■八月二三日② 豹裂館學園女子中等部 結
■この物語を読み進めてくださっている方々に、感謝いたします。
「いいね」を押してくださっている方、たいへんありがとうございます。
「ブックマーク」へ追加していただいたり、「ポイント」の★印を入れていただいたり、「いいね等のリアクション」をいただけると、ほんとうに励みになります。
本章を含む、あと2章で、「第二部 汪溢の季節」が終わり、そのまま「第三部 爛熟の季節」に突入します。
作者として、読んでいただいている皆様を、確実に結末までお連れしたいと、取り組んでいます。
今後とも、ご贔屓、ご愛読のほど、よろしくお願いいたします。
♥♥♥服飾に呪われた魔法少女テレビシリーズ
♥♥♥第八話 豹裂館學園女子中等部 結
うち、儚内薄幸っていうの。
『セーラー服魔法少女』にして『科學戦隊お色気ピンク』である儚内薄荷の妹って言えば、分るかな。
薄荷お兄ちゃんって、十五歳になって成人もしたくせに、体型も、頭の中も、お子ちゃまなの。
二年前、あんな惨いトラウマイニシエーションに遭って、来たるべき死を宣告されたのに、それを、へらへら笑って受け入れてちゃってる。
うちには、お兄ちゃんが死ぬことなんて、ゼッタイ受け入れられない。
お兄ちゃんに抗うつもりがないのなら、うちが、抗って、抗って、その死を撥ねのける。
不幸中の幸いなことに、二年前の事件直後、うちに協力を申し出てくれた人がいたの。
『O嬢』を名のる御方と、その配下の転貂手鞠さん。
手鞠さんって、お兄ちゃんの幼なじみなの。
三カ月前、手鞠さんの手引きで、うちは、生まれ育ったカストリ皇國のリリアン市から失踪した。
その際、髪を切り、胸にサラシを巻き、お兄ちゃんが残した半ズボンを履いて男装した。
そして、ここ、トマソン法國にやってきて、『O嬢』と、初めてお会いしたの。
『O嬢』の本名は、白金王水様。
『O嬢』って、『王嬢』で、『御嬢』で、『□王』……、あっ、ゴメン、最後のは、まだ言っちゃダメだから、忘れて。
王水様は、カストリ皇國の第二皇女であらせられるのだけど、理由あってトマソン法國にある豹裂館學園女子中等部に留学されておられ、現在、三年生でらっしゃるの。
うちは、男装のまま、王水皇女様に小姓としてお仕えすると同時に、豹裂館學園男子中等部の三年生に編入してもらったわ。
豹裂館學園は、ロール持ちなら平民でも入學できるけど、中等部については貴族の子弟しか入れないの。
だから、うちは、『小姓』のロールと、一代限りの騎士爵の子だってことに、偽装している。
手鞠さんは、王水皇女様の侍女。
元々『くノ一』のロール持ちだし、平民のまま、豹裂館學園の方の一年生となっているわ。
カストリ皇國の皇女である王水様は、トマソン法國の王族とも親しくされてらっしゃるの。
両國の力関係を説明するため、ちょっとだけ歴史の話しをするわ。
十六年前の蝗害で、カストリ皇國とウヲッカ帝國に跨がる北の麦作地帯が、壊滅的な被害を受けたの。
それで、カストリ皇國とトルソー王國に跨がる南の地で収穫される米の価値が高まり、奪い合いになった。
そして、十五年前、米を持つカストリ皇國+トルソー王國と、米を持たないウヲッカ帝國+トマソン法國による世界大戦が勃発したの。
ウヲッカ帝國+トマソン法國は、多くの餓死者を抱えていたから、戦いの結果は見えていた。
カストリ皇國+トルソー王國が勝利し、ウヲッカ帝國+トマソン法國は、十年間に渡って賠償金を支払い続けた。
現在では、賠償金の支払いこそ終わっているけど、各国の間には明らかな力関係が残っているの。
だから、トマソン法國の王族は、カストリ皇國の皇女である王水様に頭が上がらないの。
経済面だけでなく、文化面でも、そうなの。
戦勝國であるカストリ皇國には、戦後、退廃的な文化が華開いた。
性的な多様性についても、受け入れられつつある。
それに対し、トマソン法國は、未だ前時代的な教条主義が根強い。
そんなトマソン法國に、王水皇女様が、カストリ皇國から、テレビ受像機や、薄い本などの、新たな文化を持込んだの。
ここ三年で、社交界等を通じて、貴族女性に、退廃的な文化が広まりつつあるの。
ここで、肝心なのは、トマソン法國の貴族女性より、王水皇女様の立場が圧倒的に強いこと。
だって、トマソン法國では、國内の取り締りはできても、カストリ皇國の者を裁くことができないのだから。
更に困ったことに、王水皇女様って、女性が好きなの。
そのお相手として噂されているのが、タマラ・カバラ・エルドラド第四王女。
タマラ王女様って、豹裂館學園女子中等部の二年生でらっしゃるのだけど、いつも學園内で、王水皇女様の後ばかり追いかけてらっしゃると評判なの。
一方、バンカー・バカラ・エルドラド第一王子は、両刀使いで、浮いた噂が多くて、もう四十歳近いというのに、未だ結婚もなされていない。
うち、バンカー王子には、迷惑している。
うちが、トマソン法國にやってきたばかりの頃、王宮の中庭で、屋外パーティーが開催されたの。
王水皇女様は、要人と会われる際、うちを小姓として同伴されるの。
うちは、いつものように、警護のため、銃剣を背負って、皇女様の後に立つっていたの。
そしたら、バンカー王子が寄ってきて、うちのお尻を睨め回しながら、話しかけてきたの。
王水皇女様の御前だというのに、うちばかりに、あれやこれや話しかけて来るの。
それも、「そなた、新人か? どうせ、見目の良さで警護に抜擢されたのだろうから、銃剣も飾りだな」とか、見下したことばかりおっしゃるの。
そこへ飛来した鳩が、バンカー王子の頭にフンを落としていったの。
頭髪が淋しいことになってらっしゃる、バンカー王子の頭に、よ。
パーティー会場にいた方たちは、懸命に笑いを堪えていたわ。
バンカー王子は、頭部まで真っ赤にして、地団駄踏んでおられたわ。
傍らに控えていた近衛に、「あの無礼な鳩を、打ち首にせよ!」って叫んだけど、剣が届く高さではないわ。
王水皇女様が、手にしていた扇で鳩を指して、うちに、命じられた。
「薄幸、ヤっておしまい」
つまり、バンカー王子による自身の従者への非礼に、王水皇女様もムカついておられて、見返してやれとの仰せ。
うちは、一瞬の動作で銃剣を構え、鳩を撃ち落としてみせた。
パーティー会場は、沸き立ち、うちは、拍手喝采をいただいたわ。
なぜだか、それから、バンカー王子から、うちへ、手紙や、銃剣士用手袋などの装飾品のプレゼントが、届くようになったの。
バンカー王子は、うちのことを男子だと認識している。
手紙に書かれている敬称や、届けられる装飾品が、男性用だから、間違いない。
手紙の文面がね、もう、むちゃくちゃ気持ち悪いの。
だって、『そなたに、抱かれている夢を見た』とか、書いてあるの。
自分の方が、ずっと歳上で、立場も上なのだから、せめて、『そなたを、抱いている夢を見た』であって欲しい。
手紙は全て、王水皇女様と、手鞠さんにも見せた。
プレゼントの品は、全て送り返した。
そしたら、先日、バンカー王子から、王水皇女様に、要請があった。
王子の地方出張に、うちを貸し出して欲しいそうだ。
表向きは、司法長官としての直轄地監査なのだが、その途中で、地方にいる不従順な烏を二羽ほど、うちの銃剣で、消し去って欲しいそうだ。
もちろん、うちが、王水皇女の大切な小姓であることは、重々承知しており、本人の了解もなく、手を出したりはしないと、申し添えられていたわ。
王水皇女様が、ニンマリ笑って、うちに命じたの。
「薄幸、決して悪いようにはせん。王子と一緒に行って、烏を二羽、仕留めてくるがよい」
出張中、王子は、最初のうちこそ、大人しくしていた。
でも、二羽目の烏を始末した後は、夜な夜な、お呼びがかかるようになった。
うちは、「自分は皇女様のものです」と言い切って、部屋に閉じ籠もっていた。
帰路、騎馬で森の中を移動中に、王子が、烏ではなく、雉を撃つと言い出した。
念のため言っておくけど、この『雉撃ち』は隠語で、男性が山中の屋外で排泄すること。
女性の『お花摘み』と同義。
ただ、『雉撃ち』となると、小姓としては付添わざるを得ない。
王子が、ズボンを降ろすところなんて、見たくない。
なので、うしろを向いていたら、不意に、王子から押し倒された。
半ズボンの上から、お尻を揉まれた。
手が、するりと股間に伸びてきて――うちが、女だとバレた。
ハッとしたように、王子の動きが止まったから、間違いない。
うちとしては、お尻を揉まれたことや、女とバレたことより、うちが履いていた半ズボンに触られたことが許せない。
だって、この半ズボン、薄荷お兄ちゃんからのお下がりなの。
大好きなお兄ちゃんの半ズボンを穢すなんて、この王子、万死に値するの。
うちは、王子の動きが止まった瞬間、身を翻して、その手を逃れた。
そのまま、銃剣の銃床を、王子の腹に、思いっきり、一発、ぶち込んでやった。
腹を押さえて、うめき苦しむ王子。
いい気味なの。
銃剣の剣先を突きつけつつ、その身体を抱えあげる。
「王子、へんなもの、拾い喰いするからなの」
うちは、わざとらしい大声をかけつつ、下半身丸出しの王子を引き摺るようにして、街道で待つ近衛たちの元へ戻った。
近衛たちは、起こったことを察していたけど、何も言わなかった。
うちが、王子のものではなく、王水皇女様のものであり、自分たちには裁けないと理解しているからなの。
そこへ、王子宛てに、王水皇女様からの伝書鳩が飛んできたの。
『王宮内で、貴族のご婦人方による、禁書の販売会が、読書会の名目で開催される。派閥を問わず、増長している貴族どもを、敵味方問わず黙らせる絶好の機会である。バンカー王子、帰還を急ぎ、予定より一日早く、王宮に戻られよ』
☆
そして、今日――八月二三日――、バンカー王子は、一日早く王宮に戻り、連れていた近衛を使って、禁書の販売現場を、取り押さえたの。
「全員、その場を動くな! 逃亡しようとすれば、斬る!」
仮面を着けて王宮の広間に集っていた、三百名もの貴族家の女性へ向かって、王子が怒鳴ったわ。
「道義に反する卑猥な本が取り引きされているとの情報があった。司法長官として、この場にいるトマソン法國人全員を拘束し、追って処罰を行う」
読書会の主催者が、バンカー王子に喰ってかかられたわ。
仮面を着けてらっしゃるけど、あれは、ラミア公女様だ。
「なんて横暴な! この場にいらっしゃる方の多くは、王子であるあなたと、その婚約者であるあたくしを支持して下さっているのよ! あたくしが、内心では、婚約者である、あなたよりも、カストリ皇國の鍍金皇子の外見を好ましいと思っていることが、そんなに気に入りませんの?」
バンカー王子は、呆れたような声。
「愚かな! 嫉妬などではない。これまでの『薄い本』であれば、まだ黙認できた。だが、今年のものは、その鍍金皇子と、実在する女装男子との交わりが描かれていると言うではないか! なんと、穢らわしい。ここ、トマソン法國の法では、異性装の者については、本人だけでなく、それを知りながら容認した者まで極刑なのだぞ! 異性装者が登場する本を所持していただけで極刑にまではしないが、お咎めなしとはいかん! 全員、仮面を取れ!」
広間にいた、貴族家の女性たちが氷ついたわ。
この場で、仮面を剥ぎ取られたら、もはや言い逃れできないから――。
広間いた中で仮面を着けていないのは、王水皇女様と、その傍らに侍っている手鞠さんだけ。
この二人だけは、カストリ皇國人だから、罪人にはならないの。
手鞠さんが、うちに、合図してきた。
予め指示されていた通り、静まり返っていた広間の中で、うちは大声をあげたの。
「王水皇女様、ごめんなさい。うち、この身体は、皇女様のものだと誓ったのに、バンカー王子に弄ばれてしまいました!」
広間の中央を駆け抜け、王水皇女様の前に、身を投げ出した。
そのまま、泣き崩れている様を、装う。
――『弄ばれた』って言っても、半ズボンの上から、
お尻を揉まれただけなんだけどね。
王水皇女様が、キッとバンカー王子を睨む。
「バンカー王子、この小姓は、その銃剣の腕が、此度の出張に必要だと言うから、貸し出しただけじゃ。譲渡した覚えはないぞ。それに、この小姓は、妾の趣味で、男装させてはいるが、立派な女子じゃ。國の法に反して、異性装者を弄ぶとは、トマソン法國の王太子の座にある者として、あるまじき行為じゃ!」
「ウソ! この子、身長は高いけど、細身だし、前々から、凜々しいというより、可憐な子だなって思ってましたの! 女の子ですの?」
素っ頓狂な声をあげたのは、ラミア公女様だ。
王水皇女様が、ニンマリと笑う。
「この子の所有者である妾が許す。ラミア公女が、この小姓に、直接触って確認すれば宜しかろう」
ラミア公女様が、床に突っ伏して泣きじゃくっている、うちに歩み寄って、衣服の中に手を差し込んできた。
胸のサラシを解いて、直接、揉まれた。
更には、半ズボンどころか、その下のパンツの中にまで手を突っこんできて、直接、確認された。
ラミア公女様が、宣言した。
「間違いないですの。短髪にして男装なんかしてるけど、この子、女ですの」
ラミア公女様が、今度は、バンカー王子に駆け寄り、その頬に平手打ちした。
「バンカー王子、わたくしの婚約者でありながら、違法な男装女子に手を出すなんて!」
王水皇女様が、意味ありげに、辺りを見回す。
その視線の先にいるのは、仮面を着けて集っている、トマソン法國の貴族家女性三百名だ。
「ささきほど、バンカー王子は、なんと言われたか? 『ここ、トマソン法國の法では、異性装の者だけでなく、それを知りながら容認した者まで極刑なのだぞ』であったかな?」
「バンカー王子は、王太子の座にあられるが、こんなことが、まかり間違って、王位継承権を持つ他の王族でも知れては――」
「あら、あら、もう知られてしまいましたわよ」
絢爛豪華な衣装に身を包んだ女性が、お付きの者たちを従えて、広間に入って来られた。
「わたくし、王位継承権第八位を持つ、タマラ・カバラ・エルドラド第四王女が、まったくもって偶然にも、いまのお話しを聞いてしまいましたわ。バンカーお兄様、貴族家の者が集まっているこのような場で、あるまじき醜聞が露見したのですから、もはや、性癖の隠し立てもできませんことよ。いかように決着させるあつもりですの?」
バンカー王子は、顔面蒼白になって震えていた。
王水皇女の奸計に、自分がハメられたと理解しているみたい。
そして、法國貴族の最大派閥であるアラミス公爵家のラミア公女も、父である現法國王の寵愛を一身に集めている末っ子のタマラ王女も、間違いなくグルだ。
王水皇女が、にっこりと優しげに微笑む。
「バンカー王子、妾は、味方じゃ。気を確かに持て。王子が、妾の元に下ると誓うのであれば、この困難な局面を、乗り越える手だてを示そう」
バンカー王子は、ガックリと王水皇女の前に片膝をつき、首を項垂れて、恭順の意を示した。
王水皇女は、そんなバンカー王子の耳元に、己が唇を寄せる。
そして、バンカー王子が、この場で為すべきことを告げたわ。
王子は、その提案の、とんでもなさに、両目を見開き、震え上がったの。
☆
実は、この大広間には、立派なステージが付属しているの。
ただ、本日は使用予定がないため、緞帳が降りている。
バンカー王子は、移動式の階段を使って、ステージに上がり、緞帳の端に立つ。
パンと音がして、王子の上に、スポットライトが灯った。
王子は、震える声で、宣言した。
「私、バンカー・バカラ・エルドラドは、トマソン法國の王太子として、法國が、古き因習を廃し、性的な多様性を受け入れることを宣言する。その証となるものを、ここにお見せしよう」
広間の照明が落ち、緞帳が上がる。
軽快で華やかな音楽が、大音量で流れはじめる。
緞帳の向こうには、煌びやかなセットが組まれていた。
もう、やけくそになった、バンカー王子が、大声を張り上げる。
「ここに、學園偶像『カースウィチ』のコンサートを開催する!」
舞台へ向かって、照明が集中する。
そこに、まるで瞬間転移でもしたかのように、個性的な衣装に身を包んだ五人の少女が登場した。
空色のミニ袴巫女服、真紅のコスプレメイド服、若葉色のテニスウェア、紺色のスクール水着、そして、ピンクのミニスカセーラー服だ。
王子が、解説する。
「この場に居る淑女たちは、みな、熟知しておろう。彼女らは、いまやカストリ皇國を席捲しておる人気テレビ番組『服飾に呪われた魔法少女』のメンバー五人でもある」
少女五人が、前に進み出て、前奏にあわせて、軽快に踊りはじめる。
広間に居た三百人の女性たちは、黄色い歓声をあげながら、舞台下に、駆け寄った。
「五人の少女のうち、ピンクのミニスカセーラー服の子こそ、本日この広間で販売されていた『薄い本』の主役である薄荷ちゃんだ。トマソン法國の王太子である私が、女装子である薄荷ちゃんを、この王宮に招請したことの意味を考えて欲しい。これは、この場にいる皆とともに、新しいトマソン法國を創っていこうという、私の不退転の決意を表明するものだ」
王子の声には、腹を括ったような、力が込められていた。
もはや、『毒喰らわば皿まで』の心境なんだろうね。
『カースウィチ』が、唄いはじめたわ。
『服飾に呪われた魔法少女』のオープニング曲、『呪われちゃった、どうしよう』だ。
軽快でポップな曲調で、「イケナイことしちゃった。困ったちゃんだ。困っちゃった、どうしよう~!」って繰り返し唄う。
困ったと言いながら、みんな脳天気で誰も本気で困った様子がない、そんな唄よ。
~~~ 薄荷ちゃんの、ひとこと次回予告 ~~~
■八月二五日 トマソン法國での後始末
ボク、儚内薄荷。
トマソン法國での騒動が終わったのはいいけど……。
どうして、ボク、また、こんな恥ずかしいことになってるの?
それに、薄幸がここに居たこと、どうして作中のボクには教えてもらえないの?