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黄昏に染まるその陰で  作者: 三当香季
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第2部 ACT3の2 裁かれる夜に

 高校生になった私は、学生生活にある程度慣れると、すぐにアルバイトを始めた。その収入から自分のお小遣いを捻出し、残りの額は母へ渡すようにした。

 「自分で好きなもの買ったり、貯金でもすればいいじゃない」

 と、母は言ってきたが、

 「母さんに毎月渡すようにしたほうが、私も張り合いが出るから」

 と、自分の方針は曲げなかった。

そのお金を、母が生活費にまわすもよし、貯金するもよし。

 そうして私は、「お金は心の余裕を生む」ということを実感していった。


 母の仕事も順調なようで、秋になったころには、すれ違いの生活とはいえ二人の暮らしに変化が見え始めた。

二人で買い物に出かけたり、休みを調整して小旅行を楽しんだりできるくらいの生活レベルになったのである。


 順調な気配が漂い始めた秋の日の夜、事件は起きた。


 いつも母は気を使って静かに帰ってくるので、私が母の帰宅に気付くことなんてことはほとんどない。でもその夜は、玄関の方で物音がして、それで私は目を覚ました。

 「まさか泥棒!?」

 身構える私。。

 「ちょっと。静かに」

 母の声?泥棒ではない?

 そして、その後も母が誰かとこそこそと話しをしているのがかすかに聞こえる。

 私は音を立てないように布団から這い出ると、部屋の扉を少しだけ開けて外を覗いた。

 母ともう一人誰かいる。

 玄関から母の部屋のほうへと忍び足で二人揃って歩いていくのが見えた。

母の後をついて行くもう一人の顔は見えなかったが、恰好で男だとわかった。

二人は母の部屋へと入っていった。


 -母が男を家へ連れてきた-

 

 私は静かに立ち上がると、自分の部屋を出てふらふらと台所へ進む。そして、いつもその場所に置いてあるモノを手に取った。

 母の部屋の方を向くと、男の背中が見えた。


 -また男を連れてきた-


 確かにそう思った。その瞬間、眼中の背中にあの男の顔が浮かんで、私の体はビクッと反応した。

それは、母が連れてきて”新しい父”になったあの男の顔。

母と私に暴力をふるったあの男の顔。

歪んだ形相を浮かべて私に近づくと何度も手を挙げて私と母を叩いたあの男の顔。


 私は動いていた。数歩進むと男の背中越し母の顔が現れた。そして、目が合った。

 私を認識した母は、目を見開らくと自分に覆いかぶさっている男の肩を両手でバンバンと叩きながら

 「あっ、ひな。・・・ねえ、ちょっとちょっと・・・。ひな、起こしちゃった?ごめんね」

 と、慌てて私とその男にも向けてそう言う。それに反応して、大きな背中がぐらりと動いて反転。私と目を合わせた後、視線を下げるととたんにその顔は歪んで、

 「えっ?…あ、あああ、あっあっあのっ!ちょっちょっ、ちょっと待った!」

 言葉にならない言葉を発しながらゴロンゴロンと転がると、

 「だっ大丈夫っ!すっすぐっ!もっ、もう帰るからっ」

 早口でそんなことをまくしたてると、体を縮めたまま脱兎のごとく玄関のほうへ走り出して、そそくさと靴を履いて外へ飛び出していった。


 バタンッ


 ドアが閉まる音が響く。


 妙な空気。そして静寂。


 私は視線を玄関から母の方へと戻す。母はいそいそと服を直しながら、立ち上がってこちらに近づいてきた。

 「ひな。ごめんね。うるさくしちゃったね」

 母はそう言うと、腕を伸ばして、

 「これ、もういいね」

 両手で私の左手を包んだ。母の手は冷たかった。その冷たい手で私の左手に握られていた包丁を抜き取った。

 「ごめんね。ごめんね」

 抱きしめながらそう繰り返す母の肩は小刻みに震えていて、泣いているのが分かった。


 でも、その時、私は母が連れ込んできた男のことなど、もう気にしてなかった。


 台所で包丁を手に取った時には、

 -もう二度とあんなのはごめんだ-

 そういう思いでいっぱいだった。

母が連れてきた男。

また私たちに暴力をふるう男。

 -もう絶対、嫌-

手に取った包丁でどうしようとしていたのかはよくわからない。

男を無いものにしようとしていたのか?

それとも、母を刺そうとしていたのか?

全てを無いものにして終わらせてしまおうとでも思っていたのか?


 ただただ、自分が父と呼んだあの男に植え付けられた恐怖が呼び起こされて、それで頭がいっぱいになって・・・いつのまにか包丁を手に取っていた。

 -全部なくなってしまえ-

そう思った気もするし、もっと違うなにかを考えていたような気もする。

包丁を手にして動き出したそのとき、母と目が合った。

そのあと、誰かが私の横をすり抜けて外へ出て行った。

目線を元に戻して、母の顔が視界に入ったその瞬間、

オルゴールの音が聞こえたような気がした。

そしてなぜか、そっちに気を持っていかれたのだ。

 -部屋のオルゴールの音かなあ?-

 聞こえたような気がした音は、自分の部屋に置いてあるオルゴールの音だと思った。

そしてその次に、

あの声が

聞こえた。

私は動きを止めてあたりを見回す。

男とも女ともとれるような不思議な声。それが頭の中で響いた感じ。


「今回は早いんだな」


 そんな言葉だったと思う。

聞こえたというよりも、音が頭の中にぶつかってきたような感じ。

 -なに?いまの-

声の主を探そうと周りを見回していると、母が立ち上がってくるのが見えた。

 -あの男の声とも違うよなあ-

ぼんやりと考えていると、左手がひんやりとしたもので包まれた。

冷たい感覚でハッと我にかえると、母が私に抱き着いて泣いていた。

すでに包丁は私の左手から外されている。

母に抱き着かれたままもう一度周りを見渡してみたが、やはり私と母以外は誰もいなかった。


 -じゃあ、あれは誰の声だったんだろう?-


 私は母の肩に両手を添えて体を引き離すと、

 「今出て行った人のほかに誰かいなかった?」

 そう訊いてみた。母は顔を涙と鼻汁でぐしゃぐしゃにし、目は真っ赤になっていた。その赤い目を真ん丸にさせて、

 「なに?・・・それ。あの人ひとりだけよ」

 というと、徐々に顔を引きつらせていく。

 「ほかに誰かって・・・。えっ?えっ?なんなの!?怖いこと言わないでよ」

 あわあわとしながら立ちあがると、玄関へとずんずん進んでいく。その手には私の左手から取った包丁が握られている。


 -なんか、物騒-


 その姿を見て、のんきにそう思ってフッと笑った。

 「誰かほかにいたの?やだっ!泥棒?どんな人だったの?・・・って、あんた何笑ってんのよおっ!」

 玄関から母の声が飛んできたが、私は適当に受け流してあの声のことを考えていた。

 -「今回は早いんだな」-

だっけか?

どういうなの意味だろう?

なぜだかそれは忘れてはいけないような気がした。

誰のものかわからない声。

そして、訳の分からないその言葉の意味。

 -今回は、何が早かったのだろう?

今回ということは、前回もあったということ?

なにが?

いったい、なんのこと?-


 そんなことを考えていたら、母が玄関を開けようとしているのが見えた。手に握られた包丁がギラリと光っている。


 -さすがにそれは物騒過ぎる。真夜中なんだし-


 そう思ったので、とりあえずは包丁を台所に戻すよう母に声をかけて立ち上がることにした。

 不思議な声のことは、また後で考えよう・・・。


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