序症
「ふわぁ……よく寝た……」
定期的に体を揺らす振動と、鼻を擽る潮の香に自身が船に乗っていることを思い出す。誰も居ないフェリー船のデッキ部分で、ベンチから立ち上がり背伸びをする。潮風が乱暴に俺の髪の毛を乱す。
『皆様、本船は間もなく、『楽園の島』へ到着致します。お荷物の確認をお願い致します。繰り返しお伝え致します……』
船内にアナウンスが流れ、目的地の到着を告げる。すると周囲には乗船客が、島を見るためにデッキに集まり始めた。前方を見ると大きな島が目に入る。
伊豆大島から更に東南に百キロにある特別行政都市楽都、通称『楽園の島』だ。一つの島でありながら、東京都と殆ど同じ面積を持つ島である。
「やっと着いた! テーマパーク楽しみ!」
「私は食べ物!」
「本島と変わらないって、本当みたいだね!」
「医療や教育、福祉も整っているから、住みたい土地ナンバーワンだのわかる!」
瞳に島を映しながら、楽しげに会話を弾ませる乗客たち。彼らの感想は強ち間違いではない。『楽園の島』は、あらゆる部門で特化した産物を集めた島だ。それはレジャー施設から医療技術など、多岐にわたっている。自然豊かで商業施設や医療設備も充実していることから、『全人類の憧れの地』・『楽園』などメディアではもてはやされ移住を希望する者は後を絶たない。
しかし移住には国籍取得よりも難しい審査があり、殆どが叶わないのが実状のようだ。故に本島から旅行として訪れる者が殆どである。
何故、人々が熱狂的にこの島を求めるのか、俺には分からない。
「『楽園』というより……檻みたいだな」
俺の小さな感想は、波の音と人々の歓声に掻き消された。
唯一。俺の同行者だけが、口角を上げた。