あなたが眠るまで
翌日、私は蓮の好きな花を一輪買って、お見舞いに行った。
蓮の病室は、武士さんが教えてくれた。
トントン、とノックして病室に入る。
蓮はもう、ナースステーション前の観察室に移されていた。
余命僅かな人や手術後すぐの人が入る部屋だ。
祖母がなくなる前も、観察室に移されたから、わかる。
蓮は本当にもう、長くないんだって。
ベッドの脇に座っていたお母さんは、私を見て驚いた顔をして、それから涙を浮かべた。
「ご無沙汰してます」
「綾ちゃん……ごめんね、ごめんなさい」
「謝らないでください。蓮は今、寝てるんですか?」
「さっきちょっと起きたけど、今はまた……」
「お願いがあるんです。これから毎日、蓮に付き添わせてください。お願いします」
「綾ちゃんにはひどいことをしたのに、本当にいいの?蓮を許してくれるの?」
お母さんはもう、泣いていた。
私は涙をぐっとこらえた。
「元々、恨んだり嫌ったりはしていません。主人にプロポーズされて、蓮のことは過去のこととして整理できただけです。蓮を嫌ったことは、一度もない」
「その言葉だけで、この子も報われるわ。ありがとう。本当にありがとう」
お母さんに招かれるまま、蓮のベッドの脇に行った。
最後にあった日から、見違えるくらい痩せていた。
「私がもっと早く蓮の体調に気付いてあげられていたら……」
「綾ちゃん、いいのよ。本人だって気付いていなかったくらいなんだから」
たぶん、お母さんが握っていたのだろう。
蓮の手が布団の上に出ていた。
その手を握りしめると、熱の為かとても熱かった。
ふっ、と蓮が目を開けた。
「綾……」
子供みたいに嬉しそうな顔で笑う。
「式の準備、全部任せっきりでごめんな」
意識が混濁してるんだって、すぐに気付いた。
「大丈夫。あとは花嫁の打ち合わせだけだから、蓮はゆっくりしてて」
「ありがとう。夢の中で、綾が泣いてたから心配だったんだ」
「相変わらず心配症ね。ほら、私は泣いてないでしょ?」
「うん。安心した」
それからまた、蓮はすうっと眠りに引き込まれていった。
私はずっと蓮の手を握りしめていた。
お母さんは、涙を隠すように花を花瓶に刺しに行った。
蓮は時々ふっと目を開けては、私の顔を見て嬉しそうに笑う。
「よかった。まだいてくれた」
「いるよ。夜になって蓮が眠りにつくまで、ずっとここにいる」
「消灯前には帰らないと、看護師に怒られちゃうよ」
「大丈夫。ベッドの陰に隠れてるから」
「綾は本当にやりそうだからなぁ」
「有言実行よ」
「就活のときも、自己アピールでそう言ってたな」
「よく覚えてるわね」
「綾のことならなんでも。
綾、お腹、触ってもいい?」
「いいよ」
まだ膨らみかけたばかりの下腹部に蓮の手を持っていくと、蓮は嬉しそうに撫でた。
「ここに、赤ちゃんがいるんだな。泣き虫だった綾が母親になるって、変な感じ」
「育児、手伝ってくれないの?」
「もちろん手伝うよ。イクメンになる」
「頼りにしてるわ、パパ」




