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■九月六~一〇日 鹿鳴テニスセンター③小津磨

 俺は、早見(はやみ)小津磨(オズマ)

 鹿鳴館學園野球(ベースボール)部の投手(ピッチャー)だぜ。


 野球は、カストリ皇國で最も盛んな、人気スポーツだぜ。

 プロリーグがあり、全試合テレビ中継される。

 騎士団、皇国軍、警察、科学戦隊、御社(おやしろ)、神殿が、それぞれのチームを抱えている。


 このうち、ちょっと特殊なのは、御社(おやしろ)チームだぜ。

 御社(おやしろ)チームだけ、鹿鳴館學園部生の参加が認められているんだ。

 これは、鹿鳴館學園と御社(おやしろ)が不可分のものだからだ。


 俺は、捕手(キャッチャー)山県(やまがた)飛馬(ピューマ)とバッテリーを組んでいるぜ。

 俺と飛馬(ピューマ)は、現在、三年生。

 入学してすぐにバッテリーを組み、二年生からプロリーグに出場している。


 三年生になる際、飛馬(ピューマ)野球(ベースボール)部のキャプテンに選ばれた。

 その飛馬(ピューマ)が、俺を副キャプテンに指名した。


 飛馬(ピューマ)のやつは、キャプテンとして、あくまで鍍金(めっき)皇子に付き従うつもりだ。

 武闘体育祭についても、鍍金(めっき)皇子を優勝させるために、野球(ベースボール)部を動員している。


 だが、俺と、飛馬(ピューマ)では、志の高さが違う。

 俺は、あくまで、自分自身が、この武闘体育祭に優勝する腹だ。


 俺は、スターだ。

 デビューしたての去年、いきなり、最多勝利投手となった。

 今年も成果をあげており、半年後に卒業したら、騎士団チームへの入団も内定している。


 本当のことなので、自分で言ってしまうが、俺は、顔もスタイルも良い。

 どこへ行ったって、女性ファンが寄って来る。

 女性ファンたちが、昼も、夜も、俺を放っておいてくれない。


 皇族は別として、人気で、俺とタメを張れるのは、召喚勇者の北斗(ほくと)拳斗(ケント)ぐらいだ……と、自惚れていた。


 ところが、今年の六月、ずっと中断していた科學戦隊のテレビ放送が、再開された。

 その放送の度ごとに、新たに結成された『科學戦隊レオタン』の正隊員五人の人気が、とんでもないことになってきた。

 アイツら、卑怯なことに、本業の戦隊活動に加えて、學園偶像(アイドル)男性グループ『レンジャラス』として、ソノシートレコードまで発売しやがった。

 ポッと出に、人気を掻っ攫われた気分だ。


 それでも、『爆炎レッド』と『氷結ブルー』と『雷撃イエロー』と『旋風グリーン』の四人のことは、俺のライバルとして認めてやってもいい。

 あいつら、俺より筋肉隆々だし、聖力を込めた動きもキレッキレの本物だ。


 許せないのは、『お色気ピンク』だ。

 男のくせに『お色気』って、戦隊モノ好きの男子をバカにしてんのか!

 男なのに、なよっとしていて、動きもトロい。

 成人しているくせに、まるっきりお子ちゃまで、色気もなにもあったもんじゃない。


 いつか、俺が、組み伏せて、あの身体に、本当の(おとこ)ってものを教え込んでやる。

 と、日々鬱憤を募らせていたら、その『お色気ピンク』が、俺の手の届く場所に、自分の方から飛び込んできやがった。


□九月六日


 その夜、俺は、鹿鳴テニスセンター内の、とある場所を訪ねた。

 闘球(ラグビー)部にあてがわれた、Aコートだ。

 昼の内に手紙を渡してもらった相手が、ゲイト脇で待っていた。


 闘球(ラグビー)部副キャプテンの一路(いちろう)(すずき)だ。

 実は、俺と(すずき)は、二人ともジャングル風呂地帯の、風紀の宜しくない地域出身で、ガキの頃からの悪友だ。


 もう一人の仲間と三人で、『温泉街の三悪童』とか呼ばれていた。

 三人で結託して、温泉街で働く女たちを、毒牙にかけて回ったものだ。


 俺は、騎士爵家長男で、怪盗義賊育成科三年生の聖力持ちで、ロールは、『剣士』だ。

 (すずき)は、騎士爵次男で、勇者眷属育成科三年生の聖力使いで、ロールは『拳闘士』。

 もう一人の仲間も、騎士爵家の男子だ。


 騎士爵家の男子なんて、ろくなもんじゃない。

 親は、武功があって騎士爵を得たものの、一代限りだ。

 その子は、一応、貴族家の子弟として扱われる。

 よほどのことがない限り、ロールを得られるし、鹿鳴館學園にだって入れはする。

 だが、長男だろうと次男だろうと、學園を卒業したら、ただの平民だ。

 そうなりたくなければ、自分の手で成り上がらなきゃならない。


 俺たち『温泉街の三悪童』は、それぞれの得意スポーツで成り上がる道を選んだ。

 活躍して生き残り、プロリーグか、実業団チームに入れれば、それだけで騎士爵は、ほほ間違いない。

 だが、俺たちは、そんなもんで満足などしない。

 もっと上を、目指している。

 そのための、足がかりが、この武闘体育祭だ。

 武闘体育祭で、暴れ回って名をあげれば、それが悪名であったとしても、男爵クラスへの道がひらける。

 そして、男爵以上の爵位は、一代限りではない。

 次代に、譲ることができる。

 男爵家初代当主――なんと、甘美な響きだろう。


 俺たち『温泉街の三悪童』は、學園入学後の二年半は、疎遠になっていた。

 だが、成り上がる志は同じで、以心伝心、阿吽の仲だ。

 打ち合わせなんぞ、いらねぇ。


 俺は、挨拶も抜きで、(すずき)に問いかけた。

 「まずは、状況確認からだ。間近で接してみて、薄荷(はっか)ってのは、どうなんだ?」


 ありゃ、半端ねぇ、オーラだぜ。

 俺もオマエも、胸や尻のデカイ、一人前の女が好みだよな。

 俺は、実物の薄荷(はっか)を見るまで、あんなの気色悪いって、思ってた。


 ところが、そんな俺でさえ、モノホンを、一目見ただけで、魅了されちまうんだ。

 俺は、性別なんて関係なく、こいつを手籠めにして、グシャグシャにしてやりてぇ、って思っちまった。


 他の闘球(ラグビー)部の奴らは、もっと重症だ。

 神聖視し、穢してはならないものとして、崇めまくってる。

 あくまで『心のイモウト』であって、性欲を向けるなんてとんでもないと、マジで思っている。

 アイツのために命を投げ出した部員たちは、殉教者扱いだ。


 薄荷(はっか)の魔力量は、聖力持ちが傍に寄れば悪寒がするほど高い。

 しかも、その力が『呪われた服飾』により、増幅されていやがる。

 ふだんなら、屈強な男が数十人で飛びかかっても、『拒否』の力で跳ね飛ばしちまうだろう。


 だが、しかし、だ。

 薄荷(はっか)は、いま、拘束具の『パニエ貞操帯』を履かされている。

 『パニエ貞操帯』は、装着者の思考と魔力行使を阻害する。

 俺の見たところ、怪我人の治癒だけはできるのに、攻撃や防御は全くできていねぇ。

 薄荷(はっか)って、肉体的には、そのへんの女児より、無力なんだ。


 それに、闘球(ラグビー)部だが、当初八十余名の部員がいたのに、いまじゃ十四名しかいねぇ。

 その十四名が三交代で、Aコートの防衛しているんだが、そんな人数で、ここを護れるはずがねぇ。


 闘球(ラグビー)部キャプテンの田老(たろう)耶麻太(やまだ)は、それが分っているから、薄荷(はっか)のオニイチャンになれる部員を、早急に追加募集するつもりだ。


 つまり、武闘体育祭『お宝争奪戦』の賞品である薄荷(はっか)を手中にするつもりなら、いま動くしかねぇってことだ。


□九月一〇日


 俺は、悪ガキ時代の経験から、徒党を組むことの大切さを知っている。

 だから、野球(ベースボール)部でも、俺が命じたことに盲従できる手下を集めてきた。

 現在、三百人を超える野球部員のうち、三十人ほどが俺の配下だ。


 奴らには、卒業できたら、俺の力で騎士団チームへ入れてやると、口約束した。

 どうせ、ほっといても、學園の三年間で死んじまうような間抜けばかりだから、口約束で充分だ。


 そして、野球(ベースボール)部の副キャプテンである俺は、部員たちの練習や合宿日程を管理する立場だ。

 鹿鳴テニスセンターでは、BからFまでの五コートが、野球(ベースボール)部に割り振られている。

 この日、俺は、手下の三十人だけが、Bコートに集まるよう手配したぜ。


 Bコートを使うのには、ふたつ理由がある。

 理由のひとつは、闘球(ラグビー)部に割り振られたAコートの隣が、Bコートだからだ。

 理由のもうひとつについては、少々説明が必要だ。


 鹿鳴テニスセンターは、鋸壁に護られた広大な施設だ。

 施設内には、センターコートと、A~Tの二〇コート、合計二一コートがある。

 各コートを囲む観客席にも鋸壁があり、二重の護りとなっているぜ。


 外鋸壁内で、二一のコートは、三×七に配置されている。

 外鋸壁の北面にある三コートが、西から、センターコート、Aコート、Bコート。

 つまり、Bコートは、鹿鳴テニスセンターの北東角地にある。


 鹿鳴テニスセンターの外周を囲む鋸壁は、強固だ。

 だが、この北東角に、一箇所だけ、可動式になっているところがある。

 これは、各コートの芝の張り替え時に、必要な重機や芝を出し入れするためのものだ。

 そして、この作業に使用される重機類は、Bコート内に収納されている。


 鹿鳴テニスセンターのコートは全て、伝統的な天然芝のグラスコートなんだ。

 そのため、数年ごとに、張り替えが必要となるんだぜ。


 日が落ちて、辺りが暗くなってから、俺は、手下に命じて、Bコート内に収納されている重機類を起動させた。

 そして、これを用いて、外鋸壁に隠された可動部分を開いた。


 扉の向こうには、既に、何百人もの人間が隠れ潜んでいる。

 『大径球技連合』だ。


 ☆


 鍍金(めっき)皇子が率いる『小径球技連合』に対抗して、『大径球技連合』を組織しようという話しは、前期中からあった。

 闘球(ラグビー)部だって、当初は『大径球技連合』への加入を予定していた。


 『大径球技連合』の中心となるはずの、野球に次ぐ人気の三スポーツ部活、蹴球(サッカー)部、籠球(バスケットボール)部、そして排球(バレーボール)部は、いずれも自負心が強い。

 なので、大同団結に至れないまま、九月一日を迎えてしまった。


 九月一日、始業式の騒動で、闘球(ラグビー)部と薄荷(はっか)を奪い合い、籠球(バスケットボール)部と排球(バレーボール)部にかなりの死傷者がでた。

 九月四日、蹴球(サッカー)部が卓独で、闘球(ラグビー)部と薄荷(はっか)を襲撃して失敗し、壊滅状態となった。


 蹴球(サッカー)部の生き残りは、たった四名だけだった。

 生き残りの中に、副キャプテンの本郷(ほんごう)安出威(アンディ)がいた。

 騎士爵三男で、王侯貴族育成科三年生の聖力使いで、ロールは『殿役(しんがりやく)』。

 そう、コイツが、『温泉街の三悪童』の三人目だ。


 九月四日に敗走し、安出威(アンディ)は、闘球(ラグビー)部と薄荷(はっか)への復讐を誓った。

 そして、自分と同様、闘球(ラグビー)部と薄荷(はっか)に仲間を殺された籠球(バスケットボール)部と排球(バレーボール)部を焚きつけることに成功した。


 これに、鎧球アメリカンフットボール部、送球(ハンドボール)部、猿球(フットサル)部、避球(ドッジボール)部、十柱球(ボーリング)部、浜球(ビーチバレー)部を巻き込んだ。

 結果、あんなに難航していた『大径球技連合』が、六日で結成された。


 『大径球技連合』には、本来、『小径球技連合』を越える九百名以上が参集するはずだった。

 だが、ここに至るまでのすったもんだで、死亡者と、それを上回る脱落者が出た。


 安出威(アンディ)が掻き集めて、この鹿鳴テニスセンター前まで引き連れて来れたのは、二百七十名ほど。

 これに、俺の手下の野球(ベースボール)部員三十名と、闘球(ラグビー)部の(すずき)が加わる。


 こっちの手勢は、三百名。

 対する敵方は、『小径球技連合』総勢八百余名から、俺の手下の三十名を減算した、七百七十名ほどとなる。


 この人数差で、『小径球技連合』に籠城されたら、『大径球技連合』に勝ち目はない。

 だが、こうして侵入し、内部から不意をつけば、武闘体育祭『お宝争奪戦』の『お宝』である薄荷(はっか)を掻っ攫うことは可能だ。


 ☆


 他コートに気取られないよう留意しながら、『大径球技連合』を引き入れた。

 こっちの手勢、計三百名を、いったんBコートに参集させる。


 この先は隠密行動が必要なので、その場に、二百名を残す。

 俺と安出威(アンディ)が、隠密行動可能な、百名を引き連れてAコートへ移動する。


 闘球(ラグビー)部副キャプテンの(すずき)が、Aコート前で待っていた。


 もう一度言うが、闘球(ラグビー)部員の生き残りは、たったの十四名しかいねぇ。

 それが、三交代でAコートの警護にあたっている。

 (すずき)の仕切りにより、現在の警護は、(すずき)自身を含む四名だけ。


 俺たちは、百名は、続々と、Aコートに潜入する。

 (すずき)以外の三名を、不意打ちで屠る。

 たったこれだけで、Aコートは、丸裸だ。


 Aコート内は、どこもガランとしている。

 なのに、食堂にだけ、熱気が籠っていた。


 (すずき)の説明によれば、闘球(ラグビー)部への入部希望者八十名が、食堂に集められているそうだ。

 闘球(ラグビー)部員の生き残り一〇名も食堂にいて、さりげなく調理場のカウンター前に立つ人物を護っている。

 それが、薄荷(はっか)だ。


 九十名は、薄荷(はっか)が、オニイチャンたちへの愛情を込めて作ったというカツ丼を、メッチャ旨そうに、掻き込んでいる。

 全員が、二杯、三杯と、お代わりする勢いだ。

 そして、お代わりに対応な量の、カツや、丼めしが用意できているらしい。


 入部希望者たちが、喜びの声をあげている。

 「これ、うちのカアチャンのカツ丼よりも、三倍美味いぞ」

 「これさぁ、魔力による身体強化がかかってるよな」

 「いまなら、三倍速くカツ気がするぜ」


 アホなこと、ぬかしてやがるぜ。

 『服飾に呪われた魔法少女』五人の中で、バフやデバフの能力を持つのは、『舞踏衣装魔法少女』の宝生(ほうしょう)明星(みょうじょう)だけだろうがよ。


 奴らは、喰うのに夢中で、索敵すらできていない。

 俺たちが、食堂を取り巻いているというのに、気づく様子がない。


 このまま不意をつく作戦だが、油断はできない。

 食堂の奴らは、ろくに身体強化できていないが、身を挺してでも薄荷(はっか)を護ろうとする、気概が高まっているのは確かだ。


 薄荷(はっか)が、エプロンを脱ぎ、衣装を『体育服』のセーラーワンピに瞬間チェンジさせる。

 そして、魔法少女の挿入歌『呪われ魔女っ子の狂詩曲(ラプソディ)』を唄いだした。


 美しいボーイソプラノだが、決して巧くはない。

 なのに、その稚拙な歌声には、履かされている『パニエ貞操帯』の魔力抑制をものともしないほどの力があった。

 食堂にいる奴らは、うっとりと聞き惚れている。


 「アイツら頭オカシイんだ。このままいけば薄荷(はっか)は、第二皇子のものなんだぜ。命がけで薄荷(はっか)を護って、自分たちは、『オニイチャン』ポジションで満足なんだとよ」

 (すずき)は、食堂の様子を、蔑むような目で見ている。

 「俺は、違う。薄荷(はっか)を自分のものにしなきゃ、死んでも死にきれねぇ。いいか、武闘体育祭で優勝して、賞品の薄荷(はっか)を、俺たち三人の嫁にするんだ。ただし、薄荷(はっか)の『パニエ貞操帯』が外れたら、最初にものにするのは俺だかんな。これだけは譲れねぇ」


 俺と、安出威(アンディ)は、顔を見合わせた。


 どうやら、(すずき)は、自分が、いつのまにか、薄荷(はっか)に、すっかり魅了されちまっていることに、気づいていないらしい。

 これじゃあ、薄荷(はっか)の『オニイチャン』ポジションで満足しているヤツらと、大して変わりはしねぇ。

 この有様じゃ、(すずき)には、薄荷(はっか)に暴力をふるうことなど、とうてい、できやしないだろう。


 俺は、違うぜ。

 そもそも、薄荷(はっか)は、俺の好みのタイプじゃない。

 ただ、あの身体に、漢ってものを教え込んでやろうと思っては、いる。

 薄荷(はっか)を手中にしたら、いたぶる気では、いる。


 だが、その先が違う。

 俺は、武闘体育祭の最終日まで待とうなんて思わない。

 薄荷(はっか)を確保次第、その『パニエ貞操帯』を引き破る。

 薄荷(はっか)は死ぬんだろうが、構いはしない。

 瀕死状態のうちちに、三人で薄荷(はっか)を楽しめばいい。

 だって、首さえもっていれば、俺たちは武闘体育祭の優勝者だ。


 どうやら、(すずき)とは、薄荷(はっか)の扱いを巡って、いずれ、やりあうことになりそうだ。

 だが、この場で、(すずき)と揉めるのは得策じゃねぇぜ。

 これからやろうとしている作戦に、(すずき)が不可欠だからな。


 薄荷(はっか)は、二曲目を唄いはじめていた。

 衣装を更に『道衣』のセーラーレオタードにチェンジさせ、科學戦隊の挿入歌『獅子(レオ)子守歌(ララバイ)』を、唄っている。

 食堂にいる奴らは、もはや表情を蕩けさせ油断しきっている。


 俺は、素早く安出威(アンディ)と目配せを交わしつつ、(すずき)に答える。

 「おう、手筈通りいったら、オマエが一番に薄荷(はっか)をものにしていいぞ」


 「よっしゃ、初物ゲット」

 (すずき)は、拳を握って、俺たちだけに聞こえるよう、小声で、言い放つ。


 (すずき)は、薄荷(はっか)が、二曲目を唄い終わるやいなや、手筈通り、大声を放ちながら、食堂へ駆け込んだ。

 「敵襲だ! どこかの部活が、鹿鳴テニスセンター内に潜入してきているぞ! もう、Aコートに入って来ている! 既に、警備担当の三人は、ヤラレちまった!」


 (すずき)は、闘球(ラグビー)部の副キャプテンであり、Aコート警備担当のトップだ。

誰も、その言動を疑わない。

 「耶麻太(やまだ)、Aコートの櫓に上がって、半鐘を鳴らし続けて、センター全体に非常事態を伝えてくれ。俺と、鷹嘴(たかはし)で、薄荷(はっか)ちゃんを、センターコートの第二皇子の元へ、お連れする。他の闘球(ラグビー)部員は、新入部員とともに、潜入者に対応してくれ」


 卵のように身体を丸めた薄荷(はっか)を、(すずき)鷹嘴(たかはし)がパス回ししながら駆け出す。


 そのタイミングで、手筈通り、俺の手下と『大径球技連合』の百名が、食堂内に殴り込んだ。

 百名は、(すずき)たちだけは、あっさり、素通りさせる。

 そして、その場に残った闘球(ラグビー)部員や新入部員たちに、襲いかかる。


 俺と安出威(アンディ)は、この場を仲間の百人に任せて、(すずき)たちの後を追う。


 (すずき)は、Aコートのゲイトを出たところで、センターコートではなく、反対側のBコートを目指して駆けはじめる。

 しかも、鷹嘴(たかはし)へのパス回しを止め、薄荷(はっか)を抱え込んだまま走る。


 鷹嘴(たかはし)が、(すずき)の異変に気がついて、叫ぶ。

 「里雨(さとう)オネエチャンを、どうする気だ!」


 だが、そのときは、とっくにBコート内だ。

 待機していた、俺の手下と『大径球技連合』の二百名に、取り囲まれている。


 (すずき)が、鼻で笑う。

 「『オネエチャン』って、なんだよ。鷹嘴(たかはし)、テメエ、ホント気色わりぃな。俺は、テメエらみたいな家族ごっこじゃ満足できねぇ。薄荷(はっか)は、俺が嫁としてお持ち帰りして、しゃぶり尽してやる」


 (すずき)が、薄荷(はっか)の身体を、自身の顔前まで持ちあげる。

 鷹嘴(たかはし)に見せつけるように、舌を伸ばす。

 そして、身を丸めて震えている薄荷(はっか)の頬を、ペロリと舐めてみせた。


 「オネエチャンを、穢すな!」

 鷹嘴(たかはし)が、激昂し、その身を震わせる。

 鷹嘴(たかはし)の身体が、光を帯び、キラキラと輝きはじめる。

 鷹嘴(たかはし)剛力(シェルパ)が、金剛(ダイヤモンド)を発動させたのだ。

 前回の発動時より、輝きが増している。


 『大径球技連合』の部活では、力を、身体強化に注ぎ込み、素手で闘う者が多い。

 闘球(ラグビー)部だって、大径球技のひとつだ。


 つまり、鷹嘴(たかはし)(すずき)、そしてこの場に居る者の大半が、身体強化特化だということだ。

 その中で、金剛(ダイヤモンド)は、圧倒的に硬い。


 妨害する者たちを撥ねのけ、鷹嘴(たかはし)(すずき)に肉迫した。

それは、激情に駆られた鷹嘴(たかはし)が自身の防御を捨てたからこそ、できたことだ。


 (すずき)は、薄荷(はっか)を盾にしている自分に、躍りかかってくるほど、鷹嘴(たかはし)はバカではないと甘く見ていた。

 それに、副キャプテンである自分が、二年後輩の鷹嘴(たかはし)に、敗れる可能性など、考慮したこともなかった。


 だが、鷹嘴(たかはし)の『オネエチャン』愛が、(すずき)を圧倒した。

 激情に駆られたまま、(すずき)にタックルし、その舌を、掴んで、引っこ抜いた。

 舌根が、喉に跳ね返り、(すずき)が窒息死する。

 (すずき)の目は、驚愕に見開かれていた。


 だが、鷹嘴(たかはし)は、後先を考えていなかったからこそ、それを為せたのだ。

 そのスキに寄ってたかってきた『大径球技連合』の者たちに、鷹嘴(たかはし)は、がんじがらめにされる。


 俺は、七枚の金属ブーメランを、背中に背負っている。

 そのうちの一枚を、抜き取って構えた。


 俺は投手(ピッチャー)なので投擲武器のブーメランだが、野球(ベースボール)部員の大半はバッドで闘う。

 野球(ベースボール)部に限らず、『小径球技連合』の者は、己が部活のスティックやラケットやクラブで闘う者が多い。


 俺は、金属ブーメランを振りかぶる。

 『大径球技連合』の者たちに組み伏せられている、鷹嘴(たかはし)の頭に狙いを定める。

 鷹嘴(たかはし)は、そこだけ、金剛(ダイヤモンド)化できていない。


 俺は、金属ブーメランに『剣士』ロールの聖力を込めて放ち、鷹嘴(たかはし)の頭を、かち割った。


 薄荷(はっか)は、『オトウト』が頭部を砕かれる姿を、目にしてしまった。

 薄荷(はっか)は、女児みたいな悲鳴をあげて、気を失った。


 薄荷(はっか)には、怪我の存在を『拒否』する力ある。

 だが、死んだ者を生き返らすことなんて、できはしない。


 さっきから、ずっと、半鐘が、鳴り響いている。

 Aコートで耶麻太(やまだ)が鳴らし続けている半鐘に呼応し、Bコート以外の全コートが、半鐘を鳴らし始めている。

 つまり、『小径球技連合』の全員が、すぐにも参戦してくるということだ。


 時間に猶予がないというのに、既に駆けつけてきている敵がいる。

 Aコートにいた、闘球(ラグビー)部への入部希望者たちの一部だ。

 自分たちの安全を顧みることなく、薄荷(はっか)を追って、Bコートに特攻してきたのだ。


 この入部希望者たちは、元から、薄荷(はっか)の熱狂的なファンばかりだ。

 Aコートに残してきた『大径球技連合』の者たちを振り切り、信奉する薄荷(はっか)の後を追って、Bコートになだれ込んできている。


 うげっ、先頭にいるのは、俺と同じ野球(ベースボール)部の査問(さもん)丹間(タンマ)じゃねぇか。

 頭は悪くて、脚も遅いが、強肩四番打者(バッター)の大男だ。


 アイツは、ヤバい。

 だって、アイツの戦闘用バットって、ゴテゴテと鋲が並んだ、凶悪な特注金棒なんだぜ。


 「薄荷(はっか)ちゃん、いま助けに行くだよ!」

 丹間(タンマ)は、大音声を発しながら、ドシン、ドシンと駆けてくる。

 丹間(タンマ)が魔力を込めて、金棒を振るうたび、味方が、数人まとめて吹っ飛ばされる。


 俺は、味方である、野球(ベースボール)部の手下と、安出威(アンディ)が連れてきた『大径球技連合』の者たちを鼓舞する。

 「なんとしても薄荷(はっか)を生きたままお持ち帰りして、全員で回そうぜ!」


 薄荷(はっか)を独占したがっていた(すずき)は死んじまった。

 だから、誰はばかることなく、そんな心にもないことを公言できる。


 野球(ベースボール)部の、俺の手下たちは、自分らも、おこぼれに預かれると約束されて、歓喜して、俺の指示に盲従しようとしている。

 だが、この場の大半を占める、『大径球技連合』の者たちは、腰が引けており、すぐにも逃げ出したがっているようだ。

 ここは、敵の城で、こちっは、敵の半分以下の人数なんだから、当然ではある。


 安出威(アンディ)が代表して、俺に反論してくる。

 「バカヤロウ。攻め入ってきている、あのデカブツたちを見ろ。あいつら、自分の命を捨ててでも、薄荷(はっか)を奪還する気だ。どんな戦場でも、覚悟を決めた『死兵』ほと、おっかねぇものはねぇぞ」


 実際、Bコート内だけであれば、こっちは、丹間(タンマ)たちの三倍の兵力がある。

 だというのに、丹間(タンマ)たちは、斃れる仲間を顧みもせず、薄荷(はっか)だけを追いかけて、もう、そこまで迫ってきている。


 「それに、各コートで撃ち鳴らされている半鐘の音に、陣太鼓の音が加わったことに気づいてるか? あれは、白金(しろがね)鍍金(めっき)第二皇子の出陣を報せるもんだぜ。となれば、このBコートと、テニスセンター外鋸壁の間は、すぐにも、そこらじゅう敵だらけになっちまうぞ」

 「生き延びて、武闘体育祭に勝利する手だてはひとつしかねぇ。この場で、薄荷(はっか)の首を、切り落とせ。俺たちは『大径球技連合』だ。薄荷(はっか)の首をボールに見立てて、パスや、トスや、アタックや、シュートで繋ぐなら、ここから脱出できる」


 俺は、うぐっ、と、言葉に詰まった。

 事ここに至って、どうやら自分は、薄荷(はっか)を、ほんとうは殺したくないのだと自覚したからだ。

 安出威(アンディ)からすれば、(すずき)だけじゃなく、この俺も、薄荷(はっか)に魅了された、腑抜けってことだ。


 丹間(タンマ)が、金棒を振りかぶり、俺に迫ってきた。

 俺の身体を跳ね飛ばし、薄荷(はっか)を奪取せんとする一振りだ。


 安出威(アンディ)が、俺の身体を引き寄せて、金棒の振り降ろされる位置から、俺の身体を逸らす。

 同時に、俺の手から、薄荷(はっか)の身体をひったくる。


 安出威(アンディ)は、気絶している薄荷(はっか)の頭を、片手でボールのように握り込む。

 薄荷(はっか)の頭を掴んだまま、その身体ごと、後方の仲間へパス……。

 ……するとみせかけたのはフェイントで、傍らにいる蹴球(サッカー)部の生き残りの前に、薄荷(はっか)の首を差し出す。


 蹴球(サッカー)部の生き残りは、シューズの踵から刃を出し、飛び前転かかと落としを、薄荷(はっか)の首筋へ向かって繰り出す。

 つまり、カポエイラのアウー・シバータだ。


 丹間(タンマ)は、空振りに体勢を崩している。

 もはや、薄荷(はっか)の頭と、身体は、お別れ確実だ。


 丹間(タンマ)の、野太い絶叫が、辺りにこだました。

~~~ 薄荷(はっか)ちゃんの、ひとこと次回予告 ~~~

■九月七日 鹿鳴國技館①綾女

オレは、菖蒲(しょうぶ)綾女(あやめ)

『運動部衣装魔法少女』なんだぜ。

皇國軍に徴兵されての夏巡業から、やっと解放された。

これからは、一人で好き放題、気ままにやろうって思ってた。

なのに、気がついたら、いろんな人から祭り上げられ、お山の大将みたいになっちまった。

あれっ、オレ、なんか、大切なこと忘れてないか?


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