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■九月四日 鹿鳴ラグビー場②耶麻太

 俺の名は、田老(たろう)耶麻太(やまだ)

 闘球(ラグビー)部のキャプテンだ。


 俺たち闘球(ラグビー)部は、鹿鳴アリーナにおいて、本年の武闘体育祭の『お宝』である、儚内(はかない)薄荷(はっか)ちゃんを奪取した。

 ホームグラウンドの鹿鳴ラグビー場へと逃げ込んで、四日目の夕方となる。


 鹿鳴館學園の部活は、どこも、本拠地を要塞化している。

 なにしろ、學園では、毎年、生徒数が半減するのだ。

 所属部活ごとに、部の存続と、部員の延命をかけ、防衛体制を取るのは当然のことだ。


 鹿鳴ラグビー場だって、創部以来、歴代部員が要塞化に努めてきた。

 まず、グラウンドを囲むスタンド席が、そのまま強固な防壁となっている。

 防壁上に、投石機、石弩等を配し、内部は、落とし穴やなどの罠をだらけだ。

 二日目から、全員を二十数名づつに分け、三交代制で、警護している。


 籠城に備えて、食料も備蓄してある。

 食事に関しては、何より薄荷(はっか)ちゃんの手料理が、士気を高めてくれている。

 どうやら、薄荷(はっか)ちゃんの手料理は、食した者に、わずかながらも、バフをかけてくれるらしい。


 九月一日の夕食の牛丼が好評だったものだから、二日が豚丼で、三日が焼き鳥丼だった。

 これは、履かされている『パニエ貞操帯』のせいで、薄荷(はっか)ちゃんの思考が、短絡化しているからだと思う。


 俺は、『さすがに、丼もの四連は、ねぇ』と思い、誘導してみた。

 「儚内(はかない)家のカレーって、どんなの?」


 「うち、貧乏だから、いつも、具なしカレーだったよ」という答えが返ってきた。

 俺は、予想外の答えに、「うっ」と会話に詰まった。

 それでも、薄荷(はっか)ちゃんの方から、「やっぱ、肉を食べたいよね……よし、今夜はマトンのカレーだ」と、言い出した。


 ☆


 この四日間、どこの部活も、攻めて来なかった。


 俺と、副キャプテンの一路(いちろう)(すずき)は、暫くの間は、襲撃を受ける可能性は低いと考えている。

 なぜなら、今年の武闘体育祭は、最終日である九月三〇日正午の時点で、『お宝』の薄荷(はっか)ちゃんを所持している者が優勝だからだ。


 いずれかの部活が、早めに闘球(ラグビー)部を攻めて、薄荷(はっか)ちゃんを手中にしたとしよう。

 すると、今度は、その部活の者たちが、薄荷(はっか)ちゃんを護り続ける立場となる。

 そして、攻めることより、護ることの方が難しい。


 加えて、闘球(ラグビー)部は、薄荷(はっか)ちゃんを『心の妹』と公言している。

 つまり、闘球(ラグビー)部の手中にいる限り、薄荷(はっか)ちゃんは、無傷で大切に保管される。


 結論として、ギリギリまで様子見して、最後の最後で掠め取るのが、最も利口だと判断されるからだ。


 しかしながら、學園には、考えなしの集団も多い。

 例えば、蹴球(サッカー)部とか、蹴球(サッカー)部とか、蹴球(サッカー)部とかだ。

 あいつらは、カワイイコを見つけたら、劣情のおもむくまま誘惑し、問答無用で押し倒す。

 なまじ、イケメン揃いで、モテるから、始末に悪い。


 鹿鳴ラグビー場内に、空腹感を誘う、カレーの香りが立ちこめはじめた頃、蹴球(サッカー)部の奴らが攻めてきた。

 卑怯な蹴球(サッカー)部の奴らのことだ。

 間違いなく、自分たちは早めに夕食をとり、俺たち闘球(ラグビー)部員が、腹を空かせているこのタイミングを狙って、襲撃してきたのだ。


 蹴球(サッカー)部員は、カポエイラを習得している。

 そして、刃を仕込んだシューズと、棘だらけの脛当て(シンガード)を装備している。

 部員数は、百二十名ほどだから、うちの倍くらいだ。


 蓄音機を使い、大音量で、ソノシートのサンバ曲を鳴らしながら、踊るように攻め込んで来る。

 カポエイラは、サンバと深く結びついているからだ。


 ――あれっ?

   このリフレイン、聞き覚えがあるぞ。


 ♪レ~オ~、レ~オ~、レオタン・サンバ♪


 ――これって、サンバはサンバでも、

   『レオタン・サンバ』だ。


 『科學戦隊レオタン』のエンディング曲だ。

 そのエンディング動画で、『お色気ピンク』の薄荷(はっか)ちゃんは、お姫様姿で踊りまくる。


 蹴球(サッカー)部キャプテンが、声高らかに宣言した。

 「野郎ども、今夜は、薄荷(はっか)姫と、くんずほぐれつ踊りまくろうぜ!」


 蹴球(サッカー)部のフォワード連中が、「おう」と答えて、四方八方から一斉に攻め込んで来る。


 闘球(ラグビー)部員は、防壁上から、投石機や石弩等で迎え討つ。


 蹴球(サッカー)部員たちは、トリッキーなフェイントで、石や弩を、巧みに躱す。

 ほとんど、数を減らすことなく、こちらの防壁に取り付かれてしまった。

 そのまま、壁面を、蹴あがって来ようとするので、石を投げ落として応戦する。


 鹿鳴ラクビー場には、南北二箇所にゲイトがある。

 試合の際に、観客が出入りするためのものだ。

 当然、分厚い鉄扉で締め切り、その先には、落とし穴等の罠が仕込んである。


 蹴球(サッカー)部の連中には、このゲイトが、ゴールに見えるらしい。

 バックスの連中が、ロングシュートを決めようと、狙ってくる。

 自らの魔力や聖力の全てを軸足に込め、セットした鉄の砲弾を蹴り出してくる。


 蹴った蹴球(サッカー)部員は、それだけで、力を使い果たして意識を失う。

 だが、それだけの価値がある。

 砲弾ひとつで、ゲイトの鉄扉が大きく歪み、数発で、瓦解する。

 南北二つのゲイトが破られた。


 そこから、フォワードが、なだれ込んでくる。

 両ゲイトとも、最初の二人は、落とし穴に落ち、その下に仕込まれた槍で串刺しになる。

 次の一人は、壁面に仕込まれた矢で、蜂の巣にされる。

 次の三人には、頭上から熱した油が降り注ぐ。

 しかしながら、続く彼奴らの、ラクビー場内侵入を許してしまった。


 ラクビー場の観客席下が、闘球(ラグビー)部員の居住区画だ。

 薄荷(はっか)ちゃんがいる調理場は、この奥だ。


 居住区画は、入念に迷路化してある。

 各所に罠を設置し、闘球(ラグビー)部員が潜んでいる。


 侵入してきた蹴球(サッカー)部の連中には、目当ての薄荷(はっか)ちゃんが、どこに居るかも分らない。

 まだまだ、頑張れる。


 蹴球(サッカー)部キャプテンが、ヒクヒクと鼻を動かす。

 「こいつは……カレーの香りだ。それも、専門店のサラサラカレーなんかじゃねぇ、小麦粉入りで、とろみのついた、辛くない、お子ちゃまのいるご家庭用の、カレーの香りだ。間違いねえ、野郎ども、このカレーの香りを辿れ。その先で、薄荷(はっか)ちゃんと、カレーの両方が、喰えるぞ!」


 「おう! 薄荷(はっか)ちゃんカレーの初物は、俺のものだ!」

 迷路に惑わされていた蹴球(サッカー)部の連中が、目標を見定める。


 俺は、蹴球(サッカー)部のやつらに余計な手がかりを与えてしまった悔しさに、歯ぎしりしする。

 香りを辿って走りはじめた蹴球(サッカー)部キャプテンたちの背中を、追う。


 ――くそっ、薄荷(はっか)ちゃんに、カレーの話しなんてするんじゃなかった。


 調理場の方から、薄荷(はっか)ちゃんの悲鳴が、断片的に聞こえてきた。

 「ヤだ。来ないで!」

 「ボクに、触らないで!」

 「えっ? 鍋にスパイスぶちまけちゃ、ヤだ! ボク、辛いカレーは食べれないの!」


 本来の薄荷(はっか)ちゃんなら、魔力で、自分に危害を加えようとするものを拒絶し、跳ね飛ばすことができる。

 だが、『パニエ貞操帯』で拘束された薄荷(はっか)ちゃんには、それができない。


 俺は、蹴球(サッカー)部員二人を殴り殺して、食堂へ入る。


 食堂内には、蹴球(サッカー)部員が五人、押し入ってきていた。

 その中には、蹴球(サッカー)部キャプテンもいる。

 その蹴球(サッカー)部員の一人が、薄荷(はっか)ちゃんを押し倒している。

 その蹴球(サッカー)部員の手には、コショーの小瓶が握られている。


 彼奴は、薄荷(はっか)ちゃんをいたぶるように、その顔面に、コショーを振りかけているのだ。

 薄荷(はっか)ちゃんは、涙と鼻水で顔面をぐしゅぐしゅに歪めながら、ゴホゴホと激しく咳き込んでいる。


 ――あっ、このゲスな蹴球(サッカー)部員、ウィングだ。

   今年の夏合宿の際、

   我が闘球(ラグビー)部唯一の女子マネだった

   里雨(さとう)ちゃんを、殺した奴だ。

   排球(バレーボール)部のアタッカーと奪い合った末、

   里雨(さとう)ちゃんを、直接、殺したのは此奴だ。


 俺の後から食堂に駆け込んで来た誰かが、そこへ割って入った。

 鷹嘴(たかはし)だ。


 鷹嘴(たかはし)は、まず、薄荷(はっか)ちゃんを確保して、食堂と調理場を隔てるカウンターの後へ庇った。


 鷹嘴(たかはし)が、咳き込んでいる薄荷(はっか)ちゃんの背中を、さすりながら言う。

 「里雨(さとう)オネエチャン、ダイジョウブ? お姉ちゃんの仇は、オレが取るからね」

 どうやら、鷹嘴(たかはし)は、激高するあまり、思考が混乱しているようだ。

 薄荷(はっか)ちゃんのことを、里雨(さとう)オネエチャンって……。


 俺は、迂闊にも、ことのきになって、やっと、気がついた。

 『里雨(さとう)』も、『鷹嘴(たかはし)』も、名字は、同じ『(さぶろう)』だ。

 ありがちな名字なので、その可能性にまったく思い至らなかったが、『里雨(さとう)』と『鷹嘴(たかはし)』は、実の姉弟だったのだ。

 ってことは、鷹嘴(たかはし)は、夏合宿中に殺された、姉である里雨(さとう)の仇を取るため、我が闘球(ラグビー)部に入部してきたってことだ。


 鷹嘴(たかはし)が、蹴球(サッカー)部のウィングを睨み付ける。


 そのタイミングで、我が闘球(ラグビー)部も、(すずき)たち四人が駆けつけてきた。

 四人とも、二~三年のレギュラーメンバーで、戦闘力は高い。


 ただ、鷹嘴(たかはし)は、夏合宿後に入部した新人で、ろくに戦闘訓練も積んでいない。

 となると、俺は、鷹嘴(たかはし)に加勢すべき――。


 ウィングの前に出ようとした俺の腕を、(すずき)が掴む。

 「耶麻太(やまだ)、ここは、空気読めよ。鷹嘴(たかはし)に、ウィングとのタイマン張らせてやれよ」と、呆れたように、首を横に振られた。


 俺は、部員たちからKY(空気読めない)と、よく言われる。

 赤面しながら、(すずき)たちに加わり、五人で、敵四人と対峙する。


 我が闘球(ラグビー)部員は、魔力や聖力を肉体強化に特化させている。

 生身の肉体同士による殴り合いや、蹴り合いであれば、まず打ち負けない。


 だが、対する蹴球(サッカー)部員は、カポエイラを習得し、アクロバティックな蹴り技を繰り出してくる。

 殴打中心の闘球(ラグビー)部員による攻撃の全てに、踊るような蹴り技だけで応じてくる。

 そして、一般に、キックはパンチの約2倍のリーチを持ち、約3倍の威力を持つ。

 加えて、蹴球(サッカー)部員は、棘だらけの脛当て(シンガード)を装備している。


 腕と脚、脚と脚で、打ち合ったとしよう。

 強化した闘球(ラグビー)部員の腕や脚が、撃ち負けることはない。

 確実に、闘球(ラグビー)部員が、蹴球(サッカー)部員を跳ね飛ばす。

 だが、インパクトの瞬間、脛当て(シンガード)の棘で、肉を抉り取られてしまう。


 更に恐いのは、蹴球(サッカー)部員のシューズに仕込まれた刃だ。

 奴らは、これで頸動脈を狙ってくる。

 右脚を避けきった間合いで、次いで飛んできた左脚から、思いの外長い刃が飛び出してくる。


 現状に至るまでに、脛当て(シンガード)や、刃を仕込んだシューズで、既に、結構な人数がヤラレてる。

 だが、食堂まで辿り着いた闘球(ラグビー)部員は精鋭であり、蹴球(サッカー)部員の戦法を、ここまで潜り抜けてきている。

 迂闊に踏み込むような者はいない。


 幸いなことに、ここは食堂だ。

 室内には、食事用のテーブルやイスが詰め込まれている。


 蹴球(サッカー)部側は、回し蹴り等の大技を繰り出しづらい。

 闘球(ラグビー)部側は、テーブルに身を隠し、掴んだイスを盾にして闘う。


 そして、ここぞと判断したら、我が身の犠牲を省みず、素手で、相手の脛当て(シンガード)を握り込む。

 もしくは、相手の脚を脛当て(シンガード)ごと、脇に挟みこむ。

 脛当て(シンガード)の棘で身を抉られながらも、相手の首に手を伸ばす。

 喉元を握り込んで息の根を止め、頸椎を捻り切る。

 五人で、傷だらけになりながらも、何とか、敵四人を、ブチ殺した。


 その間、食堂の奥では、蹴球(サッカー)部のウィングと、鷹嘴(たかはし)が闘っていた。


 薄荷(はっか)ちゃんが、調理場のカウンター横から頭を出して、その闘いを見守りながら叫んでいる。

 「鷹嘴(たかはし)チャン、ボク、里雨(さとう)オネエチャンとして、死んだ時のこと思い出しちゃった。ボクを凌辱して殺したのソイツだよ。ソイツだけは許せない。だからお願い、仕返しして。ソイツをメチャクチャにして!」


 だが、闘いは、明らかに、鷹嘴(たかはし)が押されている。

 ウィングは、かなりの使い手だ。

 ニマニマ笑いながら、バナネイラ・プランドゥ――逆立ちから両手ジャンプし、足を曲げて、交互に上に伸ばす――などのアクロバティクな大技で、翻弄してくる。


 みるみるうちに、鷹嘴(たかはし)のユニフォームはズタズタになり、此処彼処から血が飛び散る。


 薄荷(はっか)ちゃんが、里雨(さとう)オネエチャンとして、叫ぶ。

 「鷹嘴(たかはし)チャン、(さぶろう)家の漢でしょ、今こそ、家伝ロールの『剛力(シェルパ)』に目覚めるの!」


 鷹嘴(たかはし)の身体が、光を帯び、キラキラと輝きはじめた。


 里雨(さとう)オネエチャンが、歓喜する。

 「あら、鷹嘴(たかはし)チャンの剛力(シェルパ)は、金剛(ダイヤモンド)なのね。オネエチャン、オトウトが、誇らしいわ」


 鷹嘴(たかはし)が殴ると、ウィングの浅黒い肌が、スパッと切れる。

 更に、鷹嘴(たかはし)が殴ると、脛当て(シンガード)が砕けた。


 ウィングの顔から、鷹嘴(たかはし)を弄ぶようなニマニマ笑いが消える。

 更に、俺たちの五対四の闘いが、蹴球(サッカー)部側の敗けと見て取るやヤバイと、血相を変えた。


 渾身のシャパ・バイシャ――低い位置からの横蹴り――を放ち、鷹嘴(たかはし)の膝を刈り取る。


 あろうことか、鷹嘴(たかはし)の両脚が、鈍い音をたてて、脛から砕けた。

 『折れた』のではなく『砕けた』。

 金剛(ダイヤモンド)は、その硬さゆえ、傷や摩擦には強い。

 しかしながら、衝撃には弱いのだ。


 ウィングは、続けて、両脚で跳躍して、崩れ落ちる鷹嘴(たかはし)を飛び越える。

 そして、カウンター横から顔を出している薄荷(はっか)ちゃんへ向かって踵落しを繰り出した。

 メイア・ルア・コルタダだ。

 しかも、シューズの踵から、刃が飛び出す。


 薄荷(はっか)ちゃんの首を、刈り取るつもりだ。

 鷹嘴(たかはし)には勝てても、俺たち五人には勝てないと判断し、武闘体育祭の勝利条件である薄荷(はっか)ちゃんの首を、持って逃げようというのだ。


 俺は、咄嗟に、スライディングタックルの要領で、ウィングに飛びつく。

 その首をねじ切りながら、タッチダウンを決めた。

 掴んだ首を、片手で振り上げて、ウォーッと吠えた。


 薄荷(はっか)ちゃんが、泣きながら、俺――ではなく、倒れた鷹嘴(たかはし)の身体に縋りつく。


 「オネエチャン、オレ……」

 鷹嘴(たかはし)は、激痛と失血により、薄荷(はっか)ちゃんの腕の中で、意識を手放した。


 薄荷(はっか)ちゃんが、泣きじゃくる。

 「鷹嘴(たかはし)チャン、ごめんね。里雨(さとう)オネエチャンがムリさせたからこんなことに――。鷹嘴(たかはし)チャンは、排球(バレーボール)部のアタッカーと、蹴球(サッカー)部のウィングを倒して、オネエチャンの仇を取ってくれた。ありがとう」


 ――イヤ、排球(バレーボール)部のアタッカーも、

   蹴球(サッカー)部のウィングも、

   俺が倒したかだけど――。


 そう思ったけど、言わなかった。

 いくらKY(空気読めない)俺でも、ここでそれを言っちゃいけないと分る。


 薄荷(はっか)ちゃんは、顔面を涙と鼻水だらけにしながら、言い切った。

 「ボク、鷹嘴(たかはし)チャンの怪我なんて、認めない。鷹嘴(たかはし)チャンの脚は、ゼッタイ、必要なの!」

 その言葉を発したのが、薄荷(はっか)ちゃん自身なのか、薄荷(はっか)ちゃんの中に宿った里雨(さとう)なのかは、判然としない。


 硬質化して砕けた鷹嘴(たかはし)の脚は、逆再生でもするかのように、元に戻っていく。

 それは、これまでの薄荷(はっか)ちゃんには不可能なことだ。

 『傷を否定しての治癒』を超え、『欠損を否定しての再生』とでも呼ぶべきものだ。


 ☆


 蹴球(サッカー)部は、キャプテンや主要選手の死亡により、統率を失い、敗走した。


 薄荷(はっか)ちゃんの中にいた、里雨(さとう)は、鷹嘴(たかはし)が治癒した時点で、消え去ったようだ。

 安心し、思い残すこともなくなったのだろう。


 薄荷(はっか)ちゃんの口調が「ボクなんかのために~ぃ、ごめんね、ありがとう~」という、間延びしたものに戻っている。

 薄荷(はっか)ちゃんは、生存者ひとりひとりにハグして、その負傷を『否定』し、泣きながら感謝して回る。

 今度は、俺も怪我していたので、ちゃんと、ハグしてもらえた。


 こんな状態でも、腹は減る。

 半壊した食堂で、生き残ったみんなで車座になって、マトンのカレーを喰った。

 ちょっとだけ、コショーが効きすぎていた。


 俺と、(すずき)は、カレーを喰いながら、今後の方針を、ぽつぽつと話し合った。

 俺たち、闘球(ラグビー)部は、薄荷(はっか)ちゃんを護りぬいたものの、生存者は、二十名程度しかない。

 鹿鳴ラクビー場は、破損が著しい。

 投石機用の石や、石弩は尽き、南北ふたつのゲイトは倒壊、内部の罠も使い尽した。


 話し合っている俺たちのところへ、薄荷(はっか)ちゃんが、おずおずとした様子で、寄ってきた。

 「耶麻太(やまだ)キャプテン、(すずき)副キャプテン、お願いがありますぅ」

 視線は茫洋と定まらないのに、思い詰め、意を決した表情だ。 

 「ボク~、これ以上ひとりもぅ~、闘球(ラグビー)部のオニイチャンたちに、死んで欲しくないんですぅ。ボク~、アタマが回らなくて、どうしたらよいのかぁ、チャンと考えられないんですぅ。さされでもぅ~、なんとか、ひとつだけ、思いついた方法があってぇ~。ボク、ホントは、それ、やりたくないんだけど~。それしか、もう、思いつかなくてぇ……」


 俺と(すずき)は、薄荷(はっか)ちゃんの提案内容を聞いた。

そして、顔を見合わせた。

 それは、我が闘球(ラグビー)部として、とてもじゃないが、受け入れ難い提案だった。

 それを受け入れたたら、死んでいった部員たちに、言い訳がたたない。


 とはいえ、闘球(ラグビー)部も、鹿鳴ラクビー場も、もはや戦闘に耐えられる状態ではない。

 もっと言うと、この先、薄荷(はっか)ちゃんを守り通すだけの力がない。

 俺と(すずき)は、苦渋の決断をせざるを得なかった。


~~~ 薄荷(はっか)ちゃんの、ひとこと次回予告 ~~~

■九月五日 鹿鳴テニスセンター①鍍金

ボク、逡巡し、そして、決意したんだ。

だって、もうこれ以上、闘球(ラグビー)部のオニイチャンたちが、ボクのために死んでいくことに耐えられない。

ボクに、何ができるだろう。

そうだよ、ボクにできることって、この身を差し出すことぐらいなんだ。


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