■九月五日 鹿鳴テニスセンター①鍍金
俺様は、白金鍍金。
カストリ皇國の第二皇子だ。
そして、大物語『令嬢の転生』の第一攻略対象だ。
俺様を攻略してくるヒロインは、成上男爵令嬢の利子だと噂されていた。
なぜなら、利子が、転生者だからだ。
成上男爵家は、内密にしているが、利子は、本当は平民の産まれだ。
利子は、転生者の知識を利用し、本来なら偶然が創り出す希少な貴腐ワインを、人工的に量産する技術を齎した。
その技術を持つ利子を、成上男爵家が囲い込んで、養子としたのだ。
利子は、俺様より一歳下だ。
だから、俺様が、二年生となった、今年四月の祝入學進學舞踏会で、ヒロインとして物語の舞台にあがってくるはず……だった。
俺様は、どうにも、そのことに納得できずにいた。
というのも、幼なじみで、許嫁の、芍薬牡丹のことが、気に入っていたからだ。
だって、美人で、利発で、何より肝心なのは、俺様の後ろ盾となってくれている芍薬矍鑠元帥の長女だぞ。
確かに、俺様の牡丹に対する気持ちは、恋心とまでは言えないかもしれない。
でも、皇后教育を真摯に取り組んでいる、あんな、ちゃんとした子が、『悪役令嬢』であって良いはずがない。
それに、つまるところ、俺様ときたら、大物語『令嬢の転生』のなかでは、牡丹を蔑ろにし、矍鑠元帥の後ろ盾を失う、とんでもないバカ皇子だ。
でも、そこまで分っていても、物語の持つ強制力には逆らえないと、言われている。
俺様は、懐疑的な思いを抱きつつ、今年の祝入學進學舞踏会に臨んだ。
そして、出会ってしまった。
成上利子……ではない。
儚内薄荷に、出会ったのだ。
一目惚れってあるんだと、思った。
物語の強制力ってスゴイと、実感した。
だって、あれ、カワイイけど、男の娘だぞ。
教養もない貧民だぞ。
確固たる意思も持たず、状況に振り回されて、右往左往しているだけのヤツだぞ。
――でも、そこがカワイイ。
カワイくて、たまらない。
俺様は、悩んだ。
悩んだあげく、牡丹に、ありのままの心情を吐露した。
そしたら、牡丹に、溜め息を吐きながら、同意されてしまった。
牡丹も、薄荷を目のあたりにして、自身が『悪役令嬢』であることを思い知らされたのだという。
薄荷って、ほんとうに儚げで、抱きしめてあげたくなる存在なのに、なぜだか、眼前にすると悪役としてイジワルをせずにいられないのだ。
俺様と牡丹は、どうしたら良いのか話し合った。
俺様たちは、誰の人生も破綻させずに終わらせたいのだ。
得られた結論は、こうだ。
まず、俺様が、薄荷を第一夫人に、牡丹を第二夫人に迎える。
そのうえで、薄荷と牡丹の協力を得た、俺様が皇太子の座を狙うのだ。
俺様と牡丹は、七月の前期末舞踏会に向けて、そうなるように画策した。
時間をかけて、関係者を説得し、俺様が薄荷をエスコートできるよう準備を整えた。
ところが、いざ舞踏会という土壇場で、薄荷は、とんでもない選択をした。
薄荷ときたら、自分の置かれた状況や、為すべきことを、まるで理解できていなかった。
薄荷は、とんでもないことを仕出かしたのだが、それでも、『攻略対象』の俺様と、『悪役令嬢』の牡丹には、薄荷の選択の意味するところが分った。
つまり、『ヒロイン』である薄荷は、『逆ハーレムルート』を選択したのだ。
薄荷は、無意識のうちに、俺様だけでなく、俺様の兄上である黄金第一皇子や、俺様の弟である白銀第三皇子まで、手に入れようとしているのだ。
☆
で……そのお騒がせ男の娘ヒロインの儚内薄荷が、いま、俺様の前に土下座している。
その後には、十数名の闘球部員たちが並んでいる。
薄荷は、また、とんでもないことを言いだした。
「お願いがありますぅ~。武闘体育祭の賞品であるボクを、鍍金皇子様に差し上げますぅ~。なので、ボクをここまで連れてきてくれた闘球部の人たちを、保護してあげてぇ~」
薄荷の口調が、幼児化して、間延びしている。
これは、拘束具である『パニエ貞操帯』を、着用させられているせいだ。
『パニエ貞操帯』を、着用させられると、まともに、ものを考えられなくなる。
更には、魔力や聖力の行使も、限定的となるのだ。
「ボクぅ~、もう自分のこと、諦めました。どうか、ボクのこと、すきなだけ、弄んでください。」
くそ~っ、薄荷は、明らかに正常な状態でないのに、その様子がムダにカワイイ。
このまま、なりふり構わず、押し倒してしまいたい。
だが、俺様は第二皇子の立場にあり、衆目もある。
迂闊に手を出すことはできない。
俺の傍らには、七月末の舞踏会で、許嫁から、婚約者となったばかりの、牡丹が、並んでいる。
牡丹の後には、石榴子爵家の石女令嬢と、通草男爵家の明美令嬢が、傅いている。
ここは、鹿鳴テニスセンターのセンターコートだ。
鹿鳴テニスセンターは、鋸壁に護られた広大な施設だ。
施設内には、センターコートと、A~Tの二〇コートがある。
各コートを囲む観客席も、鋸壁となっている。
客席の下には、居住スペースがあり、長期に渡って、立て籠もることが可能だ。
武闘体育祭の開始とともに、ここに、『小径球技連合』の者らが、集結している。
『小径球技連合』は、庭球部を中核にした部活の集まりだ。
最大勢力の野球部をはじめ、杖球部、袋球部、卓球部、羽球部、孔球部、門球部、撞球部が、加盟。
総勢七百名に及ぶ。
代表は、庭球部キャプテンの俺様だ。
だが、ここまでの大組織にできたのは、副キャプテンの牡丹の力によるところが、大きい。
この場には、『小径球技連合』に属している各部の代表者もいるのだから、俺様としても、迂闊な言動はできない。
「ラグビー競技は、『小径球技連合』に加わるには、ボールのサイズに問題があるのだがな……」と逡巡しながら、代表者たちを見回す……が、異存はでなさそうだ。
「……いいだろう、俺様は寛大だからな、闘球部と薄荷を受け入れよう。分っているだろうが、これは俺様が薄荷を己がものにしたいという我欲によるものではない。あくまで、『小径球技連合』として、武闘体育祭の『お宝』であるところの薄荷を保護するというだけのことだ」
「さて、俺様は、カストリ皇國の第二皇子として、まず、無条件で、闘球部を受け入れと、薄荷の保護を表明した。そのうえで、俺様は、白金鍍金個人として、儚内薄荷に訊ねたい」
「薄荷は、前期末舞踏会において、俺様も、黄金兄上も、弟の白銀も選ばなかった。今日、その薄荷が、ここに来たということは、薄荷は、今度こそ、俺様を選んだということで良いのだな?」
「はい、ボクぅ~、黄金様やぁ、白銀様よりぃ、鍍金様が『まし』ですぅ~。もう、いろいろ諦めましたから、どうぞ、ボクのこと、好き放題してぇ、既成事実を作ってください」
薄荷は、頬を真っ赤にしながらも、言葉を続ける。
「この場で、『パニエ貞操帯』まで脱がされたら~、ボク、死んじゃうけど~、それでも構いませんよ~。それにぃ~、全部脱がさなくとも~、色々できることってありますよねぇ~。どうぞ、ボクに~、べっちょりツバをつけてぇ~、これは俺様のものだって宣言してください」
「無垢な幼児みたいな口調で、なんてこと言いやがる。それに、言うに事欠いて、『まし』ってなんだ、『まし』って。俺様は、薄荷の身体が目当てではない。薄荷の『愛』が欲しいのだ」
――くそっ、しまった。
こんなこと言ったら、『愛している』と、
俺様から、告白したようなものだ。
薄荷め~、この場には、
牡丹だっているというのに、
これ以上、言わせるな。
「え~~っ、『愛する』のは、ムリ。だって、ボク、女の子が好きなの~。えっと、ほら、金平糖菓ちゃんみたいな子が、好みなの。」
薄荷は真っ赤になった頬に、両手をあて、イヤイヤをしている。
「男の人は、ムリ。だってコワイんだもん」
俺様は、天を仰いだ。
そうだ、薄荷は、そんなヤツなのだ。
とっくに、分っていたはずだ。
傍らにいる牡丹が、苛立った様子で、口を挟んできた。
「鍍金様、わたくしに、遠慮は無用ですわ。それに、王族が貧民の名誉女子ごときを弄ぶことに、問題などありません。そもそも薄荷自身が、そうなることを受け入れているのです。さあ、衆目のあるこの場で薄荷を、押し倒しなさい! 既成事実さえ作れば、黄金様も、白銀様も、そして、誰もが、薄荷に、手出しできなくなります」
――いや、ダメだ。
それをやってしまっては、
俺様の沽券にかかわる。
俺様は、自身の欲望を押さえ込み、その場にいる全員へ宣言した。
「よ~し、決めた。俺様は、この武闘体育祭を勝ち抜き、その賞品である薄荷を、正式に手に入れる。九月三〇日まで、この『小径球技連合』で、薄荷を護り抜き、その翌日には、薄荷を第二夫人とする婚約式を執り行うぞ」
「わたくし――!」
牡丹が、大声を発しかけて、言葉に詰まる。
左手で右手を押さえ込むようにして、わなわなと震えている。
たぶん、薄荷に対して、直接的な暴力を振るいたいという欲求に抗っているのだ。
「ああ、大物語『令嬢の転生』の『悪役令嬢』ロール持ちである自分が呪わしいですわ! 『攻略対象』である鍍金様が、公明正大な選択しかできないことは分っております。でも、わたくしは、『悪役令嬢』として、無抵抗なヒロインをムチャクチャにしたいという魂の内からの激情を、押さえ込めそうにありませんの」
牡丹が、我が身を抱き寄せるようにして、全身を震わせている。
石榴石女子爵令嬢が、牡丹を庇うように前に出る。
薄荷を指して、キツい口調で詰る。
「牡丹様が、ロールに抗い、あれだけ手を尽して、場を整えて回ったというのに、前期末舞踏会の前夜、このおバカな子は、あろうことか、鍍金様の手を取らず、白銀様の元へ走ったのです」
通草明美男爵令嬢も、黙っていられない様子だ。
「牡丹様は、自身の思いを抑え込んで、いちばん大切なものを譲ろうとされました。あろうことか、お慕いしている鍍金様の第一夫人座を、ですわ。それって、もし、鍍金様が皇太子となられれば、この子が、カストリ皇國の皇后ってことですのよ。それを、あの時、このおバカは、イヤイヤする駄々っ子のように投げ捨てたのです」
牡丹が、爆発しかけた激情を、なんとか押さえ込む。
「わたくし、薄荷からすれば、皇后の座なんて、いらないものだと理解しています。でも、『悪役令嬢』であるわたくしは、わたくしの眼前で『ヒロイン』が、そう振る舞うことを、許容できませんの」
「その一方で、『攻略対象』である鍍金様が、事ここに至っても、人目を気にした選択しかできないことを、わたくしは不甲斐なく思います。なので、わたくし、これ以上、ここには居られませんわ。このまま、ここに居たら、直接手をあげて、この子の頬を張り、首を絞めてしまうでしょうから」
「わたくし、庭球部の副キャプテンの座は、降りさせていただきますわ」
牡丹は、石女子爵令嬢と明美男爵令嬢を引き連れて、退席していった。
牡丹に賛同する数十名が後を追い、連れだって鹿鳴テニスセンターを出ていった。
俺様も、牡丹の激情は、理解できる。
それに、庭球部副キャプテンの座は降りても、牡丹が、俺様の第一夫人となる婚約者であることは、前期末舞踏会において確定してしまっている。
俺様は、気持ちを切り替える。
この場に集まっている、『小径球技連合』に加わった各部の代表者たちと、今後の対策を話し合った。
☆
ここで、体育系部活の現状について、話しておきたい。
今年は、例年と異なり、いくつもの物語が絡み合って、複雑な様相を呈しはじめている。
武闘体育祭についても、これまで以上に激化することが予想されていた。
体育系部活に所属する者たちは、危機感を抱いた。
そのため、己が生き残りを賭けて、夏合宿期間中に、共闘する動きが進んだ。
そのひとつが、『小径球技連合』という訳だ。
その所属部活を、再度挙げる。
最大勢力の野球部をはじめ、杖球部、袋球部、卓球部、羽球部、孔球部、門球部、撞球部。
これに、特別枠として、闘球部が加わったことになる。
総勢七百名が、この鹿鳴テニスセンターに集結している。
俺様が把握している、他の共闘組織を挙げておこう。
○大径球技連合
蹴球部、籠球部、排球部は、自負心が強く、当初、他部と連合を組むつもりがなかった。
ところが、闘球部との闘いに敗れたことにより、慌てて、徒党を組もうとしている。
鎧球部、送球部、猿球部、避球部、十柱球部、浜球部が加わった。
我が『小径球技連合』を凌駕する規模に、膨れあがりつつある。
○刀剣連合
召喚勇者の北斗拳斗がキャプテンを務める陸上部と、『河童水軍』残党の藪睨謀がコーチを務める水球部が、隠れ蓑として『刀剣連合』の看板を掲げている。
騎士団の息がかかっている、剣道部、薙刀部、洋剣部、槍術部等が加担している。
ただし、フェンシング部については、過去の事件での経緯で、加盟を断られたようだ。
○飛道具連合
『飛道具連合』については、活動詳細が不明なのだが、魔王魔族育成科が組織しているという。
弓道部、洋弓部、双節棍部等が加盟している。
皇国軍の息がかかっている銃剣部や射撃部の加盟も噂さされているが、確認は取れていない。
最も謎の多い組織だ。
○親水連合
『スクール水着魔女っ子』の金平糖菓と、その配下の喇叭拉太が、新水泳部なるものを立ち上げた。
義賊の復権を理念に掲げ、泳げなくとも入部可能だ。
過去の騒動で活動を停止しているフェンシング部、セパタクロー部、インディアカ部、アルティメット部等の部員を取り込み、怪盗義賊育成科の學生たちの間で、急速に組織を拡大している。
この新水泳部を母胎に、その活動理念に賛同する潜水部、漕艇部、皮艇部も加わり、『親水連合』を結成するに至った。
○格闘部連合
『格闘部連合』は、『運動部衣装魔法少女』の菖蒲綾女を崇拝する者たちの集まりだ。
なんでも、負けた方が配下に下る約束で、代表者同志がタイマンを張って、綾女が勝ち抜き続けているそうだ。
女子相撲部と、女子プロレス部が、組織の中核。
その下に、相撲部、レスリング部、拳闘部、合気道部、空手部、柔道部、重量挙部等がいる。
○舞踏+応援連合
『舞踏+応援連合』は、宝生明星が組織している。
その背後には、仲間うちでのみ『801』と呼ばれている、名前のない匿名組織がいるらしい。
舞踏部、芭蕾舞部、応援部、チアーリーディング部、体操部等が加入している。
一般的な体育系部活とは毛色が異なり、武闘体育祭については、静観するものと思われる。
○ライド連合
『ライド連合』には、馬術部、馬球部、自転車部、輪滑部、蹴板部等が加盟している。
組織の詳細は、不明だ。
○克己連合
『克己連合』には、山岳部、ボルダリング部、クライミング部、トレイルラン部、スカイダイビング部、サバイバル部、ボディビルディング部等が加盟している。
組織の詳細は、不明だ。
~~~ 薄荷ちゃんの、ひとこと次回予告 ~~~
■九月五~一〇日 鹿鳴テニスセンター②丹間
おら、野球部員の査問丹間というだ。
おら、薄荷ちゃんのなめなら、なんだってできる。
だから……。
できることなら、薄荷ちゃんと、お話ししてみてぇ。
かなうことなら、薄荷ちゃんと、お友だちになりてぇ。