幸せな夢の中で
蓮の枕元には、ガムランボールがかけられていた。
武士さんからのお土産だ。
シャラン、と鳴らすと、蓮はまた笑顔になった。
「いい音だろ?大学のときの先輩にバリ島土産でもらったんだ」
「ガムランボールって、確か、願いが叶うって言われてるんだよね」
「効果は確かだよ。現に、俺の願いも叶ったし」
「蓮が言うなら間違いないね。
でも、そろそろ休んだほうがいいよ。
私はまだ当分ここにいるし、明日もまた来るから」
「そっか。じゃあ、少し眠るな」
「おやすみ」
蓮の額に軽くキスをして、そっと髪を漉いた。
戻ってきていたお母さんが、蓮からは死角になる場所で泣いていた。
「記憶が混濁してて……あなたとまだ婚約してるって思ってたり、もう結婚してるって思ってたりするみたいなの」
「わかります。私は大丈夫です」
お母さんは眠りについた蓮の顔を見て、ちょっと笑った。
「こんなに幸せそうな寝顔、久しぶりに見たわ」
確かに蓮は、幸せそうに眠っていた。
それから何度か目を覚ました蓮と少し話して、面会終了時間になると私は席を立った。
そっと手を離したつもりだったけど、蓮がちょうど目を覚ましたので、私は蓮に言った。
「面会時間終わるから、帰るね。看護師さんに怒られると怖いし。
また、明日来るね」
「さすがの綾も看護師には勝てないか。明日、待ってる」
軽いキスをかわして、私は病室を出た。
入れ違いに、武士さんがやってきた。
「飯、簡単なの作ってきたから食べられそうなら食べて」
「わかった、ありがとう」
入り口で短いやり取りをして、私は病院をあとにした。
もう、本当に蓮に残された時間は少ない。
あと何回お見舞いに行けるだろう。
あと何回、私は蓮と話せるだろう。
それを考えるのは、怖かった。
家に帰って、武士さんの作ってくれたご飯を食べる。
明日からは私が作って家を出ようと思った。
武士さんにばかり、負担をかけられない。
時計を見ると、ちょうど由香が帰宅してのんびりしている時間だった。
私は由香に電話した。
「綾。お腹の子はどう?」
「おかげさまで順調」
「で、今日はどうしたの?」
「蓮が私と別れた理由がわかったから」
「えっ」
ガシャっと何かが落ちる音がした。
「会ったの?」
「うん。会いに行った。武士さんの許可をもらって。
蓮ね……末期がんで、もう残された時間が少ないの」
「うそ……」
「もうモルヒネも使ってて、今日会いに行ったら別人みたいに痩せてた……」
「それで、蓮くんはなんて?」
「意識が混濁してて、私と別れたことも分かってないみたいだった」
「そう……」
「私のことを、武士さんに托してから、私を振ったみたい。根回しのいいところは、相変わらずだよね」
「綾……泣きたいんでしょ?泣いていいんだよ」
「うん…ありがと。でも、蓮はきっと私が今泣くのを望んでないと思うし、もうすぐ武士さん帰ってくるから、心配させちゃう」
「じゃあせめて、水野主任の前では泣きなよ」
「うん。ありがとね」
「私にできることがあったら、何時でもいってね」
「うん。話聞いてくれてありがとう。じゃ」
「聞くことくらいしかできないけど。またね」
不思議と、涙は出なかった。
病室で蓮のお母さんと話した時は泣きそうだったけど、一日付き添って、最期まで蓮のそばにいるって決めたら、なんでか、もう涙は出なかった。
それは、蓮が幸せな夢の中に住んでいるからかもしれなかった。




