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最後の嘘  作者: pon
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夢と現と side蓮

武士先輩に、綾からLINEが来たことを伝えて、捕まえておいてほしいと伝えると、焦った武士先輩はその日のうちに入籍した。


京極になるはずだった綾の苗字は、その日から水野になった。

もう完全に、俺の手の届かない人になった。


それまで、体を横たえると辛いので常にベッドを起こしていたが、入院して数ヶ月が経った頃から、パソコンを立ち上げたり腕を上げるのも辛くなった。


俺は武士先輩にメールして、もう報告メールはいらない、と送った。

メールの中で綾は確かに武士先輩に惹かれ始めていて、それを見るのが辛かったっていうのもある。


その頃から、身体のあちこちが痛むようになってきて、痛み止めは強いものに変わった。

抗がん剤ははじめから使ってなかったから、その副作用はなかったけど、痛み止めで食欲も落ちた。


自分の身体がどんどん痩せていくのがわかった。


武士先輩は、毎日仕事終わりにお見舞いに来て、綾は幸せだから、と俺を安心させてくれた。



綾と結婚するはずだった日。

外はとてもいい天気で、きっといい結婚式になっただろうな、と思った。


式を終えて新婚旅行から帰ってきた武士先輩は、綾が友達に囲まれて幸せそうに微笑んでるウェディングドレスの写真と、バリ島土産にガムランボールをくれた。

シャララン、といい音の鳴る鈴で、先輩は、一番いい音の鳴るやつにしたからな、と自慢げに言った。

綾も同じものを買ってキーホルダーに付けていると聞いて、おそろいだと思うと、嬉しかった。

そんな些細なことでも、今の俺には嬉しかった。


枕元に結び付けて、時折音を鳴らしては綾のことを思った。


もう、自分では栄養を摂取することができなくなって、鎖骨の部分から点滴を入れるようになった。


俺は、比較的気分のいいときを見つけては、手帳に、綾への想いを綴った。

この手帳が綾の手に渡るかどうかはわからないけど、もしも綾が見てくれたら、俺は最後まで綾を愛していたってことが伝わるように、綾にこれからも幸せに生きてほしいっていうことが伝わるように、少しずつ書いていった。


その手帳に、綾の結婚式の時の写真も挟んだ。


それから間もなく、綾が妊娠したと先輩から聞かされた。

先輩はエコー写真をスマホで撮影して、それをプリントアウトして俺にくれた。


「遺伝子上ではたしかに俺の子だけど、お前の子供でもあるんだぞ」



先輩はそう言った。

俺は、エコー写真も大切に手帳に挟んだ。



「俺は、多分一生、お前には勝てないよ」



時折、先輩はそんな弱音を吐いたけど、今綾が愛しているのは間違いなく先輩で、何もしてやれない俺に先輩が負けてるなんてこと、ないと思った。



先輩は、綾の検診のたびにエコー写真をくれた。


綾のお腹の中で少しずつ大きくなっていく赤ん坊は、俺を励ましてくれた。



せめて、生まれるまで生きていたい。



叶わない願いだとわかっていたけど、それを希望に、俺は頑張れた。


痛くても、苦しくても、俺にとっての生きる希望だった。



でも、痛みはどんどん酷くなる一方で、もう点滴では無理だと医者に告げられた。

延命治療はしないと最初に言ってあったから、痛み止めのためにモルヒネを使うことになった。

酸素マスクをしていても、息苦しい日々が続いていて、モルヒネを使い始めて、痛みが取れるだけでも良かった。



モルヒネを使いだしてすぐから、俺は何が現実で何が夢なのか、意識がはっきりしないようになった。

常に眠っているような状態で、全部夢の中の出来事みたいだった。





式の準備で忙しいはずなのに、綾はお見舞いに来てくれるようになった。


お腹の子に無理がたたってないか心配だったけど、そっとお腹に触らせてもらうと、そこに確かに俺の子が息づいているのを感じて、幸せだった。


綾は毎日、俺が起きると来ていて、少し眠って目が覚めても、まだいてくれて、

俺はそれがとても嬉しかった。


「消灯前には帰らないと、看護師に怒られちゃうよ」



そう言うと、綾はそんなの何でもない、というように笑った。



「大丈夫。ベッドの陰に隠れてるから」


「綾は本当にやりそうだからなぁ」


「有言実行よ」


「就活のときも、自己アピールでそう言ってたな」


「よく覚えてるわね」


「綾のことならなんでも。

綾、お腹、触ってもいい?」


「いいよ」



まだ膨らみかけたばかりのお腹を俺は何度も触った。



「ここに、赤ちゃんがいるんだな。泣き虫だった綾が母親になるって、変な感じ」


「育児、手伝ってくれないの?」


「もちろん手伝うよ。イクメンになる」


「頼りにしてるわ、パパ」



パパって言葉がくすぐったくて、俺も親になるんだなぁって、変に実感した。


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