■八月二六日 カストリ皇國地下迷宮
■この物語を読み進めてくださっている方々に、感謝いたします。
最初にご案内させていただきましたように、この物語は、時間軸に従って直線的に進行していきます。
そして、主人公の成長に合わせて、三つの季節に分かれています。
第一部 揺籃の季節
第二部 汪溢の季節
第三部 爛熟の季節
前章をもちまして第二部が完結し、本章より第三部が始まります。
作者として、読んでいただいている皆様を、確実に結末までお連れしたいと、取り組んでいます。
今後とも、ご贔屓、ご愛読のほど、よろしくお願いいたします。
また、「ブックマーク」に追加や、「ポイント」の★印や、「いいね等のリアクション」で、皆様のお力添えをいただけますよう、併せてお願いいたします。
俺っちは、北斗拳斗。
『この世界』に、勇者として召喚された。
『あの世界』から召喚されたときは、大笑いしちまったぜ。
だって、この俺っちが、勇者だって言うんだぜ。
確かに、剣の腕なら、それなりだ。
『あの世界』の生家が、古武道の道場だったからな。
物心つく前から、真剣を持たされて育った。
俺っちは、オヤジの血を引いて、短気なうえに、腕っ節も強かった。
ガキの頃から、ケンカばかりしていた。
女とも、遊び回った。
というか、女の方から寄って来た。
そもそも、ヤルにあたって、女の意思なんて、確認したことがないぜ。
手当たり次第だった。
三年前の十二月に、『この世界』に召喚されたときも、事に及んでる最中だった。
相手が抵抗したので、殴り倒して、事に及んだ。
押し倒した、少女の身体が、激しく痙攣してから弛緩した。
『ヤベー』って、思ったぜ。
もちろん、手下を使って、証拠なんて残さず、隠蔽させるつもりだ。
だが、それでも、自分が、未成年で良かったとも、思ったな。
そんなことを考えながら、イッた。
痙攣が……気持ちよすぎて……頭が真っ白になって……気がついたら、知らない場所にいた。
天井が高くて、ステンドグラスや、神々しい装飾に囲まれた広間だ。
俺っちは、その中央にある、円形の祭壇めいたものに乗っていた。
祭壇を囲うように、十数人のオッサンたちがいた。
全員が、俺っちを見て、目を剥いてたぜ。
オッサンたちは、立て襟の祭服を着用している。
ただし、他のオッサンたちの祭服は黒っぽいのに、俺っちの前にいるオッサンだけ、白い祭服だ。
しかも、そいつだけ、尖った典礼冠を被っている。
糸のように細い、眼と唇、真っ直ぐ通った鼻筋。
表情が読みづらく、年齢の判断すらつかない。
『百歳と見紛うぐらいに老成したオッサン』なのかもしれないし、『異様なくらい若作りのジイサン』なのかもしれない。
ソイツが、俺の下半身を指さしながら、口を開いた。
「それをしまってから、名乗るがよい」
若作りなくせに、老人みたいな口調だ。
厳格な理想論者と、老獪な現実主義者が、ひとつの人格に宿っているって感じだ。
俺っちは、視線を下げて、ソイツの指さす先を確認した。
見たら、俺っちは、召喚直前にとっていた体勢のままだった。
つまり、ズボンを下げて、股間を露にし、膝立ちで、前屈みになっていた。
どおりで、俺っちを見たオッサンたちが、目を剥いてたわけだ。
きっと、俺っちの立派さに感銘を受けたに違いねぇ。
慌てて、ズボンをあげて、チャックを閉め、立ち上がりつつ、名乗った。
すると、ソイツが名乗り返してきた。
天壇白檀って名前だそうだ。
なんと、天津神の神殿を統べる教皇様だってよ。
自分の方から、自分のことを「敬意を込めて、猊下とお呼びするように」と、宣いやがった。
このあたりまで会話を交わしてから、『なんで、言葉が通じて、会話ができんだろ?』って、唐突に疑問を持った。
そこから、『意思疎通に疑問を持つこと自体、俺っち、ここが異世界だと認識してんだな』と、思い至った。
そして、やっと、『ああ、俺っち、あっちで、腹上死したんだ。あのとき、快感が脳天を突き抜けたからな……』と得心した。
ついでに、『思考の順番が逆だよな』とも、思った。
猊下によれば、毎年十二月末に、召喚の儀式を行うのだそうだ。
召喚された者には、この世界の文化文明の発展を早める力があるのだそうだ。
召喚の対象については、『あの世界』の者で、成人年齢の十五歳と定められている。
特に、俺っちが召喚された三年前のあの年については、天津神より、勇者を召喚するよう指定されたそうだ。
国津神が天津神を『この世界』に迎え入れた際に契約された百年について、満了が三年後に迫っている。
神々の間にも不穏な動きがあり、魔王が復活する可能性も高い。
って、ことで、勇者召喚を、という指示だったそうだ。
そこで、猊下は、勇者を望む旨を召喚式に組み込み、一回目の召喚を行った。
召喚されたのは、才色兼備の美女だった。
白桃撓和って名前だそうだ。
しかしながら、撓和は、才気煥発すぎた。
とてもじゃないが、勇者に相応しい、傀儡に治まるようなタマではなかった。
猊下は、翌日、二回目の召喚を行った。
召喚式を練り直し、『諂上欺下の者を』と、追加条件をつけた。
で、無事、俺っちが召喚されたと、ぬかしやがった。
諂上欺下なんて言葉は知らねえから、どんな意味か訊ねた。
すると、『目上にへつらい、目下をあざける』イヤなやつのことだと説明された。
その小馬鹿にした言いように腹が立った。
いつものように、短絡的に、ぶん殴ってやろうとした。
だが、できなかった。
気がついたら、逆に、猊下の前に跪座して首を垂れていた。
「諂上欺下の者は、神々の血を引く者には逆らえん。具体的には、神殿では教皇である儂と、その血縁者、御社では斎宮と、その血縁者、皇族と、皇族の血を分けた一部の貴族には、へつらうことしか、できん。しかしながら、それ以外の者であれば、逆に、あざけることができる。意のままに肉体関係を強要し、その相手を従えることさえ、できよう」
「肉体関係が必須なら、若い女しか従えられねぇじゃねぇか」と文句を言ったら、「いや、性別や年齢に関係なく、強要可能じゃ」と真顔で返された。
『冗談じゃねぇ、年増や、ましてや、男なんぞ、ケタクソ悪い』と思ったが、猊下には言い返せなかった。
諂上欺下の能力については、色々試してみた。
欺下対象者であれば、俺っちより能力の高い女であっても、好き放題できた。
気位の高い女を、勇者パーティーメンバーに引き入れて、服従させるのは、楽しかった。
一方、俺っちがどう足掻いても、へつらうことしかできねぇ、諂上対象の女も居た。
白檀教皇の長女である賢者天壇沈香と、次女である聖女天壇伽羅の二人も、実は諂上側だ。
勇者パーティーにいるから、他のメンバーと同様、欺下として、俺っちに支配されているように見えるが、実のところはそうじゃねぇ。
あの二人は、自分たちがやりたい放題やって、それを全部、俺っちのせいにするために、勇者パーティーに居やがるんだ。
☆
以上は前置きで、ここからやっと、今日の話しだぜ。
俺っちは、白檀教皇に呼び出された。
そして、教皇に付き従って、地下迷宮に入った。
神殿の地下にある入口から入り、結構な距離を歩く。
天然の洞窟めいた造りだが、あまりに直線的な通路だ。
エレベーターの前に辿り着く。
ここは、皇宮の真下だそうだ。
エレベーターで、最下層へ降りる。
そこには、ガランとなにもない、半球状の空洞が広がっていた。
こんな場所に名前なんぞ、ない。
だが、『あの世界』の感覚で言うと、ゲーム二周目の裏ボスが居そうなところだ。
だだっ広い床面の中央に、ポツンと、丸テーブルとイス四脚が出現した。
テーブルもイスも重厚な木製で、おどろおどろしい魔獣が、ゴテゴテと彫り込まれている。
俺っちは、スゲェって思ったが、教皇は顔を顰めている。
一般的には、あまり良い趣味だとは思えないのだろう。
教皇と俺っちは、適当なイスに、着席した。
気がついたら、残るイスの一脚に、女が居た。
萵苣智恵公爵令嬢だ。
宰相の娘で、鹿鳴館學園二年生。
白金黄金第一皇子の婚約者だ。
「ようこそ」と、智恵様が言う。
その短い一言で、この女がこの部屋の主であり、この女が教皇と俺っちを呼びつけたのだと分る。
俺っちは、智恵様が、諂上中の諂上だと存じあげている。
諂上欺下能力が、俺っちに、それを教えてくれている。
俺っちは、智恵様には、絶対に逆らえない。
対面しただけで、俺っち自慢のモノが、ギュッと萎縮しちまうのが、その証拠だ。
俺っち、黄金第一皇子には、逆らえはしないものの、軽口をたたく位はできる。
なのに、その婚約者でしかないはずの智恵様の前では、畏れ多くて口を開くことすらできない。
気を確かに保たなければ、この場に平伏してしまいそうだ。
それは、つまり、智恵様のロールが、『公爵令嬢』や『第一皇子許嫁』だけではないということだ。
なにか、とんでもないロールを隠し持っているはずだぜ。
だが、恐くて、それがなんだか知りたくもない。
もし、知ってしまったら、もはや無事ではいられないだろうしな。
智恵様が、にっこり笑う。
「この場に、大君が同席されます。あらかじめ言っておきますが、挨拶は不要とのことです。それから、拳斗先輩、あなたには、大君の拝顔が許されていません」
四つめのイスに、誰かが出現した気配があった。
俺は、ハッとして、思わず、そちらへ首を巡らそうとした。
できなかった。
どうしても、その顔がある方向に、視線を向けることができない。
「大君のご意志は、うかがってありますので、この場では、わたしが代弁させていただきます」
「大君は、事の進捗に、おおむね満足されておいでです。この状態を創り出すにあたっては、拳斗先輩が道化役なのは当然として、猊下にまで道化めいた役柄を演じていただきました。大君は、お二人を、ねぎらっておいでです」
猊下は、大君に向かって、無言で、深々と頭を下げた。
俺っちも、慌てて追随する。
「意図した通り、かの名誉女子に役柄を集約させることができました。元々の配役である『服飾の呪い』では、『セーラー服魔法少女』こそが、メインヒロインと目されています。『令嬢の転生』では、悪役令嬢と敵対するメタヒロインとなりました。『勇者の召喚』では、召喚勇者のライバルである『転生勇者』となりました。既に完結済だったはずの『正義の鉄槌』まで再開させ、続編の『お色気ピンク』となっています。」
「大君は、拳斗先輩に、仰せです。ここで、あの名誉女子を、潰せと――。できるだけ、惨めに、惨たらしく、惨ましく、潰してしまえと――。綴られている最中の大物語を、全て無惨に終わらせてこそ、この百年の契約が美しく締め括られ、新たなる百年の契約を、望ましい形に導けるのです」
ここは、俺っちが『仰せのままに』と、答えるべき場面だ。
だが、ありていに言って、自信が無いぜ。
単純な聖力と魔力のぶつけ合いなら、余裕であの名誉女子に勝てる。
だが、あの名誉女子は、物語力が凄まじい。
関わると、いつの間にか、正義のヒーローであるはずの俺っちが、カリカチュアライズされ、小悪党化されちまうんだ。
俺っちが、押し黙っていたら、智恵様が、また、にっこり笑う。
「拳斗先輩、わたしが、場を整えます。九月の武闘体育祭において、あの名誉女子の魔力と物語力を、無効化してさしあげます。ですから、拳斗先輩が、この物語を九月で終わらせて、ホンモノの勇者となるのです」
智恵様の笑顔が、恐い。
あれは、これで失敗したら、俺っちなんぞ、それまでだという、凄みのある笑みだぜ。
~~~ 薄荷ちゃんの、ひとこと次回予告 ~~~
■八月二六日~三一日 鹿鳴館學園への帰還
トマソン法國の豹裂館學園駅から、東へ向かう大陸横断鉄道。
カストリ皇國への帰途につく『服飾に呪われた魔法少女』と『科學戦隊レオタン』。
そこで、事件は起こった。
母さん、薄幸、先立つボクを許して……。