■八月一八日 エイチの塔 承
♠♠♠科學戦隊レオタン テレビシリーズ
♠♠♠第四話 エイチの塔 承
僕は、『旋風グリーン』こと、西戎広目。
科學戦隊レオタンの正隊員だ。
科學戦隊レオタンの正隊員五名は、本日の午後には、大陸横断鉄道を降りる。
各自、戦闘車両に分乗。
一日がかりで、ゴミ砂漠の中にある『エイチの塔』を目指す。
そのため、きょうは、VIP用客車の談話室で揃って朝食を取り、そのままミーティングを行うことになっていた。
ところが、指定の時間を過ぎても、『お色気ピンク』の儚内薄荷ちゃんが、コンパートメントから出て来ない。
ドアをノックして、呼びかけた……が、返事がない。
それどころか、シクシクという泣き声が漏れてくる。
このままでは埒があかないし、放置などできない。
車掌さんに鍵を開けてもらって、踏み込むことになった。
「「「よろしくね」」」と、他の三人から、肩を叩かれた。
僕は、これまで二度、薄荷ちゃんにプロポーズしている。
その返事は、いずれも「お友だちからはじめましょう」というものだ。
だけど、他の三人は、こういうとき、薄荷ちゃんのプライベートへ踏み込む権利があるのは、僕だと認めてくれているのだ。
コンパートメントに踏み込んで、ドキリとした。
まず、薄荷ちゃんは、『道衣』であるピンクのセーラーレオタード姿だった。
それは、特段、奇異なことではない。
薄荷ちゃんは、科學戦隊レオタンの『お色気ピンク』として活動する際は、セーラーレオタード姿でいることを約束してくれているからだ。
だけど、いまの薄荷ちゃんには、決定的な、いつもとの違いがあった。
女体化しているのだ。
――薄荷ちゃんが女体化するのは、
『お色気水着』を着用しているときだけのはず。
凝視してみて、『ああ……』と納得した。
薄荷ちゃんの身体にピッタリ纏わり付いたセーラーレオタード。
そこに浮かび上がっている起伏から、セーラーレオタードの下に着用しているのが、いつもの下着ではなく、『お色気水着』なのだと分った。
レオタードから透けて見えるようなことはないが、布地の起伏だけで、それが明らかだ。
胸やお尻の描くラインに、悩殺されそうだ。
まず、言っておくけど、僕は、男の娘薄荷ちゃんのスレンダー体型が、大好きだ。
だけど、女体化薄荷ちゃんのメリハリボディーも、また、大好きだ。
我ながら、節操がないと……。
――いや、欲情している場合じゃない。
薄荷ちゃんは、泣きじゃくっているのだ。
なんというか、男子の泣き方ではない。
幼い女の子のような泣き方だ。
なのに、妙齢のお色気ボディー……。
その、落差がまた……。
――いや、いや、欲情している場合じゃない。
「とにかく話しを聞かせて欲しい」と、薄荷ちゃんを説得した。
肩を抱いて、VIP用客車の談話室まで誘う。
薄荷ちゃんと、科學戦隊レオタンの他メンバー四人で、向かいあった。
涙をふきふき話し始めた、薄荷ちゃんの最初の一言が、衝撃的だった。
「ボクが宿しているこの子の、パパはだれなの? ここにいる四人の中の誰かだよね。心当たりのある人は、名乗り出て」
自身の下腹部を、さすりながら、そんなことをのたまった。
――いや、いや、いや、心当たりもなにも、
男が妊娠できないってことは、
いくら薄荷ちゃんでも、分ってるよね!
僕ら四人が向ける、なんとも言えない視線の意味を理解したらしく、薄荷ちゃんが、ぷいっと、立ち上がった。
自分のおなかを、こちらに向かって、突き出してくる。
「力を使って、ここを視て」
人間は、臍の下、いわゆる丹田のあたりに、魔力か聖力、いずれかの源を持つ。
ある程度以上の、魔力か聖力を持つ者であれば、瞼を閉じると、それが視える。
魔力であれば黒く光って視え、聖力であれば白く光って視える。
更に、視る側の力量があれば、視た相手の力の強さを測ることもできる。
薄荷ちゃんのは、腹部全体に及ぶほど大きなものが、黒く光っている。
「ここ視て、ここ」と、薄荷ちゃんが、自分の、やや下腹部に近いあたりを指さす。
目を瞑ったまま、目を凝らす。
大きな黒い光の塊の中に、小さな黒い光が、見え隠れしている。
その小さな光は、強い力を持つ胎児を身籠もったとき、最初に発現する兆候だ。
「ボクね、『お色気水着』を脱げなくなっちゃってるの。この意味分るよね。身に覚えがある人は、正直に答えて! ちゃんと、責任とって!」
僕は、『爆炎レッド』、『氷結ブルー』、『雷撃イエロー』の顔を順に、見た。
――なんてこった。
三人揃って、『お色気水着』姿の薄荷ちゃんから視線を逸らし、やましいことでもあるかのような、ドギマギとした様子だ。
――なに、それ。
ボク自身も、この三人も、たとえ薄荷ちゃんに対して劣情を抱いたとしても、行動に移すような人物ではない。
それに、誰かが薄荷ちゃんに対して、やましい行動を取ったとしても、男の娘の薄荷ちゃんが妊娠なんてするはずがない。
なのに、三人とも、敢えて「僕が、やりました」って、虚偽申告して、「責任取って、僕が薄荷ちゃんを幸せにします」とか、言い出しそうな気配だ。
ついさっきまで、薄荷ちゃんに対する僕の権利を認めてくれていたはず。
なのに、いまや、僕を押し退けてでも、薄荷ちゃんを、自分のものにしたがっている様子だ。
――ならば、僕が、踏み込んで、
状況を明らかにするしかない。
「薄荷ちゃん、『お色気水着』は、見かけを変化させるだけのもので、性別を変えることなんてできないよ。もうちょっと言うと、『お色気水着』を着ている状態でも、薄荷ちゃんには、子宮なんてない。だから、僕ら四人に限らず、誰も薄荷ちゃんを妊娠させたりできないんだよ」
――薄荷ちゃん、更に、踏み込んで、
言わせてもらうよ。
傷つけてしまったら、ごめんね。
「『お色気水着』を着た薄荷ちゃんは、とても魅力的な女性の体型だけど、それでも、女性としての性行為も、妊娠も、出産もできない。だから、薄荷ちゃんのおなかにある小さな黒い光は、胎児以外の何かだよ。たぶん、いま、薄荷ちゃんの身に起きていることって、神話的な何かだと思う。」
薄荷ちゃんは、ズズッと洟を啜る。
「そうなの……。よかった。ボク、なんの覚悟もなく子供を産んで、ママになって、パパになる人と一緒に、その子を育てなきゃいけないのかって、思っちゃった……」
僕は、薄荷ちゃんに、自分の肉体構造が男だという認識が残っていたことに安堵した。
もし、ここで「ボクが赤ちゃんを産めない身体だから、おなかの、この子が、死んじゃう」とか、号泣しはじめたらどうしようと、心配でたまらなかったのだ。
「薄荷ちゃん、いま、ここで話しておきたいことがあるんだ。これって、薄荷ちゃんの、いまの状態にかかわることだから、聞いて」
僕は、そう前置きして、話し始めた。
☆
そもそも、きょうは、僕ら『科學戦隊レオタン』が、ゴミ砂漠の『エイチの塔』へ向かう理由を、説明したいと思っていたんだ。
まずは、ゴミ砂漠と、『エイチの塔』について……。
ゴミ砂漠は、カストリ皇國とトマソン法國の間に広がる砂漠だ。
茫漠とした砂地で、水場も集落もない。
ゴミ砂漠は、カストリ皇國とトマソン法國の共同管理となっている。
それは、ゴミ砂漠には、壁を造ることすら困難で、国境管理など、やりようもないからに過ぎない。
そんな不毛の地にある唯一の建物が、『エイチの塔』だ。
場所は、ゴミ砂漠の、ほぼ中央だ。
ゴミ砂漠は、崩壊した古代文明の、都市の跡地だとされている。
そして、『エイチの塔』は、現存する古代文明が残した唯一の遺跡だとされている。
ゴミ砂漠は、古代文明を生きた人々の、墓場だとも言われている。
『エイチの塔』は、その墓標。
そして、永らくその墓場を守ってきた墓守の一族がいる。
まあ、墓守じゃなくて、墓荒しだろうって、蔑む奴らもいるけどね。
その墓守、もしくは墓荒しの末裔が、ボクの実家である西戎男爵家だ。
西戎男爵家には、ゴミ砂漠と『エイチの塔』に関する、様々な言い伝えが残されている。
この辺りは、元々、森や湖が広がる肥沃な平野だったらしい。
多くの民族が、この地を奪い合った。
とある民族が、森を切り開き、柵を築き、建物を建てる。
それを別の民族が焼払い、再び木々を伐採して、柵を築き、建物を建てる。
やがて、街は大きくなり、森は砂漠化していった。
森がなくなったら、石を掘り出し、やがては、石炭、石油、天然ガスなの化石燃料まで使い尽す。
そうやって、砂漠が広がり、世界が枯渇する一方で、街は國になり、文明は大いに栄えた。
いまよりずっと、栄えていたらしい。
当時、『エイチの塔』は、國の中心にある神殿だった。
この街に集った、様々な民族の神々が、そこに祀られていた。
國の人々は、神々の力により栄華を得た。
にもかかわらず、享楽に現を抜かし神々をないがしろにした。
旧き神々が与えた高い知能=エイチにより、古代文明は栄えた。
人々は悦楽=エイチに耽り、出生率が激減し、滅びていった。
☆
で、なにゆえ、『科學戦隊レオタン』が、ゴミ砂漠の『エイチの塔』へ向かうのかっていう話しなんだけど……。
過去の科學戦隊は、大雑把に『科學の敵』とされる存在と、わりと節操なく、戦ってきた。
魔獣、怪人、改造人間、悪の組織、魔王、そして魔女――つまり魔法少女――とか、だね。
僕ら『科學戦隊レオタン』は、どうだろう。
活動を始めてから期間は、まだ短い。
というのに、なぜだか、直接的、もしくは間接的に、『旧き神々』や、その眷属とばかり関わってきている。
関わった『旧き神々』を挙げると、『恐怖の大王』、『大蚯蚓様』、『氷の女帝』、『緑の皇』、そして『蟲の皇』。
となると、『旧き神々』が、僕ら『科學戦隊レオタン』の前に立ち塞がる理由は何かってことになるよね。
僕は、ね、『科學戦隊レオタン』の『お色気ピンク』が、薄荷ちゃんだからだって思ってる。
薄荷ちゃんはね、たぶん『旧き神々』のお気に入りなんだ。
いま脱げなくなってしまってる『お色気水着』について、考えてみよう。
これって、キャプテンキッドの秘宝とされてるけど、ホントにそうなのかな。
だって、『妙見珊瑚礁』の海中にある御社に納められてたんだよ。
あそこって、『恐怖の大王』様の御社だよね。
それから、夢の中で薄荷ちゃんを襲ってきた『蟲の皇』も気になる。
『蟲の皇』って、古代文明時代からずっと、『緑の皇』にご執心だったはずなんだよ。
その『蟲の皇』が、薄荷ちゃんを襲った。
そこには、きっとなにかあるって、僕は確信してる。
これは、『エイチの塔』の墓守を務めてきた西戎一族としての直感だと思ってくれていい。
僕は、東のフェロモン諸島、南のジャングル風呂地帯、そして、北のツンデレ地帯での出来事を体験して確信した。
僕ら『科學戦隊レオタン』は、西のゴミ砂漠へと誘われている。
だから、僕は、今回、皇國軍に、『エイチの塔』の調査を進言し、こうして、認められたんだ。
「薄荷ちゃん、おなかに宿った小さな魔力について解明するためにも、みんなで『エイチの塔』へ行ってみようよ」
僕は、薄荷ちゃんに、手を差し出した。
「うん、分った。行こう!」
薄荷ちゃんは、僕の手をとって、勢いよく立ち上がった。
ピンクのセーラーレオタードに包まれた、Gカップの胸と、形の良いお尻が、プルンプルン揺れている。
――うわっ、これは、たまんないな。
いまの薄荷ちゃんって、
間違いなく、歴代科學戦隊で、
いちばんエロい『お色気ピンク』だよ。
自分たち四人は、このお色気に耐えて、何事もなく使命を果たすことができるのかな?
~~~ 薄荷ちゃんの、ひとこと次回予告 ~~~
■八月一九日① エイチの塔 転
ボクの身体、へんなの。
なんだか、ボクひとりの身体では、なくなったみたい。
それに、もう、意識を保てなさそう。
ほら、なんか、へんなの、視えてきた……。