■八月九日 蟲の皇 結
♠♠♠科學戦隊レオタン テレビシリーズ
♠♠♠第三話 蟲の皇 結
僕は、『氷結ブルー』こと、北狄多聞。
科學戦隊レオタンのサブリーダーだ。
ちょっと、おさらいしよう。
蝗害を引き起こす蟲三種の変化は次の通り進む。
飛蝗
①樟脳飛蝗
└→②蓄膿飛蝗
└→③官能飛蝗→蝗害発生
蜉蝣
①愚弄蜉蝣
└→②放浪蜉蝣
└→③尾籠蜉蝣→蝗害発生
蟷螂
①燈篭蟷螂
└→②闘魂蟷螂
└→③倒錯蟷螂→蝗害発生
①型が無害な通常形態で、その変化が③型に進むと蝗害が発生する。
本来であれば、②型が発生したら、それを麦畑ごと焼払うことが望ましい。
現状、既に③型の官能飛蝗が発生している。
そこで、緊急措置として、官能飛蝗の焼払いを進めている。
作業担当は、『爆炎レッド』と僕、『かんなぎ』のナスタチウム様と銀蓮様、そして、『黙示禄の喇叭吹き』だ。
作業は、順調に進んでいる。
何より、『黙示禄の喇叭吹き』の助力が得られたことが大きかった。
広範囲に大拡散し始めていた飛蝗を、狭い範囲に集めて焼却できる。
これにより、被害も、作業時間も、大幅に縮小できるのだ。
実は、途中から、尾籠蜉蝣や倒錯蟷螂も大発生し始めた。
慌てて、これも焼払っている。
もし、『黙示禄の喇叭吹き』の助力を得られていなかったらと思うと、ぞっとする。
助力がなければ、絶対に、蝗害を押さえ込めていなかっただろう。
☆
昨朝、蝗害を終息させる、最終兵器の開発完了が報告された。
この研究は、『雷撃イエロー』が開発した『ペンタゴン・魔動儀パラボラ』を用いて、生命科学に詳しい『疾風グリーン』が中心になって進められた。
この最終兵器には、『お色気ピンク』が必須なのだそうだ。
『お色気ピンク』の魔力は、『ペンタゴン・魔動儀パラボラ』に供給し、蟲の魔力を検知し、分布を探るためにも必要だが、それだけではない。
『お色気ピンク』というより、儚内薄荷ちゃんの特殊な魔力が必要なのだそうだ。
詳細をグリーンに訊ねたけど、専門用語の羅列で、僕にはちんぷんかんぷんだった。
とりあえず、僕でも何とか理解できたことだけ、説明しよう。
ひとことで言うと、薬剤を作成し、散布することで、②型の魔力に干渉し、生まれる子を、絶滅因子を持つものに強制変化させるのだ。
以下の図示を見てもらえば、もはや説明も不要だろう。
飛蝗
①樟脳飛蝗
└→②蓄膿飛蝗
|×③官能飛蝗の発生を抑止
└→④懊悩飛蝗を発生させる
・思い悩んで繁殖能力を失い→蝗害阻止
蜉蝣
①愚弄蜉蝣
└→②放浪蜉蝣
|×③尾籠蜉蝣の発生を抑止
└→④過労蜉蝣を発生させる
・過労の余り倒れて→蝗害阻止
蟷螂
①燈篭蟷螂
└→②闘魂蟷螂
|×③倒錯蟷螂の発生を抑止
└→④韜晦蟷螂を発生させる
・自己嫌悪から行方くらまし→蝗害阻止
薬剤と言えば聞こえは良いが、実のところ、蟲にのみ作用する、毒、もしくは、呪いといったたぐいのものらしい。
しかも、男子でありながら魔法少女に変化した薄荷ちゃんの魔力だけが、それを可能ならしむるのだそうだ
その作成手順は、古典的な『蠱毒』と、ほほ同じだそうだ。
・薄荷ちゃんの魔力を、壺に詰める。
・②型の蟲百匹ほどを、その壺に封じる。
・②型は個体維持本能が強いため、必ず共食いとなる。
・共食いの過程で、薄荷ちゃんの魔力は、濃厚な呪いと化す。
・最後まで生き残った個体には、呪いによる魔力組み替えが発生している。
・魔力が組み替えられた個体は、強いのに繁殖能力が失われている。
・組み替え済みの、呪われた魔力を絞り取って、培養液を作る。
・培養液を散布し、①②③型、全種の個体に、培養液を摂取させる。
・培養液を摂取した個体だけでなく、接触相手まで、呪われていく。
・呪われた個体が産み出す個体は、全て④型となる。
『科學戦隊レオタン』のメンバー五人で、培養液の作成と、戦闘車両による散布に全力を注ぐこととした。
ここ二日、前夜の作成分の薬剤を、昼の内に戦闘車両五台で散布した。
日没後は、戦闘車両を『ペンタゴン』モードに戻し、明日の分の薬剤作成を開始する。
同時に、『ペンタゴン・魔動儀パラボラ』による、現状分析も行ない、打ち合わせ会議を行う。
会議は、戦闘車両のモニターを越しに行われる。
イエローとグリーンから、次の報告があった。
・散布を完了した地域では、確実に蟲の④型化が進んでいる。
・明日の作業で、ツンデレ地帯全体への散布が完了予定だ。
モニター越しの薄荷ちゃんが、おずおずと手をあげる。
「あのう、どうしても納得できないんで、もう一度確認なんだけど、どうしてボクの魔力なの? いや、あの、男の娘が、子を産めないってことは、分かってるんだよ。でも、ボク、これでも、ちゃんと男だし、女の子相手ならちゃんと子を成せるよね」
これには、ツンデレ地帯出身の、僕が答えるべきだろう。
「薄荷ちゃん、ツンドラ地帯がツンデレ化するに至った神話は知ってる?」
「知ってるよ。『緑の皇』が、『氷の女帝』に猛アタックして、凍土であったツンドラ地帯を、ツンデレ化させ、麦畑の広がる穀倉地帯へと変えたんだよね。そこへ『蟲の皇』と呼ばれる邪悪な存在がやってきて、『緑の皇』から『氷の女帝』を奪おうとして、時々、蝗害を起こすんだ」
「薄荷ちゃんの知っている、それはね、全年齢版の神話なんだ。実は、この神話にはね、R15版があるんだよ。R15版ではね、『氷の女帝』が二十代後半の妖艶なお姉さま、『緑の皇』がカワイイ少年、『蟲の皇』が脂ぎった中年男として描かれる。でね、『氷の女帝』が、ツンデレの『緑の皇』に惚れて、一心に思いを告げ続け、遂に受け入れられる。『氷の女帝』が住まうツンドラ地帯に『緑の皇』がやってきて、そこを、麦畑の広がる穀倉地帯へと変えた。そこに、『蟲の皇』がやってくる。『蟲の皇』はね、元は、西の『ゴミ砂漠』にある『エイチの塔』に住んでいたんだって。でも、塔を冒険に訪れるオトコノコを、たくさん毒牙にかけ、追放された。アムール河に流されて、ツンデレ地帯に辿り着いた。『蟲の皇』は、『緑の皇』に横恋慕して、『氷の女帝』からを奪おうとする。だって、ほら、ちゃんと考えれば分かるよね。蟲が好きなのって、氷じゃなくて、緑だよね。『蟲の皇』って、蟲だから変態するんだよ」
薄荷ちゃんは、悪寒が走ったらしく、プルプルと身を震わせた。
突然、『ペンタゴン』内に、警報が鳴り響いた。
イエローが、『ペンタゴン・魔動儀パラボラ』の表示を見て、驚きの声をあげた。
「こんなことって、あるのか? 巨大な③型の個体? いや、③型の個体が密集しているようだ。場所は、国境門、ウヲッカ帝國側、屯田兵団駐屯地内」
「どうする?」と、僕。
これは、リーダーのレッドに、問いかけたつもりだった。
ところが、薄荷ちゃんが、先に声をあげた。
「ええっとね、さっきから、ヤな感じがしてるんだ。うまく言えないんだけど……。ほら、女の人って、背後から向けられた、イヤラシイ男の視線を感じ取るじゃない。そんな感じがする」
「見られてるみたいな、感じがするってこと?」と、グリーン。
「んーとね、ちょっと違くて、誰かが、ボクのスカートの中に、手を突っこんできてる感じ。その感触には覚えがあって、一昨日、ヒイラギリンドウ少将から、ワンピの裾を掴まれたときと、同じ感じがする。少将は、昨日、『服飾に呪われた魔法少女』五人で成敗したんだけど、その遺体って、また、屯田兵団駐屯地の死体安置所にあるはずなんだ」
「よし、行って確認しよう」と、レッド。
「『ペンタゴン』モードを解除。各自、バルーニング飛行し、屯田兵団駐屯地へ急行する」
ツンデレ地帯は、四方を山に囲まれた盆地だ。
それを、西から東へと流れるアモーレ河が二分している。
アモーレ河の南が、カストリ皇國御影辺境伯領で、北がウヲッカ帝國スイレン伯爵領となる。
また、ツンデレ地帯のほぼ中央、アモーレ河に、ひとつだけ、石橋が架けられている。
石橋はアモーレ橋と呼ばれ、その両端には鉄門がある。
この二つの鉄門を、国境門と総称している。
国境門の南側には、最低限度のカストリ皇國兵が置かれているだけだ。
国境門の北側も、元は同様の体制だったのだが、ここ数年で段階的に設備と兵が増強され、屯田兵の駐屯地と呼称されるようになっている。
科學戦隊レオタンの『ペンタゴン』は、国境門近くのアモーレ河南岸にある北狄子爵邸の中庭に置かせてもらっている。
だから、バルーニング飛行で空中に浮揚すると、近隣の対岸に、屯田兵団駐屯地が見える。
屯田兵団駐屯地は、普段と様子が異なっていた。
点滅する赤い非常灯に照らし出され、夜闇の中に浮かび上がって見える。
あちこちから、非常ベルが、鳴り響いている。
ウヲッカ帝國側の鉄門が、ひしゃげて、破られようとしていた。
その向こうから顔を出した者がいる。
その者に、両岸から、サーチライトが向けられる。
ヒイラギリンドウ少将だ。
正確には、リンドウ少将の死体だ。
腹部が、臨月の妊婦なみに膨らんでいる。
口腔、鼻腔、眼窩、そして耳孔から、次々と蟲が、溢れでてきている。
③型の官能飛蝗、尾籠蜉蝣、そして倒錯蟷螂だ。
拳で殴って鉄門をひしゃげさせたらしく、片腕がグシャグシャになっている。
明らかに人間業の範疇を超えた行為であり、腹の中にいる蟲たちが、リンドウ少将の死体を操っているのだと、推測された。
もしかしたら、リンドウ少将は、存命中から既に、蟲たちに操られていたのかも……いや、蟲に、そんな知能があるはずはないか……。
リンドウ少将だったものは、目や耳を蟲に被われているのだから、既に見聞きできるはずがない。
なのに、リンドウ少将だったものは、その頭部を、空中を浮揚して近づく、戦闘車両のひとつへ向け、砕けていない方の手を伸ばしてきた。
その手は、明らかに薄荷ちゃんのP戦闘車両へ向かって伸ばされている。
もちろん、数十メートルの距離があるのだから、その手がP戦闘車両届くことなどない。
だけど、なんと言うか、劣情が込められたかのような動きだった。
あっ、と思い至った。
リンドウ少将の死体は、薄荷ちゃんを求めて、北から南へ、国境門を渡ろうとしたのではなかろうか。
そして、伸ばされたあの腕は、薄荷ちゃんが一昨日履いていたセーラーワンピの裾のなかへ向かって伸ばされているのではなかろうか。
リンドウ少将の死体が、国境門の石橋上から、P戦闘車両へ向かって跳躍した。
生きた人間であれば、為し得ない、大ジャンプだ。
「あひっ、ム、ムリだから!」という、薄荷ちゃんの悲鳴のような声が、戦闘車両間通信で聞こえてきた。
P戦闘車両に一度抱きついた死体が、薄荷ちゃんに拒否され、凄まじい勢いで跳ね返された。
アムール河へ、叩きつけられ、水飛沫の中に、死体の姿が消えた。
浮かんで、来ない。
僕ら五人だけでなく、両岸の兵士たちも、サーチライトを川面に向けて見守っている。
が、波立っていた川面が、治まっても、やはり何も浮かんで来ない。
薄荷ちゃんが「ふーーっ、こわかった」と安堵の吐息を漏らす。
ドゴーーーーーンと、巨大な水柱が立った。
河の南岸へ向かって、巨大な何か這い上がってくる。
ぬめぬめと焦げ茶色に光る、腹の出た中年男を巨大化したようなもの。
ぶくぶく膨れた顔面に、複眼が光り、六本の手脚があり、前肢は鎌のよう。
ガサッと音がして、背中に透明な四枚の翅が広がる。
両岸の兵士たちが、「『蟲の皇』だ!」と叫んでいる。
『蟲の皇』の複眼は、P戦闘車両だけを追っている。
レッドが、叫ぶ。
「薄荷ちゃん、気を確かに保て! あの厳しかった仲居修行を思い出すんだ。君は、『お色気ピンク』だ。いまこそ、戦闘車両を、巨大ロボットに変形合体だ!」
『お色気ピンク』=薄荷ちゃんが、叫ぶ。
「巨大ロボ=レオタアドへ、変形、合体!」
僕は――そして他の三人も――、『あれっ、変形合体ロボットって、名前あったけ?』と首を傾げた。
だけど、いまは、『お色気ピンク』にツッコミを入れている余裕はない。
『お色気ピンク』のP戦闘車両が、ロボットの頭部から背骨と骨盤までの部分に変形していく。
ここに、他の四人が、各ビークルを四肢に変形させて、合体していく。
『爆炎レッド』のR戦闘車両が、右股関節から、右脚。
僕=『氷結ブルー』のB戦闘車両が、左股関節から、左脚。
『雷撃イエロー』のY戦闘車両が、左肩から左手。
『旋風グリーン』のG戦闘車両が、右肩から右手だ。
合体完了と同時に、河原に降り立ち、ポーズを決める。
「「「「「変形合体ロボ、レオタアド、見参!」」」」」
そして、『蟲の皇』と対峙する。
『蟲の皇』は、複眼をギラギラ光らせながら、迫ってくる。
鎌のような前肢を振り回している。
前肢が、レオタアドのボディーに当ると、ガキンと音がして火花が散る。
レオタアドの基本動作は、『お色気ピンク』の制御下にある。
その『お色気ピンク』が、『蟲の皇』の気色悪さに「うえっ」と声を発して、逃げ腰になっている。
両腕を闇雲に振り回しているが、スキだらけだ。
『蟲の皇』は、レオタアドの懐に入り、抱きついてくる。
レオタアドは、土手の斜面に、押し倒されてしまった。
『蟲の皇』が、レオタアドの頭部近くに、『壁ドン』してきた。
『蟲の皇』の口腔から、べちょべちょの粘液が溢れでている。
『蟲の皇』が、その口腔を、レオタアドの顔面に、押しつけようとしてくる。
レオタアドの顔面は、P戦闘車両のコクピットに掃討する。
『お色気ピンク』は、「ウギャーーーーーーーーッ!」と悲鳴をあげながら、手脚をバタバタとさせている。
『雷撃イエロー』が、Y戦闘車両を操作し、レオタアドの左手から、電磁砲を発射させた。
至近距離から、『蟲の皇』の頭部を撃ち抜いた。
首の断面に、リンドウ少将の肉体らしきものが見えた。
しかしながら、それは一瞬のこと。
すぐさま、首から盛り上がってきたものに埋もれてしまう。
頭部が再生しようとしているのだ。
『蟲の皇』の身体は、沢山の蟲が密集して、形造られている。
しかも、繁殖し、個体数を増やし続けている。
多少の蟲が、ヤラレても、すぐに元の形へ戻ってしまう。
僕が、B戦闘車両を操作し、左脚から地面へ向かって氷雪を噴射する。
何とか、『蟲の皇』の鎌を振り払い、空中に逃れ出た。
『蟲の皇』が、鎌状の両腕を切り離し、ブーメランのように飛ばしてくる。
それを、『旋風グリーン』が、G戦闘車両を操作し、右手から風の盾を出して防ぐ。
『蟲の皇』は、腕を次々と再生し、次から次へと飛ばしてくる。
『旋風グリーン』は、風の盾を拡大し、遂には、風の盾で『蟲の皇』を包み込んだ。
そこへ、『爆炎レッド』が、R戦闘車両を操作し、右脚を突っこんで、特大の火炎弾を放つ。
風の盾の中で、炎が荒れ狂い、『蟲の皇』を焼き尽くしていく。
やはり、『蟲の皇』には、火炎攻撃が最も効果的なようだ。
『爆炎レッド』は、決して手を緩めることなく、風の盾の中に、炎を送り込んでいく。
炎の中心に、リンドウ少将の肉体らしきものが見えた。
だが、その肉体すら形を残すことなく、高熱が、『蟲の皇』を焼き尽くした。
『お色気ピンク』については、悲鳴を上げて手脚をバタバタやっていただけで、良いところがなかった。
ホントなら、『蟲の皇』がレオタアドに口腔を押しつけようとしたときに、『目からピンク♥ビーム』を放っていれば、『蟲の皇』に、かなりのダメージを与えていたはずなのに、と思う。
~~~ 薄荷ちゃんの、ひとこと次回予告 ~~~
■八月一〇日 ツンデレの血脈 結……になってない蛇足
蝗害が終息し、世界大戦も回避されました。
これで、万事解決……って、なにか忘れてませんか?
この屯田兵団駐屯地には、ボクら『服飾に呪われた魔法少女』にとって、恥ずかしくてたまらない代物が隠されているはずなんです。