■四月一日① チュートリアル
今日は、チュートリアルと呼ばれる日だ。
二年生の先輩がお一人、教導役となられて、寮の部屋割が同室もしくは隣室となっている新入生二~四名を、指導してくださるんだ。
教導役となられた先輩は、入學手続きを一緒に行い、學園の施設を案内し、學園のルールや行事を教え、更には、入学後も、相談に応じてくださるそうだ。
金平糖菓ちゃん情報によると、ここで、まかり間違って、ハズレの先輩を引き当てたり、先輩に対して粗相してしまうと、その新入生は、大変なことになるらしい。
入學式前に、いきなり命を落とす事態とも、なりかねないそうだ。
糖菓ちゃんは、抜かりなく、入寮手続き時に、自分と、ボク――儚内薄荷――二名の教導役となっていただける先輩のお名前を、聴きだしてくれていた。
萵苣智恵様だ。
何かの間違いではないかと、糖菓ちゃんに、数度、訊ね直した。
間違いないと言われて、震え上がった。
だって、いくら世間に疎いボクでも、その名前は知っている。
第一皇子許嫁で、宰相息女の公爵令嬢だ。
将来は、皇后となられる可能性が高い方だ。
國で、最も高貴な地位に就くであろう御方が、どうして、ボクや糖菓ちゃんの教導役なんてものを、やって下さるのか、わけが分からない。
ボクや糖菓ちゃんなんて、ガチの平民だ。
それも、最底辺の貧困層だよ。
挨拶の仕方から、分からない。
なにを、どう話して良いのか……。
いや、話しかけたりしたら、不敬罪で極刑となるのでは……。
ボクたちって、學園生の正装である、制服すら着用できない。
こんな、ピンクのミニスカセーラー服や、スクール水着姿で、貴人の前に立つことが、許されるとは思えない。
でも、衣服については、そもそも、選択肢なんてない。
二人で話し合って、せめて、挨拶だけでも、きちんとしようってことになった。
昨夜、二人で、練習を繰り返した。
☆
そんな、こんなで、今朝になった。
まずは、糖菓ちゃんと待ち合わせて、大食堂で朝食を済ませる。
手を繋いで、二人で糖菓ちゃんの部屋、7474号室へ行く。
教導役は、新入生を、部屋まで迎えに来てくださるんだ。
ここから、もう、とんでもないよね。
本来、貴人とお会いするなら、こちらから出向くべきだよね。
それを、迎えに来させるなんて――。
それに、ここって、平民用の女子寮で、しかも七階だよ。
貴族寮みたいに美麗じゃないし、木炭発動機エレベーターもない。
階段を、自分の脚で、上り下りするしかないんだよ。
部屋のチャイムが、鳴った。
裏返った声で慌てて返事をして、恐る恐るドアを開ける。
ドアの向こうに、智恵様が、おられた。
供の者も連れず、お一人だ。
「ごきげんよう」
テレビで見知った、スキの無い笑顔で挨拶された。
何と言うか、一つ対応を誤れば、その笑顔のまま、切り捨てられそうで恐い。
「「ごきげんよう」」
ボクたちも、慌てて、挨拶を返す。
続いて、ぎこちないながらも、昨日のうちに練習しておいたお辞儀をした。
ボクはボウ・アンド・スクレープ。
右足を引き、右手を体に添え、左手を横方向へ水平に差し出す。
糖菓ちゃんは、カーテシー。
片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の足の膝を軽く曲げる。
智恵様は、「あらあら、あらあら――」と、声を上げて、笑い出した。
「ここは、皇都の宮廷じゃないんだから、そんな堅苦しいことを、やる人なんていないわ。學園内だと、舞踏会場でもなければ、身分に関係なく『ごきげんよう』だけね」
「それに、薄荷さんは『名誉女子』なのだから、お辞儀は、男性としてのボウ・アンド・スクレープではなく、女性としてのカーテシーでないといけないわ。そうだ、明後日は、舞踏会があるし、ちゃんと憶えておいてね」
――えっ、ボク、いきなり失敗した?
もう、ダメな子判定されちゃった?
震え上がりそうなほど心配したけど、続く、智恵様の御言葉で、ほっと息を吐いた。
「學園生は、身分の貴賤に関係なく、互いに同格として接するよう定められているの。それに、同じ家名の方が多こともあって、家名、肩書き、称号などを付けず、名前だけで呼びあう慣わしがあるの。だから、わたしのことも、遠慮無く智恵と呼んでね」。
智恵様は、一見、穏やかで包容力のある、ふわっとした温かみのあるお方だ。
だけど、お話しさせていただいていると、それだけではないと分かってくる。
自分と、それから、このカストリ國にとっての損得と、敵味方をきちんと見極められている。
味方には愛情を注いで利益を齎し、敵は容赦なく潰す……たぶん、そんなお方だ。
幼少の頃から、父である萵苣博學宰相から、ファーストレディとなるための英才教育を受けてこられたのだそうだ。
☆
學生寮を出て、入學手続きのため、本館を目指し、三人で歩く。
暫く一緒に歩いて、ようやく気がついた。
智恵様は、お一人で出歩いてらっしゃるように見えるが、実はその周囲を、複数の護衛が、がっちり固めている。
かなりの実力者数人が、魔力や聖力を用いて、隠密で警護しているのだ。
ボクも、糖菓ちゃんも、警護の人のことには触れず、三人しか居ないものとして、智恵様と、あれこれ会話を交わしながら、歩く。
この皇立鹿鳴館學園は、広大な敷地に、巨大な建物が散らばっている。
建物間の移動については、木炭自動車のバス網が充実しており、生徒は胸元の生徒徽章を見せれば乗降無料となることについては、前述した。
だが、実のところ、学習棟間は、問題なく、徒歩での移動が可能だ。
というのも、建物同士が、魔力や聖力で複雑に連結されているからだ。
ただし、その時々の利便性ばかりを求めて、無計画な連結を繰り返してきたため、もはや、學園全体が迷宮化してしまっている。
連結ルートを、全て把握できている者など、いないそうだ。
実際、毎年数人、連結ルートで行方不明となり、そのまま學籍抹消される者がいる。
生徒間の抗争で、連結ルートをトラップにして、敵を罠に嵌めることも多いらしい。
本館での入學手続きを済ませて、主だった施設や建物を案内していただく。
本館には、學園長室、教師ごとの研究室、學園事務局、そして生徒会室などが集まっている。
本館に隣接する巨大な建物は、明日の入學式を行う大講堂で、鹿鳴アリーナの別名がある。
學園の全生徒を収容できるそうだ。
全敷地の中央にある、ひときわ目立つ豪奢な建物は、學園の名前を冠した鹿鳴館だ。
ここは、御社の総本山であると同時に、各種舞踏会が催され会場ともなる。
學科別育成棟は、それぞれに意匠を凝らした造りとなっている。
ボクや糖菓ちゃんが、毎日通うことになるのは、魔法少女育成棟。
一言でいうと、巨大な、三段重ねの丸いスポンジケーキみたいな建物だ。
ここについては、授業が始まれば、その詳細を説明することになると思う。
SFに登場する秘密基地みたいな、科學戦隊育成棟。
荘厳な神殿みたいな、勇者眷属育成棟。
童話に出てくるお城みたいな、王侯貴族育成棟。
智恵様から、「學科別育成棟については、他に二つ、怪盗義賊育成棟と魔王魔族育成棟があるんだけど、そっちは行っちゃダメよ」と言われた。
ボクも、糖菓ちゃんも、「どうして、行っちゃダメなんですか?」なんていう、おバカな質問はしない。
怪盗義賊育成科棟は、実質、犯罪者の育成をしており、柄の良くない生徒のたまり場となっている。
魔王魔族育成棟なんて、絶対に、近寄りたくない。
各種体育館に、各種グラウンド。
部活のうち、歴史あるクラブは、専用棟をもっている。
歴史の浅い同好会や、サークルのための、体育部棟や文化部棟もある。
食堂やカフェテラスは、趣や、ランクの違うものが、ここかしこにある。
更には、巨大なショッピンクモールまであった。
ショッピングモールは、観光客も利用可能なため、気をつけねば危ないそうだ。
學業以外の施設が充実していることに、驚いた。
そう話したら、智恵様から、笑われた。
鹿鳴館學園の生徒は二万名だけど、ここには、それを支える、教師陣や事務職員、執事やメイド、各種業者がいて、警護のため十万の皇國兵が駐屯している。
更には、そういった人々の家族もいて、その子供たちのための白鹿小學校まである。
この學園は、数十万人が生活する、大都市なのだ。
☆
歩き回る間に、おおまかな學園の年間行事も、教えていただいた。
四月から七月が前期授業、八月が夏期授業休止、九月から十二月が後期授業、一月が冬季授業休止、二月が試験期間、そして、三月が春季授業休止だ。
生徒全員出席の大舞踏会が、四月頭、七月末、十二月末、そして二月末にある。
後期授業は、イベントづくめで、九月が武闘体育祭、十月が文化祭、十一月が聖魔奉納祭、十二月が神逢祭となっている。
授業は、基本一週間単位で繰り返される。
休日はない。
授業は、生徒自身が、己の物語上、必要だと判断すれば、欠席して構わない。
授業では、そもそも、出欠の確認すらなされない。
ただし、休み放題ということではない。
二月が試験月となっており、その結果が悪ければ、いきなり、ロールを抹消さされて、退學になる。
補講や、留年はない。
八月、一月、三月の授業休止期間は、額面上は、帰省しても良いことになっている。
だが、実際には、一度入學したら退學か卒業まで、帰省する者はいない。
物語上の役どころをこなし、部活の合宿などをやって、過ごす。
授業休止期間中にも、物語は、否応なく進行しているからだ。
帰省なんてしたら、不在の間に、自身の物語が決定的な分岐を迎えたり、自身の生殺与奪の権を他者に奪われたりされかねないんだ。
~~~ 薄荷ちゃんの、ひとこと次回予告 ~~~
■四月一日② チュートリアルの昼食
ボクと、魔法少女仲間の糖菓ちゃんは、教導役の智恵様と一緒に、ランチです。
それだけでも嬉しいのに、これまで食べたこともない豪華なメニュー。
なのに……ランチの話題が、不穏なものに……。
これって、平民のボクなんかが聞いちゃったら、もう、無事ではいられないような極秘事項ですよね。