■九月一二日 鹿鳴國技館②丹間
おら、査問丹間というだ。
怪盗義賊育成科二年生の魔力持ちで、剛力鈍足の大男。
昨日、野球部を退部し、相撲部に入部しただ。
野球部のユニフォームは脱がされ、黒い相撲まわしを締めさせられただ。
初めて相撲まわしを締めたけど、大変だった。
相撲まわしって、自分ひとりでは締めれないだ。
素っ裸になったうえで、誰かに補助してもらわないと、締めれないだ。
トイレに行きたくなったら、どうするだよ、って思っただ。
前袋だけを外せば、問題ないと教えてもらって、ほっとしただ。
相撲まわしを締めてもらったら、その上に浴衣を羽織る。
これから、頭髪を伸ばし続けて、いずれは髷を結うように言われただよ。
支度をととのえて、『格闘部連合』の菖蒲綾女大将の元へ向かう。
鹿鳴國技館の中にある、二ツ山部屋だ。
稽古場の土俵の上に、茣蓙を敷き、そこに、昨日から目覚めぬままの薄荷ちゃんが寝かされていただ。
土俵には神が宿るとされいるだ。
その神聖な場所で、薄荷ちゃんにかけられた呪いを、緩和しているらしいだ。
そこまでは、いいだよ。
意識のない薄荷ちゃんの上に、不審者が跨がっているだ。
薄荷ちゃんのミニスカは、不審者によって、捲り上げられているだ。
薄荷ちゃんを拘束している『パニエ貞操帯』が丸見え。
ふわふわに膨らんだ、何層ものピンクのレースが、露になっている。
不審者は、レースの中に手を突っこんで、あちこち、探っていた。
「でへへっ」と、いやらしく笑い、垂れてきた涎を、腕でぬぐっている。
『パニエ貞操帯』は、パンツタイプで、幾重ものレースの下に貞操帯が隠されている。
腰周りが金属ベルトになっていて、臍のあたりに、ゴツイ鍵穴がある。
闇烏暗部皇國軍参謀の説明によれば、武闘体育祭優勝者に渡される『ピンクの鍵』を、この鍵穴に差し込まなければ、『パニエ貞操帯』を取り外すことはでないらしい。
もし、『パニエ貞操帯』を破壊しようとすれば、即死毒の針が、腹部へ突き刺さり、薄荷ちゃんを即死させるそうだ。
だから、おら、慌てて、不審者を制止しただ。
「大将、思い止まって欲しいだ! それ以上、淫らなことしたら、毒針が飛び出て、薄荷ちゃんが死んじまうだ」
そう、不審者は、綾女大将だっただ。
大将は、まるで、『イヤラシイことに夢中で、おらが稽古場に入ってきたことに、このとき初めて気がついた』みたいに見える。
顔を真っ赤にしながら、怒鳴っただ。
「バカ!言うに事欠いて『淫らなこと』って――。オレは、薄荷ちゃんの『パニエ貞操帯』を安全に外す方法がないか、調べてただけだ!」
「ホントだか? 腰周りだけじゃなく、股間をまさぐってたくせに――」
「排泄用の仕掛けとか、非常用のパージ装置とかがあるかと思ったんだよ!」
「あっただか?」
「ほら、ここ、見て」と、大将が、薄荷ちゃんのお尻を、こちらに傾けてきただ。
「お尻の、ワレメに、フリフリのレースに隠された鍵穴が、もうひとつあるんだよ。こんなの暗部皇國軍参謀の、『パニエ貞操帯』の説明には、無かったよな」
スススススススススゴイもの、見てしまっただ。
なななななんて、キレイなお尻……じゃなくて、排泄用の仕掛けとかなくとも、『呪われた服飾』と同じで、あらゆる汚れは消え去るから……お尻がキレイなのは、あたりまえ……というか……」
大将が、おらの顔面を指さし、呆れたような声をだす。
「丹間、鼻血出てんぞ。」
慌てて、土俵横に干してあったタオルで顔をぬぐった。
おら、薄荷ちゃん推しだども、カースウィチ全員のファンだ。
カースウィチ同士の百合シーンなんて、最高のご褒美だ。
「そそ、そんなことより、綾女大将、おら、お願いがあって、ここに来ただ。おらが、大将ではなく、薄荷ちゃんに仕えることを、許して欲しいだよ。おら、薄荷ちゃんの盾になりたいだ」
「それが、どういうことか、ほんとうに分ったうえで言ってる?」
大将が、おらの顔を覗き込んでくる。
「薄荷ちゃんってさ、『パニエ貞操帯』で拘束されて、武闘体育祭の賞品にされた時点で、たぶん、この國にとって『いらない子』扱いが決定してるんだぜ。武闘体育祭の最終日である九月三〇日まで生きていられる可能性は、限りなく低い。そこを生き延びたとしても、ほぼ間違いなく、年末までには、殺される。それも、物語を強制終了させるように、容赦なく殺されるぞ」
おらは、ぐっと拳を握る。
「昨日だけでも、薄荷ちゃん推しの同志が、たくさん死んだだ。おら、ここで逃げたら、先に逝った同志たちに、言い訳できないだ。そもそも、學園生徒が生きて卒業できる確率なんて、ほとんどないだ。だったたら、おら、薄荷ちゃんの盾になって死にたいだ」
「分った。好きにすればいい」
大将が、そう言いながら、捲れ上がっていた薄荷ちゃんのミニスカを、丁寧に、元の位置に戻す。
そして、その腹部をポンポンと、軽く叩いた。
すると、眠り続けていた薄荷ちゃんが、目覚めた。
それこそ、皇子様からキスでもされたかのように、パッチリと目を覚ました。
自分にのしかかっている人物がいるのを認識して、大きく目を見開く。
「キャッ」と、女児みたいなカワイイ悲鳴を上げる。
「だっ、だあれ? おんなのひと?」
その口調がおかしい。
『パニエ貞操帯』は、着用者の魔力行使と思考を阻害する機能がある。
実際、薄荷ちゃんの口調は、小学生じみたものになっていた。
だけど、いまの、この口調は、まるっきり、幼児のものだ。
「おねぇたん、いけないことして、ボクをころすの? よかった、おんなのひとで。ボク、おとこのひとって、コワイの。だから、どうせ、いけないことなされて、ころされるなら、おねぇたんみたいに、きれいな、おんなのひとがいい」
「薄荷ちゃん、オレのことが分んないの? ほら、オレ、菖蒲綾女、運動部衣装魔法少女だよ」
「え~っ、うんど……いしょ……、ちがうよ、まほうしょうじょって、六しょくのオーブ持ってるんだよ、オネエタン」
「そっか、この半年、ずっと一緒にいた仲間が、分んないか……。それに、薄荷ちゃんも、オレも、同い年で、揃って十五歳なんだけど、オネエタンって……。」
大将も、薄荷ちゃんの反応に、愕然とした表情で、呟く。
それでも、すぐに、気を取り直して、薄荷ちゃんに笑顔を向ける。
「薄荷ちゃん、オレのことは、綾女ちゃんって呼んで」
「うん、わかった、あやめオネエタン」
大将が、ガックリと肩を落として、薄荷ちゃんの上から降りる。
大将が、またしても、小声で呟く。
「クソッ、これ、オレたちへの記憶操作とは、レベルが違う。薄荷ちゃんは、『服飾に呪われた魔法少女』にかかわる記憶を、ほぼ、ブロックされちまってるぜ」
おらも、小声で、大将に指摘する。
「薄荷ちゃん、昨日までは、間延びした口調だったども、まだちゃんと考えて喋れてただ。いまは、だぶん、一時的に、幼児退行しているだよ」
大将が、考え込む。
「『パニエ貞操帯』に、これほどの記憶干渉ができるとは思えないぜ。事を仕組んだ側に、とんでもない力を持った者がいると、考えるべきか……」
薄荷ちゃんは、今頃になって、この場に、おらも居るって気がついただ。
「あっ、たんまオニイタン、マ! たんまオニイタン、オニイタンたちがどうなったかわかる?」
『オニイタン、マ』と、噛んでしまったことが、恥ずかしいらしく、少し顔が赤い。
「えっ……ええっと……あっ……ほかのオニイタンたちは、先に逝って待ってるだ」
思わず、『逝く』と『行く』を曖昧にして、誤魔化そうとしただ。
あのとき、鹿鳴テニスセンターは、敵味方入り乱れての、乱戦状態だった。
そのうえ、後始末もせず、あの場を放置して、鹿鳴国技館に戻ってきた。
だから、はっきりと断言はできないけど、『オニイタンたち』、つまり闘球部については、最初からいた部員たちも、新入部員たちも、ほぼ助からなかったはずだ。
あっ、櫓上で半鐘を鳴らし続けていた田老耶麻太キャプテンだけは、もしかしたら……いや、いや、きっと、ムリだろう……。
「……みんな、イっちゃたんだ……。ボクのせいだよね……。でも、ボクも、もうすぐ、あっちにイくから……。すぐまた、あえるよね」
どうやら、薄荷ちゃんは、『逝く』という言葉の意味を、ちゃんと理解出来てしまったみたいだ。
完全な幼児退行というわけでも、なさそう……。
となると、もう一歩踏み込んで、言ってあげるべきだよな。
「ほかのオニイタンたちは、薄荷ちゃんを護って先に逝ったんだよ。だから、薄荷ちゃんは、オニイタンたちのガンバリをムダにしないためにも、こっちに居ないと、いけないだよ」
「……わかった。ボク、もうしばらく、こっちにいれるよう、あがいてみる」
「薄荷ちゃんのことは、丹間が護るからって、ほかのオニイタンたちに約束したから……」
薄荷ちゃんは、にへりと笑顔を作る。
「うん、ハッカね、おとこのひとはコワイけど、丹間オニイタンとなら、ダイショウブ」
――尊い!
おらは、薄荷ちゃんを、ぎゅっと抱きしめたくなるのを、懸命に堪えただ。
そんなことしたら、オニイタンから、コワイおとこのひとに、格下げされてしまうだ。
~~~ 薄荷ちゃんの、ひとこと次回予告 ~~~
■九月一四日 鹿鳴武道館①清良
あたしは、熾天清良。
不本意ながら、勇者パーティーメンバーよ。
勇者拳斗に精神支配されてるの。
だから、心底嫌悪していても、薄荷ちゃんを葬り去ろうとする拳斗のワルダクミに加担するしかないの。