■九月一日③ 鹿鳴ラグビー場①耶麻太
俺の名は、田老耶麻太。
闘球部のキャプテンだ。
俺たち闘球部は、鹿鳴アリーナにおいて、本年の武闘体育祭の『お宝』である、儚内薄荷ちゃんを奪取した。
そして、ホームグラウンドの鹿鳴ラグビー場へと逃げ込んだ。
八十余名いた闘球部員のうち、ここまで辿り着けたのは、六十余名だ。
辿り着けなかった者は、落命したと考えるべきだろう。
即死でなかったとしても、薄荷ちゃんを手に入れることができなかった者たちからのリンチは免れ得ないからだ。
逃げ延びてきた者の半数は、手負いであり、へたり込んでいる。
元気な者たちは、率先して、鹿鳴アリーナの防衛に散っていった。
部活は、どこも、本拠地を要塞化している。
なにしろ、鹿鳴館學園では、毎年、生徒数が半減する。
所属部活ごとに、防衛体制を取るのは当然だ。
後期になると、武闘体育祭以降、抗争が活発化するため、學生寮を引き払って、所属部活の本拠地で寝泊まりする者も多い。
我が、闘球部でも、今日の後期授業開始に向けて、鹿鳴ラグビー場の護りを強化し、食料を備蓄している。
俺は、闘球部のキャプテンとして、しっかりせねばならない。
自身の頬を両手で叩き、気合いを入れ直す。
そして、倒れている鷹嘴の元へ向かった。
鷹嘴は、火傷と失血が酷い。
鷹嘴は、この状態で、薄荷ちゃんを抱きかかえたまま、全力疾走してきたのだ。
もはや、虫の息で、身動きすらできないようだ。
体温低下に震える鷹嘴の手の中で、薄荷ちゃんが、蠢いている。
薄荷ちゃんは、鷹嘴の身体に押しつぶされて、身動きできないみたいだ。
俺は、薄荷ちゃんを、鷹嘴の下から引っ張り出してやった。
薄荷ちゃんは、テレビで見慣れた、『平服』であるピンクのミニスカセーラー服姿だ。
『呪われた服飾』は、その機能により、清潔に保たれる。
あれだけの乱闘を経ながら、血も汚れも付着せず、新品のように保たれている。
ただ、ミニスカのプリーツが、ほぼ真横に広がり、ふわふわに膨らんだ、何層ものピンクのレースが、露になっている。
それは、めちゃくちゃカワイイけど、『パニエ貞操帯』と呼ばれる拘束具だ。
パンツタイプで、パニエの中に貞操帯が隠されている。
臍のあたりにある鍵穴に、鍵を差し込まなければ、取り外すことはできない。
そして、武闘体育祭で奪い合う『お宝』が薄荷ちゃんで、優勝者に与えられる賞品のひとつが『パニエ貞操帯』の『ピンクの鍵』だ。
闇烏暗部皇國軍参謀の説明では、『パニエ貞操帯』には、着用している者の、思考を阻害する機能がある。
まともに、ものが考えられなくなり、魔力や聖力の行使も、限定的となるとのことだ。
俺は、薄荷ちゃんに、話しかけてみた。
「だいじょうぶか? 自分が誰だか、自分の身に何が起こっているか分るか?」
「う~ん、だいたい、なんとなく」
薄荷ちゃんの返事は、心もとないものだった。
俺は、自分たちが、闘球部であることと、ここに至るまでの自分たち側からの経緯を、かいつまんで伝えた。
・『カードパーシヴァーさいこ』の予知では、薄荷ちゃんは、あの場の奪い合いで死んでいた可能性が高いこと。
・他部の手に落ちれば、薄荷ちゃんは、生きていたとしても無事ではいられないこと。
・武闘体育祭の優勝条件が、賞品の生死を問わない以上、管理を容易にするため、確保後に殺される可能性もあること。
・我が闘球部は、薄荷ちゃんを、護るべき『心の妹』として、大切に考えており、可能であれば『女子マネージャー』になって欲しいこと。
「急ぎ、お願いしたいことがある。ほら、薄荷ちゃんをここまで抱えてきたコイツ、ケガしてるだろう。できることなら、このケガの存在を『否定』して欲しいんだ。」
薄荷ちゃんが、鷹嘴を見る。
ぼんやりとした様子ではあるけど、その表情が陰る。
「これ、ボクのせい? ボクを助けるためにケガしたの?」
「助けたのは、あくまで、俺たちの意思だよ。だから、薄荷ちゃんのせいってことはない」
「うんう、ボク分る。ここにいるみんなが、ボクを助けてくれた。でなかったら、ボク、死んでた」
薄荷ちゃんは、鷹嘴に、そっと、抱きついた。
すると、鷹嘴の赤く焼け爛れた背中が、ピンク色の皮膚に戻って行く。
背中に突き刺さっていた陶片が、ポロポロと押し出され、傷口も消えていく。
鷹嘴は、「お姉ちゃん……」と呟く。
薄荷ちゃんをギュッと抱き寄せ……ストンと意識を手放した。
――鷹嘴、コラ、
『お姉ちゃん』って、なんだよ?
薄荷ちゃんは、
闘球部みんなの『心の妹』だぞ。
俺は、薄荷ちゃんを、失神してしまった鷹嘴から、引き剥がす。
そして、副キャプテンの一路鱸の元へ連れて行く。
鱸は、腹に穴が開いた状態だ。
腹を押さえて、出血を防ぎながら、なんとか、ここまで走りついた。
薄荷ちゃんは、もう、迷うことなく、鱸をギュッと抱きしめた。
鱸の腹に開いていた穴が、キュッと塞がる。
俺は、痛みのひいた鱸が、でへへへへっと表情を緩めるのを、見逃さなかった。
気がついたら。薄荷ちゃんの前に、ケガを負った者たちが、列を作って順番待ちしている。
――くそ~っ、治療のためとはいえ、
薄荷ちゃんにハグしてもらえるとは、
うらやまけしからん。
俺も、ケガしとくんだった。
「ボク、ケガの存在は否定できるけど、失われた血は戻せないんだ。みんな、安静にして、肉をたくさん食べてね」
薄荷ちゃんの言葉に、治療を受けている部員たちが口々に、答える。
「オレら、闘球部は、たった一人しかいなかった女子マネージャーを、先日殺されたんだ。」
「俺たち、不器用な男ばかりだからさ、まともに、料理できる奴が、いないんだよ」
「あ~あ、誰か、新しい女子マネになってくんないかな~。」
「薄荷ちゃんって、料理できるの?」
「魔力の強い、薄荷ちゃんの手料理なら、きっと、誰でもすぐに完治しちゃうね」
「ね、ねっ、『お兄ちゃん』って、呼んでくれる?」
言っておく。
前の女子マネが居た頃から、俺たちは、合宿時には、ちゃんと交代で、調理を担当していた。
『料理できる奴が、いない』っていうのは、ウソだ。
薄荷ちゃんが、茫洋とした表情で、回想する。
「ボクね~ぇ、母子家庭で育ったんだ~ぁ。母の薄明は、お役所の紹介で、製糸工場の女工として、夜まで働いてるのぉ~。ボクと、妹の薄幸は、交代で料理してたよ~。だから、ホントに、簡単なもので良ければ、作れるよ~」
薄荷ちゃんは、本来なら、この現状に至った原因だとか、これからどうすべきかとか、ちゃんと考えなきゃいけないことが、いっぱいのはずだ。
だけど、どうやら、履かされている『パニエ貞操帯』の機能で、思考が阻害され、難しいことには思考が及ばないらしい。
その一方で、衣食のような日常的なことや、些末な小事には、支障なく対処できるようだ。
ここぞとばかり、部員全員で頭を下げて、お願いした。
「薄荷ちゃんの、手料理を、所望いたします」
全員で頭を下げると同時に、予め用意しておいたエプロンを、俺が薄荷ちゃん差し出した。
胸元にヒヨコが描かれた、ピンクのフリフリエプロンだ。
「うん、お兄ちゃんたちのために、ボク、がんばるね~」
薄荷ちゃんは、エプロンを着用したとたん、服飾の呪いが強まり、自身の状況について思いを巡らすことを、完全放棄するに至ったようだ。
まるで危機感のない、幼児のような明るさだ。
薄荷ちゃんを、食堂の奥にある調理場へ、案内する。
本来の料理当番部員が、デレデレと緩んだ表情で、手伝った。
☆
今日の夕食は、牛丼だった。
鹿鳴ラグビー場警備のため、二交代で食事を取る。
調理場と食堂を隔てるカウンターの向こうに、笑顔の薄荷ちゃん。
「ひとりづつ、お名前、教えてね~」っと、お玉を振り上げる。
キャプテン権限で、まず、俺が進み出る。
「キャプテン、ポジションはスタンドオフ、耶麻太だ」
俺が、片手を差し出すと、薄荷ちゃんが、それを両手で、キュッと握り返してくれる。
「耶麻太オニイチャン、ボク、ふつつか者のイモウトだけど、よろしくね」
続けて、「ごはんの、盛りは、どうする?」と聞かれた。
俺は、ドギマギして、あれこれ答えを取り繕う。
「えっ、ああ、そうだな……。特盛り、ツユダクつゆだく、タマネギ抜きで」
薄荷ちゃんは、ニッコリ笑って、丼を取り、業務用の大型炊飯器から、ごはんをよそい、大きな寸胴から、具材を注ぐ。
「はあ~~~い、オニイチャン、お待たせ♥」
きちんと手渡ししてもらったうえ、ウィンクされた。
――ええっと、タマネギが入ってるんだけど……。
それでも、俺は、黙って、丼を受け取る。
ハートを撃ち抜かれて、口から言葉が出なかったからだ。
よろめきながら、自席へ辿りつく。
薄荷ちゃんは、この場にいる三十余名分、ひとりひとり丁寧に、同じ応対を繰り返した。
いや、最後の鷹嘴だけ、呼びかけ方が違った。
「鷹嘴チャン、ボク、ふつつかなオネエチャンだけど、よろしくね」
そして、握手ではなく、頭を撫でられていた。
全員が席につき、「いただきます」と唱和し、食べ始める。
薄荷ちゃんが、カウンターの向こうから、食堂側に進み出てきた。
「闘球部のオニイチャンたち、ボクなんかのために、多くの犠牲者を出しながら、闘ってくれてありがとう」
エプロンを取って、深々と頭を下げる。
「ボク、なんにもお返しできないけど、せめてもの鎮魂とお礼の気持ちを込めて――歌います」
薄荷ちゃんが、自分の衣装を、『平服』のセパレーツセーラー服から、『体育服』のセーラーワンピに、瞬間チェンジさせる。
ワンピのミニ丈裾が、履かされている『パニエ貞操帯』のせいで、ふわりと広がっている。
ノースリーブワンピにより露になった二の腕が、眩しい。
「聞いてください。『科學戦隊レオタン』の挿入歌、『獅子の子守歌』です」
アラペラで、独唱。
声変わりしていない薄荷ちゃんなればこその、澄み渡ったボーイソプラノ。
散っていた仲間たちへの、何よりもの、たむけ。
そして、これから、命を賭して薄荷ちゃんを護ると決めた自分たちへの、何よりもの、はなむけ。
薄荷ちゃんその御姿には、性別などという卑俗な括りを越えた、崇高さがあった。
――なんと、尊い。
気がつくと、俺たちは、牛丼を掻き込みながら、泣いていた。
學園の生徒として、いずれどこかで散らす命なら、この命は『推し』に捧げたい。
みんなで、そう決意して臨んだ暴挙だが、この選択に悔いはない。
全員が、牛丼のお代わりを求めて、薄荷ちゃんの前に、再び列を作った。
☆
その後、鹿鳴ラグビー場の警備についていた者たちと、食事を交代した。
薄荷ちゃんは、その日二回目のステージも、きっちり務めてくれたそうだ。
二回目のステージを観た鱸と、後から、情報交換した。
二ステージ目は、衣装が『平服』から『道衣』にチェンジされたそうだ。
俺は、「ちっょと待て! 薄荷ちゃんの『道衣』って、セーラーレオタードだぞ。『パニエ貞操帯』で拘束されてるんだから、チェンジはムリだろ?」と驚いた。
鱸の返事は、「それがな、何と、セーラーレオタードと『パニエ貞操帯』が一体化して、ダンス衣装みたいになってた。エロエロだった」というものだった。
――ナニ、ソレ!
うらやまけしからん。
俺は、鱸の首を絞めかけて、何とか思い止まった。
~~~ 薄荷ちゃんの、ひとこと次回予告 ~~~
■九月四日 鹿鳴ラグビー場②耶麻太
ボクね、闘球部のオニイチャンたちの『心の妹』なんだって……。
えへへ……。
ボク、ずっとこうしていたいな……って、うわっ、フラグたてちゃったよ。
どうしよう。
やっぱり、こんな偽りの幸せって、長続きしないよね。