■九月一六日③~二〇日 鹿鳴國技館④メアリー
自分、障子メアリーいいます。
えっ、自分の、自己紹介などいらないから、前章のあと、薄荷がどうなったか、知りたいのですか?
分かったです。
では、あの続きですヨ。
☆
三尸を使って、召喚勇者北斗拳斗が、己が支配下にある熾天清良と、雲母綺羅々の脳内に、直接命じたです。
――儚内薄荷を、殺れ!
召喚勇者拳斗による、清良と綺羅々への強制力が、最大限に引き上げられたです。
二人は、迷うことなく、事前に刷り込まれ、なおかつ、この瞬間まで意識下に封じ込まれていた行動を取ったです。
清良が、回復したばかりの肺腑を使って、「光輪」と呟いたです。
今ままさに自身を瀕死状態から救い出してくれた薄荷の首元へ向かって、頭上の光る輪っかを、飛ばしたです。
輪っかの直径ふたつ分しかないほどの、とんでもない至近距離からの攻撃です。
一方、綺羅々は、瞬時に、自身を取り囲んでいる『格闘部連合』員の監視者たちの間を縫って、『地之瓊矛』を、伸ばしたです。
『地之瓊矛』は、シュッと五メートルほど伸びて、担架の上に前屈みになっている薄荷の元へ――。
清良が飛ばした光輪は、清良の頭上と、薄荷の中間点で、地面に突き刺さったグングニルの柄の中に絡め捕られていたです。
清良の光輪は、その外周に触れるあらゆる物を両断するですが、その内周に触れるものは傷つけないです。
そして、内周に触れるものがあるうちは、自動で清良の頭上に戻ることもないです。
攻撃中、清良自身が、輪っかに触れて、飛んでいく方向を変化させられるよう、この仕様になっているです。
瞬時にグングニルを放ったのは、言うまでもなく菖蒲綾女です。
その投擲力は、もはや人間の範疇を超えているですね。
でも、そんな綾女の力をもってしても、清良の光輪を阻止するだけで精一杯だったです。
綺羅々が伸ばした『地之瓊矛』には、対応できなかったです。
『地之瓊矛』は、綺羅々に背を向けて前屈みになっている薄荷を串刺しにすべく、そのミニスカートの中へ――。
そして、薄荷が履かされている、ふわふわの『パニエ貞操帯』の中へと、ぎゅんと伸びていったです。
『パニエ貞操帯』は、何層ものピンクのレースが重ねられたパニエ部分は、柔らかです。
ですが、その布地の下は、強力な聖力で防御結界化された、金属製の貞操帯なのです。
薄荷は、『地之瓊矛』の矛先に跳ね飛ばされたです。
「うぎゃっ」と悲鳴をあげながら、転げ回ったです。
お尻を押えて、ピクピク痙攣しているものの、無傷です。
すかさず、さっきまで薄荷を肩に乗せていた大男が、お姫様抱っこで抱えあげたです。
そして、薄荷お尻を、優しく摩ります。
……いや、金属製の『パニエ貞操帯』の上から摩ってもね……。
綺羅々も、そして治癒されたばかりの清良も、『格闘部連合』員たちに寄って たかって、ボコボコに殴り倒され、拘束されたです。
大将の綾女が、副将の二ツ山親方や女戦士族長と協議し、清良と綺羅々の取り扱いを協議し、決定したです。
・両名の行為は、即刻処刑すべきものである。
・しかしながら、召喚勇者の精神支配によるもので、本人の意思ではない。
・両名は、召喚勇者の被害者であることから、処刑や放逐は行わない。
・しかしながら、両名はいまだ召喚勇者の支配下にあることから、國技館内に拘束する。
・そして、両名を、召喚勇者による精神支配から解放する手だてを模索する。
清良と綺羅々は、國技館内に運び込んだ、魔獣用の檻に、収監されたです。
魔獣用の檻は、閉じ込められた者の魔力や聖力を無効化するため、どんなに力があっても、脱出できないからです。
また、相撲部員とレスリング部員が交代で、魔獣用檻の警備を行うことになったです。
ちなみに、相撲部とレスリング部には、男子部員しかいないです。
相撲やレスリングを愛好する女子は、女子相撲部や女子プロレス部に入部するです。
他の格闘競技であれば、一つの部活に、男子部員も女子部員も所属しているです。
なのに、相撲とレスリングだけは、男女で部活が分かれているです。
何でも、過去に不祥事があって、部が二分されたそうです。
以前は、伝統的に、先輩部員が、異性の後輩部員を、隷属させていたのだそうです。
話しを、今回の、魔獣用檻警備に戻すです。
男子しかいない、この二つの部活が選ばれたのには、理由があるです。
召喚勇者が『格闘部連合』内にスパイを送り込んでいる可能性が、考慮されたです。
召喚勇者が精神支配を行う対象は女子であることから、男子部員しかいない両部活が選ばれたです。
翌朝、薄荷が、檻の前までやってきたです。
清良と綺羅々が、昨日、『格闘部連合』員たちから拘束された際にできた打撲や、折れた歯を、傷の存在ごと『拒否』して、治療したです。
自分を殺そうとしたものを治癒するなんて、ホント甘ちゃんですヨ。
午後には綾女大将と、副将二人が、檻の前までやってきたです。
二人を詰問し、事に至るまでの経緯を把握したです。
・召喚勇者拳斗が、九月になってから、ジャングル風呂地帯を再訪してきたこと。
・綺羅々は、既に、その場で、拳斗に肉体関係を強要されていたこと。
・清良は、綺羅々が拳斗に抱かれて、既にその支配下にあると知らなかったこと。
・だからこそ、綺羅々が、拳斗に肉体関係強要される前に、何としても連れて逃げ出そうとしたこと。
綺羅々が、唐突に綾女大将の前に土下座して、とんでもないことを申し出たです。
「お願い申し上げます。どうか、小妹と清良様を、薄荷ちゃんとエッチさせてくだ――」
清良が慌てて、綺羅々を制止したです。
「止めて。自らの意思でないとはいえ、薄荷ちゃんを手に掛けようとした、あたしたちが願っていいことじゃないよ」
綺羅々が、どうしてことそんなことを言い出したのかを、綾女大将が、顔を赤らめながらも、問い質したです。
そしたら、綺羅々の思いが、明らかになったです。
拳斗は、常々、自分が、肉体関係を持った相手を支配できるのは、勇者だからだと、言っているそうです。
だとしたら、と、綺羅々は、考えたです。
薄荷も、転生勇者に選ばれたときに、同等の力を得たはずだ、と。
自分たちが薄荷と肉体関係を持てれば、拳斗による精神支配に、薄荷による精神支配が上書きされるのではないか。
そして、薄荷なら、自分たちの精神支配権を得たとしても、何かを強要してくることはないはずだ、と。
『う~~~む』と、綾女大将は、考え込むポーズ。
でも、綾女に、そんな難しいことを考えられるはずがないです。
さりげなく、副将二人が、フォロー。
「それが勇者としての権能であれば、薄荷ちゃんも、抱いた相手を支配できる可能性があるにはある。だけど、精神支配なんて、どう見ても、ゲスな召喚勇者のみの権能だとしか思えないな」と、女戦士族長。
「それに、『パニエ貞操帯』に拘束されている、いまの薄荷ちゃんには、ムリだな。まず、『ピンクの鍵』がなければ貞操帯を外せない。更に、『パニエ貞操帯』により幼児化しているから、性欲もない」と、二ツ山親方。
二人の話しを聞いて、綾女大将が結論を出したです。
「よし、清良と綺羅々には、九月末の武闘体育祭終了まで、この檻の中に、居てもらう。武闘体育祭に、オレら『格闘部連合』が勝利して、『パニエ貞操帯』の『ピンクの鍵』を入手した時点で、二人が薄荷ちゃんに直接、要望することを認める。ただし、薄荷ちゃんが了承して、エッチに及ぶ際は、二人の身体を拘束させてもらうぜ」
☆
実は、ここまでの出来事は、ほぼ、召喚勇者側の思惑通りです。
もちろん、ワルダクミの第一弾で、薄荷を殺害できていれば、ベストだったです。
だけど、そうならなかった場合の、第二弾も用意済なのです。
また、第一弾で、清良が、死亡する可能性も高かったです。
だが、清良については、どのみち使い捨てにするつもりだったです。
清良の生死にかかわらず、綺羅々さえ居れば、第二弾は発動可能です。
そして、九月二〇日、そのワルダクミ第二弾が発動したです。
その夜、魔獣檻の警備当番の中に、よく見知った顔が、あったです。
いつも、薄荷を肩に乗せている、あの大男です。
清良と綺羅々の中に入れた三尸を通して、自分――メアリー――も、既にこの大男のプロフィールを知っているです。
査問丹間。
怪盗義賊育成科二年生の魔力持ち。
偶像儚内薄荷の熱狂的ファン。
薄荷を護るべく、九月に入ってから、野球部から相撲部へ転部した男です。
召喚勇者拳斗たちは、以前からこの大男を知っていて、この大男が、夜の魔獣檻警備当番になるのを、この四日間、待っていたです。
でも、何がどうして、拳斗のワルダクミ第二弾に、丹間が関係してくるですかね?
☆
まずは、自分とつきあいの長い謀に、丹間との関係を訊ねたです。
そしたら、嫌悪感丸出しの表情になって、「拳斗に訊け」と吐き捨てられたです。
言われた通りに、拳斗に訊ねたら、『うげっ』と身を震わせて、「今度その質問をしたら、殺す」とキレられたです。
仕方がないので、知り合ったばかりの沈香に、こっそり訊ねてみたです。
沈香は、賢者らしからぬ、ねっとりとした笑顔で、語ってきたです。
「よくぞ訊いてくれた。拳斗からは口止めされたのじゃが、吾はな、この話しを、誰かにしたくて、仕方なかったのじゃ。言っておくが、この話しが漏れたと、拳斗に知れたら、確実に殺されるから、覚悟して聞くがよい」
訊ねるんじゃなかったと、耳を塞ぎたくなったです。
なのに、三尸通信なので、相手が指名で話しかけてくると、耳を塞ごうとも、頭の中に直接聞こえてくるです。
☆
あの査問丹間という男はな、自らは語りたがらないのじゃが、二つロールを持っておる。
ひとつは、『剽賊』。
誰かを脅して、奪うのが、このロールの生業じゃ。
もうひとつがな……『偏執狂』じゃ。
そして、彼奴の偏執対象は……『勇者』じゃ。
彼奴は、当初、召喚勇者北斗拳斗のストーカーじゃった。
拳斗が、丹間に追いかけ回されることに、ほとほと辟易しての。
吾に相談してきた。
そこで、吾が、ロール検分の力を使って、丹間のロールを確認した。
拳斗は、ロールの検分結果を聞いて、吾に、「気色悪いから、丹間の『偏執狂』ロールを消してくれ」と、要望してきた。
吾は、「馬鹿を言うでない。彼奴は使えるぞ」と、拳斗を諭した。
なぜなら、彼奴の偏執対象は、『勇者』なのじゃ。
『召喚勇者』だけでなく、新たに登場した『転生勇者』も、偏執対象なのじゃ。
『転生勇者』を倒すのに、これ以上のコマはない。
おぬし、召喚勇者として、その力を使い、彼奴を支配下に置け……そう、説得した。
拳斗は、嫌悪感をあらわにしおった。
「馬鹿を言っているのは、沈香の方だ。俺っちの欲情対象は、若い女だけだぜ」
分らんのか。
誰もが、召喚勇者拳斗が、肉体関係を強要して支配できるのは、女だけだと思うておる。
だからこそ、むくつけき男が、敵方の意表を突く、最高のコマになるのじゃ。
吾はな、拳斗の寝室へ、丹間を誘導した。
そして、一夜が明けたら、拳斗は、丹間の精神支配を完了しておった。
そこで、吾が、ロール改変の力を使って、仕上げを行ったのじゃ。
吾は、丹間の妄執対象を、巧妙に操作した。
丹間本来の『偏執狂』ロールは、勇者を執着対象としている。
勇者でありさえすれば、召喚されていようが転生してきていようが、女であろうが男であろうが、関係ない。
吾は、そこに、偶像推しを組み込んだ。
勇者であり、かつ偶像であるなどという、あり得ないような存在が現われてしまったら、狂おしいまでの妄執に囚われるよう仕組んだ。
結果、丹間は、自分自身を、転生勇者儚内薄荷のストーカーなどではなく、學園偶像儚内薄荷のファンだと、思い込んでおる。
自分の薄荷に対する気持ちは、あくまでプラトニックなものであり、薄荷に寄ってくる魔の手から、薄荷を護るのだと思い込んでおる。
だが、その魂の奥底では、抑圧された肉欲が渦巻いておるのじゃ。
この状態で、拳斗が、丹間に、薄荷を犯れと命じたら、メアリー、おぬしは、どうなると思う。
いまの薄荷は、『パニエ貞操帯』によって無力化されており、抵抗などできぬのじゃぞ。
まっこと、楽しみじゃ。
それにな、吾は、拳斗と丹間が、二人で過ごした一夜のことを想像すると、楽しくてならんのじゃ。
メアリー、おぬしも女なら、この楽しみが分るじゃろう。
大柄で毛むくじゃらの、野獣同士のカップリングじゃぞ。
おぬし、『拳斗×丹間』と『丹間×拳斗』のどちらじゃったと思う?
☆
…………。
……えっ、ああ、スミマセン。
自分、ちょっとばかり、おぞましい野獣カップリングの肉弾戦妄想に耽っていたですヨ。
え~~っと、話しは、どこまで進んだですっけ……。
そうです。
九月二〇日に、ワルダクミ第二弾が発動したところですヨ。
その夜、魔獣檻の警備当番の中に、査問丹間がいたです。
歩哨として魔獣檻の前に立つ丹間に、檻の中にいる女二人の会話が聞こえてきたです。
熾天清良が、雲母綺羅々に声を掛けたです。
「綺羅々、俺っちが預けた鍵を出してくれ」
声の主は清良ですが、その口調は、召喚勇者北斗拳斗のものとなっていたです。
綺羅々は、傍らに立て掛けてあった『地之瓊矛』を、手にしたです。
石突にある装飾を回し、パカリと開いて、そこから、ピンク色をした鍵を取り出したです。
綺羅々は、その鍵を清良に渡しながら、「拳斗様、これ、何の鍵なのですか?」と訊ねたです。
清良の中に、拳斗がいると、認識できているようです。
「薄荷が装着させられている、『パニエ貞操帯』を外す『ピンクの鍵』だ」
「それって、武闘体育祭の優勝賞品のひとつですよね。『転生勇者の剣ネコ』や『PAN2式』と一緒に宝箱に入れられて、武闘体育祭終了日までは、天壇白檀教皇様が預かってらっしゃるって……」
「その教皇に、おねだりした。『あの薄荷って魔女を、確実に葬りたいなら、その宝箱を、俺っちにくれよ』って、お願いしてみた。するとな、教皇は、俺っちの眼前で、宝箱の中から、『ピンクの鍵』だけを取りだした。傍らに控えていた女司教に、『その方の責任において管理せよ』と命じたうえで、手渡した。教皇は、この女司教が、とうに、俺っちのお手つきになっていることを、知っている。で、俺っちは、その女司教に、『ピンクの鍵を、くれ』って命じた。もし、『ピンクの鍵』鍵紛失が発覚したら、その女司教が全ての責任を負って、処刑されてくれるだろうよ」
清良の中にいる拳斗は、事もなげにそう言ったです。
「それからな、これも、教皇に教えてもらったんだが、実は、この鍵には、優勝者だけに知らされることになっている秘密がある」
「えっ、秘密って、何ですか? 誰にも言わないから、教えてくださいよ」
誰にも言わないと口にしてはいるですが、綺羅々の声は、けっこう大きいです。
少なくとも、魔獣檻の前に立つ歩哨には、聞こえているに違いないです。
「薄荷が装着させられている、『パニエ貞操帯』の鍵穴は、臍の位置にある」
「知ってますよ。開けると、『パニエ貞操帯』が外れて、薄荷ちゃんにかけられた、思考阻害や魔力行使制限も、解除されるんですよね」
「その通りだ。そしてあの『パニエ貞操帯』には、お尻のあたりに、フリフリのレースに隠れた、もうひとつの鍵穴がある。こちらの鍵穴を開けると、貞操帯になっているパンツ部分のクロッチが開いて取れて、パニエは、スカート状になる。つまり、こっちの鍵穴を使うと、無力化されたままの薄荷に、好き放題できるんだ」
清良――というか、清良の中にいる拳斗――は、鍵を、親指と人差し指の間に挟んで、ぷらぷら揺らすです。
「だからこそ、この鍵が、武闘体育祭優勝者への賞品ってわけだ」
「うわ~っ、誰かが聞いているかもしれないのに、懇切丁寧な説明を、ありがとうございます。それじゃあ、その鍵が、どこかの『偏執狂』ロール持ちの手にでも渡ったら、とんでもないことに――」
魔獣用檻の鉄格子の隙間から、一本の腕が、にゅっと差し込まれたです。
その腕は、清良の中にいる拳斗の指から、鍵を、素早く奪い取ったです。
檻の向こうには、『ピンクの鍵』を握りしめた、丹間がいたです。
興奮し、額に血管を浮かびあがらせ、息をハアハアと荒げていたです。
「薄荷ちゃんは、おらだけのもんだ。誰にもわたさねぇだ」
そう宣言して、いずこへか、駆けだして行ったです。
その夜のうちに、鹿鳴國技館から、丹間と薄荷の姿が、消えていたですヨ。
~~~ 薄荷ちゃんの、ひとこと次回予告 ~~~
■九月二三日① 龍神沼①丹間
ボク、丹間さんのこと、大柄でのほほんとした、優しいオニイチャンだと思ってた。
でも、違ったんだ。
心の底に、『勇者』に対する屈折した思いを抱え込んでいたんだ。
ボクは、いま、やっと、丹間さんの怖さを思い知らされていた。