■九月一六日② 鹿鳴國技館③メアリー
自分、障子メアリーいいます。
魔王魔族育成科の三年生で、ロールは『窃視』です。
常時身につけた、片眼鏡の撮影魔具がトレードマーク。
魔王魔族育成科生や、怪盗義賊育成科生を相手に、ロールを活かした商売をさせてもらってるです。
先日、顧客のひとり、藪睨謀が、自分に頼み込んできたですヨ。
謀は、手足に使ってきた『河童水軍』の者たちが、いっぱい死んでしまって、人手不足だそうです。
それで、謀から、三尸を数セット貸して欲しいと、頼まれたですヨ。
三尸は、小さな蟲で、人の目と耳と口に入り込んで、見聞きしたものを報告してくれたり、伝言してくれたりするですヨ。
あくまで報告や伝言をしてくれるだけで、宿主を操ったりはできないです。
「三尸間での情報の受け渡しは、自分を経由するので、必然的に自分も見聞きすることになるです。よいですか?」と、念のため確認したです。
「ホントなら、テメエみたいな魔族に情報を渡したくねぇ。だが、こっちも説破詰まってる。他言しないと誓ってもらえりゃ、それでいい」というのが、謀の返事だったです。
自分、即座に、「こっちも商売なんで、ちゃんと代金を支払ってくれさえしたら、他言なんてしないですヨ」と誓ったです。
ですが、自分、経験で知ってるですヨ。
ほぼ間違いなく、謀は、事が済んだら、自分の口を永久に塞ぎにくるです。
まあ、自分、その時は、謀を返り討ちにできる自信があるので、何の問題もないですけど……。
求めに応じて、まず、謀、召喚勇者北斗拳斗と、賢者天壇沈香の三人に、通信状態を自意識で制御できる設定の三尸を、入れたです。
それから、熾天清良って子と、雲母綺羅々って子には、二人が眠っているうちに、自身の視聴覚情報を一方的にモニターされる設定の三尸を、入れてやったです。
つまり、清良と綺羅々は、知らないうちに、謀や拳斗や沈香から、行動の全てを視られている状態です。
『窃視』し放題ですヨ。
☆
清良と綺羅々って子のやり取りには、大笑いさせてもらったです。
清良と綺羅々は、自分たちの会話が、自分と謀と拳斗と沈香に、丸聞こえだって知らないまま、その三人の悪口を、喋りまくってたですヨ。
拳斗は、自分が肉体関係を結んだ相手を支配できるです。
清良と綺羅々は、これにより拳斗の支配下にあります。
そして、拳斗は、この支配レベルを調整できるです。
支配を強めれば、傀儡化に至り、自死を強要することさえ可能です。
逆に、支配を弱め、拳斗に抗える状態にすることだって可能なのです。
もちろん、抗っても、抗っても、支配から逃れ出ることはできないのですが……。
拳斗は、このとき、自身の奸計に利用すべく、清良と綺羅々への支配を、意図して弱めていたです。
清良と綺羅々に、自分たちが自らの意思で拳斗の支配を脱却し、逃げたと思い込ませたです。
☆
清良と綺羅々は、『刀剣連合』の本拠地である鹿鳴武道館を逃げ出し、鹿鳴國技館にいる『格闘部連合』に保護を求めたです。
拳斗は、二人の逃亡劇にリアリティーを演出すため、『刀剣連合』から追っ手を差し向けたです。
清良は、頭上に、白く光る輪っかを、浮かべているです。
清良が、「光輪」と叫ぶと、それが、縦横無尽に飛び回るです。
光輪が触れると、物体だけでなく、聖力や魔力まで、スッパリ切断されてしまうです。
『刀剣連合』の部員たちは、剣や槍で戦うですが、光輪は、その武器が、鋼であろうと、ミスリルだろうと、アダマンタイトだろうと、切断してしまうです。
戦闘開始直後、清良と綺羅々に襲いかかった『刀剣連合』員たちは、光輪による清良の反撃を、己の武器で弾こうとしてしまったです。
『刀剣連合』員たちの先頭にいた数名は、得物ごと両断されてしまったです。
瞬殺だったですヨ。
ただ、先頭数名の犠牲により、他の『刀剣連合』員たちは、光輪の脅威と特性を認識したです。
その後は、ひたすら、光輪を避けながら、清良の身体を狙ってくるです。
綺羅々の武器は、地之瓊矛というです。
その特性は、ふたつあるです。
ひとつは、長さを変幻自在に変えられること。
『刀剣連合』員たちは、常に彼我持つ武器の間合いを計って戦うよう、訓練しているです。
ところが、充分な間合いを取ったはずの『刀剣連合』員の腹を、ぬっと伸びた地之瓊矛が、事もなげに突き破るです。
もうひとつは、刺し貫いたものの、重力を無視できること。
綺羅々は、腹を刺した敵を、事もなげに持ち上げて、別の敵へと、投げ飛ばすのを好んでいるです。
二人は、そうやって、『刀剣連合』の追っ手を薙ぎ払いつつ、國技館前に辿り着いたです。
清良が、國技館の中へ向かって、声を張り上げたです。
「菖蒲綾女ちゃん、あたしの声がきこえる? お願い、あたしはいいから、この綺羅々って子を助けてあげて!」
清良は、追っ手との戦闘を繰り広げつつ、言葉を続けたです。
「あたしは、肉体関係を強要され、拳斗に何かを命じられたら、逆らえない身体になってしまった。だけど、綺羅々は、まだダイジョウブ。肉体関係を強要される直前、連れ出せたの。まだ、拳斗に支配されていないの。だから、綺羅々を保護してあげて。そして、ジャングル風呂地帯に戻してあげて欲しいの」
その長々とした叫びが、清良の隙を作ったです。
ここに辿り着くまでに、二人は二十名近い追っ手を倒していたですが、それでも、まだ十名ほどが残っていたです。
そのうちの洋剣部三名が、連携して動いたです。
一人目が、陽動で光輪を引きつけます。
二人目が、上段から大ぶりで、清良に踊りかかります。
この二人を躱した清良の背中に、後ろから迫っていた三人目が、剣を突き立て、引き抜いたです。
三人目の剣は、清良の肋骨を突き抜け、肺腑を破っていたです。
清良は、自分の胸を押え、口からゴフゴフと血を吐きながらも、声をあげ続けたです。
「……綺羅々……『極楽湯』の『湯もみ役』……『地獄釜』の底にある澱球を管理……綺羅々を帰さないと……『この世界』が『渾沌』に呑み込まれて……」
綺羅々が、慌てて地之瓊矛を、五メートルも伸ばし、洋剣部三人目の横腹を貫いたです。
そのまま、三人目の身体をぶん回し、二人目と三人目を薙ぎ払います。
清良は、堪えきれず、その場に崩れ落ちたです。
綺羅々は、地之瓊矛を、十メートル近く伸ばし、大車輪で回転させ、清良を護るだけで、やっとです。
そののとき、國技館正門が開け放たれたです。
百名を超える『格闘部連合』員が飛び出してきたです。
条件が同じであれば、無手で闘う者が多い『格闘部連合』より、武器を手にした『刀剣連合』が有利です。
だけど、この場にいる『刀剣連合』の生き残りは五名ほどで、しかも全員、重い武器を振り回しながら二人を追ってきたことにより疲弊しているです。
『刀剣連合』の生存者は、『格闘部連合』の連携に圧倒され、難なく打ち倒されてしまったです。
國技館正門から飛び出してきた『格闘部連合』員の中には、数人の救護担当が含まれていたです。
他の『格闘部連合』員が、『刀剣連合』の生存者を追い詰める中、救護担当は、清良と綺羅々の保護を優先させたです。
担架が持ち出され、ゴホゴホ血を吐き続けている清良を、それに乗せたです。
そして、綺羅々とともに、國技館内に、運び入れたです。
☆
実は、このとき、清良と綺羅々を國技館内に入れることについて、『格闘部連合』内で、意見が割れていたです。
副将の二ツ山親方と、女戦士族長が猛反対するのを、大将の綾女が押し切ったのです。
清良は、勇者パーティーを代表するメンバーとして有名です。
そして、召喚勇者が、肉体関係を強要し精神支配した者だけを、勇者パーティーメンバーとすることも、広く知られているです。
しかしながら、召喚勇者が、支配状態を調整できることまでは知られていないです。
単純に、召喚融資者は、パーティーメンバーに命令を強要できるが、思考までは強要できないのだと、見なされているです。
綺羅々が、まだ召喚勇者の精神支配を受けていないという説明は、眉唾ものです。
だって、そう説明している清良は、召喚勇者の精神支配にあるですヨ。
その説明を、真に受けることは危険です。
それに、綺羅々を助けないと、『この世界』が『渾沌』に呑み込まれるなんていうとんでもない説明を、真に受けることなどできないです。
ですが、それでも、『格闘部連合』の大将である綾女は、副将二人の反対を押し切って、清良と綺羅々を、國技館内に招き入れる決断をしたですヨ。
綾女は、理屈ではなく、直感に従う人間です。
そのことで、度々、失敗もしてきたというのに、反省している様子はないです。
ただ、今回の決断については、綾女なりの理由があるみたいです。
綾女と清良は、旧知の仲――陸上部の後輩と先輩――なのです。
綾女は槍投げの選手で、清良は走り高跳びの選手。
普段から、綾女は、先輩である清良の指導を受けてきたです。
そして、陸上部の夏合宿に参加しようとした綾女に、拳斗の危険性を教え、その罠を回避させてくれたのが、清良なのです。
そういった経緯から、綾女には、清良を、先輩を慕う気持ちがあるのです。
とはいえ、綾女と清良の。これまでの親交の全てが、拳斗の策謀によるものであった可能性だって、あるですヨね……。
担架に乗せられた清良は、もはや虫の息です。
背中と口中からから血が溢れ出ているです。
綺羅々は、少し離れた場所で、『格闘部連合』員数名の監視下に置かれているです。
綺羅々が、清良の元へ駆け寄ろうとするのを、監視している者たちが、押し止めているです。
綺羅々は、「お願い、清良様を、助けてあげて!」と、泣き叫んでいるです。
そこへ、儚内薄荷が、ひょこひょこ、やってきたですヨ。
自分、驚いたです。
だって、薄荷って、武闘体育祭の賞品なんですヨ。
あらゆる危険を排し、その居場所を秘匿して、護るべき対象ですヨ。
それを、罠の危険性が高い、この二人の前に出すなんて……。
薄荷は、綾女が、わさわざこの場に呼び出したようです。
七月にジャングル風呂地帯を地底人が襲撃した際、薄荷は、『科學戦隊レオタン』の『お色気ピンク』として、綺羅々と協力し合った経験があるですヨ。
なので、綾女は、薄荷に、綺羅々のことを確認したいと思ったようです。
まずは、清良が國技館前で叫んでいた「綺羅々を保護し、ジャングル風呂地帯帰さなければ、『この世界』が『渾沌』に呑み込まれててしまう」という言葉の真偽や緊急度について――です。
薄荷は、『極楽湯』の『湯もみ役』である綺羅々のロールについて、聞き及んでいるはずなのです。
それから、これも清良の言にあった「綺羅々は、拳斗による肉体関係強要前で、まだ、その精神支配を受けていない」という言葉について――です。
薄荷なら、前に綺羅々会ったことがあるのですから、その精神状態を判断できるはずなのです。
自分、三尸経由で送られてきた、薄荷の現状にも、驚いたです。
薄荷は。『パニエ貞操帯』に拘束され、以前と様変わりしていたですヨ。
もちろん、事前情報は、得ていたのですヨ。
・魔力による戦闘力や防御力を、完全に失っている。
・思考力も制約され、幼児退行が甚だしい。
・『服飾に呪われた魔法少女』に関する記憶は、ブロックされている。
それでも、薄荷の表情の変化には驚いたですヨ。
元々小柄なこともあって、なんと言うか、もう、どう見ても、幼児にしか見えないのです。
更に、奇異なことに、薄荷は、浴衣姿の大男の肩に、ちょこんと乗っていたです。
その大男は、一方の手で肩に乗せた薄荷の膝を抱え込み、もう一方手で、太い金棒を握っているです。
薄荷本人の戦闘力はなくなっているものの、この大男は油断できないです。
この場にやってきた薄荷は、いきなり、突拍子もない行動に出たです。
幼児退行した、その脳内で、短絡的な判断が働いたようです。
薄荷は、大男の肩を蹴って、跳び出したです。
股下に『転生勇者の剣ネコ』を顕現させ、それを両手で掴んだです。
『転生勇者の剣ネコ』を、魔女の箒のごとく操り、清良へ向って飛翔したです。
大男が、慌てて、追いかけるです。
「薄荷ちゃん、待つだ! 担架の、その子は、召喚勇者のパーティーメンバーですだ。召喚勇者に支配されている可能性が高いですだ」
「タンマおにいたん、いそがないと、あのこ、しんじゃう」
薄荷は、担架に乗せられた清良が、肺を破られて、既に危篤状態だと、見てとったのです。
『転生勇者の剣ネコ』を、宙空で消して、清良の傍らに着地。
清良の背中に手を宛て、叫んだです。
「イタイの、イタイの、とんでけ~」
薄荷の腕が、白く発光し、清良の背中に開いた穴が、みるみる塞がっていくです。
そして、この瞬間こそが、召喚勇者拳斗の狙ったものだったです。
三尸を使って、拳斗が、清良と綺羅々の脳内に、直接命じたです。
――殺れ!
召喚勇者拳斗による、清良と綺羅々への強制力が、最大限に高まったです。
二人は、迷うことなく、事前に刷り込まれ、なおかつ、この瞬間まで意識下に封じ込まれていた行動を取ったです。
清良が、回復したばかりの肺腑を使って、「光輪」と呟いたです。
今ままさに自身を瀕死状態から救い出してくれた相手の首元へ向かって、頭上の光る輪っかを、飛ばしたです。
輪っかの直径ふたつ分しかないほどの、とんでもない至近距離からの攻撃です。
一方、綺羅々は、瞬時に、自身を取り囲んでいる『格闘部連合』員の監視者たちの間を抜いて、『地之瓊矛』を、伸ばしたです。
『地之瓊矛』は、シュッと五メートルほど伸びて、担架の上に前屈みになっている薄荷へ――。
~~~ 薄荷ちゃんの、ひとこと次回予告 ~~~
■九月一六日③~二〇日 鹿鳴國技館④メアリー
ボクは、何とか、罠を免れた。
清良さんと綺羅々ちゃんは、檻の中。
これで安心かと思ったら、召喚勇者拳斗と、河童水軍謀と、賢者沈香が用意した罠には、まだその先があったんだ。