■八月一九日② エイチの塔 結
♠♠♠科學戦隊レオタン テレビシリーズ
♠♠♠第四話 エイチの塔 結
科學戦隊レオタンは、五台の戦闘車両で、隊列を組んで、バルーニング飛行をしていた。
『爆炎レッド』、『氷結ブルー』、『雷撃イエロー』、ボク――『旋風グリーン』――と、そして『お色気ピンク』の儚内薄荷ちゃんだ。
各戦闘車両を自動運転モードにして、昨日から飛び続けている。
昨夜のうちに、ゴミ砂漠に入った。
なので、目が覚めると、眼下の景色は、延々と続く砂漠になっていた。
ときどき、砂嵐が巻き起こり、ザザッサザッと戦闘車両に吹き付けてくる。
戦闘車両が、ギギッギギッといういう異音を、此処彼処から発しはじめた。
戻ったら、フルメンテナンスが必須だ。
唐突に、本当に唐突に、薄荷ちゃんのP戦闘車両が、制御を失った。
グランとよろめいて、そのまま大きな砂丘に、突っこんだ。
薄荷ちゃんは、昨日から体調を崩していたから、きっとそのせいだ。
P戦闘車両が突っこんだ砂丘の中から、官能飛蝗や、尾籠蜉蝣や、倒錯蟷螂が、次々と飛び出してきた。
それが、懊悩飛蝗や、過労蜉蝣や、韜晦蟷螂に変じていく。
その蟲たちが集まって、巨大な人型を取りはじめる。
ぬめぬめと焦げ茶色に光る、腹の出た中年男のような巨大な人型。
ぶくぶく膨れた顔面に、複眼が光り、六本の手脚があり、前肢は鎌のよう。
ガサッと音がして、背中に透明な四枚の翅が広がる。
こ、これって、『蟲の皇』だ。
『蟲の皇』って、アムール河の河原で、隊員全員の力を結集して、焼払ったはずなのに――。
どうやら、『蟲の皇』は、核となる魔力と、蟲がいる限り再生できるようだ。
前回、核となったのは、リンドウ少将の遺体だった。
今回の核は何だろうと、聖力を込めて、『蟲の皇』を透視する。
あっ、あれは、薄荷ちゃんのおなかに宿っていた、小さな魔力だ。
そういえば、アムール河の河原で戦ったとき、『蟲の皇』は、変形合体ロボ『レオタアド』にのしかかり、ロボの頭部にあたる薄荷ちゃんのコクピットにキスしていた。
きっとあのとき、薄荷ちゃんの体内に、自分の魔力を送り込んで、疑似妊娠させたのだ。
『蟲の皇』が、薄荷ちゃんの乗ったP戦闘車両を、優しく抱えあげ、お姫様抱っこする。
うげっ、頬ずりなんかしている。
薄荷ちゃんを好きだという気持ちに、嘘偽りはないらしい。
『蟲の皇』が、ふらふらと歩きはじめる。
向かう先は、『エイチの塔』だ。
岩……というより砂を固めたような、塔だ。
敷地面積は、ちょっとした街ぐらいあるが、高さは十数階程度しかない。
塔の中は、ダンジョン化しており、ゴミ清掃係とか遺物管理人とか呼ばれる数種類のゴーレムが跋扈している。
宝箱から古代文明の遺物がドロップすることで知られている。
『エイチの塔』は、ダンジョンである以前に、『旧き神々』の墓場だ。
永らくその墓場を守ってきた墓守の一族である西戎家の末裔であるボクには、『蟲の皇』が目指している先が分る。
『エイチの塔』の地下だ。
そこに、『渾沌の泉』がある。
魔力と聖力が対消滅した際に発生する『渾沌』の坩堝だ。
ジャングル風呂地帯の湯源の底とも繋がっていると言われている。
『蟲の皇』は、P戦闘車両を抱きしめたまま、『渾沌の泉』に身を投じ、薄荷ちゃんと無理心中しようとしているのだ。
信仰する民を失った旧き神が、そこに還っていくのは仕方ない。
だけど、薄荷ちゃんを連れてっちゃダメだ。
そんなことは、許容できない。
どこからか、『科學戦隊レオタン』のテレビ番組オープニング曲、『新星のレオタード』が聞こえてきた。
ボクら、男性隊員四人で唄っている曲だ。
レッドが曲にあわせて唄いはじめ、イエローとボク――グリーン――が続く。
こういうノリが好きではないブルーも、渋々ながら唄いはじめた。
レッドのR戦闘車両から、特大の火炎弾を放たれた。
イエローのY戦闘車両から、特大の雷撃が放たれた。
ボクのG戦闘車両から放たれた旋風が、火炎と雷撃を包み込んで、爆散させる。
ブルーの氷結弾だけは、放たれなかった。
氷結弾は、火炎弾を消火してしまうから、これは仕方ない。
『蟲の皇』に、往時の力は無い。
あっけなく、形を崩して、その場に、P戦闘車両を取り落とす。
燃え残った、わずかばかりの蟲たちは、群体を保てず、四散する。
それでも、個々の蟲たちは、滅びを渇望し、塔の地下目指して飛翔していく。
僕らは、各自の戦闘車両から飛び出す。
P戦闘車両の元へ駆け寄る。
ボクが、外部開閉レバーを掴んで、P戦闘車両のコクピット開けようとする。
普通なら、力を込めなくとも開くはずなのに……開かない。
蟲や砂のせいで、P戦闘車両が壊れかけているようだ。
四人かがりで、ハッチを跳ね開けた。
薄荷ちゃんの様子が、おかしい。
意識はあるみたいなのに、ここではない、どこか遠くを見ている。
それに、なんか、肉体が、どんどんリアリティーを失って、抽象化していくようだ。
「『お色気水着』を着た女体化薄荷ちゃんって、ほら、もっと、こう、卑猥でエロエロだったよな」
レッド……、言いたいことは分るけど、リーダーのくせに、どうしてこう表現が不適切なのか……。
「そう、『お色気ピンク』は、ところ構わず押し倒したくなるような、もみし抱きしたくなるような肢体でないと……」
イエロー……口を噤め。
動転しているのだろうけど、言っていることが……。
「言い方! つまり、人間の範疇を超えて、崇高な美というか、そんなものに、昇華されてってるってことだよな」
ブルーが、なんとか、二人の発言を修正する。
「お、おい、薄荷ちゃん、いま、呼吸するの、辞めてしまったぞ!」
レッドが、慌てている。
ボクが、悲鳴をあげる。
「これって形而上化しつつあるってことだよ! このままだと、この世界に存在するものより、高いところに昇ってしまうよ!」
ブルーが、ボクを、薄荷ちゃんの前に、押し出した。
「『科學戦隊レオタン』にしても『服飾に呪われた魔法少女』にしても、崇高な哲学なんぞである筈かない。グリーン、君が、抽象化しつつある薄荷ちゃんを、形而下の、卑近な物語の中に、堕としめるんだ。」
僕は、自分の中に残されている劣情を掻き集め、振り絞って、叫んだ
「薄荷ちゃん、目を覚ませ! 目を覚まさないと、お尻、触っちゃうぞ! おっぱい、揉んじゃうぞ!」
薄荷ちゃんに、触りまくった。
なんと言うか、理想を具現化したみたいな、女性的な体型なのに、美術館の彫像に触るみたいで、エロくもなんともない。
それでも、薄荷ちゃんが、身を捩って、モゾモソ動いた。
「おお、嫌がってるぞ。怒りでも、軽蔑でも、侮蔑でも、なんでもいいから、薄荷ちゃんの強い感情を引き出すんだ」と、ブルー。
僕は、『もう、こうなったら』と、ガラス細工のようになってしまっている、薄荷ちゃんの唇に、口づけた。
それも、思いっきり、ぶちゅーーーっと――。
薄荷ちゃんの心臓が、ドクンと跳ねた。
薄荷ちゃんの身体が、横たわったまま、一メートル近く跳ね上がった。
僕は、薄荷ちゃんの傍らに、転がり落ちた。
薄荷ちゃんの身体のセーラーレオタードが、パフンと膨れて、元に弾け戻った。
その一瞬で、脱ぎたくても脱げなくなっていた、セーラーレオタードの下の『お色気水着』が千切れ飛んだのだと分った。
薄荷ちゃんの身体が、男の娘のものに戻っている。
僕は、体勢を立て直し、落ちてきた薄荷ちゃんの身体を受け止める。
その身体は、人間の肉体の質感に戻っていた。
薄荷ちゃんが、「はふっ」と、息を吹き返す。
「……ボクどうしたの?」
きょとんと、首を傾げる。
「ボクに何かした?」
僕の顔を覗き込みながら、自分の唇を触って、確認している。
「あれ、なんか口のまわりが、べちょべちょなんだけど……」
僕は、沈黙が恐くて、取り繕う。
「いや、ほら、非常事態だったから……。冬山遭難時に、『眠るな! 眠ったら死ぬぞ!』的な、感じ……かな」
~~~ 薄荷ちゃんの、ひとこと次回予告 ~~~
■八月二〇日 豹裂館學園女子中等部 起
トマソン法國豹裂館學園駅に、大陸横断鉄道が到着した。
連結されている豪奢なVIP用客車から、五人の少女が降り立った。
それは、學園女子中等部における波乱の幕開けだった。