■九月一四日 鹿鳴武道館①清良
あたしは、熾天清良。
不本意ながら、勇者パーティーメンバーよ。
三年前、學園に入学し、勇者眷属育成科生となったの。
同学年に、あたしと同様、高い聖力持ちで、頭に光る輪っかを浮かべた女子が、二人いた。
智天瑠美って子と、座天良羽って子だ。
すぐに三人で仲良くなって、三人で勉学に勤しんだ。
あたしらと同学年に、勇者が召喚されていたの。
勇者なんて、そうそう召喚されない。
だから、勇者と同学年になれたってだけで、スゴイことだった。
勇者眷属育成科生ならみんな、あわよくば、そのパーティーに入りたい、それがムリでも、ともに、魔王と戦いたいって思うのが普通よ。
だけど、あたしら三人は、そんなことに興味がなくて、おいしいスイーツ巡りに邁進していたわ。
日々、三人で食べ歩いて、共有しているスイーツのお店マップとランキングの更新にうつつをぬかしていた。
あたしらの評価では、菠薐洋菓子店が至高だったわ。
新作として『六色オーブマカロン』が発表されたときの感動が、忘れられない。
魔法少女の物語に登場する変身コンパクトを模したマカロンで、色ごとに味が異なるの。
連日、三人で同じ色のマカロンを買い、六日かけて全色制覇したときは、本当に嬉しかった。
あのキラキラした日々が懐かしい。
そんなノンポリ學生の三人だったけど、それでも勇者眷属育成科生として、不定期にテレビ放送される勇者テレビシリーズだけは、ちゃんと視ていたの。
夏頃だったか、とある話の最後に、次話タイトルが映し出された。
『堕天せし良羽』というタイトルだったわ。
あたしら三人は、顔を見合わせた。
揃って、顔色が真っ青だ。
良羽っていう名前の子は、學園生のなかに、ひとりしかいない。
だから、これは、あたしら三人組のひとりである座天良羽のことだ。
親友の良羽が、堕天させられる!
清廉潔白な、天使みたいな子なのに……。
翌日からが、地獄だったの。
様々な状況が急転し、良羽は、実家の作った借金を背負わされ、拐かされ、売り飛ばされた。
売り飛ばされた先が、悪の組織で……。
あたしと瑠美は、何とか良羽を助けだそうとしたの。
だけど、良羽は、悪人どもの餌食となり、弄ばれて……堕天した。
堕天した良羽は、清らかな聖力を失い、ドス黒い魔力を放つようになっていたわ。
頭の輪っかは、白く光るのではなく、辺りの光を吸収して、黒く澱んでいた。
売り飛ばされた先の街で、そこに住む全ての人を憎み、建物を次々と瓦解させていく。
あたしと瑠美は、必死で良羽を止めようとしたの。
だけど、良羽は、既に多くの人を殺しており、もはや元の清らかさは取り戻せない。
もはや、良羽を止めるには、その命を絶つしかない。
でも、あたしと瑠美には、どうしても、それができなかった。
そこへ、颯爽と召喚勇者北斗拳斗が登場したわ。
シナリオ通りね。
一振りの剣をふりがさして、ポーズを決める。
「俺っちの持つ、この『召喚勇者の剣タチ』に、切れない悪はない。オマエら二人がヤレねぇのなら、オレが代わりにヤっやる」
瑠美が、拳斗に縋り付いた。
「良羽は、うちらが、この世から送り出してあげたいの。でも、うちらには、どうしてもそれができない」
「方法はあるぜ」と、拳斗が舌舐めずりする。
「二人揃って、俺っちのものになれよ。そうすりゃ、俺っちの命じることを、迷いなく殺れるようになるぜ」
あたしと瑠美は、その提案を受け入れてしまった。
その後のことは、思い出したくもない。
知りたきゃ、テレビの再放送でも視て。
☆
そうやって、あたしと瑠美は、勇者パーティーの、初期メンバーのひとりとして迎え入れられた。
それから二年、新たな勇者物語がテレビ放送される度に、勇者パーティーのメンバーが増えていった。
厳密に言うと、増えつづけただけでなく、減ることもよくあった。
悪との闘いで散った者は、仕方ないと思える。
だけど、勇者の寵愛を、仲間内で奪いあって、死んだ者もいる。
あたしと瑠美を含め、勇者のものになった女は、みんな、勇者拳斗が……大きら……大好きだ。
みんな、その感情が勇者拳斗の精神支配によるものだと理解している。
理解していて、なお、勇者拳斗に対する狂おしいまでの妄執を、抑えることができない。
いつも、パーティーメンバー全員で、勇者拳斗との夜の権利を奪い合っている。
いや、メンバー全員ではない。
パーティー内に、勇者拳斗の精神支配を受けていない者が、二人いる。
『賢者』の天壇沈香と、『聖女』の天壇伽羅だ。
あの二人は、たぶん、勇者拳斗に支配されていない。
二人の父親である天壇白檀教皇の指示で、勇者に与しているだけだ。
他のパーティーメンバーには言えないけど、あたしは、いつしか、魔王の登場を心待ちにするようになっていた。
あたしは、勇者拳斗のことだけを考え続けるよう強制され続けている状態から、解放されたかった。
魔王に、あたしら全員を、消し去って欲しい。
なのに、いつまでたっても、魔王は現われない。
気がつけは、勇者拳斗も、あたしも、最終学年の三年生になっていた。
☆
五月、あの悪夢のような『陸上部のエース』物語が繰りひろげられた。
騒動の前は三十人いたパーティーメンバーが、半数の十五人に減った。
散っていった者の中に……瑠美がいた。
その死に様は、あっけなかった。
『服飾に呪われた魔法少女』たちに、してやられた。
だけど、あの場で起こったことの全ては 勇者拳斗のワルダクミに起因している。
無論、勇者拳斗が、直接手を下したりはしていない。
だけど、あたしは、瑠美を死に至らしめたのは、勇者だと思った。
勇者による強力な精神支配下にありながら、そう思い至れた自分を褒めたい。
精神支配に逆らった行動は取れないけど、この無念さを胸に刻んでおこうと思った。
そう思ったら、これまで精神支配で辿り着けなかった、もうひとつの真実にも思い至った。
二年前に、良羽を死に至らしめたものも、結局は勇者が用意したシナリオだったってことだ。
やつは、そうすることで、あたしと瑠美を手に入れたのだ。
あたしは、せめて自分と同じ思いをする者を、増やしたくないの。
いちど、拳斗に組み伏せられ女は、もう、逆らえなくなってしまう。
あたしは、そのことを、菖蒲綾女に伝え、陸上部の夏合宿参加を思い止まらせた。
更に、『極楽湯』の雲母綺羅々にも、警告した。
そんなことをやってたら、勇者拳斗に、あたしが、その精神支配から逃れようと足掻いていることを、察知されてしまった。
ぱったり、勇者拳斗の夜伽に呼ばれなくなってしまった。
きっと、寝首を掻かれてはたいへんとか、そんなことを思っているのだろう。
☆
八月末、勇者拳斗は、武闘体育祭のために、『刀剣連合』なるものを組織したの。
本人の弁では「いつでも乱舞できるように、備える」のだそうよ。
勇者拳斗は、間違いなく、何かしら、しでかすつもりだ。
おおかた、また、白檀教皇あたりから、指示があったのね。
『刀剣連合』は、勇者拳斗がキャプテンを務める『陸上部』が、表向きの主体となって組織されているわ。
陸上部には、元から、あたしたち勇者パーティーメンバーは全員、所属させられている。
そして、パーティーメンバーは誰でも、何らかの武器を使える。
だから、勇者パーティーが、刀剣関連部活を組織することは、おかしくない。
それから、藪睨謀がコーチを務める水球部が、裏で動いている。
水球部は、『河童水軍』残党の隠れ蓑よ。
間諜や窃盗系のロール持ちが集まっているので、勇者拳斗は、謀を便利に使っているの。
更に、『賢者』の天壇沈香と、『聖女』の天壇伽羅も、暗躍しているわ。
二人は、皇國騎士団との繋がりが深い。
だから、騎士団への就職を目指す者が多い部活は、二人に声を掛けられたら逆らえない。
ということで、剣道部、薙刀部、洋剣部、槍術部を、『刀剣連合』に強制加入させたみたい。
本来なら、フェンシング部も『刀剣連合』に加わるところね。
ただ、ここは、五月にあった鹿鳴陸上競技場における騒動の際、キャプテンをはじめとするエース級が、殺られてしまって、休止状態なの。
ここまでの話しだと、『刀剣連合』は、さして所属人数が多くないように、感じるかもしれない。
ところが、実は、部活の連合会としては最大規模の千五百人を誇っているの。
なぜなら、騎士団って、最も手っ取り早く、騎士爵が得られる職場なの。
もし、他に秀でたところがなければ、こういった武術系の部活に所属して、頭角を現わそうと考える者は多い。
だから、武術系の部活は、部員数も多いの。
余談だけど、歴史的な経緯から『騎士団』という名称が存続しているけど、現在では、式典などにおいて、ごく一部の者しか乗馬することはないわ。
騎士団の移動手段は、木炭バイクに取って代わられて久しいの。
ついでに言っておくと、皇國軍は、組織の規模としては、騎士団より圧倒的に大きいわ。
だけど、皇國軍のロール持ちは、士官だけ。
一般兵卒は、ロールを持たない平民ばかりよ。
ついでに言うと、警察機構に至っては、トップ以外はロールを持たない平民しか居ないわ。
『刀剣連合』は。鹿鳴武道館を本拠地としているわ。
鹿鳴武道館は、國内最大規模の闘技場よ。
『格闘部連合』の本拠地である鹿鳴國技館なんかとは、比較にならない規模なの。
そのため、武闘体育祭の開催時期でなければ、イベント類に貸し出されることも多いわね。
☆
勇者拳斗は、九月一日の後期始業式に出席後、なぜだか急に、南のジャングル風呂地帯に出かけたわ。
そして九月一四日、學園に戻るや、鹿鳴武道館に、謀を呼び出した。
勇者拳斗は、自分と、賢者天壇沈香と、謀の三人で、しょっちゅう話し合い――というか、ワルダクミ――をやってる。
ただ、この日のワルダクミには、なぜだか、あたしも同席させられたの。
悪い予感しかしないけど、断ることなんてできないから、とにかく、席に着いたわ。
挨拶もそこそこに、謀が話しを切り出したわ。
「『格闘部連合』に潜入させてた女から、待望の報告がきてるぜ」
勇者拳斗と謀は、めぼしい部活に間諜を送り込んでいる。
間諜を仕立てる手順は、次の通りよ。
・勇者拳斗が、女を手籠めにして、完全服従に至らしめる。
すると、その女の、人格が破壊され、『傀儡』というロールが加わる。
・賢者沈香が、その女の、『傀儡』ロールを隠匿する。
これにより、『傀儡』ロールは、生徒徽章にすら表示されなくなる。
・謀が、その女を操って、必要な情報を集める。
そんななかに、『格闘部連合』に送られた女がいるみたい。
謀が、ニヤリと笑って、間諜からの報告内容を、ぶちまける。
「武闘体育祭の賞品となった、『セーラー服魔法少女』の儚内薄荷が、『運動部衣装魔法少女』の菖蒲綾女に保護されたそうだ」
勇者拳斗が、嬉しげに声をあげる。
「案の定だぜ。ガチ体育系の綾女が、武闘体育祭に参戦しないはずはないと踏んでたんだ」
話しが逸脱するけど、勇者パーティーメンバーなら、全員気がついている勇者拳斗の秘密があるの。
この男って、『筋肉フェチ』なの。
ベッドの上でも、筋肉ばかり愛撫してくるから、丸分かり。
で、勇者拳斗にとって理想の筋肉を持つのが、綾女らしいの。
不思議でしょう。
だって、綾女って、筋肉ムキムキとかじゃないもの。
高い身体能力を持ちながら、不思議なくらいスレンダー。
でも、勇者拳斗によれば、綾女の強靱でありながら、しなやかな筋肉がそれを可能ならしめているらしいの。
綾女が、陸上部員として、熱心に活動していたころ、キャプテンである拳斗が、その肢体を絶賛していたわ。
勇者拳斗は、學園入學前から綾女に目をつけていた。
謀を使って、先に、菖蒲子爵家の家宝であるグングニルを奪わせた。
そして、綾女が入學して来しだい、グングニルを使って、綾女を自分のものにする腹だった。
ところが、綾女の持つ、高い物語力と、薄荷たちがそれを阻んだの。
それこそが、瑠美をはじめとする十五人のメンバーが死に至った『陸上部のエース』事件なの。
勇者拳斗は、自分のメンツを潰した相手として、薄荷のことを逆恨みしている。
だから、勇者拳斗は、いま、二兎を追っている。
薄荷を殺し、綾女を手に入れる心づもりよ。
謀が、不満げに唸る。
「糖菓も、そいつらと一緒にヤるって、約束だろ」
謀は、『スクール水着魔女っ子』の金平糖菓を憎悪しているの。
謀は、『河童水軍』っていう極悪海賊団の一員だったの。
『河童水軍』は、東のフェロモン諸島を、本拠地としていた。
謀は、その『河童水軍』本隊から派遣されて、西の皇都トリスや鹿鳴館學園あたりのシマを仕切ってた。
ところが、糖菓が率いる金平水軍が、フェロモン諸島の『河童水軍』本体を壊滅させた。
だから、糖菓を、憎悪してるのよ。
賢者沈香が、さりげなく、勇者拳斗をフォローする。
「はやまるでない。糖菓率いる新『水泳部』は、急速に組織を拡大し、『親水連合』などというものを立ち上げるに至っておる。怪盗義賊育成科ばかりか、魔王育成科の一部まで取り込んで急速に組織を拡大しておるのじゃ。だからこそ、ここは慎重に、まずは『格闘部連合』を潰してから、その次に『親水連合』とすべきじゃ」
勇者拳斗にとって、謀との協力関係維持は、必須なの。
だって、『刀剣連合』の他部活員って、真っ向勝負しか能の無いやつらばかりよ。
一方、謀が率いる『水球部』には、間諜や窃盗系のロールを持つ、ゴロツキが集まっている。
だから、謀略を進めるにあたっては、謀が必要なの。
でも、薄荷を殺し、綾女を手に入れたら、そのあとはどうかしらね。
勇者拳斗にとって、筋肉も胸もない、お子様体型の糖菓は、何の魅力も感じないはずだもの。
「ここは堅実に、いこうぜ」
『堅実』という言葉が一番似合わなそうな、勇者拳斗が、そう言うの。
「薄荷と、『格闘部連合』から、片付けよう。薄荷の様子はどうだ?」
「まず、公になっている情報だ。薄荷は、武闘体育祭の賞品となるにあたって、『転生勇者の剣ネコ』と、PAN2式を、没収された。更に、『パニエ貞操帯』で拘束されて、弱体化しきっている」
「次に、『格闘部連合』に潜入させてた女からの情報だ。薄荷は、魔力による戦闘力や防御力を、完全に失っている。思考力も制約され、幼児退行が甚だしい。しかも、『服飾に呪われた魔法少女』にかかわる記憶は、ブロックされている。従って、仲間と連携して戦うこともできない。ただ、治癒力だけは、異様に高まっているそうだ」
「勝ったな、ガハハ」
勇者拳斗は、勝利を確信した顔だ。
謀へ向かって、状況を、ひとつひとつ確認していく。
・『刀剣連合』の千五百人に対し、『格闘部連合』は五百人だ。
敵戦力は、こっちの三分の一しかいない。
・『格闘部連合』は対人戦に秀でており、スポーツ系の部活相手に、負けはしない。
それでなくとも、『格闘部連合』は、素手で戦うヤツばかりだ。
対する、『刀剣連合』は、全員、武器を手にしているんだからな。
・薄荷は、戦えない状態だ。
となれば、『格闘部連合』でコワイのは、大将の綾女だけだ。
・『刀剣連合』と『格闘部連合』が、正面からヤりあったとする。
俺っちは、綾女を可愛がって、これまでの借りを返す。
その間に、他の『格闘部連合』員なんぞ、全滅だ。
今度こそ、綾女を、ひいひい言わせてやる。
俺っちの女にして、絶対服従させてやる。
謀は、不満げだ。
「やれやれ、俺に、糖菓を我慢させておきながら、自分は綾女に対する欲望全開かよ。まずは、お偉いさんから命じられたように、薄荷を殺るんだろうよ。それに、まさか、『格闘部連合』が立て籠もっている鹿鳴国技館に、正面から攻め込もうってんじゃないだろうな」
「おい、おい、俺っち、真っ向勝負を挑むような正義漢じゃないぜ。攻城戦には、籠城側の五倍の戦力が必要だってことも承知してる。三倍じゃ心許ない。ちゃんと、姑息で、卑怯な手を使うさ。そして、まずは、薄荷を手に入れる。綾女は、その後で、薄荷をエサにして、手に入れる」
「さすが、極悪人。それでこそ、我らが勇者様じゃ」と、賢者沈香が、笑う。
「ちゃんと、奸計を立ててあるんだよ。そのために、この熾天清良を、この話し合いに同席させたんだ」
勇者拳斗が、ここで、いきなり、あたしを指さしたわ。
「次のドラマのヒロインは、清良と、もうひとりいるぜ。俺っちは、その、もうひとりのヒロインを、南のジャングル風呂地帯から連れ帰ってきたところだ」
勇者拳斗が、賢者沈香に合図した。
賢者沈香は、一旦退出してから、もうひとりの人物を従えて戻ってきたわ。
その人物は……『極楽湯』の雲母綺羅々だったの。
~~~ 薄荷ちゃんの、ひとこと次回予告 ~~~
■九月一六日① 鹿鳴武道館②綺羅々
な、なんと、久々、雲母綺羅々ちゃん登場。
えっ、ほら、ジャングル風呂地帯にある、『極楽湯』の『湯もみ役』の子だよ。
7月に、勇者拳斗のせいで、悲惨な立場に追い込まれちゃった子。
なんか、更にカワイソウなことになりそうな展開なんですけど……。