第6話 配慮のない説明
「国上様には『おネこ様』を保護していただきたいのです」
「ん? 迷子ネコ?」
高級車の中。外の景色が海沿いから市街地へと、変わるのを眺めていると運転席から担当者が説明を始めた。保護に大金を出すとは探しネコは、相当の金持ちの飼いネコなのだろう。因みにショウメイは車外を飛んでいる。あの羽根が邪魔だからだ。
「いえ、『食事中』です。既に市内の五か所の葬儀場で、ご遺体が行方不明になりました」
「え? ネコの食事と遺体って、『異なる者』か……」
「左様でございます。『おネこ様』は『異なる者』です」
「それで、さっきのクラゲと如何話が繋がるのかな?」
ネコの状態を尋ねると意外な答えが出た。高額報酬と迅速な対応、相手は相当厄介な『異なる者』のようだ。金額に見合わない相手だった場合は、即刻仕事を辞退する所存である。
「元々、クラゲは『おネこ様』の食料です。古くからクラゲは人々を海へと引きずり込む魔物と恐れられ、『おネこ様』はそれらを食す守り神とされていました。ある時を時期、クラゲが沿岸に出現しなくなりました。食料がないことに困っていると、『おネこ様』は村人の遺体を食べました。どうやら内蔵の腐敗具合が、クラゲの味に似ているそうです。それからは遺体とクラゲ両方を食すようになりました。ですが、数年前に『おネこ様』は主サマの下を離れ、遺体だけを食べるようになってしまわれたのです。天敵の居ないクラゲは、人々を海へと引きずり込み始めました。このままでは、生態系が狂ってしまうことを杞憂された主サマから、『おネこ様』の捕獲依頼を承った次第で御座います」
「長い長いよ。クラゲ主食生活に飽きて、途中から遺体主食にチェンジしたって話だろ? 食の好みが合わなくて家を出るとか新婚さんか? 要するに、その『おネこ様』を捕まえればいいのだろう?」
安易に話の繋がりを訊ねたのがいけなかった。担当者は淡々と抑揚のない声で、説明文を読み上げた。只の言葉の羅列に辟易する。担当者は真面目だが、些か相手への配慮が足りない。
眉間に皺が寄るのを感じながら、クラゲと『おネこ様』の繋がりについて何とか説明を飲み込む。要約すれば同居人の食事の好みでのトラブルのようだ。歴史的、文化的なものに興味はない。俺は兎に角、金が手に入ればそれでいいのである。
捕まえることに集中することに決めた。
「はい、……ですが『おネこ様』は神出鬼没で、市内に『おネこ様』の好みに該当するご遺体はもうないのです。追うにも、待ち伏せるにしても方法がございません」
「面倒だな……やっぱり止めよ……っ!?」
万策尽き果て状態で俺に仕事を持ってくるなと、心の中で強く抗議する。しかしそういう時こその『雑用係』だ。
市内の五箇所から遺体を盗み喰らっている。好みの遺体が市内に無いならば、市内に留まっている可能性は低い。『楽園の島』全体での鬼ごっこになるなんて絶対に嫌だ。考えるたけでも面倒である。これは早々に仕事を辞退した方がいいだろう。
そう思い口を開くと、急ブレーキに言葉を飲み込んだ。
「国上様、申し訳ございません。お怪我はございませんでしょうか?」
「いや……大丈夫……猫?」
顔を上げると、フロントガラスに一匹の黒い仔猫が座っていた。何処か見覚えがあると記憶を探ると、漁村で囲んできた一匹であることを思い出す。
「はい。急に飛び出してきまして……」
にゃあ。
「……行ってくる。捕まえたら連絡するから」
「畏まりました」
猫は俺と目が合うと、俺を呼ぶように甲高い鳴き声を上げた。当てもなく闇雲に捜索するよりも、建設的だろう。猫の手を借りるつもりで、車から降りた。