■九月六~一〇日 鹿鳴テニスセンター③小津磨
俺は、早見小津磨。
鹿鳴館學園野球部の投手だぜ。
野球は、カストリ皇國で最も盛んな、人気スポーツだぜ。
プロリーグがあり、全試合テレビ中継される。
騎士団、皇国軍、警察、科学戦隊、御社、神殿が、それぞれのチームを抱えている。
このうち、ちょっと特殊なのは、御社チームだぜ。
御社チームだけ、鹿鳴館學園部生の参加が認められているんだ。
これは、鹿鳴館學園と御社が不可分のものだからだ。
俺は、捕手の山県飛馬とバッテリーを組んでいるぜ。
俺と飛馬は、現在、三年生。
入学してすぐにバッテリーを組み、二年生からプロリーグに出場している。
三年生になる際、飛馬が野球部のキャプテンに選ばれた。
その飛馬が、俺を副キャプテンに指名した。
飛馬のやつは、キャプテンとして、あくまで鍍金皇子に付き従うつもりだ。
武闘体育祭についても、鍍金皇子を優勝させるために、野球部を動員している。
だが、俺と、飛馬では、志の高さが違う。
俺は、あくまで、自分自身が、この武闘体育祭に優勝する腹だ。
俺は、スターだ。
デビューしたての去年、いきなり、最多勝利投手となった。
今年も成果をあげており、半年後に卒業したら、騎士団チームへの入団も内定している。
本当のことなので、自分で言ってしまうが、俺は、顔もスタイルも良い。
どこへ行ったって、女性ファンが寄って来る。
女性ファンたちが、昼も、夜も、俺を放っておいてくれない。
皇族は別として、人気で、俺とタメを張れるのは、召喚勇者の北斗拳斗ぐらいだ……と、自惚れていた。
ところが、今年の六月、ずっと中断していた科學戦隊のテレビ放送が、再開された。
その放送の度ごとに、新たに結成された『科學戦隊レオタン』の正隊員五人の人気が、とんでもないことになってきた。
アイツら、卑怯なことに、本業の戦隊活動に加えて、學園偶像男性グループ『レンジャラス』として、ソノシートレコードまで発売しやがった。
ポッと出に、人気を掻っ攫われた気分だ。
それでも、『爆炎レッド』と『氷結ブルー』と『雷撃イエロー』と『旋風グリーン』の四人のことは、俺のライバルとして認めてやってもいい。
あいつら、俺より筋肉隆々だし、聖力を込めた動きもキレッキレの本物だ。
許せないのは、『お色気ピンク』だ。
男のくせに『お色気』って、戦隊モノ好きの男子をバカにしてんのか!
男なのに、なよっとしていて、動きもトロい。
成人しているくせに、まるっきりお子ちゃまで、色気もなにもあったもんじゃない。
いつか、俺が、組み伏せて、あの身体に、本当の漢ってものを教え込んでやる。
と、日々鬱憤を募らせていたら、その『お色気ピンク』が、俺の手の届く場所に、自分の方から飛び込んできやがった。
□九月六日
その夜、俺は、鹿鳴テニスセンター内の、とある場所を訪ねた。
闘球部にあてがわれた、Aコートだ。
昼の内に手紙を渡してもらった相手が、ゲイト脇で待っていた。
闘球部副キャプテンの一路鱸だ。
実は、俺と鱸は、二人ともジャングル風呂地帯の、風紀の宜しくない地域出身で、ガキの頃からの悪友だ。
もう一人の仲間と三人で、『温泉街の三悪童』とか呼ばれていた。
三人で結託して、温泉街で働く女たちを、毒牙にかけて回ったものだ。
俺は、騎士爵家長男で、怪盗義賊育成科三年生の聖力持ちで、ロールは、『剣士』だ。
鱸は、騎士爵次男で、勇者眷属育成科三年生の聖力使いで、ロールは『拳闘士』。
もう一人の仲間も、騎士爵家の男子だ。
騎士爵家の男子なんて、ろくなもんじゃない。
親は、武功があって騎士爵を得たものの、一代限りだ。
その子は、一応、貴族家の子弟として扱われる。
よほどのことがない限り、ロールを得られるし、鹿鳴館學園にだって入れはする。
だが、長男だろうと次男だろうと、學園を卒業したら、ただの平民だ。
そうなりたくなければ、自分の手で成り上がらなきゃならない。
俺たち『温泉街の三悪童』は、それぞれの得意スポーツで成り上がる道を選んだ。
活躍して生き残り、プロリーグか、実業団チームに入れれば、それだけで騎士爵は、ほほ間違いない。
だが、俺たちは、そんなもんで満足などしない。
もっと上を、目指している。
そのための、足がかりが、この武闘体育祭だ。
武闘体育祭で、暴れ回って名をあげれば、それが悪名であったとしても、男爵クラスへの道がひらける。
そして、男爵以上の爵位は、一代限りではない。
次代に、譲ることができる。
男爵家初代当主――なんと、甘美な響きだろう。
俺たち『温泉街の三悪童』は、學園入学後の二年半は、疎遠になっていた。
だが、成り上がる志は同じで、以心伝心、阿吽の仲だ。
打ち合わせなんぞ、いらねぇ。
俺は、挨拶も抜きで、鱸に問いかけた。
「まずは、状況確認からだ。間近で接してみて、薄荷ってのは、どうなんだ?」
ありゃ、半端ねぇ、オーラだぜ。
俺もオマエも、胸や尻のデカイ、一人前の女が好みだよな。
俺は、実物の薄荷を見るまで、あんなの気色悪いって、思ってた。
ところが、そんな俺でさえ、モノホンを、一目見ただけで、魅了されちまうんだ。
俺は、性別なんて関係なく、こいつを手籠めにして、グシャグシャにしてやりてぇ、って思っちまった。
他の闘球部の奴らは、もっと重症だ。
神聖視し、穢してはならないものとして、崇めまくってる。
あくまで『心のイモウト』であって、性欲を向けるなんてとんでもないと、マジで思っている。
アイツのために命を投げ出した部員たちは、殉教者扱いだ。
薄荷の魔力量は、聖力持ちが傍に寄れば悪寒がするほど高い。
しかも、その力が『呪われた服飾』により、増幅されていやがる。
ふだんなら、屈強な男が数十人で飛びかかっても、『拒否』の力で跳ね飛ばしちまうだろう。
だが、しかし、だ。
薄荷は、いま、拘束具の『パニエ貞操帯』を履かされている。
『パニエ貞操帯』は、装着者の思考と魔力行使を阻害する。
俺の見たところ、怪我人の治癒だけはできるのに、攻撃や防御は全くできていねぇ。
薄荷って、肉体的には、そのへんの女児より、無力なんだ。
それに、闘球部だが、当初八十余名の部員がいたのに、いまじゃ十四名しかいねぇ。
その十四名が三交代で、Aコートの防衛しているんだが、そんな人数で、ここを護れるはずがねぇ。
闘球部キャプテンの田老耶麻太は、それが分っているから、薄荷のオニイチャンになれる部員を、早急に追加募集するつもりだ。
つまり、武闘体育祭『お宝争奪戦』の賞品である薄荷を手中にするつもりなら、いま動くしかねぇってことだ。
□九月一〇日
俺は、悪ガキ時代の経験から、徒党を組むことの大切さを知っている。
だから、野球部でも、俺が命じたことに盲従できる手下を集めてきた。
現在、三百人を超える野球部員のうち、三十人ほどが俺の配下だ。
奴らには、卒業できたら、俺の力で騎士団チームへ入れてやると、口約束した。
どうせ、ほっといても、學園の三年間で死んじまうような間抜けばかりだから、口約束で充分だ。
そして、野球部の副キャプテンである俺は、部員たちの練習や合宿日程を管理する立場だ。
鹿鳴テニスセンターでは、BからFまでの五コートが、野球部に割り振られている。
この日、俺は、手下の三十人だけが、Bコートに集まるよう手配したぜ。
Bコートを使うのには、ふたつ理由がある。
理由のひとつは、闘球部に割り振られたAコートの隣が、Bコートだからだ。
理由のもうひとつについては、少々説明が必要だ。
鹿鳴テニスセンターは、鋸壁に護られた広大な施設だ。
施設内には、センターコートと、A~Tの二〇コート、合計二一コートがある。
各コートを囲む観客席にも鋸壁があり、二重の護りとなっているぜ。
外鋸壁内で、二一のコートは、三×七に配置されている。
外鋸壁の北面にある三コートが、西から、センターコート、Aコート、Bコート。
つまり、Bコートは、鹿鳴テニスセンターの北東角地にある。
鹿鳴テニスセンターの外周を囲む鋸壁は、強固だ。
だが、この北東角に、一箇所だけ、可動式になっているところがある。
これは、各コートの芝の張り替え時に、必要な重機や芝を出し入れするためのものだ。
そして、この作業に使用される重機類は、Bコート内に収納されている。
鹿鳴テニスセンターのコートは全て、伝統的な天然芝のグラスコートなんだ。
そのため、数年ごとに、張り替えが必要となるんだぜ。
日が落ちて、辺りが暗くなってから、俺は、手下に命じて、Bコート内に収納されている重機類を起動させた。
そして、これを用いて、外鋸壁に隠された可動部分を開いた。
扉の向こうには、既に、何百人もの人間が隠れ潜んでいる。
『大径球技連合』だ。
☆
鍍金皇子が率いる『小径球技連合』に対抗して、『大径球技連合』を組織しようという話しは、前期中からあった。
闘球部だって、当初は『大径球技連合』への加入を予定していた。
『大径球技連合』の中心となるはずの、野球に次ぐ人気の三スポーツ部活、蹴球部、籠球部、そして排球部は、いずれも自負心が強い。
なので、大同団結に至れないまま、九月一日を迎えてしまった。
九月一日、始業式の騒動で、闘球部と薄荷を奪い合い、籠球部と排球部にかなりの死傷者がでた。
九月四日、蹴球部が卓独で、闘球部と薄荷を襲撃して失敗し、壊滅状態となった。
蹴球部の生き残りは、たった四名だけだった。
生き残りの中に、副キャプテンの本郷安出威がいた。
騎士爵三男で、王侯貴族育成科三年生の聖力使いで、ロールは『殿役』。
そう、コイツが、『温泉街の三悪童』の三人目だ。
九月四日に敗走し、安出威は、闘球部と薄荷への復讐を誓った。
そして、自分と同様、闘球部と薄荷に仲間を殺された籠球部と排球部を焚きつけることに成功した。
これに、鎧球部、送球部、猿球部、避球部、十柱球部、浜球部を巻き込んだ。
結果、あんなに難航していた『大径球技連合』が、六日で結成された。
『大径球技連合』には、本来、『小径球技連合』を越える九百名以上が参集するはずだった。
だが、ここに至るまでのすったもんだで、死亡者と、それを上回る脱落者が出た。
安出威が掻き集めて、この鹿鳴テニスセンター前まで引き連れて来れたのは、二百七十名ほど。
これに、俺の手下の野球部員三十名と、闘球部の鱸が加わる。
こっちの手勢は、三百名。
対する敵方は、『小径球技連合』総勢八百余名から、俺の手下の三十名を減算した、七百七十名ほどとなる。
この人数差で、『小径球技連合』に籠城されたら、『大径球技連合』に勝ち目はない。
だが、こうして侵入し、内部から不意をつけば、武闘体育祭『お宝争奪戦』の『お宝』である薄荷を掻っ攫うことは可能だ。
☆
他コートに気取られないよう留意しながら、『大径球技連合』を引き入れた。
こっちの手勢、計三百名を、いったんBコートに参集させる。
この先は隠密行動が必要なので、その場に、二百名を残す。
俺と安出威が、隠密行動可能な、百名を引き連れてAコートへ移動する。
闘球部副キャプテンの鱸が、Aコート前で待っていた。
もう一度言うが、闘球部員の生き残りは、たったの十四名しかいねぇ。
それが、三交代でAコートの警護にあたっている。
鱸の仕切りにより、現在の警護は、鱸自身を含む四名だけ。
俺たちは、百名は、続々と、Aコートに潜入する。
鱸以外の三名を、不意打ちで屠る。
たったこれだけで、Aコートは、丸裸だ。
Aコート内は、どこもガランとしている。
なのに、食堂にだけ、熱気が籠っていた。
鱸の説明によれば、闘球部への入部希望者八十名が、食堂に集められているそうだ。
闘球部員の生き残り一〇名も食堂にいて、さりげなく調理場のカウンター前に立つ人物を護っている。
それが、薄荷だ。
九十名は、薄荷が、オニイチャンたちへの愛情を込めて作ったというカツ丼を、メッチャ旨そうに、掻き込んでいる。
全員が、二杯、三杯と、お代わりする勢いだ。
そして、お代わりに対応な量の、カツや、丼めしが用意できているらしい。
入部希望者たちが、喜びの声をあげている。
「これ、うちのカアチャンのカツ丼よりも、三倍美味いぞ」
「これさぁ、魔力による身体強化がかかってるよな」
「いまなら、三倍速くカツ気がするぜ」
アホなこと、ぬかしてやがるぜ。
『服飾に呪われた魔法少女』五人の中で、バフやデバフの能力を持つのは、『舞踏衣装魔法少女』の宝生明星だけだろうがよ。
奴らは、喰うのに夢中で、索敵すらできていない。
俺たちが、食堂を取り巻いているというのに、気づく様子がない。
このまま不意をつく作戦だが、油断はできない。
食堂の奴らは、ろくに身体強化できていないが、身を挺してでも薄荷を護ろうとする、気概が高まっているのは確かだ。
薄荷が、エプロンを脱ぎ、衣装を『体育服』のセーラーワンピに瞬間チェンジさせる。
そして、魔法少女の挿入歌『呪われ魔女っ子の狂詩曲』を唄いだした。
美しいボーイソプラノだが、決して巧くはない。
なのに、その稚拙な歌声には、履かされている『パニエ貞操帯』の魔力抑制をものともしないほどの力があった。
食堂にいる奴らは、うっとりと聞き惚れている。
「アイツら頭オカシイんだ。このままいけば薄荷は、第二皇子のものなんだぜ。命がけで薄荷を護って、自分たちは、『オニイチャン』ポジションで満足なんだとよ」
鱸は、食堂の様子を、蔑むような目で見ている。
「俺は、違う。薄荷を自分のものにしなきゃ、死んでも死にきれねぇ。いいか、武闘体育祭で優勝して、賞品の薄荷を、俺たち三人の嫁にするんだ。ただし、薄荷の『パニエ貞操帯』が外れたら、最初にものにするのは俺だかんな。これだけは譲れねぇ」
俺と、安出威は、顔を見合わせた。
どうやら、鱸は、自分が、いつのまにか、薄荷に、すっかり魅了されちまっていることに、気づいていないらしい。
これじゃあ、薄荷の『オニイチャン』ポジションで満足しているヤツらと、大して変わりはしねぇ。
この有様じゃ、鱸には、薄荷に暴力をふるうことなど、とうてい、できやしないだろう。
俺は、違うぜ。
そもそも、薄荷は、俺の好みのタイプじゃない。
ただ、あの身体に、漢ってものを教え込んでやろうと思っては、いる。
薄荷を手中にしたら、いたぶる気では、いる。
だが、その先が違う。
俺は、武闘体育祭の最終日まで待とうなんて思わない。
薄荷を確保次第、その『パニエ貞操帯』を引き破る。
薄荷は死ぬんだろうが、構いはしない。
瀕死状態のうちちに、三人で薄荷を楽しめばいい。
だって、首さえもっていれば、俺たちは武闘体育祭の優勝者だ。
どうやら、鱸とは、薄荷の扱いを巡って、いずれ、やりあうことになりそうだ。
だが、この場で、鱸と揉めるのは得策じゃねぇぜ。
これからやろうとしている作戦に、鱸が不可欠だからな。
薄荷は、二曲目を唄いはじめていた。
衣装を更に『道衣』のセーラーレオタードにチェンジさせ、科學戦隊の挿入歌『獅子の子守歌』を、唄っている。
食堂にいる奴らは、もはや表情を蕩けさせ油断しきっている。
俺は、素早く安出威と目配せを交わしつつ、鱸に答える。
「おう、手筈通りいったら、オマエが一番に薄荷をものにしていいぞ」
「よっしゃ、初物ゲット」
鱸は、拳を握って、俺たちだけに聞こえるよう、小声で、言い放つ。
鱸は、薄荷が、二曲目を唄い終わるやいなや、手筈通り、大声を放ちながら、食堂へ駆け込んだ。
「敵襲だ! どこかの部活が、鹿鳴テニスセンター内に潜入してきているぞ! もう、Aコートに入って来ている! 既に、警備担当の三人は、ヤラレちまった!」
鱸は、闘球部の副キャプテンであり、Aコート警備担当のトップだ。
誰も、その言動を疑わない。
「耶麻太、Aコートの櫓に上がって、半鐘を鳴らし続けて、センター全体に非常事態を伝えてくれ。俺と、鷹嘴で、薄荷ちゃんを、センターコートの第二皇子の元へ、お連れする。他の闘球部員は、新入部員とともに、潜入者に対応してくれ」
卵のように身体を丸めた薄荷を、鱸と鷹嘴がパス回ししながら駆け出す。
そのタイミングで、手筈通り、俺の手下と『大径球技連合』の百名が、食堂内に殴り込んだ。
百名は、鱸たちだけは、あっさり、素通りさせる。
そして、その場に残った闘球部員や新入部員たちに、襲いかかる。
俺と安出威は、この場を仲間の百人に任せて、鱸たちの後を追う。
鱸は、Aコートのゲイトを出たところで、センターコートではなく、反対側のBコートを目指して駆けはじめる。
しかも、鷹嘴へのパス回しを止め、薄荷を抱え込んだまま走る。
鷹嘴が、鱸の異変に気がついて、叫ぶ。
「里雨オネエチャンを、どうする気だ!」
だが、そのときは、とっくにBコート内だ。
待機していた、俺の手下と『大径球技連合』の二百名に、取り囲まれている。
鱸が、鼻で笑う。
「『オネエチャン』って、なんだよ。鷹嘴、テメエ、ホント気色わりぃな。俺は、テメエらみたいな家族ごっこじゃ満足できねぇ。薄荷は、俺が嫁としてお持ち帰りして、しゃぶり尽してやる」
鱸が、薄荷の身体を、自身の顔前まで持ちあげる。
鷹嘴に見せつけるように、舌を伸ばす。
そして、身を丸めて震えている薄荷の頬を、ペロリと舐めてみせた。
「オネエチャンを、穢すな!」
鷹嘴が、激昂し、その身を震わせる。
鷹嘴の身体が、光を帯び、キラキラと輝きはじめる。
鷹嘴の剛力が、金剛を発動させたのだ。
前回の発動時より、輝きが増している。
『大径球技連合』の部活では、力を、身体強化に注ぎ込み、素手で闘う者が多い。
闘球部だって、大径球技のひとつだ。
つまり、鷹嘴や鱸、そしてこの場に居る者の大半が、身体強化特化だということだ。
その中で、金剛は、圧倒的に硬い。
妨害する者たちを撥ねのけ、鷹嘴が鱸に肉迫した。
それは、激情に駆られた鷹嘴が自身の防御を捨てたからこそ、できたことだ。
鱸は、薄荷を盾にしている自分に、躍りかかってくるほど、鷹嘴はバカではないと甘く見ていた。
それに、副キャプテンである自分が、二年後輩の鷹嘴に、敗れる可能性など、考慮したこともなかった。
だが、鷹嘴の『オネエチャン』愛が、鱸を圧倒した。
激情に駆られたまま、鱸にタックルし、その舌を、掴んで、引っこ抜いた。
舌根が、喉に跳ね返り、鱸が窒息死する。
鱸の目は、驚愕に見開かれていた。
だが、鷹嘴は、後先を考えていなかったからこそ、それを為せたのだ。
そのスキに寄ってたかってきた『大径球技連合』の者たちに、鷹嘴は、がんじがらめにされる。
俺は、七枚の金属ブーメランを、背中に背負っている。
そのうちの一枚を、抜き取って構えた。
俺は投手なので投擲武器のブーメランだが、野球部員の大半はバッドで闘う。
野球部に限らず、『小径球技連合』の者は、己が部活のスティックやラケットやクラブで闘う者が多い。
俺は、金属ブーメランを振りかぶる。
『大径球技連合』の者たちに組み伏せられている、鷹嘴の頭に狙いを定める。
鷹嘴は、そこだけ、金剛化できていない。
俺は、金属ブーメランに『剣士』ロールの聖力を込めて放ち、鷹嘴の頭を、かち割った。
薄荷は、『オトウト』が頭部を砕かれる姿を、目にしてしまった。
薄荷は、女児みたいな悲鳴をあげて、気を失った。
薄荷には、怪我の存在を『拒否』する力ある。
だが、死んだ者を生き返らすことなんて、できはしない。
さっきから、ずっと、半鐘が、鳴り響いている。
Aコートで耶麻太が鳴らし続けている半鐘に呼応し、Bコート以外の全コートが、半鐘を鳴らし始めている。
つまり、『小径球技連合』の全員が、すぐにも参戦してくるということだ。
時間に猶予がないというのに、既に駆けつけてきている敵がいる。
Aコートにいた、闘球部への入部希望者たちの一部だ。
自分たちの安全を顧みることなく、薄荷を追って、Bコートに特攻してきたのだ。
この入部希望者たちは、元から、薄荷の熱狂的なファンばかりだ。
Aコートに残してきた『大径球技連合』の者たちを振り切り、信奉する薄荷の後を追って、Bコートになだれ込んできている。
うげっ、先頭にいるのは、俺と同じ野球部の査問丹間じゃねぇか。
頭は悪くて、脚も遅いが、強肩四番打者の大男だ。
アイツは、ヤバい。
だって、アイツの戦闘用バットって、ゴテゴテと鋲が並んだ、凶悪な特注金棒なんだぜ。
「薄荷ちゃん、いま助けに行くだよ!」
丹間は、大音声を発しながら、ドシン、ドシンと駆けてくる。
丹間が魔力を込めて、金棒を振るうたび、味方が、数人まとめて吹っ飛ばされる。
俺は、味方である、野球部の手下と、安出威が連れてきた『大径球技連合』の者たちを鼓舞する。
「なんとしても薄荷を生きたままお持ち帰りして、全員で回そうぜ!」
薄荷を独占したがっていた鱸は死んじまった。
だから、誰はばかることなく、そんな心にもないことを公言できる。
野球部の、俺の手下たちは、自分らも、おこぼれに預かれると約束されて、歓喜して、俺の指示に盲従しようとしている。
だが、この場の大半を占める、『大径球技連合』の者たちは、腰が引けており、すぐにも逃げ出したがっているようだ。
ここは、敵の城で、こちっは、敵の半分以下の人数なんだから、当然ではある。
安出威が代表して、俺に反論してくる。
「バカヤロウ。攻め入ってきている、あのデカブツたちを見ろ。あいつら、自分の命を捨ててでも、薄荷を奪還する気だ。どんな戦場でも、覚悟を決めた『死兵』ほと、おっかねぇものはねぇぞ」
実際、Bコート内だけであれば、こっちは、丹間たちの三倍の兵力がある。
だというのに、丹間たちは、斃れる仲間を顧みもせず、薄荷だけを追いかけて、もう、そこまで迫ってきている。
「それに、各コートで撃ち鳴らされている半鐘の音に、陣太鼓の音が加わったことに気づいてるか? あれは、白金鍍金第二皇子の出陣を報せるもんだぜ。となれば、このBコートと、テニスセンター外鋸壁の間は、すぐにも、そこらじゅう敵だらけになっちまうぞ」
「生き延びて、武闘体育祭に勝利する手だてはひとつしかねぇ。この場で、薄荷の首を、切り落とせ。俺たちは『大径球技連合』だ。薄荷の首をボールに見立てて、パスや、トスや、アタックや、シュートで繋ぐなら、ここから脱出できる」
俺は、うぐっ、と、言葉に詰まった。
事ここに至って、どうやら自分は、薄荷を、ほんとうは殺したくないのだと自覚したからだ。
安出威からすれば、鱸だけじゃなく、この俺も、薄荷に魅了された、腑抜けってことだ。
丹間が、金棒を振りかぶり、俺に迫ってきた。
俺の身体を跳ね飛ばし、薄荷を奪取せんとする一振りだ。
安出威が、俺の身体を引き寄せて、金棒の振り降ろされる位置から、俺の身体を逸らす。
同時に、俺の手から、薄荷の身体をひったくる。
安出威は、気絶している薄荷の頭を、片手でボールのように握り込む。
薄荷の頭を掴んだまま、その身体ごと、後方の仲間へパス……。
……するとみせかけたのはフェイントで、傍らにいる蹴球部の生き残りの前に、薄荷の首を差し出す。
蹴球部の生き残りは、シューズの踵から刃を出し、飛び前転かかと落としを、薄荷の首筋へ向かって繰り出す。
つまり、カポエイラのアウー・シバータだ。
丹間は、空振りに体勢を崩している。
もはや、薄荷の頭と、身体は、お別れ確実だ。
丹間の、野太い絶叫が、辺りにこだました。
~~~ 薄荷ちゃんの、ひとこと次回予告 ~~~
■九月七日 鹿鳴國技館①綾女
オレは、菖蒲綾女
『運動部衣装魔法少女』なんだぜ。
皇國軍に徴兵されての夏巡業から、やっと解放された。
これからは、一人で好き放題、気ままにやろうって思ってた。
なのに、気がついたら、いろんな人から祭り上げられ、お山の大将みたいになっちまった。
あれっ、オレ、なんか、大切なこと忘れてないか?