第4話 クラゲ
「宇美!!」
悲痛な叫び声が木霊する。クラゲは桟橋から離れると、抱えている少女を手放した。下は海だ。意識のない彼女が落ちれば、溺れるのは確実である。
「……っ!」
走り込んだ勢いのまま桟橋から飛び出し、クラゲの口腕を左手で掴み落ちる少女を右腕で抱えた。『異なる者』に触れることは避けるべきだが、緊急事態である。致し方ない。
クラゲの口腕は人の腕のような形をしているが、温度はなくゴム風船を掴んでいるような感覚だ。クラゲは俺と少女の重みに抗うように、傘と口腕を上下に動かす。クラゲと共に、海に落ちるのは御免である。
「よっ!」
俺は両足を揃えると前後に振り勢いをつけると、クラゲの口腕を離し桟橋へと着地を決めた。少女の様子を確認するが、顔色も呼吸も落ち着いている。単に寝ているだけのようだ。精神的な影響を受けている可能性はあるが、嫌な感じはしない。後は、担当者が対応することだろう。
少女の無事に一安心をしていると、クラゲは再度接近し口腕をこちらに伸ばした。
「この子は駄目だ」
俺がクラゲを鋭く睨むと、奴は動きを止めた。この『異なる者』は『連れて行きたいタイプ』である。このタイプ自体は珍しくない。だが生身の人間ではなく、軽くなった中身だけを連れて行きたいのが迷惑だ。他の被害者たちは、そうして『連れて行かれた』のだろう。
更に厄介なことに、一度目標を定めると執着することだ。現に少女を再度『連れて行こう』としている。俺も金の為に、二人を守らなくてはいけない。眼光が強くなるが致し方ないことだ。
「これでも持っていけ」
伸ばされた口腕の前に、少女の白い帽子を差し出す。本来ならば、このクラゲを処分する方が早い。だがそれが適応されるのは、対象の『異なる者』が単独で存在する場合だけである。同体が複数いる場合、意識や行動理念を共有している個体ならば処分するのが非常に面倒だからだ。
無理矢理処分する必要もない。今、俺が担当している時だけでも退ければいいのだ。何か連れて行ければいいなら、中身のない物で良い筈である。要は奴の注意を少女から、逸らさせることが出来れば良い。
「まじか」
クラゲは緩慢な動作で帽子を掴み、沖へと踊るようにして海上を移動していく。何とも拍子抜けである。遭遇した際に、何か身代わりを差し出せば助かるタイプなのか。他の被害者たちの死は何の為だったのか。 一瞬、深く考えそうになるが直ぐに止めた。
理解不能で理不尽なのが『異なる者』だからである。
「宇美!」
「大丈夫ですよ。気を失っているだけです。貧血かもしれませんね」
息を切らした年配の男性が、倒れるようにして駆け寄って来た。孫の身を案じる優しい、老人である。彼に少女を渡す。心配と恐怖の色に顔を染め震える、彼に適当なことを口にする。今はただ騒ぎを起こさないに限るからだ。
「嗚呼……良かった。ありがとう」
「いえ」
彼は俺の言葉を聞くと、顔を上げ安堵の笑みを浮かべた。何故か、礼を告げられたが俺は仕事で行われたことだから気にすることはない。それに……。