■八月二一日 豹裂館學園女子中等部 承
♥♥♥服飾に呪われた魔法少女テレビシリーズ
♥♥♥第八話 豹裂館學園女子中等部 承
あたくしは、ラミア・アミ・アラミス。
トマソン法國アラミス公爵家の第一公女にして、バンカー・バカラ・エルドラド第一王子の婚約者ですわ。
現在、豹裂館學園女子中等部三年生ですの。
婚約相手のバンカー王子は、うちのお父様より年長で、頭髪も少々淋しいことになってらっしゃるけど、とても頼りになる御方ですの。
あたくし、そのバンカー王子から、くれぐれも宜しくと、頼まれているお仕事がありますのよ。
それは、この女子中等部に二年生として在籍されているタマラ・カバラ・エルドラド第四王女を監視することですの。
バンカー王子は、年の離れた末っ子の妹であるタマラ王女のことを、とても気にかけておられますの。
タマラ王女は、ご両親である現王夫妻より、末っ子として甘やかされてお育ちになりましたの。
幼い頃より、ワガママで、奇行の目立つ方です。
現在、中二病真っ盛りで、いきなり何をやらかすか、分ったものではありませんの。
先日も、自分にお付きの侍女たちの服を、独断で、あられもないものに変更してしまわれました。
蛍光ピンクのミニスカセーラー服ですのよ。
それも、ルーズソックスとかいう、へんてこりんな靴下つき。
あれって、カストリ皇國のテレビ番組『服飾に呪われた魔法少女』のお一人、『セーラー服魔法少女』の衣装を模したものですよね。
あたくしも、……ちょっとだけ……喰い入るように……見ておりますので、それくらいは分りましてよ。
ただ、どうかと思いますの。
タマラ王女は十四歳にもなられて、来年には成人されるというのに、あんなお子様向けの番組に夢中になられてるなんて――。
……いや、あたくしは、一歳年上ですけど、何か?
あの番組、破廉恥な登場人物が多く、我がトマソン法國では、有害番組指定されておりますの。
こんどお会いしたら、いずれ義姉になる者として、あたくしからのお説教が必要ですの。
……いや、自分にお説教なんてしませんわ。
それに、昨日は、國外から、芸人一座を呼び寄せたそうですの。
なんでも、學園偶像とかいうのだとか。
我がトマソン法國の皇女が、こんなにミーハーでは、示しがつきませんの。
極めつきは、豹裂館學園が、授業休止期間となっている、この八月中に、タマラ王女が何やら良からぬ騒動を起こそうと企んでおられるという情報まで、ありますの。
いま、腹心のリリー・アマ・リリス男爵令嬢に、探りを入れさせているところですの。
☆
それはそれとして、あたくし、本日は、大切な面会のお約束がありますの。
カストリ皇國第二皇女の白金王水様とお会いするのです。
王水皇女は、同學年の留學生。
趣味を同じくする者として、ずっと仲良くさせていただいているのです。
待ち合わせ場所のお茶会室へ入ると、王水皇女様の配下である転貂手鞠が、下働きの者を使って、大量の木箱を運び入れているところでしたわ。
あたくし、扇を顔にあて、口元がニンマリと緩むのを隠しましたの。
やはり、そうです。
待望の品々が届いたのですわ。
カストリ皇國の皇女である王水様のお名前と、トマソン法國アラミス公爵家の公女である あたくしの名前を使えば、どのような品であっても、ノーチェックで、国境を通過させることが可能です。
そのうえ、念には念を入れ、『くノ一』のロールを持つ手鞠を使って持ち込ませているほどの禁制品です。
お茶やお菓子を運ばせて、三人以外の者を全員退出させます。
手鞠が、盗聴等の危険がないか室内をチェックし、OKのサインを出します。
そのうえで、あたくしと王水皇女様、そして同席を許した手鞠が着席します。
あたくしは、逸る気持ちを抑えて、手鞠に訊ねます。
「荷物到着が、過去二年より遅れましたけど、皇都トリスの『薄い本頒布会』で、予想外のことでもありまして?」
「今年は大変でした。危険を回避するため、第三國であるウヲッカ帝國経由で、ものを持ち込んだため遅くなりました。」
手鞠が、溜め息をつきつつ、ソファーに仰け反ってみせます。
疲れ果てたという顔つきで、貢献をアピールしつつ、今回の仕入れについて、語りはじめます。
☆
「まず、今年の『薄い本頒布会』では、『女性向け』部門だけ、テーマが設定されました。そのテーマですが…………」
手鞠が、イヤラシイほど長いタメをつくってから、言葉を続けます。
「…………『鍍金×薄荷』もしくは『薄荷×鍍金』のカップリングでした。
「な、なんということでしょう! 至高のカップリンクではありませんか!」
『鍍金』というのは、カストリ皇國第二皇子の白金鍍金様のことです。
大物語『令嬢の転生』の攻略対象で、庭球部キャプテンで、イケメンの俺様皇子です。
言ってはなんですが、あたくしの婚約者のバンカー王子なんて、頭髪の淋しい中年オジサンですよ。
あたくし、現実逃避して、夢見ることぐらい許されますよね。
そのお相手が、あの儚内薄荷ですって!
貧しい貧民の子でありながら、大物語『服飾の呪い』のメインキャラ『セーラー服魔法少女』に抜擢された子。
更には、心ならずも科學戦隊レオタンの『お色気ピンク』まで押しつけられて、健気にがんばっている、あの子です。
もう、今さら隠しません……ね。
あたくし、魔法少女と科學戦隊のテレビ放送は、『大きいお友だち』の一人として、欠かさず視聴していますの。
見れば見るほど、狂おしくなるほどに『尊い』のですもの。
――あっ、ちょっとお待ちになって。
薄荷って、リアル女装男子ではありませんか!
「男の娘、キターーーッ」
あたくし、はしたなくも、扇を振り上げて、立ち上がってしまいました。
赤面しながら、着席し直しました。
手鞠は、してやったりの表情。
王水皇女様まで、呆れたように、ニマニマ笑ってらっしゃいます。
いけない、いけない。
あたくし、我を忘れて、身を滅ぼしかねない危険な一言を発してしまいました。
『この世界』において、異性装が認められているのは、カストリ皇國だけです。
特に、ここ、トマソン法國では、道徳的な忌避感が強く、異性装の者が見つかれば極刑です。
ただ、あたくしや、あたくしの仲間の者たちにとっては、その背徳感がたまらない魅力なのですが……。
手鞠が、わざとらしく、小声で囁いてきます。
「ラミア公女様、お喜びください。本日お持ちした木箱の中には、『鍍金×薄荷』本と『薄荷×鍍金』本がぎっしり詰まっております」
☆
「その喜ばしい報せとともに、よろしくない出来事もご報告せねばなりません」
手鞠が、口調を改めます。
「カストリ皇國における『薄い本』の仕入れを担当してくださっていた成上満子男爵夫人が、『発禁本』の取り引きで逮捕されました」
手鞠から、詳細な状況説明がなされました。
逮捕は取引完了後のことで、取引相手である手鞠の名はバレていないこと。
もちろん、あたしや、王水皇女に、問題が波及する可能性はないこと。
ただし、来年以降は、新たな仕入れ担当者を、捜さねばならないようです。
「『発禁本』って、どんな内容ですの? 普通の『薄い本』と、どこが違うのですの?」
発禁処分となったのは、「『服飾に呪われた魔法少女の男水着チャレンジ』というタイトルのマンガ本だそうです。
それも、薄荷と、『服飾に呪われた魔法少女』たちの物語だというではありませんか!
ストーリーは、女の子の心を持ってしまった男の子(=薄荷)に、女の子たち(=他の『服飾に呪われた魔法少女』たち)が、男だったら平気だろうと、男物の海水パンツを履くよう迫るというもの。
「は、背徳的な。そんなシチュエーションって……たまりませんわ。これからでも、手に入るものなら、あたくし、言いなりの金額を……」
手鞠が、無念そうに首を横に振ります。
「残念ながら、『薄い本頒布会』で販売予定だった『服飾に呪われた魔法少女の男水着チャレンジ』四百五十冊は没収され、焼却されてしまいました」
「き、本文明の貴重な文化遺産というべき宝が、失われたと……。なんと、無体な……」
手鞠が、てへへっと、表情を一変します。
「そう仰ると思って、あたい、すごーく、頑張りました。満子男爵夫人が転売用に隠匿していた五十冊を、力技で入手してきたんです。これ、言い値で買い取っていただけるんですよね」
「お、女に二言はございません」
あたくし、『鍍金×薄荷』本と『薄荷×鍍金』本の代金に加え、『発禁本』に対する手鞠の提示額を、その場で、丸ごと、即金で、お支払いしましたの。
「ふーっ」と一息吐いて、三人で、お茶を啜ります。
あたくしが、安心して脱力した瞬間を狙って、手鞠が、爆弾を落としましたの。
「そういえば、この『発禁本』本って、最終ページに仕掛けがあるんですよ。」
見開き二ページの最終シーン。
仲間四人が横並びになって、目を見開いている。
そして、声を揃えて、驚きの声をあげている。
「「「「え~っ、薄荷ちゃんってオトコノコだったんだ~!」」」」
で、その見開き二ページの最終シーンを捲ると、黒ベタにされた見開き二ページ。
そこに、こう書かれているんです。
『このページは別売りです。ご覧になりたい方は、下記住所まで、金貨一枚を郵送してください』
「ってことは、その、別売り見開き二ページには……! そりゃ、もう、誰だって、金貨一枚郵送しますわよ!」
「あたい、ホント、頑張りました。満子男爵夫人が隠匿していた別売り見開きページ、五百枚を、なんとか奪取できたんです。これ、まるごと、金貨五百枚で、買い取っていただけますよね?」
「お、女に二言はございません」
あたくし、手鞠に、金貨五百枚を、その場で、即金で、お支払いしましたの。
☆
あら、いけませんわ。
ここまでの描写だけでは、あたくしが、趣味に浪費しているだけの愚物に見えてしまいますわ。
それに、手鞠だって、強突く張りの守銭奴にしか、見えませんわ。
まず、こうやって、過去三年、手鞠が稼いだお金は、手鞠のポケットに入るわけではありませんの。
ここで手鞠が稼いだお金は、全て、王水皇女様が、カストリ皇國復帰するための、活動資金の一部となりますの。
王水皇女様は、過去の事件により、カストリ皇國を放逐された身の上なのですわ。
現在、様々な方法で、活動資金を入手し、カストリ皇國の政界デビューを画策されてらっしゃいますの。
それに、この場で支払われた金額には、カストリ皇國ここまでの搬入費用だけでなく、あたくしが、これから、法都パンタロンの王宮で催す、極秘販売会のお手伝い費用まで含まれておりますの。
販売会では、王水皇女様にもご挨拶していただきます。
なにより、事の危険度を鑑みれば、少ないくらいの支払い額ですの。
そもそも、『薄い本』の販売は、カストリ皇國とは違って、ここ、トマソン法國では、違法なのです。
あたくしの婚約者であるバンカー王子は、司法長官を務めておりまして、道徳的な規範に厳しい方として知られておりますの。
あたくし、以前、バンカー王子と、表現の自由について、語りあったことがございます。
あの方、頭が、薄いだけでなく、固いのです。
全くもって、聞き入れてもらえる様子がありませんでしたの。
ましてや、今回、トマソン法國では絶対に許されない異性装の描写がある本や、カストリ皇國ですら発禁となるような本を取り扱うのです。
万全を期さねばなりませんの。
「バンカー王子は、大勢の近衛を連れて地方出張中なのですが、明明後日には戻られます。ですから、販売会は明後日にしましょう。アラミス公爵家の騎士を動員しますが、いざという時頼りになる者が、もう少し、居てくれると良いのですが……」
「ならば、妾も、手鞠に加えて、四天王を、いまひとり、出そうではないか」
このヘンな喋り方は、今日初めて発言された、王水皇女様です。
王水皇女様って、普段から無口な御方なのですが、喋るときは、昔風の大仰な口調なのです。
しかも、自分のお気に入りの配下を、『四天王』だなんて、中三なのに、まだ中二病まっ盛りですの。
豹裂館學園の制服である黒いビロード生地のローブの下から覗いている衣装も、個性的ですの。
艶のある黒色の、チューブトップ・ボティコンドレスですの。
伸縮性のある一枚布を、素肌に巻いただけみたいに見えますの。
こういった衣装って、メリハリのある妖艶な身体でないと、似合わないと思いますの。
王水皇女様は凹凸のないスレンダーというか、はっきり言ってしまえば幼児体型ですので、かなりムリがあると思いますの。
そのうえ、ツノがついた黒いヘッドドレスですの。
大きなツノが頭の両サイドを、後ろ向きに一回転して、前に伸びていますの。
そう、山羊のムフロンみたいなツノですの。
一國の皇女様に向かって、ご意見申し上げる者などいませんが、さすがに、どうかと思いますの。
その中二病皇女様が、こう仰いましたの。
「妾のお気に入りの小姓がな、なかなかの銃剣使いなのじゃ。暴れだしたら、誰も止められん。明後日は、彼奴も連れて行こう」
まったく、我がトマソン法國の皇女様といい、カストリ皇國の皇女様といい、どうかと思いますの。
やはり、未来のファーストレディーである、このあたくしが確り導いてあげねばなりませんの。
~~~ 薄荷ちゃんの、ひとこと次回予告 ~~~
■八月二三日① 豹裂館學園女子中等部 転
トマソン法國の法都パンタロン。
その王宮内の広間にて、『読書会』なる極秘の催しが、開催されようとしていた。
今年の『読書会』には、爛熟した退廃的な文化が華開いているカストリ皇國においてすら焚書となった発禁本が出品されるという。
『読書会』において、トマソン法國を揺るがす、大事件が起ころうとしていた。