最期の嘘 side蓮
それからは、検査入院なんかで家をあけることが増えた。
ここで本当のことを綾に話していたら、未来は少し違ったものになっただろう。
でも俺は、綾には出張だと嘘をついた。
どうしても、綾には言えなかった。
体調の悪い日が続いて、綾には自分のマンションに戻ってもらっていた。
結婚式の準備もまだまだあるのに、手伝う体力さえ、残っていなかった。
いや、それ以前に、俺は綾とこのまま結婚していいのか?
最近ではそのことで頭がいっぱいだった。
綾には幸せになってほしい。
俺が幸せにしたくて、プロポーズした。
でも、俺に残された時間は少なくて、綾を幸せにする時間より、不幸にする時間の方が、きっと明らかに多い。
それでも、綾と離れたくなくて、俺は綾に黙って付き合い続けていた。
「京極さん。病状は明らかに進行しています。近いうちに入院してもらうことになります。
延命処置は希望されますか?」
何度めかの受診のとき、とうとう医者から言われた。
「僕に残された時間は……」
「もって、半年というところでしょう」
綾との結婚式まで残り4ヶ月。
結婚しても2ヶ月しか一緒にいられない。
式を挙げられる体力が残っているかもわからない。
死期がもっと早まる可能性もある。
それなのに、綾と結婚するなんて、無理だ。
俺は、心を決めた。
突然会社を訪れた俺を、武士先輩は訝しんでいた。
あまり長く話すと苦しくなるので、手短に、綾と結婚できないこと、この後の綾のことを先輩に托した。
最初は激昂していた先輩も、俺が余命僅かだと知ると、協力してくれるといった。
まだ、先輩が綾を諦めてなくて、良かった。
金曜日。
綾をカフェに呼び出した。
先輩はもう来ているのが見えて、ちょっと安心した。
綾が来て、コーヒーを手に席についたのを見て、俺は前置きもなく切り出した。
「悪いけど、この婚約はなかったことにしてほしい」
「……今、なんて?」
「だから、婚約を破棄したいっていったんだ」
何度も心に反することを口にするのは辛い。
「なんで?もう、式場も押さえてあるし、準備は進んでるのよ?あとは、招待状を出して式の細かい打ち合わせをしていくだけなのに」
わかってる。
綾がたった一人で随分頑張ってくれたから、式の準備は滞りなく進んでる。
でも、俺はその式には出席できない。
どう伝えたら、綾は俺のことを諦めてくれるだろう。
「綾のそういうところが嫌になったんだよ」
「どういう、こと?」
俺は、はぁっとため息をついた。
「結婚が決まるなり、どんどん話を進めていって……なんかもう追い詰められてる気がする」
マリッジブルーか!
自分で言っていて笑えてくる。
でも綾は、そんな身勝手な俺の言い分すら優しく受け止めてくれた。
「ごめん。式の準備はまだ余裕があるし、もっと蓮と一緒の時間を作るよ」
ごめん、綾。
違うんだ。
一緒の時間はいくらだってほしいけど、
このまま綾を俺に縛り付けておくわけには行かないんだ。
「もう、うんざりなんだよ。このまま結婚しても、うまくお互いの妥協点にすり合わせられる自信がない。
悪いけど、うちの親も俺の意思を尊重してくれてるから」
俺の言葉に、綾がショックを受けたのがわかった。
俺の両親は綾のことを気に入っていたし、結婚してもうまくやれるんだろうなって思うほどだったから。
でも、俺の親も、俺の気持ちを汲んでくれた。
「とりあえず、式のキャンセル費用は俺が全額持つから、この結婚は、なかったことにしてくれ」
話しているのが辛くなってきて、俺は綾を置き去りにしてカフェを出た。
出る瞬間、武士先輩の方を見て、頼みます、と心の中で頼んだ。
帰る道々、俺は泣きそうになるのを必死にこらえた。
悔しい。
あと少しで、君と結婚できるのに。
幸せな家庭を築くはずだった。
いつか子供ができて、その子供が大きくなって巣立ったら、二人でのんびり老後を過ごすつもりだった。
悔しい。
なんで俺なんだ。
どうして、俺一人が死ななきゃいけないんだ。
綾。
ごめん、綾。
幸せにするって言ったのに。
夢の国にいつかつれていってあげるって約束したのに。
落ち着いたらまた海外旅行に行こうって約束したのに。
これから先ずっと、綾のお節を食べて正月を迎えようって約束したのに。
自分の部屋についてドアをバタン、と閉めると、涙があふれ出した。
ピコン、とLINEの通知。
綾からで、式場のキャンセルはしないでほしいと言うメッセージだった。
きっと、武士先輩がうまくやってくれたんだろう。
わかった、とだけメッセージを送る。
その後は、もう何もメッセージは来なかった。
俺は、何を期待していたんだろう。
冷たい態度と、ひどい言葉で傷つけて、綾が俺に未練なく別れることが目的だったのに。
何を期待しているんだ。
たとえ綾が、どうしても別れたくないと言ったとしても、それを受け入れることも出来ないくせに。
悔しい、悔しい、悔しい。
俺は玄関先に座りこんで、泣いた。
どれだけ涙を流したって、現実は変わらない。
もう綾は戻ってこない。
手放したのは俺だ。
涙はいつまでも止まらなかった。




