青天の霹靂
武士視点です
大島綾は、この頃ますます可愛さに磨きがかかっている。
それもそうだろう。
あと数ヶ月もすれば、長年付き合ってきた彼氏と結婚するのだから。
いわば、今が幸せの絶頂なんじゃないだろうか。
綾が入社してうちの部に配属になった時、俺は一瞬見とれてしまった。
ショートボブのふんわりした髪。
小さな顔に、大きな目とふっくらした唇。
まつ毛は何もしてないみたいなのに長くて、瞬きのたびにパタパタする。
小さな体に、細っこい腕と足。
正直に言えば、俺のストライクゾーンど真ん中で、一目惚れだった。
だから、綾の指導係に指名された時は、本当に嬉しかった。
一応公私は分けて考える質なので、特別に甘やかしたりはしなかったけど、どうしても、話し方やフォローが特別になってしまっていたのは自覚している。
なんとかして振り向かせたい、そう思っていた。
でも、部署内の歓迎会のとき、綾には彼氏がいることがわかった。
しかも、付き合いたてほやほや。
水を向けると嬉しそうに話してくれた。
なんでも、就活で顔を合わせるうちに仲良くなったらしい。
それを聞いて、俺はちょっと首を傾げた。
最近、似たような話を大学時代の後輩から聞いたからだ。
「彼氏の名前、何ていうの?」
「京極蓮くんです」
少しお酒も入って上機嫌な綾は素直に答えてくれた。
京極蓮。
珍しい苗字だから、間違いない。
俺の後輩だ。
別の会社が本命だったらしく、うちの内定を蹴って同業他社に入社したことは知っている。
お祝いがてら飲みに行ったとき、確かに蓮から話を聞いた。
就活で知り合った女の子と付き合い始めた、と。
見たこともないような甘い表情で、大切にしたいんです、と惚気ていた。
早速失恋確定してしまったけど、俺はそれでも綾のことを諦めきれなかった。
余計なちょっかいを出すつもりはなかったけど、蓮以外の男の中では一番近い位置にいたかった。
もしも、蓮と別れるようなことがあれば、すぐにでもさらいに行けるように。
だが、俺の思惑を嘲笑うように、二人は順調に愛を育んで、入社して五年目に、婚約した。
諦めざるを得なかったけど、好きな気持ちはそんなに簡単に消えてはくれなかった。
表面上では綾にお祝いの言葉をかけつつも、もう手の届かないところへ行ってしまうことを考えると、堪らなかった。
そんなある日、受付から内線がなった。
「京極様とおっしゃる方が、面会に来られていますが」
蓮が?
特になんの約束もしてなかったのに、何があったのか。
もしかして、俺の気持ちに気付いて牽制に来たのか?
受付のラウンジまで降りていくと、スーツ姿の蓮が待っていた。
「よう。ライバル会社を訪ねてくるなんて大した度胸じゃねぇか。どうかしたのか?」
蓮は硬い笑みを浮かべて、受付の子が出してくれたお茶を一口のんだ。
「単刀直入に聞きますが、武士先輩は、綾のことを好きですよね?」
「まぁ、部下としてかわいがってはいるが」
誤魔化したが、蓮はそれを許さなかった。
「誤魔化さないでください。綾の同期の由香ちゃんからも、先輩は明らかに綾を特別視してるって聞いてますし、俺が綾のことを話す時、先輩、怖い顔になってるの、自覚ないんですか?」
ぐっ、と言葉に詰まる。
「お願いですから、本当のことを言ってください。綾のことを好きなんですよね?」
「……好きだよ、一人の女性として。
でも、もうお前と結婚するんだし、諦めようと思ってる」
「もし、俺がいなければ結婚まで考えるほど、好きですか?」
その時の蓮の目は、怖いくらい真剣だった。
「現実にはお前と結婚するし、付き合ってるわけでもないから、結婚までするかどうかは答えられない」
「俺がいなかったら、いなくなったら、綾を大切にしてくれますか?」
「もし付き合うなら、絶対に大切にする。それだけは断言できる」
そこで初めて、蓮の表情が和らいだ。
「よかった。先輩になら、綾を任せることができます」
「どういう意味だ?お前、結婚やめるつもりか?」
「はい」
頭に血が上った。
俺は思わず立ち上がり、蓮の襟首を掴みあげた。
「どういうつもりだ。もう、式まで数ヶ月だろ?大島も楽しみにしてるんだぞ?」
「わかってます。でも、俺は綾とは結婚できないんです」
「だから、なんで」
「ガンなんです」
俺の言葉にかぶせるように言った蓮の言葉に、俺は言葉を失った。
「肺がんで、ステージ4。もう、全身に転移してます」
「な………嘘、だろ?」
「本当です。余命一年もありません。
俺と結婚しても、綾には苦労だけかけて、楽しい思い出も作れないまま、すぐに一人にさせてしまう。戸籍にも傷がつく。だから、俺は綾とは結婚できないんです」
きっと、悩みに悩んで、もう自分の中でハッキリと答えを出したんだろう。
蓮はそれくらい、落ち着いた表情をしていた。
「来月には仕事もやめて、入院することになります。これまでの検査入院の時は出張ってうそがとおりましたけど、今度の入院は、多分最後になるからもうごまかせません。綾に知られる前に、俺は綾に別れを告げるつもりです。だから、先輩にはその後の綾のことをお願いしたいんです」
「お前は、それでいいのか?」
「綾が幸せになれるなら、方法は問いません。今週の金曜日、駅前のカフェで仕事終わりに綾に別れ話をします。
先輩、綾のこと、お願いします。
綾には俺が浮気していたことを匂わせてください。その方が、早く諦めがつくと思うから。」
蓮は本当に、綾のことを愛しているんだ。
綾が幸せになれかるなら、そこに自分がいなくてもいいと思えるほど。
頭を下げる蓮を目の前に、俺は両手を握りしめた。
「わかった。大島は、俺がもらう。
責任を持って幸せにする」
「ありがとうございます」
最後まで笑顔で、蓮は会社を出ていった。




