■九月一日① 武闘体育祭の賞品と競技ルール
俺の名は、田老耶麻太。
初対面の相手に名乗ると、「ヤマダタロウさん?」と訊き返されることが多い。
本当は、田老が名字で、耶麻太が名前なのだが、いちいち訂正するのが面倒で、いつも「はい、そうです」と受け入れてしまう。
平民で、科學戦隊育成科三年生の聖力使い。
ロールは、『管制官』だ。
でも、一年生の早い段階で、科學戦隊基地の『管制官』となることは断念した。
だって、大好きな魔法少女との殺し合いなんて、まっぴらだったから……。
俺が入學した年は、『科學の鉄槌』の物語の最終局面だったからな。
代わりに、部活にのめり込んだ。
闘球部だ。
ポジションはスタンドオフ。
スクラムハーフの後方に立つ、司令塔だ。
ロールが『管制官』だからだろう、俺には、その才覚があったみたいだ。
三年生の現在、キャプテンも務めている。
闘球部の副キャプテンは、一路鱸。
奴は、自己紹介のとき、「スズキイチロウさん?」と訊き返されるそうだ。
鱸は、そんなとき、「鱸が名前です。出世魚の鱸です」と、懸命に説明している。
騎士爵家の次男で、勇者眷属育成科三年生。
ロールは『拳闘士』で、聖力使い。
なのに、暴力嫌いで、敢えて、ボクシングではなく、ラグビーを選んだそうだ。
小柄ながらパス回しが巧みなため、スクラムハーフをやっている。
俺と、鱸は、自身の名前に関する共通の悩みを抱えていることから、一年で入部してすぐに、親友となった。
鱸は、騎士爵家の次男だが、平民とでも、分け隔て無く接してくれる。
「騎士爵は、世襲できないから、俺だって平民さ」と笑っている。
俺と、鱸は、一緒に頑張って、この二年半を生き延びてきた。
俺たち闘球部員八十余名が、一丸となって日々研鑽できているのには、理由がある。
俺たちには、共通の『心の妹』がいるんだ。
學園偶像のハカハカだ。
ハカハカっていうのは、『セーラー服魔法少女』であり、『科學戦隊お色気ピンク』である儚内薄荷ちゃんの愛称だ。
『服飾に呪われた魔法少女』と『科學戦隊レオタン』の両テレビシリーズは、部員八十余名全員で、欠かさず見ている。
『薄い本頒布会』にも、全員で繰り出し、奨学金をはたいて、山のような『薄い本』やグッズを手に入れてきた。
☆
今日、九月一日は、鹿鳴館學園の後期始業式だ。
學園の生徒は、四月二日の入學式と同様に、本館に隣接している大講堂、鹿鳴アリーナに集められる。
入學式の際は、学年別に着席させられるが、後期始業式の着席位置は、自由だ。
出欠が取られることもないから、体育部員でなければ、サボる者も多い。
体育部員の出席率が高いのは、この場で、武闘体育祭の詳細が発表されるからだ。
俺たち闘球部員八十余名は、昨夜のうちから、鹿鳴アリーナの入場口に並んだ。
揃いの横縞ユニフォームに身を包み、ハカで、気合いを入れている。
ハカハカじゃないって、ハカだよ、ハカ。
入場ゲイトが開くと同時に、アリーナに駆け込み、全員で最前列の席に陣取った。
俺たちが、意気込んでいるのには、理由がある。
☆
昨日、キツネ目の少女が、なんの予告もなく、闘球部の部室にやってきた。
白いヘソ出しルックだ。
トップスは、タートルネックのノースリーブ。
ボトムスは、カボチャパンツ。
夏なのに、白いマフラーを首に巻いている。
キツネ目の少女は、念話で、俺たちに話しかけてきた。
――うち、魔法少女育成科二年、
『カードパーシヴァーさいこ』の一人、
漣伝子なの。
声が届くところに俺たちがいるににもかかわらず、口を開くつもりはないらしい。
俺たち八十余名は、黙って、キツネ目の少女を取り囲んだ。
學園は、このところ、ギスギスした緊張感に支配されている。
いつ、敵対している蹴球部や、籠球部や、排球部の奴らが、いつ殴り込みをかけてきてもおかしくない。
――うち、敵じゃないの。
伝子さんが、両手を挙げて、降参のポーズを取る。
「おっ、するってぇと、『女子マネージャー』候補だな」
鱸が、にひっと、表情を崩す。
それはつまり、『拳闘士』ロールの鱸が、この少女を、『敵に非ず』と判断したということだ。
『女子マネージャー』と聞くと、夏合宿の際の出来事が、思い出される。
同じBグループ日程だった排球部と蹴球部から、我が闘球部唯一の女子マネージャーに、手を出されたんだ。
奪い合いになって、三部とも、数人の死者を出した。
しかも、当の女子マネージャー候補の子まで、巻き込まれて死んでしまった。
男子運動部の女子マネって、ちやほやしてもらえるけど、死亡率も高い。
惚れた者同士の、実力行使に至ることが多いからだ。
ちなみに、排球部や蹴球部は、人気部活で、女性ファンも多い。なので、たくさんの女子マネを抱えている。
一方、我が闘球部は、汗臭いと、女子たちから毛嫌いされている。
闘球部の女子マネは、ずっと、あの子ひとりだった。
以上の経緯から、闘球部は、現在、女子マネ不在。
部室の扉には、『女子マネージャー募集中』の張り紙をしてある。
伝子さんが、キツネ目を釣り上げる。
――うち、女子マネ候補でもないの。
でも、最高の女子マネを、紹介してあげる。
「詳しく、話しを聞こうじゃないか」
俺は、伝子に、着席を勧めた。
一年生部員が、素早く、伝子さんに、スポーツドリンクと、スポーツ栄養食を差し出した。
伝子さんは、俺たちの顔を見回してから、爆弾発言を投下した。
――昨日、學園偶像の薄荷様が、攫われたの。
☆
鹿鳴館學園の後期始業式は、例年通り、何事もなく進行している。
祓衣玉枝學園長の訓示なんて、誰もまともに聞いちゃいない。
この場にいる誰もが、武闘体育祭の詳細発表を待っている。
武闘体育祭は、毎年、競技内容と、優勝賞品が変わる。
毎年変わりはするものの、その優勝賞品は、必ずや、多くの學生が、命がけで獲得を目指すに足るものとなる。
期待が高まる中、學園長が、訓示の最後に、「あれを、ご覧なさい!」と言って、鹿鳴アリーナの天井を指さした。
ギギギギギという機械音とともに、天井が割れ、そこから、陽光が差し込んできた。
鹿鳴アリーナの天井は、開閉式となっているのだ。
広がる青空の只中に、カストリ皇國軍の飛空艇が浮かんでいた。
格納庫が開かれ、ロープで吊された十字架が、するすると降りてきた。
十字架には、小柄で可憐な少女が、拘束されていた。
少女は、ピンクのセパレーツセーラー服を着用している。
その左右の手首と、両足首は、有刺鉄線で、十字架に括り付けられている。
鉄線の棘が、肌にめり込み、血が流れている。
睡眠薬でも飲まされているのか、ぐったり、うなだれており、意識はない様子だ。
少女と言ってしまったが、ここにいる誰もが知っている。
その子は、少女ではなく、男の娘なのだと――。
十字架は、舞台上にあらかじめ用意されていた木組みに、ズシンと着地する。
その間に、演壇に立つ人物が、學園長から、別の人物に代わっていた。
皇國軍の闇烏暗部参謀だ。
しばしばテレビ報道にも登場する、有名人だ。
皇國軍が、學園行事の演壇に立つのは、まったくもって、異例のことだ。
例年、武闘体育祭の仕切りは、生徒会主導で行われる。
この状況は、學園の自治に対し、皇國軍による、何らかの介入があったものと考えられる。
生徒たちの視線は、舞台に降ろされた十字架と、皇國軍参謀の登壇に度肝を抜かれている。
暗部参謀は、生徒たちを、見下すように睨めつけてみせた。
ざわつきはじめた生徒たちを、片手を上げるだけで黙らせる。
暗部参謀は、挨拶も。名のりも、自身の登壇理由説明もしなかった。
「今年の、武闘体育祭には、これまでにない、特別な優勝賞品を用意したのである」と、いきなり、話しを、切り出した。
そして、「そのひとつが、これである」と、十字架上に拘束された人物を、指し示した。
☆
これは、儚内薄荷という個体名を持つ。
『セーラー服魔法少女』だとか、『科學戦隊お色気ピンク』だとか、ちやほやされて、本人もいい気になっておるが、決してそんな、たいそうなものではない。
見ての通り、発育不良の、不良品である。
皇國軍においては、癸種『廃棄』の三等兵であり、人間としては扱われない。
従って、これを、武闘体育祭の優勝賞品とすることに、何ら、問題はない。
今年の武闘体育祭の競技内容を、一言で述べると、『お宝争奪戦』である。
その、奪い合ってもらう『お宝』が、この儚内薄荷であり、それがそのまま、優勝賞品のひとつとなる。
これが、争奪戦において、粗雑に扱われ、壊れたとしても何ら問題はない。
どのような状態であれ、賞品のひとつとして、優勝者に与えられるのだからな。
暗部参謀は、そう言いながら、
十字架に拘束されたまま項垂れている男の娘の顎を掴み、
クイッと持ち上げてみせた。
やはり、意識はないようだ。
いや、苦しげに眉根を寄せたから、
意識が朦朧としているだけなのだろうか?
では、今年の武闘体育祭の豪華優勝賞品を、紹介しようではないか。
まず、優勝者が平民であれば、男爵位が授与される。
優勝者が貴族であれば、陞爵される。
これは、例年通りだ。
爵位に加えて、今年の優勝者には、争奪した『お宝』である儚内薄荷と、この箱の中身が授与されるのである。
暗部参謀の前に、
宝箱めいた装飾のある、
煌びやかな箱が差し出された。
1メートルちょっとの長さがある、
細長い箱だ。
暗部参謀は、
無造作に、その箱の蓋を開け、
中にあった三つものを、
ひとつ、ひとつ、掲げて、説明する。
ひとつは、『転生勇者の剣ネコ』である。
これは、神器であるから、使用者を選ぶ。
だが、コレクターにとっては、垂涎の品であり、価格をつけることもできぬほどの価値がある。
次に、『PAN2式』である。
白鼠様に聖別されておることから、着用者を選ぶ。
だがな、これは、正真正銘、昨日まで儚内薄荷が身につけていた、言わば『使用済みパンツ』である。
剣とは別種の、コレクターズアイテムじゃ。
そして、最後に、この『ピンクの鍵』である。
魔力や、聖力を持つ者には、
その鍵に、強い聖力が込められているのが分る。
明らかに、何かを封印するための鍵だ。
では、この『ピンクの鍵』について、説明するのである。
この『ピンクの鍵』は、邪悪な魔力を持つ儚内薄荷を封印している聖具なのである。
テレビ番組等で周知されておるように、儚内薄荷は、強い魔力を持つ。
そして、いくつかの経験を経て、その魔力を行使しての、高い戦闘力を持つに至っておる。
つまり、この状態のままでは、争奪戦に用いる『お宝』としては問題がある。
『お宝』が、自らの意思で、争奪戦から逃れたり、争奪戦に加担することなど、あってはならんのであるから。
儂は、皇国軍憲兵隊に命じて、儚内薄荷を捕縛させた。
その際、『転生勇者の剣ネコ』を奪い、『PAN2式』を脱がした。
儚内薄荷は、『服飾に呪われた魔法少女』である。
故に、『平服』、『体育服』、『道衣』という、三種の『呪われた衣装』を奪うことはできない。
だか、後から与えられた装備品である『転生勇者の剣ネコ』と、『PAN2式』については、奪取可能なのだ。
そして、『PAN2式』に代わって、あるものを履かせた。
暗部参謀は、事もなげに、
薄荷ちゃんのミニスカートを捲った。
ふわふわに膨らんだ、何層ものピンクのレースが、
そこにあった。
これは、拷問を得意とする我が憲兵隊が、対薄荷用に開発した、拘束具じゃ。
憲兵隊内では、これを『パニエ貞操帯』と、呼称しておる。
『パニエ貞操帯』は、パンツタイプで、パニエの中に貞操帯が隠されている。
臍のあたりにある鍵穴に、この『ピンクの鍵』を差し込まぬ限り、取り外すことはできん。
鍵を用いず、『パニエ貞操帯』を破壊しようとすれば、即死毒の針が、『お宝』である儚内薄荷の腹に刺さる。
『パニエ貞操帯』には、着用している者の、思考や力を阻害する機能がある。
まともに、ものが考えられなくなり、魔力や聖力の行使も、限定的となる。
『パニエ貞操帯』を着用した状態で、儚内薄荷の力を、憲兵隊で検証した。
戦闘力、防御力は皆無だが、傷を『否定』し治癒することは可能だ。
『呪われた服飾』は、本人の意思により瞬間チェンジ可能だ。
そして、本人の意思に反して、『呪われた服飾』を脱がすことはできない。
それでも、戦闘力は皆無となっておるから、服飾から露出した肌や、服飾に護られた箇所であっても、その上からであれば、触り放題だ。
ほれ、見ての通り、スカートを捲ることについても問題ない。
以上を踏まえて、武闘体育祭の競技ルールを説明する。
儂が、この後、「競技開始」を宣言する。
宣言がなされたら、誰でも好きな者が、『お宝』である儚内薄荷を十字架から引き剥がして、お持ち帰りして構わん。
存分に『お宝』を奪い合い、堪能してもらいたい。
ただし、『お宝』を、學園外に持ち出すことは禁じる。
そして、武闘体育祭の最終日である九月三〇日の正午、この時点で、『お宝』を所持していた者、もしくは、所持していた団体を優勝者とする。
判定時点で、『お宝』を所持していさえすれば、その生死は問わん。
『お宝』が死んでいる場合は、その首を提示すること。
優勝者には、この宝箱の中身である『転生勇者の剣ネコ』と、『PAN2式』と、『ピンクの鍵』を与える。
と、ここで、あることに、気づいた者も多かろう。
せっかく、儚内薄荷を生きたまま確保しても、『ピンクの鍵』を開けて『パニエ貞操帯』を外したら、儚内薄荷は思考力と戦闘力を取り戻す。
『転生勇者の剣ネコ』と、『PAN2式』も、瞬時に儚内薄荷の元に戻る。
そうなると、せっかく、儚内薄荷を生きたまま我が物としても、好きにできないでないかと――。
心配は無用である。
ぬかりなく、優勝者が儚内薄荷を意のままにできる手だてを用意してある。
だが、その手だてについては、優勝者にのみ、教えることとする。
また、三つの優勝賞品が入った、この宝箱を、皇国軍が管理していては、競技の公正さに懸念が生じよう。
そこで、この宝箱は、カストリ皇國において、最も無私公正な御方にお預けする。
その言葉と同時に、舞台奥から、新たに一人の人物が、進み出てきた。
それは、神殿教皇であらせられる、天壇白檀猊下であった。
猊下は、祈祷と法話を行うテレビ番組で拝見する通りの、清らかな慈愛に満ちた、聖人然とした表情だ。
猊下は、優しく語りかけるような口調で、蕩々と祈りの聖句を唱えられた後、自身の言葉を、こう締め括られた。
「……天津神の名のもと、武闘体育祭の公明正大な競技進行を、祈念いたします。また、天津神の代弁者である、神殿の温情を無碍にした、『セーラー服魔法少女』なる卑しい魔女に、天罰が下ることを、祈念いたします」
~~~ 薄荷ちゃんの、ひとこと次回予告 ~~~
■九月一日② 武闘体育祭の競技開始
武闘体育祭が始まった。
今年の競技は、『お宝争奪戦』。
そこまではいいんだけど、生徒たちが奪い合う『お宝』が……ボク、儚内薄荷だったんだ。
競技開始直後に、奪い合いになって、その場で死んじゃう未来しか見えないよね。