■三月三〇日② 皇立鹿鳴館學園の學生寮
ボク――儚内薄荷――は、駅前の雑踏に紛れ込んだ。
『爆炎レッド』と『雷撃イエロー』の二人を、振り切ることに、どうにか成功したみたい。
鹿鳴館學園駅から、木炭自動車のバスで、學生寮へと移動する。
學園内のバス網は充実しており、胸元の生徒徽章を見せれば、その乗り降りは無料となる。
學生寮は、巨大な建物で、上から見ると十字型になっている。
北が貴族男子棟、東が貴族女子棟、南が平民男子棟、西が平民女子棟だ。
各棟とも、地上七階地下一階。
一階が管理室や食堂で、地下は倉庫や従業員室。
二階から七階が、生徒の部屋だ。
部屋の構造は、貴族棟と平民棟の格差が甚だしい。
貴族棟は、一人部屋で、各部屋に風呂とトイレが完備されている。
しかも、同性の従者一名を置くことが許されていて、従者用の続き部屋まである。
一方、平民棟は、二人部屋で、部屋の外にある共同の風呂とトイレを使用する。
貴族棟には木炭発動機によるエレベーターがあり、上階ほど高位の者になる。
平民棟には階段しかないため、登るのが楽な低階ほど高學年となる。
指定されていた平民女子棟に入る。
寮の一階入口は、だだっ広いエントランスになっていて、その奥に、大食堂が見えている。
エントランスの一角には、受付窓口が十箇所ほど開いている。
入寮日なので、窓口には、順番待ちをする新入生の行列ができていた。
ボクが、列の最後尾につくと、居並んでいる新入生から、一斉に好奇の目を向けられた。
濃紺セーラー服の女生徒たちの中に、突然ピンクのミニスカセーラー服の男の娘が入ってきたんだから、仕方ないと思う。
ざわざわと、囁き交わす女子の声が聞こえる。
今朝のカストリ新聞に掲載されていたボクの白黒写真を見た子も多いらしい。
「『セーラー服魔法少女』の子よ」
「『服飾の呪い』のメインキャラ入り、ほぼ確定って、書いてあったわ」
「知ってる、男の娘だよね。華奢な女子にしか見えないけど――」
「え~っ、やだー、男のくせに、女子寮に入るの?」
「わたし、さっき、貴族女子棟で、テニスウェアの子を見たわ。あの子もきっと呪われてるのね」
どこに行って無遠慮な視線に晒されることには、さすがに慣れてきた。
素知らぬ顔で、列の最後尾に並んだ。
受付窓口で、生徒徽章を示し、入寮手続きを行う。
平民寮は、各フロアに999室あり、扉には部屋番号が刻まれている。
例えば、2階の001号室であれば、2001号室となる。
念のため案内しておくと、貴族寮は、敷地面積は同じなのに、各フロアに99室しかない。
部屋番号は、7階の99号室であれば、799号室となる。
部屋の主が、自室のドアの前に立つと、生徒徽章が反応して、自動で解錠する仕組みだそうだ。
自室と案内された7474号室の前に立つ。
何だか、『なよなよ』してるって、笑われそうな部屋番号だ。
徽章がチカッと光り、扉からカチャリと音がして、ドアロックが解除されたのが分かった。
ノブを引いて、部屋に足を踏み入れたら――中に人がいた。
しかも、女生徒で、着替えの真っ最中だった。
首に巻いてあったバスタオルのようなものを脱いで、その下のボディスーツみたいなの一枚になったところだ。
ボクは、「キャッ、ごめんなさい」と謝りつつ、顔を被って後ろを向いた。
その女生徒の方は、むしろ不思議そうに、首を傾げている。
「どうしたん? うちら、女の子同士なんだから、これくらい大丈夫なんよ」
ボクは、確り目を閉じたまま、天を仰いだ。
――ああ、そうだよ。
なんで、この状況になるまで、思い至らなかったんだろう。
ボクは女生徒扱いで、平民は二名一室だから、
当然、こういうことになっちゃうよね。
ボクは、慌てて、掌で自身の視界を遮りつつ、生徒徽章に情報を表示させる。
皇立鹿鳴館學園 魔法少女育成科 一年
儚内薄荷 男の娘
ロール:セーラー服魔法少女
性別欄の『男の娘』表示を指し示しながら、懸命に詫びた。
「ごめんなさい。ホント、ごめんなさい。こんなことになるなんて、思ってもみなかったんだ。すぐに部屋割りを変えてもらうね」
立ち上がって、部屋から逃げ出そうとしたら、その女生徒に手首を掴んで止められた。
「待って。うちも、『服飾の呪い』持ちなんよ。ほら、こっち見て」
――ふっ、服飾の呪い?
思わず振り返って、その子の姿を凝視してしまった。
その子が着ていたのは、下着のボディスーツなんかではなかった。
それは、紛れもなく、濃紺のスクール水着だ。
股下がスパッツ風になっていて、スカートが付いているタイプなのが、僅かな救いだ。
ボクと同じくらいの低身長で、同じような幼児体型で、ペタンコの胸までお揃いだ。
その子も、水着の肩紐部分につけた生徒徽章に手をかざし、自身の個人情報を見せてくれた。
皇立鹿鳴館學園 魔法少女育成科 一年
金平糖菓 女
ロール:スクール水着魔女っ子
――カワイソウに……。
女子が、人前で、一人だけスクール水着を着なきゃならないなんて。
きっと、男子のボクが、女装させられるより、
何倍もはずかしかったよね。
そう思ったら、涙がでてきた。
気がついたら、お互いに、手を取りあって、慰めあっていた。
「制服が送られてきたあと、たいへんだったよね」
「蔑みの視線が痛かったんよ」
何と言ったらいいか、そう、『同病相憐れむ』的な、心情だ。
それぞれの状況を、語りあう。
糖菓ちゃん――お互い『ちゃん』付けで呼び合う約束をした――は、三種類の水着のうち、この『平服』時だけ、バスタオルポンチョを羽織ることが許されているそうだ。
「うち、バスタオルを巻くことが許されんかったら、とてもじゃないけど、この學園までやって来れんかったよ」と、話してくれた。
糖菓ちゃんは、カストリ皇國最東端の街、アヤトリ市の出身。
大陸横断鉄道の東の終着駅であり、ポンポン船が行き交う海賊の街として知られている。
糖菓ちゃんの両親は既に亡く、遠縁の親戚の元で暮らしていたそうだ。
だから、生きて學園を卒業できる可能性は低くとも、親戚の家を出て、學園に来ること自体は、むしろ嬉しかったそうだ。
大陸の東の果てにあるその家から、大陸中央にあるこの學園までだと、家からアヤトリ市まで、木炭バスを乗り継いで二日、アヤトリ市駅で大陸横断鉄道に乗車してから更に五日間の移動となる。
その間ずっと、一人だけ、季節外れの、薄い水着姿だった。
まだ肌寒い三月末だが、『呪われた衣装』は、魔力で保護されているから、寒さは感じない。
問題は、人目に晒されることだ。
蔑みの視線や言葉を投げかけられるだけならまだしも、何度か危険な目にも逢った。
度々、生徒徽章を見せて、身の証をたてねばならなかった。
列車の車掌さんが、理解を示し、夜用の毛布を貸しっぱなしにして、護ってくれたそうだ。
あと、どうでもよい話しだけど、一週間ずっと乗り物に揺られ続けていたため、平衡感覚がおかしくなって、乗り物を降りたあと、いまでもずっと、地面が揺れているように感じられるそうだ。
ボクの側の事情も伝え、あれこれ話しが尽きない。
ほんの僅かの間に、当事者同士ならではの深い共感が芽生えていた。
☆
糖菓ちゃんと仲良しになれたことは良かったけど、それでも、やっぱり、男子と女子の同室は許容できない。
ボクは、「一緒に抗議しに行こうよ」と、糖菓ちゃんの手を引く。
糖菓ちゃんは、「うち、薄荷ちゃんとなら、同室でいいんよ。というか、他の子より、『呪われ』仲間の薄荷ちゃんと一緒の部屋がいい」とまで、言ってくれた。
――嬉しい一言だけど、絶対ダメ。
徽章の表示は『男の娘』でも、ボクはちゃんと男の子で、
ちゃんと女の子が好きなの。
そして、糖菓ちゃんは、ボクのタイプなの。
間違って、あんなことや、こんなことになっちゃったら、
どうするの。
首を横に振って、脳内に浮かんできた『あんなことや、こんなこと』の妄想を振り払う。
だ、だって、相手は、スクール水着の女の子なんだよ。
男の子なら、妄想しちゃうのは、仕方ないよね。
バスタオルポンチョを羽織った糖菓ちゃんと、手を繋いで、寮の受付窓口へ向う。
――あれっ、ボク、いつの間にか、糖菓ちゃんと、手を繋いでる。
妹以外の女の子と、手を繋いで歩くのって、初めてだよ~。
妹の場合、ボクが手を曳くんじゃなくて、ボクが手を曳かれるんだけどね。
ボクは、平静を装って歩きながらも、次々と沸いてくる妄想を振り払うので大忙しだ。
受付窓口がある、寮のエントランスまで降りる。
エントランスは、あいかわらず、女子新入生たちでごったがえしていた。
そして、さっき入寮手続きした時以上に、ガン見された。
みんな、喰い入るように、ボクたち二人を凝視してくる。
仕方ないと思う。
低身長で幼児体型の、ピンクのミニスカセーラー服の子と、濃紺のスクール水着にバスタオルポンチョの子が、二人仲良く手を繋いで歩いてるんだから――。
今度は、「可憐ね」とか、「ペアのお人形みたい」とか、「お持ち帰りしたい」とか、そんな声が、聞こえてきた。
ここには女生徒しかいないはずなのに、「お持ち帰りしたい」ってなんだろう。
受け付け窓口の対応は、けんもほろろだった。
部屋割り変更が、認められないだけじゃない。
「學園において、『男の娘』は、『名誉女子』とみなされます。部屋割りに限らず、共同浴場も、トイレも女子用を使用してください」
平然とした口調で、そう言い切られた。
ボクは、声を荒げて、断固食い下がる。
「お、お、お風呂まで女性と一緒って、あり得ません。ボク、部屋割りと、トイレと、お風呂が善処されない限り、ここを動きません」と声を荒らげた。
ちょうど寮内に入ってきた女生徒が、見かねたらしく、「ごきげんよう。何か、不手際でもありまして?」と声をかけてくれた。
窓口担当者が、「清女様!」と声をあげ、直立不動の姿勢を取った。
清女様!は、すらりと背が高い、清廉な雰囲気の女生徒だ。
長く艶やかな御髪を、白紙で一本に結んでいる。
セーラー服で姿でありながら、なぜか、御幣を手にしている。
御幣というのは、巫女さんとかが持っている神具で、串に紙垂をつけたものだ。
一見して高貴な方だと分かるので、ボクと、糖菓ちゃんは、「ごきげんよう」と挨拶して、生徒徽章を光らせようとした。
清女様が、それを押し止めて、忠告してくれる。
「生徒同士で、生徒徽章の情報を、むやみに見せてはなりませんの。生徒徽章の情報には『ロール』が含まれるからですの。この學園の生徒たちは、みな、物語の役どころを競い合っています。命を奪い合いにまで発展することもしばしばですわ。そして、『ロール』が、その勝敗を分けます。だから、生徒間で生徒徽章の情報を見せるのは、仲間と認めた合った時か、相手に敗れた時だけですの」
ボクたちは、教えてくださった親切に礼を述べ、口頭で名乗った。
すると清女様も答えてくれる。
「わたくしの名は、祓衣清女といいますの。わたくしは、この皇立鹿鳴館學園の學園長の娘なので、多少のワガママが言えるのですわ」
そして、窓口担当者へ視線を向ける。
「この儚内薄荷さんは、御社にとって、大切な方ですの。あなた、何とかなさい」
その一言の効果は、絶大だった。
窓口担当者が、然るべきスタッフを呼び出し、手配がなされた。
ボクには、地下にある寮職員用の一室が貸し与えられることになった。
何と、この部屋には、小さいながらも浴室とトイレが付属している。
ただ、生徒徽章でのロック開閉機能は、付いていないとのことで、部屋の鍵を渡された。
それから、ボクは、あくまで書類上は、糖菓ちゃんと一緒に7474号室に居住していることになるそうだ。
つまり、実質、糖菓ちゃんも一人部屋ということになる。
~~~ 薄荷ちゃんの、ひとこと次回予告 ~~~
■四月一日① チュートリアル
今日は、教導役の先輩から、學園を案内していただける、チュートリアルの日。
先輩に學園を案内していただけるのは嬉しいけど、まかり間違って、先輩に粗相してしまうと、入學式前に、いきなり命を落とす事態とも、なりかねないだって。
え~っ、ボクたち平民二人の教導役が、なんか、トンデモナイ人なんですけど!
■拙文を読み進めていただいておりますことに感謝いたします。
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