■九月五~一〇日 鹿鳴テニスセンター②丹間
おら、野球部員の査問丹間というだ。
怪盗義賊育成科二年生の魔力持ちで、強打鈍足の大男。
四番打者で、ポジションは一塁手だ。
ロールは『剽賊』なんていう恥ずかしいものなので、ナイショにしてきただ。
これでも、おら、ホントは勇者になりたかっただ。
ガキの頃からの、憧れだっただ。
だから、おら、『剽賊』なんて生き方を軽蔑する。
ゼッタイに、他人様の物を盗み取ったり、奪い取ったりはしない。
窃盗や強盗はしないけど、おら、人を殺したことならある……だ。
この學園で、生き残るには、仕方ねぇだよ。
それに、おらが殺したあいつは、おらが尊敬する召喚勇者様のことを、スケコマシだって、バカにしただ。
だから、当然の報いだ。
おら、頭は良くねぇ。
勉強のことは良く分らねぇから、人を殺したあの日まで、ただただ毎日、野球と、勇者様のことだけ考えて生きてきただ。
なのに、人を殺したあの日から、心にぽっかり穴が開いてしまっただ。
あんなに熱中していた、野球のことも、勇者様のことも、どうでも良くなってしまっただ。
そんなとき、テレビで、スーパー偶像の儚内薄荷ちゃんに出逢っただ。
薄荷ちゃんは、テレビの向こうで、天真爛漫に唄って、踊って……戦う。
そう、戦うんだ。
おらみたいに、人ひとり殺したぐらいで、挫けたりしない。
野球部の仲間が、薄荷ちゃんは、ただの偶像じゃなくて、『服飾に呪われた魔法少女』で、『科學戦隊レオタンお色気ピンク』で、そして……『転生勇者』様だって教えてくれた。
そうだ、おらの、勇者様に対する憧れは、間違ってなかった。
薄荷ちゃんが、テレビの向こうから、おらに向かって微笑んでくれる。
あれは間違いなく、おらのことだけ見てる。
おら、薄荷ちゃんのことが、ムチャクチャ好きだ。
薄荷ちゃんだって、テレビの向こうから、おらのこと応援してくれてる。
おら、薄荷ちゃんのために、野球も頑張った。
だから、四番打者にも、一塁手にもなれた。
おら、薄荷ちゃんのなめなら、なんだってできる。
だから……。
できることなら、薄荷ちゃんと、お話ししてみてぇ。
かなうことなら、薄荷ちゃんと、お友だちになりてぇ。
おら、口を開けば、薄荷ちゃんのことばかり話しているだ。
もちろん、おらに賛同してくれる部員も、けっこういる。
だけんど、大半の野球部員からは、呆れられているだよ。
「分ってるのか? 確かにカワイイけど、あれ男だぞ。気持ちわるぅ」
「あんな顔して、エロエロピンクなんだぞ、オレはちょっとヤだな」
「カワイイ子が好みなら、普通、糖菓ちゃん推しだろ」
「いや、綾女ちゃんの無鉄砲さこそ、ツヨカワイイ」
「レンゲさんの完璧な美しさが理解できないとは、未熟だな」
「明星様こそ正義だ。近寄りがたいほどに至高だぞ」
☆
おらたち、野球部のキャプテンは、捕手の山県飛馬先輩だ。
男爵家次男で、王侯貴族育成科三年生の聖力持ちで、ロールは『剣士』。
副キャプテンは、投手の早見小津磨先輩。
騎士爵家長男で、怪盗義賊育成科三年生の聖力持ちで、ロールは、こちらも『剣士』だ。
(余談だけんど、騎士爵は一代限り。長男でも爵位は継げねぇ。爵位を得るには、功績が必要だ。)
飛馬先輩と小津磨先輩は、一年生のときからのバッテリーだ。
頭の偏差値も、顔の偏差値も高く、女子にモテる。
今年の夏合宿時に、頭の切れる飛馬キャプテンが中心となって、野球部を存続させるための話し合いが、重ねられただ。
そして、白金鍍金第二皇子が組織する『小径球技連合』への加盟が決定しただ。
例年、体育系部活間の闘争が、最も激化するのは、九月に開催される武闘体育祭の期間中だ。
鍍金皇子の指示で、『小径球技連合』加盟の部活に所属している総勢八百余名は、鹿鳴テニスセンターに集結し、立て籠もることになっただよ。
鹿鳴テニスセンターは、鋸壁に護られたデッカイ施設だ。
施設内に、センターコートと、A~Tの二〇コートがあるだ。
各コートを囲む観客席も、鋸壁となっているだ。
客席の下には、居住スペースがあり、長期に渡って、立て籠もることが可能だ。
敷地の中央にあるセンターコートについては、観客席が大きいだけでなく、屋根まであるだ。
ここと、Aコートを庭球部が使用するだ。
BCDEFの五コートが、三百人を超える最大勢力の野球部。
GHの二コートが杖球部。
IJが袋球部。
KLが卓球部。
MNが羽球部。
OPが孔球部。
QRが門球部。
STが撞球部。
基本、各部二コートづつなのは、男女で使い分けるためだ。
各部とも、八月三一日までに、用具や食料を運び込み、籠城体勢を整えただ。
□九月五日
スゴイことになっただよ。
だって、おらたち、みんなのスーパー偶像である、あの薄荷ちゃんが、 闘球部を連れて、この鹿鳴テニスセンターに逃げ込んできただ。
すったもんだあって、薄荷ちゃんたちと入れ替わりで、庭球部副キャプテンの芍薬牡丹様が、一部の部員を連れて、鹿鳴テニスセンターを出く騒ぎになっただ。
そんなこんなで、残る庭球部員は、大きなセンターコートに集まり、薄荷ちゃんと闘球部員は、Aコートを使用することになっただ。
鹿鳴テニスセンターにある、センターコートと、A~Tの二〇コート、合計二一コートは、三×七に配置されているだ。
そして、外鋸壁の北面にある三コートが、西から、センターコート、Aコート、Bコート。
次の列が、Cコート、Dコート、Eコート。
そんでもって、おらが寝起きしているのが、Dコートだ。
なにを言いたいかというと、あの薄荷ちゃんが、おらのお隣さんだってこと。
おら、薄荷ちゃんと同じ空気を吸ってるって考えただけで、ドキがムネムネするだ。
□九月六~八日
おら、日が経つごとに、イライラ、ムラムラを抑えられなくなってきただ。
だって、お隣に薄荷ちゃんがいるというのに、おはようの挨拶すらできていないだ。
それこそ、このテニスセンターに逃げ込んできたときに、一目見ただけだ。
薄荷ちゃんは、ずっと、闘球部員に匿われていて、Aコートから一歩も出て来ないだ。
武闘体育祭の賞品が薄荷ちゃんなのだから、掻っ攫われないよう護らなきゃいけないってことは、おらだって分っているだ。
それに、武闘体育祭を『小径球技連合』が勝ち抜き次第、薄荷ちゃんが、鍍金様のものになるってことも、ちゃんと分っているだ。
薄荷ちゃんは、高嶺の花で、おらなんかの手が届くことは、ねぇ。
だけんど、それでも、おら、薄荷ちゃんと、お話ししてみてぇ。
薄荷ちゃんと、お友だちになりてぇ。
おら、用もないのに、Aコートのゲイト前を、行ったり来たりしていただ。
そしたら、おらと同じことやってるヤツが、何人もいただ。
同じ野球部員のヤツもいるし、『小径球技連合』の他部活のヤツたちもいるだ。
おらたちは、視線を交わし合っただけで、部活の垣根を越えて、通じあえただ。
おらたち薄荷ちゃん推しは、みんな同じ気持ちだ。
□九月九日
この日の午後、おらたち薄荷ちゃん推しは、Aコートのゲイト前に集結しただ。
みんな『小径球技連合』の加盟部活に所属しており、人数は百人を超えていただ。
みんなが、「薄荷ちゃんと会わせろ!」って、シュプレヒコールをあげようと、騒ぎだしたので、おらが押し止めた。
「はやまっては、なんねぇ。薄荷ちゃんファンなら、知ってるはず。薄荷ちゃんのトラウマは、男性に集団で詰め寄られること。下手なことしたら『拒否』されるだけ。まずは、薄荷ちゃんの保護者である闘球部の部員たちに、おらたちの気持ちを伝えるだよ」
全員が、一挙に静まり返った。
ここに集まった者たちは、テレビシリーズや報道を、ずっと観てきている。
そして、おらの指摘が真っ当だと理解でき、薄荷ちゃんのことを慮れる、ちゃんとしたファンばかりみてぇだ。
あれこれ話して、おらの案が採用された。
おらたちは、Aコートのゲイト前に整列し、応対に出てきた闘球部員に、自分らの話を聞いて欲しいと、頭を下げただ。
闘球部員たちは、イヤな顔をすることなく、オラたちをコート内に迎え入れてくれた。
そして、闘球部のキャプテンと副キャプテンが、話をしてくれただ。
闘球部のキャプテンは、田老耶麻太。
平民で、科學戦隊育成科三年生の聖力使いで、ロールは、『管制官』だそうだ。
副キャプテンは、一路鱸。
騎士爵家の次男で、勇者眷属育成科三年生の聖力使いで、ロールは『拳闘士』。
闘球部には、元々、八十余名の部員がいたそうだ。
ここに至るまでの闘いで、多くの部員が斃れ、現在十四名になってしまっただ。
ラグビー競技は、一チーム十五人だ。
以前は余裕で紅白戦もできたのに、今や、一チームも組めないだ。
薄荷ちゃんは、己のために闘球部が払った犠牲を理解しているだ。
だからこそ、闘球部の生き残りを救うために、己を鍍金皇子に差し出した。
薄荷ちゃんは、この鹿鳴テニスセンターに逃げ込んで来てからも、自らの意思で、闘球部の女子マネージャーを、献身的に務めている。
薄荷ちゃんは、闘球部員たちを、オニイチャンと慕っている。
闘球部員たちは、薄荷ちゃんを、イモウトとして大切にしている。
「……だから、どこの馬の骨とも分らん男を、イモウトに近寄らせるわけにはいかんのだ」
耶麻太キャプテンは、話しを、そう締め括っただ。
おらたちは、頭を下げた。
「どうか、自分らを、薄荷ちゃんのオニイチャンに加えてください」
「それは、闘球部に、入部するということだ。分っているか?」
鱸副キャプテンが、おらたちに、厳しい目を向けてきた。
鹿鳴館學園では、兼部が認められているだ。
だが、ここで、鱸副キャプテンが、問い質しているのは、そんな軽いことではない。
この局面で、闘球部員となって、薄荷ちゃんを護って、死ぬ覚悟はあるのかと訊ねているだ。
参集していた『小径球技連合』の者らの中には、そこまでの認識に至っていなかった者もいたようだ。
いまごろになって、表情を青ざめさせている。
『小径球技連合』を束ねる鍍金皇子が、武闘体育祭の賞品である薄荷ちゃんを護ると宣言し、この鹿鳴テニスセンターに受け入れた。
確かに、その時点で、薄荷ちゃんは、おらたちと同じ運命共同体に身を置いたことになる。
しかしながら、『小径球技連合』はあくまで、鍍金皇子の配下であり、主の命で、そのお宝を護っているだけだ。
それに対して、鍍金皇子の命に関係なく、薄荷ちゃんを護るという者だけが、薄荷ちゃんの傍にいることができるのだ。
「今日のところは、いったん帰れ。熟慮のうえ、薄荷ちゃんのためなら死ねる者だけ、所属部活キャプテンの許可を得たうえで、明日また、入部届け持参で、ここに来てくれ」と、鱸副キャプテン。
耶麻太キャプテンが、ニンマリ笑って、次のように、話しを締め括っただ。
「闘球部の食事はな、オニイチャンたちのために、薄荷ちゃんが愛情と魔力を込めて、手作りしてくれるんだぞ~っ。これが、メッチャ、ウマイんだ。しかも、夕食時は、薄荷ちゃんが、衣装チェンジして、歌って、踊ってくれる。癒やされるし、力が沸いて、いつ死んでもいいって思えるんだぞ~~~って、ことでまた明日」
□九月一〇日
夕方までに、八十余名が、Aコートのゲイトを潜った。
闘球部への入部受け付けが終わったところで、食堂に通された。
揃って夕食を済ませたら、その直後から、三交代の防衛体制に加わるそうだ。
耶麻太キャプテンが、薄荷ちゃんを呼び入れた。
薄荷ちゃんが、あの薄荷ちゃんが、調理場を隔てるカウンターの横から、ぴょこんと顔を出した。
テレビで見慣れた、『呪われた服飾』の『平服』であるピンクのミニスカセーラー服姿だ。
ただ、ミニスカのプリーツが、ほぼ真横に広がり、ふわふわに膨らんだ、何層ものピンクのレースが、露になっている。
めちゃくちゃカワイイけど、これって『パニエ貞操帯』と呼ばれる拘束具だ。
パンツタイプで、パニエの中に貞操帯が隠されている。
臍のあたりにある鍵穴に、『ピンクの鍵』を差し込まなければ、取り外すことはできない。
着用している者の、思考を阻害する機能が付与された、凶悪な聖具だ。
これで拘束されたら、まともにものが考えられなくなり、魔力や聖力の行使も限定的となる。
あと、エプロンも、着用している。
胸元にヒヨコが描かれた、ピンクのフリフリエプロンだ。
闘球部女子マネに代々受け継がれし、魔具だそうだ。
「新しいオニイチャンが、いっぱい来てくれて、ボクぅ、嬉しい。ボクぅ、男の人は、コワイからダメなんだけど、オニイチャンならダイジョウブなんだ。だって、オニイチャンは、ボクを、襲ったり、押し倒したりしないで、優しく頭ナデナデしてくれるから~」
『パニエ貞操帯』の思考阻害により、明らかに幼児化している。
「きょうの夕食は、武闘体育祭の勝利を祈って、カツ丼だよ!」
ひとりづつ、カウンターに進み、握手して、カツ丼をよそってもらう。
全員が食べはじめたところで、薄荷ちゃんが、エプロンを脱ぐ。
衣装を、『体育服』のセーラーワンピに瞬間チェンジさせる。
そして、魔法少女の挿入歌『呪われ魔女っ子の狂詩曲』を唄ってくれた。
それでオシマイかと思ったら、衣装を更に『道衣』のセーラーレオタードにチェンジさせ、科學戦隊の挿入歌『獅子の子守歌』まで唄ってくれた。
――おら、もう、いつ死んでもいいだよ。
というか、天国って、
こんな身近なところにあっただよ。
~~~ 薄荷ちゃんの、ひとこと次回予告 ~~~
■九月六~一〇日 鹿鳴テニスセンター③小津磨
俺は、早見小津磨。
鹿鳴館學園野球部の投手だぜ。
本当のことなので、自分で言ってしまうが、俺は、顔もスタイルも良い。
どこへ行ったって、女性ファンが寄って来る。
女性ファンたちが、昼も、夜も、俺を放っておいてくれない。
つまり、だ、俺こそが、スターだ。