』にされてしまった。
だから、おらは、そのオニイチャンとして、この身を犠牲にしてでも、薄荷ちゃんを護り抜こうと決意していたはずだ。
なのに、『ピンクの鍵』を手にして、おらは、こんなにも大切に思っていたはずの薄荷ちゃんに欲情し、自らの手でグシャグシャに壊そうとしている。
そんなこと……ありえない。
いや、それって、ほんとうに、ありえないだか?
むしろ、この欲情こそが、おらの本性ではないだか?
そうだ、思い出しただ。
おら本来の渇望は、自分か成れなかった勇者という存在を否定し、凌辱することだっただよ。
おらにとっての薄荷ちゃんは、崇めるべき偶像ではなく、貶めるべき転生勇者だよ。
おらの脳裏に、ひとりの女の面影が蘇っただ。
賢者天壇沈香だ。
「丹間よ、吾は、其方の中で、狂おしく、ぎとぎと煮えたぎっておる劣情を理解したのじゃ。其方は、勇者を、羨望し、渇望しておった。そのあげく、絶望し、失望した。ゆえに、其方は、勇者を、凌辱し、貶めたい。更には、我が物として独占し、他の誰にも手が届かぬものとしたいのじゃな」
「丹間よ、召喚勇者北斗拳斗に対する、これ以上の執着は、天津神がお許しにならんぞ。拳斗には、復活した魔王を討つという御役目があるのじゃ。丹間よ、其方は、既に、一度は、拳斗をものにした。拳斗については、それで満足せい」
沈香は、舌舐めずりしながら、酷薄に笑っているだ。
「丹間よ、其方には、代わりに、転生勇者儚内薄荷を与えよう。こちらは好き放題弄んで、壊してしまって構わぬ。」
「しかしな、丹間よ。そのように、ギラギラと肉欲丸出しにしておっては、薄荷から嫌悪され、近寄ることさえ叶わんぞ。だからな、吾が、丹間の勇者破壊願望を、偶像崇拝に偽装し、さらには、いずれ薄荷を思いのままにできる『ピンクの鍵』も届けてやろう」
「この偽装を完璧にするため、丹間には、吾とのやり取りを一旦忘れてもらう。其の方が、己の本性を思い出すのは、『ピンクの鍵』と薄荷の両方を、首尾良く己が手中にできた、そのときじゃ。」
回想の中で、「まて、まて」と、男の声が割り込んできただ。
「丹間、テメエが、薄荷をヤるのは構わねえ。どんなにカワイかろうと、名誉女子なんざ、俺っちの守備範囲外だからな。だがな、テメエがヤり終わったら、鹿鳴陸上競技場で待っている俺っちの元へ、薄荷の首を献上しに来い。いいな、分ったな」
それは、自身の絶対的な支配下にある者に対する、断固たる命令口調だっただ。
☆
唐突な記憶の奔流に、目眩がしただ。
目を瞬いていると、おらの長い沈黙に耐えかねて、薄荷ちゃんが、重ねて聞いてきた。
「ねっ、きこえてる? そのカギ、ボクの、おなかのカギあなと、おしりのカギあな、どちらにさしこむの?」
おらは、包み隠さず、欲望を吐露しただ。
「これから、無力なままの薄荷ちゃんを拐かして、この鹿鳴国技館から連れ出すだ。そして、『お尻の鍵穴』に『ピンクの鍵』を差し込んで、心ゆくまで凌辱するだ」
「ボクを、どこにつれてくの?」
薄荷ちゃんは、見極めるように、おらの目を覗き込んできただ。
その様子は、まともに思考できないはずの薄荷ちゃんが、おらが誰かの支配下にあると、見透かしているように見える。
そして、自分が連れて行かれる先によって、おらを支配している者の正体を見極めようとしているかのようだ。
おらは、己が決意を表明する。
「鹿鳴……館學園を出る」
間違っても、召喚勇者が待つ、鹿鳴陸上競技場に行くつもりなんて、ないだ。
薄荷ちゃんが、ゴクリと生唾を呑んだ。
思考を制限されている状態の薄荷ちゃんですら、この回答の意味するところが分ったらしいだ。
薄荷ちゃんを學園の外へ連れ出すことは、武闘体育祭のルールに反するだ。
単に優勝の栄誉や、國の爵位を拒否するるというだけではなく、その時点で極刑が確定する。
それは、おらが、誰の支配下にもいないというだけでなく、己が全てを捨てて、事を成そうとしているということだ。
「わかった。だったら、ボク、タンマに、ひとつだけおねがいがあるの。それを、かなえてくれるなら、ボク、いっさい、ていこうしない」
「言ってみるだ」
「タンマが、まんぞくしたら、そのまま、ボクを、ころして。ボクのこころは、かこのトラウマで、とっくに、こわれかけてるの。だから、タンマがおもいをとげたら、ボク、まちがいなく、こわれちゃう。ボク、そんなじょうたいで、いきはじをさらしたくない。だから、タンマのてで、ボクを、ひとおもいに、ころして」
それは、まさに、おらの望むところだ。
それを、薄荷ちゃんの方から口にするとは思わなかった。
「ああ、転生勇者儚内薄荷を殺すのは、おらだ。おら以外の誰にも、殺させねぇ」
おらは、もはや逃げる意思を失った薄荷ちゃんの腕を掴んで、引き寄せただ。
「けんど、安心して逝くがいいだ。転生勇者を殺ったら、その首をエサにして、召喚勇者北斗拳斗も、おらが、この手で殺ってやるだ」
☆
おらは、薄荷ちゃんを担ぎあげて、逃亡を開始しただ。
薄荷ちゃんは、約束通り、暴れることも騒ぎ立てることもなく、おらに、なされるままになっていた。
學園を脱出し、三日三晩、眠ることなく移動しただ。
そして、今朝――九月二三日――、目的地に到着しただ。
森の奥にある、湖畔の廃村だ。
廃村が面している、小さな湖は、龍神沼と呼ばれているだ。
位置的には、皇都トリスと、鹿鳴館學園の中間地点だ。
龍神沼については、いくつもの伝説があるだ。
まず、龍神沼については、元々、皇都トリス全域に及ぶ広大な湿地帯であったというだ。
この世界に降臨された天津神が、旧き神々の一柱であった龍神様より、この地を譲り受けただ。
大規模な干拓事業を行い、皇都トリスを造っただ。
龍神様は、立派な白龍であらせられた。
龍神沼に突き出た崖の上に、御社があり、白龍社と呼ばれていた。
かつては、立派な木造の建屋があったのだが、とうに朽ち果てているだ。
いまでは、粗末な石造りの祠だけとなっているだ。
おらは、白龍社の崖の麓にあった白龍小學校の、最後の卒業生だ。
なぜ、最後の卒業生なのかというと、ここが、おらの卒業の年に廃村になってしまったからだ。
村の過疎化は、とうに歯止めがきかなくなっていただ。
そして、最後に残った、おらの一家が、おらの卒業と同時に、皇都トリスの貧民街へ転居しただ。
だから、ここは、廃村となってから、まだ四年半しか経っていない。
なのに、村の家々は、数十年も経ったかのように荒れ果てていただ。
元々あばら屋ばかりだったから、まあ仕方ないことだ。
おらは、崖を登り、白龍様の祠の前で、薄荷ちゃんを肩から降ろしただ。
なぜだか、薄荷ちゃんを、白龍様の前に連れて来なくてはいけない気がしていたからだ。
☆
薄荷ちゃんは、これからここで、自分がおらに、犯され殺されるというのに、のほほんとした表情だ。
『パニエ貞操帯』に拘束され、思考力が制限されているのだから、仕方ない。
……いや、たとえ思考が抑止されていなかったとしても、薄荷ちゃんは、學園への入學時点で、自分の生を諦めている様子だった。
薄荷ちゃんが、祠の前で畏まり、二拝二拍手一拝しただ。
おらに向かって、「はくりゅうさまって、どんなおかたなの?」と、無邪気に尋ねてくる。
「ボクね、しろねずさまや、はくしかさまから、おこられてばかりなの。ゆうしゃとしての、じかくがたりないって。はくりゅうさまも、こわいおかたなの?」
「八つの頭を持つ水の神様で、荒ぶると、天変地異を起こすだよ。白鹿様と仲が良くて、そのお隣に居を構えたと言われているだ」
おらは、薄荷ちゃんに請われ、言い伝えのいくつかを紹介しただ。
曰く、白鹿様とは、実は白麒麟であり、白龍様の妻だった。
曰く、白龍様のツノが、白鹿様となられた。
曰く、白鹿様の真の御姿は、白龍様である、等々。
気がついたら、おらは、自分の過去について、あれこれ語っていただ。
おらは、自分が、白龍小學校に入學したときのことが忘れられない。
おらの家は、代々村長を務めていただ。
おらの家の、祖先は、『勇者』だったと伝えられているだ。
召喚者でも転生者でもなかったが、間違いなく『勇者』のロール持ちだったそうだ。
そして、異常気象を起こして暴れる白龍を退治し、この地に封印したという。
おらの父は、おらが生まれたとき、「この子は勇者になる」と天啓を受けたそうだ。
だから、おらは、いずれ、廃村直前の村を救う子供だと言われて育ったっただ。
六歳になり、小學校への入學式の日となった。
白龍様は、おらにロールを与えてくれただ。
ただ、そのロールは、『勇者』などではなく、『剽賊』と『偏執狂』なんていう、見下げ果てたものだっただ。
おらは、前日まで村の希望だったのに、その日から村の恥部扱いとなっただ。
おらの小學生時代は、蔑視や、イジメの日々だった。
子供だけでなく、大人からも、あからさまな暴力を受けた。
「オマエのせいで、この村は滅ぶ」と言われた。
そして、村人たちは、次々と村を逃げ出していっただ。
確かに、おらは、『勇者』になれなかった。
だけど、『勇者』になれなかったのは、おらだけでなく、村人全員だ。
いくら、おらが、恥ずかしいロール持ちだからといって、おらだけが迫害される理由にはならないだ。
だけど、それでも、おらは、『勇者』になれなかった自分を呪っただ。
自分が忌避されて村が滅び、自分も龍神様が眠るこの地を捨てるに至ったことで、更に自分を呪っただ。
三年前、勇者北斗拳斗が召喚された。
おらは、勇者拳斗に、憧れるとともに……憎悪しただ。
更に、この夏、薄荷ちゃんが、転生勇者となった。
おらは、薄荷ちゃんを、愛おしく感じるとともに……蹂躙したいと渇望しただ。
そこまで説明して、おらは、黙り込んだ。
眼前の薄荷ちゃんに対する、どす黒い欲望が、膨れあがる。
もはや、抑制などできない。
――くそっ、男のくせに、
なんでこんなにカワイイだよ。
薄荷ちゃんは、そんなおらを見て、いよいよ、そのときが来たと、観念したみたいだ。
自ら、祠の前に、横になる。
「できるだけ、痛くしないで」と言って、目を閉じただ。
――こんな無垢な子に、祠の前で横になられたら、
まるで、龍神様へのお供えものみたいだ。
おらは、そんなことを、思ってしまっただ。
~~~ 薄荷ちゃんの、ひとこと次回予告 ~~~
■九月二三日② 龍神沼②謀
丹間は、召喚勇者の拳斗や、河童水軍の謀を謀って、ボクを奪取した。
この龍神沼で、ボクのこと、蹂躙して、殺すんだってさ。
でも、拳斗と謀だって、出し抜かれっぱなしじゃない。
手下を連れて、龍神沼まで追い掛けてきた。
でも、さ、どちらの手に落ちても、ボクの命って、ここまでだね。