第2部 ACT3の8 祝福の笛の音
一連の不思議な出来事について、”地獄めぐり”と結びつけて考えるようになった私だったが、そんなもんに答えがあるわけもなく、それからも暇さえあればあーだこーだと考え続ける生活は続いた。
ある時ふと思った。
”先読み”できる項目が推理・ミステリーもののストーリーなんかではなくて、もっと違うもの、そうね、例えば経済や世相に関するものだったりしたら、その内容によっては、大金持ちになれたりするんじゃないの?
って。
だって、株価の上昇する銘柄とか、流行するものとか、新製品に関するものとか、そういうことを”先読み”できればありえるんじゃない?
ステファン 少年の”前世の記憶”はあくまでも”過去の記憶”だけど、私の”先読み”はいわば”未来の記憶”って言えるわけじゃない?自分が実際に体験していないことがわかっちゃうんだからね。
だったら、物語ではなくお金に結び付けられるような事柄であれば・・・と、そう思いついたわけ。
それから、”先読み”をなんとかお金に結び付けられないものかと思案を重ねるようになった。
すでに他の人が完成させている作品の内容を”先読み”ができたところで、それを自分の著作物にすることはできない。自分のものではない限り、私が得をすることはありえないのだ。
であれば、来世に託してみるというのはどうだろう?
私の”先読み”が前世の記憶だとするのなら、今の私の記憶を来世に残すことも可能なのでは?
そんな考えに至った。
”前世の記憶が残る”という現象は、”強い思い入れ”が作用しているとかってあのテレビ番組に出ていた霊能者は語っていた。
だとしたら、私の”先読み”は私の前世で推理・ミステリーものに強い思い入れがあったことの影響だということよね?
ならば、私が強く思い入れたことが来世へと受け継がれる可能性だってあるってことじゃないの?
単純。本当に単純にそう考えた私は、とりあえず経済新聞を買ってみて株式相場の情報をあさってみた。
しかし、これが本当につまらなくて、すぐに諦めた。
わけわかんない!それが素直な感想。
どれにポイントを絞れって思い入れればいいのか?どうやってこんなものに思い入れできるのか?まったくわからず、早々に撤退した。
そのあとも、ネット・ニュースなんかで新発明の話を見つけたりすると、なるべくじっくり読んで頭に入れる努力はしてみたけど、な~んかしっくりこない。不発感が半端ない。
でも、目ぼしい感じのネタには、一応、食いついてみることは続けた。
-来世のために強く思い入れて-
-来世に少しでもいい暮らしをするために-
と思って。
でもね、やっぱりな~んかしっくりこないのは確かなのよ。
我ながら暇人だなあっても思う。
そうこうして、そんな風変わりな日々をたらたらと過ごしているうちに、今年ももう数日で終わりという所までやってきていた。
年末セールの幟なんかもちらほら目に入るようになってきた頃に、それは起きた。
その日のシフトは早番だった。朝から勤務に入っていたので、11時少し前に昼休憩に入った。
私はいつも通りに、昼食を摂るために休憩室へと入って行ったのだが、その一角で職員が数名、一塊になって何やらワイワイとやっていた。
「お疲れ様でーす」
そう言って、部屋に入ると、入り口に一番近い席に陣取る。
「お疲れ様ー」
「おつですー」
塊のみんなは、ちらっとだけこっちを見て返事をする。
私は弁当箱の包みを取って、いただきますをしようとした。その時、塊の一角が砕けると、こっちへ近寄ってきた。
「 熊田 さん、競馬やったことある?」
-競馬って、馬が走るギャンブルだよね-
「ありま・・・せん」
私は答えた。
話しかけてきたのは私より一年先輩の 西宮 さん。
「私もやったことないんだけど、明日、なんか大きいレースがあるらしいの」
そう言うと、私の隣の席に腰をかけた。
「 松岡 さんがね、明日、馬券買いに行くんだって。だから、他に買いたい人がいたら頼まれてくれるんだってさ」
残りの塊も寄ってくると、私を取り囲んで、新聞を広げながら、キラキラと目を輝かせて説明モードに切り替わった。
「この辺って馬券買えるトコないからさ。なかなか買いたくても買えないんだけど、 松岡 さんは毎年、優馬記念だけは買いに行くのよ。だもんで、なんか毎年の行事みたいにもなってるのよ。競馬に興味ない人も宝くじ感覚で頼んだりしてるのよ」
「優馬記念っていうのは、一年の締めくくりに行われる大きいレースでね。今年活躍した馬を集めてやるレースなのね。今年の総決算的な感じなのよ」
「競馬のことが分からなくても、馬の名前で選んだり、自分の生年月日の数字で買ったりしてね。もちろん、真面目に予想して買ってもいいんだけどね」
みんな、なんだか楽しそう。
「俺は去年当たったよ」
「去年は堅かったから何人か当てたのいたよな」
自慢げに話をする人も。
お弁当を食べつつも、みんなから競馬新聞の見方を教わって、あれやこれやといううちに、私はついつい口車に乗せられて3,000円分の馬券の購入を頼むということになってしまっていた。
次の日の私のシフトは遅番だったので、お昼少し前からの出勤だった。
着替えてからフロアに出ていつものように業務に入ると、なんだか、他の職員の人たちがそわそわしているような感じがした。
そのそわそわの原因は、利用者の方々に3時のおやつと飲み物を提供し終えたころに判明した。
昨日、休憩室で誘われて、私も3,000円乗っかった”競馬”の優馬記念というレースのせいだった。
みんなで仕事の手をいったん止めて、利用者の人たちと一緒にテレビの競馬中継を鑑賞。さすがに利用者の人たちで馬券を買っている人はいなんだけどね。
でも、中には
「昔はよく競馬やってたんだよ」
なんて言って、興奮気味に中継を見ているおじいちゃんもいたりした。
テレビからファンファーレが鳴り響き、しばらくすると馬が走り出した。
競馬中継も初体験な私は、わりとドキドキしていて、ちょっとしたお祭り気分を味わっていた。たかだか3,000円といえども、馬券を買ったからなのか、一年の締めくくりの大レースということでテレビの演出が派手だったせいなのかはわからない。
私の近くにいたおばあちゃんが、
「馬ってのは綺麗な生き物だねえ」
ポソリとそうつぶやいた。本当、馬の走る姿は私にも美しく見えた。
「そうですね。こんなに綺麗だって知らなかった」
私がそう話すと、彼女はすごく素敵な笑顔を浮かべて、
「昔はね、けっこう町でも馬を見かけたものなのよ」
と、昔話を聞かせてくれた。
そのおばあちゃんが娘の頃には、車もあったけど、まだ馬が荷物を運んでいたりもして、町で荷車を引く馬を見かけることがあったのだという。それを見かける度に馬を撫でさせてもらったという話を、懐かしみながら話すおばあちゃんの表情はとても柔らかだった。
-人の心を和ませられる生き物って凄いな-
何となくそう感じた。
言うても、今、テレビに映っているのは、ギャンブルのために走っているお馬さんたちなんだけどね。
思ったよりもあっという間にレースの決着はついたみたいで、おばあちゃんのお話が終わる前にお馬さんたちは走り終えていた。レースの方の時間は3分ぐらいだったのかしら?
んで、結果はというと、私の馬券はただの紙切れと化したみたいだ。
他の職員の中には当たった人もいて、3連単という種類の馬券が当たったらしい。
その人は、1万円分の馬券を買っていて、その中の100円が的中。100円が247倍の24,700円になったんだって。
後日、職員のみんなにってスイーツを買ってきてくれたから、そんなに儲からなかったっぽいけど。
でもさ、100円が24,700円に化けたっていうのにはちょっと驚いた。
だってさ、もしも千円買ってたら24万7,000円になったってことでしょう。
1万円だったら、247万円。
10万円だったら、2476万円。2千万円っていったら何年分のお給料なのよ!
なんて、くだらない妄想をしていて、私は閃いた。
そう、閃いてしまった。
パッと閃いてしまったのであります!
この”競馬”というものの結果を”先読み”できたなら・・・。
競馬のレース情報を見たら、たちまちその結果が”先読み”できちゃって、
あっという間に大金持ち!!
だって、
理論上(理論と言えるのかどうかわからんけど)、私は物語の出だしや、作品の中身をある程度知ることができれば、”先読み”できる(ものもある)んだから、
それがもし物語じゃなくて、競馬というジャンルに置き換えられるのだったら・・・。
ありえると思わない?
あると思わない?
ありるでしょ。
ただ、今の私がその力を得るのは無理なのよ。
だって、私の”先読み”は、推理・ミステリーもの限定なんだもの。
だからさ。
来世のために夢を託そう。
そうなの。私の前世は推理・ミステリーものの情報を私に伝えてくれた。
今度は、私が来世のために競馬の情報を伝えるの。
そのために、仕込むことはできるんじゃないのかな?
株や発明などは無理っぽい(私が飽きちゃうからなんだけど)けど、これ(競馬)だったら・・・。
競馬は情報が明確な分いけそうな気がするのよね。
そこから私は、再度一念発起。競馬について勉強し始めた。
最初は、競馬に詳しい職場の人に教えてもらったりしたんだけど、私ってば、やっぱ男の人が苦手らしくて、女の人にしか自分から声をかけることができないみたい。それで、女の人で競馬に詳しい人がいたのかというと、壊滅でした。みんな口々に「人に教えられるレベルじゃない」っておっしゃりました。
施設の外にいけば、競馬にめちゃ詳しい女の人もいっぱいいるんだろうけど、それを探せるような私ではない・・・のよ。
そこで、ほとんど独学になりました。
競馬新聞というものを買ってみて、インターネットで検索。
そうやって、ちょっとずつ競馬の知識を仕入れていった。
競馬というものは土日に開催されるもので、全国に数か所ある競馬場の内の2,3か所で、各競馬場、一日に12のレースが行われる。
毎週金曜日の夕方に、レースに出走する馬の枠番号、馬番号などといった情報である出馬表というものが発表され、競馬新聞などにも掲載されるそうだ。
インターネットでも金曜の内に発表されるらしい。
ね。前もってレース情報が分かるんでしょ。
であれば、その出馬表ってのを目にしたときに”先読み”を発動させて、結果を知れればいいわけじゃない。
いたって原理は”私の”先読み”と同じじゃない?
作品を目にする = 出馬表を目にする
内容の続きを先読み = 結果を先読み
そこから、
先読みした結果通りの馬券を買う。
もちろん的中。
大金持ちになって、貧乏脱出。
地獄めぐり中とはいえども、そこそこ苦しまない人生(=最悪じゃない人生)を送れるようになる。
そして、輪廻転生を何度か繰り返した先には地獄から抜け出す。
ってな風にならないかしら。
やっぱ、欲深すぎる発想だってことで、地獄から抜け出せなくさせられちゃったりしないかね?
まあ、来世がどうなるのかは知る由もない。閃いちゃったものはしょうがないってことで、やってみることにした。
本屋、図書館巡りは完全に終了。競馬新聞やインターネットの競馬情報サイトとのにらめっこを開始したのであった。
金曜日に発表される競馬の出馬表、土日のレース結果。これをチェックするのが日課になった私。
競馬というものは一日に12レース行われる。土日の二日間で24レース。開催される競馬場が二つであれば48レース。三つであれば72レースにもなる。
これを記憶に刻めというのは・・・酷であった。
二週間後、チェックのために、その前の週のレース名とその結果を思い出そうと試みたんだけど・・・まあ、記憶に残っていないこと。私の記憶力の貧弱さ加減を思い知らされました。
競馬もダメかあ。一度はそう思ったんだけど、競馬には、(私が競馬と出会うきっかけとなった”優馬記念”のような)大きいレースというものが存在していて、それは重賞と呼ばれている!だだーん!!
重賞というのは、グレードと呼ばれるものでランク分けされていて、グレードⅢ、グレードⅡ、グレードⅠという風に三段階になっているのだそうだ。
その重賞というレースは、毎週必ず行われるものではないらしい。でも、やるのは決まって11レース目(例外もあるみたいだけど)なのだそうだ。メインレースというらしい。
-メインレースに絞ってみるというのはどうだろう?-
記憶力が貧弱な私だって、週に二つ三つぐらいのレース結果だったらなんとかなるでしょう。
短絡的にそう考えて、今度は重賞に絞った”来世へのプレゼント・プロジェクト・パートⅡ”はスタートしたのであった。
しかし、”来世へのプレゼント・プロジェクト・パートⅡ”は、メインレースに絞ったおかげで、週に二つ三つのレース結果を覚えるだけにはなったんだけど、馬券には種類があった。
単勝、複勝、枠連、馬連、ワイド、三連複、三連単。全部で8種類。
メインレースは二つ三つでも、×8になるわけ。
そりゃあね、全レース覚えるのと比べたら、メインレースだけを記憶するほうが楽ではあるのよ。
でもね。私にはそれでも難しかった。
そこで、もうシンプルイズベスト!
三連単だけ覚えるように決めた!そうすれば、最大3つですむ。
これが”来世へのプレゼント・プロジェクト・パートⅢ”(略してRPPPⅢ)すなわち最終系。
そして、検証してみた結果。
今度は、思い出せるではありませんか!全部ではなかったけど。
でも一応は、記憶の中にちゃんと刻まれるレースは作れそうな感じ。
あとは、そのいくつかが、来世までつながるかどうか。
強い思い入れが来世に記憶を残す鍵だというのなら・・・
-強い思い入れっていったいなんなのよ?-
私は競馬にそれほど強い思い入れを持っているのかしら?
いやいや、これから強い思い入れを作っていくんでしょうが。
などと、自分がやっていることを否定しては、次に肯定しようとする思いがムクムクと出始めてくる。
-やっぱこれも楽しくないかも?-
そう思い始めちゃったんだけど、それでも、メインレースの3連単の結果を記憶する作業は惰性でタラタラと続けていた。
-私がもともと競馬好きだったらよかったのに-
そう思って、ハッとした。
-もし、来世の私もギャンブルに興味がなくて、競馬との出会いがなかったらどーよ?-
レース結果をせっせと記憶して、けん銃に弾を込めているというのに、それを打ち出すための引き金がなければ発射さえもできない。
ギャンブルに興味がない人が競馬のレース、ましてや出馬表を見ることなんてあるだろうか?
去年までの私自身を例にして考えると、
ない!
ありえない!
なんらかの導きがなければ競馬に興味はいかない。
女子は特にそう。付き合った彼氏が競馬好きだったとか、「私ったら乗馬が趣味ですのよ~」ってなもんで、お馬さんつながりで競馬にも興味を持った。とかでない限り、女子は自ら競馬に興味は持たない。
-じゃあ、どうやって競馬へと引き込む?-
何かいい手がなければ、今まで私がやってきたことは全て無駄になってしまう。
-詰んだ-
そう感じて絶望感に襲われた。
せめて来世では、この地獄めぐりを多少楽なものにしたい。そう思っていろいろと考えてここまでたどり着いた私ではあったが、しょせんそれは無駄なあがき。
それでも、何かいい手はないものかと考えることを続けはしたが、特に何も良い手は見つからず、
-人間諦めが肝心。よく考えてみれば、馬鹿な考えじゃん。なにが輪廻転生なのよ-
そんな風に、思うようになっていった。




