■九月一六日① 鹿鳴武道館②綺羅々
小妹の名は、雲母綺羅々と申します。
小妹は、ジャングル風呂地帯にある、『極楽湯』の『湯もみ役』です。
『地之瓊矛』を用いて、『地獄釜』の底にある湯源を攪拌し、『澱球』を管理するのが、その大切な御役目です。
七月のことですが、小妹は、『湯もみ役』にあるまじき大失態を犯しました。
湯元を干上がらせ、地底人の侵略を招いてしまったのです。
あの日、小妹は、どうして、あんなこと………………×。
あっ、スミマセン。
少々、フリーズしておりました。
小妹、あの日、壊れてしまったのです。
あれ以来、ときどき、思考が空回りして、訳が分らなくなるのです。
ええっと、七月の大失態について、考えていたのでした。
現在、多くの人々が、七月に大被害を受けたジャングル風呂地帯の復興に、尽力しておられます。
小妹も、しでかしたことの責任を負うべく、これに加わって、懸命に日々を過ごしております。
誰もが、小妹に責はないよ、と慰めてくれます。
悪いのは………………×。
あっ、スミマセン。
また、フリーズしておりました。
どうやら、小妹、脳裏に、ある御方の面影が浮かぶ度に、過負荷状態になってしまうようです。
フリーズを回避するためにも、ここは、記憶が混濁していないあたりから、脳内を整理して参りましょう。
さすがに、思い浮かぶ面影が、どなたなのかは、小妹も理解できています。
召喚勇者であらせられる北斗拳斗様です。
ここまでなら、思考を巡らせても、タイジョウブなのです。
拳斗様は、天津神の神殿が、魔王の魔の手から『この世界』を救うために、召喚した御方です。
凜々しく、精悍で、頼りがいのある、野性的な顔立ち。
……ほんとに、そうだったかしら……?
もっと、こう、不遜で、他人を見下して、使い捨てにする、酷薄な眼差し………………×。
あっ、スミマセン。
また、フリーズしておりました。
小妹、召喚勇者様を、お慕い申し上げております。
召喚勇者様に命じられたら、開けてはならない地獄の釜の蓋だって、開け………………×。
あっ、スミマセン。
そんな恐ろしいことを、小妹が考えるなんて……。
と、とにかく、小妹、召喚勇者様のことを、心底、尊敬申し上げているのです。
召喚勇者様に命じられたら、この身を捧げる覚悟………………×。
あっ、スミマセン。
召喚勇者様は、ちゃんとした方です。
小妹のことだって、大切にして、使い潰すようなことはなさらないはず……。
だって、先日、約束通り、小妹を迎えに来てくださったのです。
「約束通り、オマエを俺っちの女にしてやろう」
そう仰って、小妹のことを、優しく抱きしめて………………×。
☆
あれっ?
小妹は……、どうしてこんなところにいるのでしょうか?
ここって、鹿鳴館學園ですよね。
確かに、小妹は、鹿鳴館學園の魔法少女育成科に学籍を持っております。
しかしながら、『湯もみ役』の職責を考慮し、受講を免除されている身です。
半年前、入学式にだけは、出席しました。
ですが、以降、一度も受講することなく、『極楽湯』にて御役目を果して参りました。
ましてや、いまの小妹は、しでかしたことの責任を取って、ジャングル風呂地帯の復興に力を尽さなくてはならない身の上なのです。
どうか、ジャングル風呂地帯に、帰してくださいませ。
えっ、ここに召喚勇者様の敵がいて、『この世界』を壊そうとしているのですか?
敵の転生勇者って、極悪非道で、淫乱暴戻な、悪魔のような奴なんですね。
ジャングル風呂地帯に帰っている場合ではありませんね。
召喚勇者様に仇なす者は、小妹が退治します。
だって、小妹、召喚勇者様のためなら、この身を捧げる覚悟です。
ああ、ここに『地之瓊矛』があれば、小妹が………………×。
小妹は、手を、ギュッと握りしめます。
あれっ! この手に握り込んでるのって、『地之瓊矛』です。
いや、いや、これって、あってはならないことです。
『地之瓊矛』は、『地獄釜』の外に出してはならないものなのです。
な、なるほど、召喚勇者様をお護りするためなら、なんだって、許され…………るわけないじゃないですか………………×。
☆
ここは、どこ?
鹿鳴武道館の客室?
この客室、どうして、窓や、扉に、鉄格子が嵌まっているのでしょう?
あれっ、小妹、血だらけです。
小妹が、乱心して、暴れた?
聖女天壇伽羅様の治療が間に合わず、槍術部員が、三人死んだ?
またまたぁ、ご冗談を。
小妹、小心者だから、飛蝗一匹殺せませんよ。
ふむふむ、貴女様が、小妹を、止めてくださった……と。
あれれれっ、貴女様って、熾天清良様ではありませんか!
スミマセン、意識が朦朧としていたもので、気がつかず、ご挨拶が遅くなりました。
お久しぶりでございます。
蟋蟀の鳴く、時節となりましたが、恙なくお過ごしでしょうか?
『極楽湯』でお会いした際は、召喚勇者様に気をつけるようご忠告を賜り、誠にありがとうございました。
しかしながら、せっかく、ご忠告いただいたにもかかわらず、小妹は、こうして召喚勇者様の魔の手に落ちてしまいました。
また、助けに来てくださったのですか?
小妹ごときのために、お心を砕いていただき、感謝の念にたえません。
ほほう、小妹が、亡くなられたご友人の良羽様に、似ているのですか。
逃げると仰られても、どこへ。
小妹も、清良様も、召喚勇者様のものですよ。
あんなステキな方ですもの……もはや、抗えないのではありませんか?
小妹も、清良様も、召喚勇者様のために生きて、この身を捧げなくては……。
召喚勇者様の力を撥ね退けられる方なんて、いるんですか?
転生勇者?
えーーっ、転生勇者って、極悪非道で、淫乱暴戻な、悪魔のような奴なんですよね。
召喚勇者様から、転生勇者を目にしたら、迷わず、『地之瓊矛』で串刺しにするよう、教わりました。
違うんですか?
護ってあげたくなるような、カワイイ男の娘?
また、また~~。
ええっと、儚内薄荷っていう名前で、『服飾に呪われた魔法少女』の『セーラー服魔法少女』で、『科學戦隊レオタン』の……。
『お色気ピンク』って!
『科學戦隊レオタン』が、小妹と、ジャングル風呂地帯を、救ってくださったのです。
『お色気ピンク』なら、知っていますよ。
あの恥ずかしい、ピンクでピチピチのレオタード着てる子ですよね。
あんな卑猥な恰好で、よく人前に出れますよね。
『爆炎レッド』さんも、『氷結ブルー』さんも、『雷撃イエロー』さんも、『旋風グリーン』さんも、皆さん、筋肉ムキムキのステキな殿方でした。
なのに、『お色気ピンク』だけ、華奢で、男のくせに、なよなよしていて、気持ち悪いのです。
他の殿方四人は、すっかり『お色気ピンク』に籠絡されているみたいでした。
あれっ?
確かに、ヘンです。
『科學戦隊レオタン』の五人に救っていただいたというのに、なぜ、『お色気ピンク』――ちゃんだけ、小妹はこんなにも嫌悪しているのでしょうか?
そうですよね。
『お色気ピンク』ちゃんは、確かに、ご自分の呪われた衣装を、恥じてらっしゃいました。
人見知りで、儚げな、カワイソウな子だった……かも。
召喚勇者様の力から、小妹たちを解放できるのは、あのピンクちゃん、つまり、転生勇者様だけなんですね。
そ、それは確かに、小妹だって、あんな脂ぎった召喚勇者様じゃなくて、転生ショタ勇者様のものになりたいです。
よし、逃げましょう。
☆
あれっ、小妹、また、記憶が飛んでいます。
全身、血糊で、ベトベトです。
小妹、また、暴れてしまったのでしょうか?
ここは、どこでしょう?
鹿鳴國技館って、逃げ込もうとしている目的地ではないですか。
自意識も保てていなかったのに、ちゃんと辿り着けたようです。
ここに、転生勇者様が保護されてらっしゃるんですよね。
ダイジョウブ、記憶はぐちゃぐちゃですけど、たぶん、理解できてます、きっと。
ここの大将の、菖蒲綾女さんって方に、頭を下げて、懇願するんですよね。
言うことは、分っています。
「小妹と『地之瓊矛』が、『極楽湯』に帰らないと、『地獄釜』の底が抜けて、ジャングル風呂地帯が壊滅してしまいます。どうか、小妹と清良様を、召喚勇者の軛から解き放つため……転生女装勇者様とエッチさせてください」
えっ、ダメですか?
違うんですか?
転生女装勇者様とエッチしても、召喚勇者の軛からは逃れられないんですか……。
ごめんなさい。
清良様、小妹、やっぱり、おかしいです。
転生勇者様の前にでたら、小妹、何かとんでもないことを、しでかしそうです。
~~~ 薄荷ちゃんの、ひとこと次回予告 ~~~
■九月一六日② 鹿鳴國技館③メアリー
悪いのは、召喚勇者拳斗や、河童水軍謀や、賢者沈香だよね。
清良さんと綺羅々ちゃんは、操られているだけ。
でも、だからって、狙われる側は、たまんないよ~~。