第2部 ACT3の3 安住の地
あの夜以降も母は夜の仕事を続けてはいたが、もう誰かを家に連れてくることはなかった。それに関してお互いに特に何も話はしなかったけど、私も母も相手がどんな風に考えているのかはなんとなく分かっていた。
私は高校への通学とアルバイトの日々を送っていた。平穏な毎日ではあったんだけど、その中でひとつの悩みごとが首をもたげ始めてきて、それで神経をすり減らし始めていた。
その悩みとは、
-もしかしたら、私、男性恐怖症なんじゃないの?-
ということ。
学校でもアルバイト先でも、私はそれほど男性との接点はなかった。だから今まで、そんなことは気にもしてなかったんだけど、あの夜以降、何となくそう思うようになった。
男の人の大きな声を耳にすると体が縮こまるといったことは昔からあったけど、そんなのは誰でもあること。って思って、とくに気にしてなかった。
でも、元父(新しいほうの父)の一件があって以来、私は男の人との接点を持つことが無くなったような気がする。
もしかしたら、
無意識に男性を避けてきたからじゃないの?
それは、男性恐怖症というやつなんじゃないの?
そんな考えが出てきたのよ。
だってさ、昔、私には家族のように接してくれた男の子とその父親もいたし、学校の男の先生とだって普通に接することができていた。
だもんで、自分が男の人に対して苦手意識、ましてや恐怖症なんかがあるとは思ってなかったのよ。
そういったわけで、元父(新しいほうの父)のDVの影響でそうなったという可能性は十分にある。
そう考えたわけ。
でも、そういう考えを持つようになってからは、変に男性を意識するようになって、アルバイト先で男性から仕事以外の話をされると、それが苦痛に感じちゃうようになってしまった。
そうした思いが相手に伝わっちゃっているのか、態度に出てしまっているのか、今では話しかけられるが無くなってきているような気がする。
-このままじゃ、私、結婚できないかも-
と思ったり、
-男の人と付き合うとかって面倒くさい気がする-
と開き直ったり。
-お母さん、どうやら私はあなたに孫の顔を見せてやることはできなそうです。ごめんなさい-
そんなふうに滅入る未来予想図を描いたりもしちゃったりもしつつ
-とりあえずは高校を無事に卒業することをがんばらなくちゃ-
と、自分を奮い立たせながらがんばって日々を送る健気なわたし。
だってさ、普通の家庭に生まれた人たちと違って、私には頼れる人は母だけ。幼いころから”親戚”という人にも会ったことがない。母からもそういう話を聞いたことがないので、もしかしたら母は天涯孤独なのかもしれない。
祖父母や親戚の気配を感じたことがない天蓋孤立家族なのだから、二人で頑張って生きていくしかないのよ。
小学生の頃、夏休みや冬休み明けに同級生が”おじいちゃんちに行ってきた””おばあちゃんちに行ってきた”とか話しているのを聞いて、
「おじいちゃんとかおばあちゃんの家はどこにあるの?」
と母に訊ねたことがあった。
母から帰ってきた答えは
「おじいちゃんもおばあちゃんももう天国に行っちゃったのよ。だから、おじいちゃんやおばあちゃんの家もないの」
だった。ほかに親せきはいないのか聞いてみようとも思ったんだけど、なんとなく聞きそびれてしまった。
なので、親戚が完全にいない訳ではないのかもしれないが、とにかく、母一人、娘一人で強く生きていくしかない。
金銭的なものや、そのほかのバックボーンといった援護・援助は一切ない。
まあ、一応は行政から母子家庭支援ぐらいはあるのだけれど・・・おそらくそれは大した援護射撃にはなりはしない。
そういう思いを胸に秘め強く生きていくしかない。
しかし、これからの人生設計を考えれば、高校卒業後に一流大学へ進学。大企業に就職して、いわゆるエリート街道を突き進む・・・。
そういう路線に行けるかといえば・・・
これは厳しい。
ひいき目に見ても無理。
無理。無理。無理。
わたしって、なにもかも中の下、もしくは下の上なのよね。
勉強を好きになるというのは、それはそれで一つの才能だと思うの。残念ながら私はその才能にめぐなれなかった。高校受験のために頑張りはしたけれど、並の高校に入れたのが関の山。それも、自分ではかなり無理して頑張ったほうだと思う。
なので、これ以上、私に学力を求めるのは無理。
ほかの才能にしても、他人に自慢できるものなんて一つもない。
まずまず不器用。
運動神経も期待するほうが間違っているくらいにどんくさいレベル。
物覚えも、おそらく人並み程度。
人に褒められるもの、優越感に浸れるもの、そういったたぐいの才能は持ち合わせておりませんの私。
悲しいけど、それが現実なのよね。
そのせいもあってか”これを極めてみたい”とか”これが大好き、熱中できる”といったものには未だに出会ったことがない。
-いつか開花する才能というものが私には無さそうだ-
諦めが早いのかもしれないけどそんな感じ。
現実の厳しさを知っているというか、夢がないというか・・・。
自分でもそれぐらいは思ってるよ。
-もっと夢持てよ、自分-
ってさ。
人が生まれてくるときに、どの母体に入るかなんてのは選べない。子は親を選べないし、親も子を選べない。
でも、なんだかんだ言ってこの世界には格差というものがあって、どこのクラスに生れ落ちたかによって人生は左右される。家庭とか生活というものにはレベルがあって、よい環境のもとに生まれた人のほうが有利に決まっている。
なので、自分の両親がどの立ち位置にいるのか、それは重要だと思う。
そりゃあね、確かに頑張ればなんとかなるのかもしれない。
「トンビが鷹を生んだ」
だの、
「貧乏な家庭に生まれたけど血のにじむ努力で高い地位を手に入れました」
だの、そういう言う人の話を耳にしたことはありますよ。でもね、誰しもがそうなりはしない。皆な皆そうなれるのであれば、貧乏人なんてこの世に存在しない訳じゃない。
現実に格差があるってことは、上がったり下がったりもあるんだろうけど、下は泥沼。這い上がるのはたやすくはない。
若輩ながらそう思うわけ。
私は、下層階級に生まれ、両親は離婚し片親になってしまった。
才能のほうも期待できそうもないので成り上がることなんてできそうもない。そのうえ、男性恐怖症っぽいので玉の輿なんてものにも乗れそうもない。
高校を卒業して、三流大学(もしかしたら二流大学に引っかかるかもしれないけど)に入って、中小企業か零細企業に就職して・・・、結婚もできずに、母と二人で貧乏ながらコツコツと小銭を貯めて生きていくのよ。
母をみとった後は、貯めた小銭で老人ホームに入って生涯を終えるんだわ・・・。
-切なくなってきた-
何か夢を見れる才能でもあればね。
容姿の美しさや演技の才能・・・ない。
ファッションなどのデザインのセンス・・・ない。
音楽や絵や文才のように何かを創造する才能・・・ない。
あ、
っと。
そういえば、一時期、文才があるんじゃないかって思っちゃったっことはあったな。
そう、幼馴染の大野圭介君と一緒に推理物のアニメを見ていたら、その先のストーリーが何となくわかっちゃって、そのことを話したら、
「小説家の才能あるんじゃないか」
なんて圭介君が言っちゃってさ。乗せられた私はその気になって何か作品を書こうとノートを広げてペンを持ったんだけど・・・何も思い浮かばなかった。
まったく何にも。
そのあとも推理物のアニメを見ていると先が読めちゃうってのは何回かあって、しばらくは圭介君も褒めてくれたりしてたけど、そのうち、
「ネタバレされると面白くなくなるから黙ってて」
とかって怒るようになっちゃって、私も言うの我慢するようになった。
私が言いたいの我慢してムズムズしてると、
「絶対に言うなよ!」
って、念を押されたりもした。
そんで封印。
ってなったんだけど、
未だに推理物やミステリーものを見てると先の話が頭に浮かぶことがときどきあるのよ。
不思議な現象だけど、何の得にもならない現象っぽいのよね。文才とも関係なさそうなのよ。
何の才能もない私の将来に拍車をかけて不幸にしてくれそうなのが「就職氷河期」というもの。
今のご時世、不景気で就職するのも大変だといわれている。あまりにも求人倍率が悪いことから世間では「就職氷河期」などと呼ばれている。
就職できても、安定した会社員生活を送るのも難しい時代だと言われているの。
学校の担任は、私が母子家庭だということもあってなのか、なにかと気にかけてくれるんだけど、将来のことについても他の生徒以上に聞いて来たり、いろいろと調べてくれたりしてくれたりもしてくれている。
どんな大学に行けばどんな職業に就くのが有利だとか、推薦入学や奨学金制度の資料なんかも用意してくれた。
でもね。私にはなぜだかそういうのピンとこなかったのよ。
中の下程度の私がいったいどんな大学に入って何を目指すというの?
大学の学費一つ取ったって、どんな制度を使ってもそれがチャラになるわけないんでしょう?
就職してから分割で返済したりと、結局はお金がかかるわけよね。借金という足枷は貧乏人にはトドメを刺すアイテムでしかないと思うのよね。
資本も才能もない私にとって、今の時代で大学に行く選択は悪手としか思えないのよ。
もっと、現実的に生活を安定させるには、より早く収入を得ることだとしか思えない。だって、高校に入ってアルバイトをやり始めて、大した額じゃないけど毎月収入ができたらその分気持ちも楽になったもの。
先行投資することによって良い未来になるのが確実ならそれでいいけど、「就職氷河期」といわれている今の時代、希望なんて持つにも勇気が必要。とてもじゃないけど、私が置かれている環境では、借金してまで先行投資するのはリスキーだとしか思えない。
底辺でやっと生活している我が家では、なにか一つでも不測の事態が起きれば詰んでしまう。ずぶずぶと泥沼に落ちていくか、一気に奈落に真っ逆さまか。
「今は大学を出ておかないと、就職先探すのも大変だっていうじゃない。お母さん、頑張って学費は何とかするから大学に行きなさい。ひながバイト代入れてくれてたぶんの貯金だってあるし、本当にお金は何とかなるから」
母はそう言ってくれたけど、大学受験は受験費用も学費も額が違う。そして、何と言ったって、私は良い大学に入れる自信がない。
考えに考え抜いた末、私は大学への進学はあきらめて就職する方向に舵を切った。
もちろん、母は大反対。学校の先生もすごく残念がってくれた。二人からめいっぱい説得もされた。
でも、考えを変えなかった私に根負けして、最終的には就職を認めてくれた。
母は、
「あなたの人生だから、ひなのしたいようにして欲しい気持ちはあるけど、後悔しないように時間のあるうちにもっと考えてね」
と、
「無理して大学に行った先に確実なものがあるとは言い切れないけど、もうちょっと頑張ればそこそこの大学に行けるんだから、ぎりぎりまで進学の線は捨てないで考えましょう」
と、先生も「あなたの進学を私たちは諦めてないんですからね」という雰囲気ではあったけど。
誰が悪いわけじゃない。私へと繋がるいろんな人たちの人生の分岐点で上手くいかなかった積み重ねなんだと思う。もちろん、私自身の人生の分岐点でもうまい選択をしてこれなかった、というか選択の余地がなかったのが一番の原因だと思うんだけどね。
でも、その思いは口に出さず、
「大丈夫。世の中の人たちがみんな大卒なわけじゃないし。大学行かなかったら幸せになれないわけでもないと思うから」
と、なんとか二人をねじ込んだ。
どうやら何を言っても就職する気だとわかってくれた母と先生は態度を変えてくれた。
母は特に何も言わなくなったし、先生は就職へ向けての資料を集めてきてくれるようになった。さすが就職氷河期といった感じの厚みの無い資料だったけど。
そして、その資料に目を通して、自分が想像していたよりも高卒の正社員の給料が低いことが分かった。今やっているアルバイトをフルでやったほうが稼げそうな気がするほど。
先生が言うには、福利厚生やらなんやらがあるから支給額はアルバイトのほうがよかったりする場合もあるけど、正社員のほうが待遇としてはいいのだそうだ。
月給の手取り額は16万円程度。額面の基本給も大体同じくらい。
賞与は年二回支給されるところが多く、その額の平均は基本給の2.6か月分。
ということは、
16(月給=基本給)×14.6(12か月+賞与2.6か月分)=233.6万円(年収)
年収300万円には程遠い。
まあ、これには手当は含んでいないから、本当に大雑把な計算だけど。
アルバイトの時給は1000円。一日8時間で月20日間勤務に入ったとすると、
1,000×8×20=16万円(月給)
16×12=192(年収)
ほかにもアルバイトを掛け持ちするとかして、一日のアルバイトの時間を4時間増やせば、
4×12=48
192(一日8時間の年収)+48(一日4時間の年収)=240(合わせた年収)
アルバイトのほうが年収多くなっちゃわない?
皮算用とかいうやつだと思うんだけどね。
ここは先生の顔を立てて、もっと冷静に考えてみよう。税金とか保険とか年金なんかもあるみたいだし。
あくまでも初任給がそれぐらいの額だということなので、勤め続けて昇給すれば給料も上がっていく。様々な手当てもあったりするみたいだし。
って、ここで疑問に思った。
高卒と大卒ってそんなに給料違うの?
初任給の額を調べてみると、短大や専門学校卒で18万円前後、大卒で20万円前後、大学院卒で23万円前後らしい。
もちろん、職種や会社のランク、その会社がどれくらいの利益を上げているかなどで違いはあるんだけど、平均的なものとしてそれくらいの額らしい。
高卒と大卒で月給4万も違うのか・・・。年で60万円ぐらいの差が出るのね・・・。
昇給額は会社によって差があるものらしいけど、大体3000円~5000円ぐらいが相場みたいだ。
高卒で就職した場合、大卒よりも4年早く働き始めるわけだから、その4年間の昇給を考えると、4年後の基本給は17.2~18万円になる。
大卒平均の基本給20万円には届かない。月に2万の差は大きい。
やっぱり大卒の方が高給取りなんですねえ。
入った会社で出世する・しないとか、入った会社の経営状態によっても違ってくるんでしょうけどね。
色々調べたら、「やっぱり、大学に行くべきなのかなあ」などという思いがモヤモヤと湧いてきてしまった。
そんな中、先生がくれた資料の一つが私の進路を決定づけるものになった。
それは、母が介護の仕事に就いた時のものと同じようなもので、新卒者に対しては別の優遇制度もプラスされるというものだった。
母のときは期間が三か月間。無償でヘルパーの資格が取れて、受講期間の三か月間の生活保障として毎月12万円程度支給されたというもの。
先生が持ってきてくれた資料のほうは、受講期間は六か月、新卒者の場合は高卒初任給と同等額である16万円程度の額が就職準備金として毎月支給されるとあった。
カリキュラムの組み方で月ごとに受講時間と日数にある程度の変動があるらしく、それによって多少の上下はあるとのことだが、大体16万円ぐらい、毎月支給されると書いてあった。
先生にその資料に興味があることを告げたら
「介護に興味あるの?」
と聞かれて、正直戸惑った。
母が受けたものに似ていたから気になったのではあるが、介護そのものに興味があるのかといえば・・・
ないかな?
おじいちゃん、おばあちゃんといった年齢層の人たちと接したことがない私には、お年寄りの人がどういう感じなのか全く分からなかった。
でも、おじいちゃん、おばあちゃんを知らない私には、憧れみたいなものがある気もする。学校でおじいちゃん、おばあちゃんの話をするクラスメイトに対して羨ましく感じていたのは確かだ。
そう考えれば、自分もおじいちゃん、おばあちゃんが欲しかったという感覚から興味が湧いたのかもしれない。
先生が言うには、今は就職氷河期だといわれているが、福祉の業界に至っては人手不足な状態が続いているそうだ。だから、希望すればほぼ就職することは可能らしい。つまり、引く手あまた。
また、資格を取得していれば、ほぼ間違いなく就職できる業界なのだという。
ただしそれは、人手不足の原因である仕事内容の厳しさ。いわゆる5K~危険、汚い、臭い、きつい、暗い~な仕事だということからくるもので、離職率も高いらしい。
現に、介護の仕事の離職経験者である母に聞くと、「想像より遥かに厳しい」「職場の人間関係も難しい」「給料が低すぎる」とネガティブ・キャンペーンかと言わんばかりに列挙された。
しまいには、「介護は絶対にお勧めしない」とまで言い切られた。
確かに、介護の仕事は大変そうだとは思う。
食事、排泄、入浴、移動、そのほか、生活する上での細かい部分をフォローしていくには、身体の一部を動かせない人や全身が動かせない人に対して、体力面や肉体的な面で厳しい部分があるだろう。
脳に障害のある人や認知症の人、そういった人たちに接するときは、意思の疎通、コミュニケイションの部分が難しそうで、精神的にストレスを抱えそうだなあとなんとなく想像できる。
でも、経験がないから言えるのかもしれないけど、誰でもする行為のお手伝いをするのであって、それを誰かがやらなければ、誰かが困るというのならば、お手伝いをするその一人に私が成るというのも悪くはないと思った。
確かにね、さすがに他人の排せつ物を好んで片づけたいとは思わないけど、それを必要としている人がいるのなら、仕事としてだったらやってもいいかなあと思えるほど(未経験の今のところは)抵抗がない。
赤ちゃんのおむつ替えすらやったことの無い私の考えだから、甘いのかもしれないけれどね。
でも、そういった意味でも、その経験は、知っていて損はないもの、これからの自分の将来に間違いなく役に立つものになるだろうとも思うの。
給料が低いという点についても、さらに調べてみるとそんなでもない気がしてきた。
ヘルパーの資格を持っている正社員の初任給は15万円ぐらいらしいが、様々な手当てが絡んでくることによって、手取りは18~20万円になるらしい。
先に挙げたように、一般的な高卒初任給が16万円、大卒で20万円だということなので、そんなに低いとは言えないんじゃないか?と思った。
福祉にかかわる資格を取得していくと、その分の資格手当てが支給されるらしいので、大企業と比べなければ一般的な収入額になるんじゃないかと・・・。
ま、資料やネットでの検索結果と現実は違うのかもしれないけど。
あと、母が言ってた「職場での人間関係」。
こればっかりはその職場職場で違うものだろうし、介護の世界だけ著しく悪いものだとは思えない。どんな環境でも、大なり小なり”嫌な部分””嫌な人””合わない部分””合わない人”がある(いる)のは当たり前じゃないかと思う。逆にそれがない世界なんてのは現実には存在しないんじゃないかなあとさえ思う。
とまあ、そんなこんなで、母の意見と先生の用意してくれた資料と意見、ネットでの検索結果を私なりに十分に吟味したところ、介護の世界に飛び込んでみることに決めました。
何といっても、ヘルパーの資格を取得するのにお金がかからないどころか6か月間の生活費まで保証してくれるのが大きな魅力だった。
目先の銭に目がくらんだのかと言われれば、何も反論できません。
そういえば、先生が雑談中にボロリと言ってたこと(先生曰く、どうでもいい昔話)なんだけど、昔は高卒でも肉体労働(ガテン系と言われていたらしい)だと日給一万円以上もらえたみたいで、その頃は日曜しか休みがないのが当たり前だったので月の勤務日数は25日前後。なので、月給は1万円×25=25万円(+交通費やら手当-税金)と割とすぐに高収入を得るのも可能だったらしい。
週休二日制が一般化すると、日給月給制の人たちは逆に稼げなくなってしまったのだという。
昔は高卒でも肉体労働系の仕事に就けば割とすぐに稼ぐことができたからそういう道を選ぶ男の子が結構いたんだけど、週休二日で休みが増えた分稼げなくなったことと、大学に行くことをを推奨する世の中になったことで、~高卒からガテン系の仕事で稼いで、お金が溜まったら起業する~という人が今ではほとんどいなくなったそうだ。
ちなみにその当時は、高卒の女の子は飲食や事務系に進む人が多く、給料は安かったみたい。
やはり、この国にもカーストというものは存在していて、時代とともにどんどんと成り上がるのが難しい世の中になっていってるのかもね。
貧乏人の子は貧乏人のまま。耐え忍んでコツコツと頑張れば中流にはなれるのかもしれないけど、それもどこかでヘマをしなければの話。
才能や運に恵まれた人だったら、その武器を使って成功すれば上流階級にもなれるのかもしれないけど、そんな人たちだっていつ足元をすくわれるかわかったもんじゃないし、才能に恵まれて上手くいく人なんかほんの一握りだと思う。
そういえば、ネットでいろいろ調べていた時に見つけた「この国の階級構造」なんていう怪しげ(?)なサイトの情報によれば、
上流階級(資本家、経営者、役員など)
年収10000万円以上~は人口の5%ぐらい
比較的に豊かな中流階級(専門職、管理職、事務職)
年収750万円以上1000万円未満~は人口の20%ぐらい
一般的な中流階級(規模が10人未満の経営者、役員、労働者の一部)
年収500万円以上750万円未満~は人口の30%
下層階級(低所得な労働者、非正規雇用者の一部を含む)
年収300万円以上500万円未満~は人口の25%
貧困層~最下層~(低所得な労働者、非正規雇用者)
年収300万円未満~は人口の20%
なのだそうだ。
世帯別の年収で分けられているので、ひと世帯の中で収入を得ている人が何人いるかによって変わってくる。
年収300万円の人が世帯に4人いれば年収1200万円になるので、その世帯は上流階級。ということ。
両親が共働きの家庭なら、ほぼ中流階級(中流家族)ということになる。
我が家だと、現時点では私のアルバイトの収入はたいしたことがないので、
年収300万円以上500万円未満の下層階級にあてはまるのだろう。
と言っても、母の稼ぎを聞いたことがないので確かなところはわからないんだけど。
もし、私が年収300万円程度稼ぐようになれば、
年収500万円以上750万円未満の一般的な中流階級は望めそうだ。
とにもかくにも、高校を卒業したらすぐに収入を得て中流階級の仲間入りをするべく、確実に就職をするために、介護の世界への入り口「技能取得チャレンジ-福祉介護コース-」の申請を出した。
申請が受理され、4月から講習を受けれることになったという通知を受け取ると、心に余裕が生まれてなのか、残りの学生生活中、ず~~~っと、
あの夜に聞こえた声、
なぜだか、忘れてはいけないと思ったあの声、
「今回は早いんだな」
そのことばかり考えてしまうようになった。
何となく、答えなんか出るわけがないなあとも感じているんだけど、そればかり考えて、癖のようになってしまったネット検索ばかりしていたら春がきた。




