■八月一九日① エイチの塔 転
♠♠♠科學戦隊レオタン テレビシリーズ
♠♠♠第四話 エイチの塔 転
ボク――儚内薄荷――たち科學戦隊は、昨日から、各々の戦闘車両で、隊列を組んでバルーニング飛行している。
戦闘車両は、非常時以外は、自動運転可能だ。
戦闘車両を飛行させたまま、コクピット内で眠ることもできる。
コクピット内で眠っていると、戦闘車両の此処彼処から、ギチギチという異音が聞こえてくる。
ろくなメンテナンスもせず戦闘車両を使い続けているので、不調が出てきているのだ。
開発者の白桃撓和さんが行方不明になっていた間は、メンテナンスすら満足にできなかったのだそうだ。
だけど、その撓和さんが見つかった。
戦隊員のみんなで、撓和さんを何とか説得して、オーバーホールをお願いしようと相談してはいる。
だけど、今は戦闘車両の不調をおしてでも、『エイチの塔』へ急ごうとしている。
戦闘車両は、自動運転に任せて飛行し続け、夜のうちに、ゴミ砂漠に入った。
目が覚めると、眼下の景色は、延々と続く砂漠になっていた。
実は、戦闘車両だけじゃなくて、ボクも不調だ。
ボクは、『科學戦隊レオタン』の『お色気ピンク』としての活動中は、隊員服扱いの『道衣』であるセーラーレオタードを着用している。
それは、いつものことなのだけど、昨日から、セーラーレオタードの下に、『お色気水着』を着用している。
着用しているというか、脱げなくなってしまった。
『お色気水着』を着ると、ボクの身体は女体化してしまう。
それも、Gカップのお色気ボディだ。
何をするにしても、胸が重たいし、お尻も重たい。
そして、胸やお尻とは違う意味合いで、おなかが重たい。
いまや、ボクの身体は、ボク一人のものじゃなくなっている。
おなかに、自分のものとは違う、もう一つの小さな魔力の存在を感じる。
吐き気もしている。
ときどき、嘔吐くけど、喉からは何も出てこない。
おなかに、ずんと重たく鈍い痛みがあって、逃れようがない。
おなかのなかに、悪い血のようなものが溜まっていて、ホントは排泄したいのに、ボクの身体には、それを排泄する器官がない。
乳腺から、何かが分泌されている感じもする。
けど、分泌物については、『呪われた服飾』の自浄作用により、清潔に保たれている。
すっぱいものが食べたい。
梅干し、柑橘類、パイナップル……。
すっぱくないけど、スイカもいいよね。
ヨーグルト、アイスクリームも、食べたい。
サワークリームオニオン味のポテトチップスなんか、至高だ。
あれが手元にあったら、きっと、やめられない、とまらない……。
これって、やっぱり、妊娠状態なのではなかろうか……。
生命科學に詳しい『旋風グリーン』さんから、『お色気水着』で外見が女体化していても、ボク身体に、妊娠に必要な器官などないと説明された。
「でも、ボク、自分のおなかに宿った、この小さな魔力を、愛おしいと感じてしまうんです」
「それは、危険な兆候かもしれない。『托卵』みたいなものかも……。つまり、その小さな魔力は、薄荷ちゃんに寄生していて、母性本能みたいなものを目覚めさせて、自分を保護させ、養育させようとしているのかも……」
ボクのおなかにある『魔力卵』が、ボクの魔力に寄生し、ボクの精神に影響を及ぼし始めているってこと?
ボクが感じていること、場合によっては、見えているものや、聞こえているものまで、そのまま受け止めてはいけないのかもしれない。
そんなことを考えていたら、意識が混濁して……。
気がついたら、戦闘車両が、砂丘に、突っ込んでいた。
砂の中から、サソリ、トゲトカゲ、コブラ、トビネズミ、スナネコとかが、わらわらと這い出してくる。
小動物が多く、毒とか持っていそうなのに、敵意や害意は感じられない。
サラサラと、砂が動きはじめた。
砂の中にいる小動物たちが、動かしているようにも見える。
砂は、波打って、ボクを乗せた戦闘車両を動かす。
前へ前へアリジゴクの穴が開きつづけて、その穴に落ち続けるように、戦闘車両が動かされていく。
戦闘車両が向かう遙か先に、『エイチの塔』が見えている。
コクピットに、砂粒が当り、流れ去る。
砂粒は、最初、グレーに見えていた。
でも、良く見ると、白い粒と、黒い粒がある。
いや、そうじゃない?
もしかして、白くなったり、黒くなったりしている?
いくつかの砂粒が、うまく形を創ると、原生生物が生まれる。
その原生生物が集まり、分岐しながら進化していく。
クラゲ、ゴカイ、魚類、両生類、昆虫類、は虫類、鳥類、哺乳類、類人猿、そして人間。
人間は、集落を創り、村へ、街へ、國へ。
多くの動物を狩って滅ぼし、木々を切り倒して砂漠化させ、化石燃料を使い尽す。
ここは、人間が興し、廃棄したゴミの砂漠だ。
ゴミが集積され、再生される先が『エイチの塔』だ。
人間は、生まれながらにして、聖か、魔か、いずれかの力を持つ。
人間は、男か、女かのいずれかに生まれつく。
そこに物語があり、神々がいる。
物語は、文明とともに旧きものから新しきものへと変遷する。
神々もまた、物語とともに、旧きものから新しきもののへと変遷する。
☆
どこか遠くから、唄声が聞こえてきた。
戦闘車両の通信機から聞こえるのかな……?
力強い男性合唱……あっ、これって『爆炎レッド』さんと、『氷結ブルー』さんと、『雷撃イエロー』さんと、そして『旋風グリーン』さんの唄声だ。
ボク、これまで、声変わりした低い男性の声って、トラウマを刺激するから、恐くて仕方なかった。
でも、いまは、妊娠しているボクを護ってくれるみたいで、心強い。
ボクなんて、ボーイソプラノしか出せないから、ちょっと、羨ましい。
「一万年と三千年前からレオタード 九千年過ぎた頃から……」
この唄、何だっけ。
そうだ、『科學戦隊レオタン』のテレビ番組オープニング曲、『新星のレオタード』だ。
そうそう、芍薬百合様が作詞したやつだ。
でも、どうしてこんなに唄声が遠いのかな。
そうか、この唄歌を聞いているのって、ボクじゃなくて、ボクのおなかの中にいる卵なんだ。
一万年と三千年前に何があったんだっけ。
そうだ、小氷河期が終わって、眠ってた『氷の女帝』が目覚めたんだ。
でもって、芽吹きはじめた『緑の皇』と、おねショタ関係になっちゃった。
生命の大樹から、植物が分岐したようなものかな。
それで、九千年過ぎた頃に『蟲の皇』が、『緑の皇』を奪おうってするんだよね。
生命の大樹から、昆虫が分岐したようなものかな。
じゃあ、なんで今頃になって、『蟲の皇』は、『緑の皇』じゃなくて、ボクなんか追いかけてきたの。
生命の大樹の未分化の芽――ナニそれ?
未分化の卵細胞――それ、なんなの?
幼形成熟――ぼく、そんなんじゃないよ。
勝手に嫉妬されても……。
砂漠の砂の中から、官能飛蝗や、尾籠蜉蝣や、倒錯蟷螂が、次々と飛び出してきた。
それが、懊悩飛蝗や、過労蜉蝣や、韜晦蟷螂に変じていく。
ああ、こいつらって、生命の大樹の袋小路に入って、もはや滅びるしかないってこと?
だからって、ボクを妬んでも……。
ボクのおなかから、卵が飛び出してきた。
卵に、蟲たちが集まって、巨大な人型を取りはじめる。
これって、『蟲の皇』だ。
『蟲の皇』って群体だから、丸ごと焼かれても、核となる魔力と、蟲がいる限り再生できるみたい。
でも、こいつらって、進化の袋小路に追い込まれて、もはやその先のない蟲だよね。
だから、この『蟲の皇』って、最後の『蟲の皇』だね。
『蟲の皇』が、ボクの乗ったP戦闘車両をお姫様抱っこする。
その向かう先に、『エイチの塔』がある。
あっ、あそこって、『旧き神々』の墓場だ。
あそこに行ったら、どうなっちゃうのかは分らない。
だけど、『蟲の皇』が、ボクと無理心中しようとしているのだけは分る。
でも、どうしたら……。
☆
……誰かが、ボクの身体を揺すって、耳元で怒鳴っている。
「薄荷ちゃん、目を覚ませ!」
~~~ 薄荷ちゃんの、ひとこと次回予告 ~~~
■八月一九日② エイチの塔 結
ボク、産みます。
ええっと、ボクのおなかの子って、誰の子だっけ?