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黄昏に染まるその陰で  作者: 三当香季
17/19

第4部 ACT1の5 頼りになるのはあなた

 「すっかり換金のこと忘れてた。帰ってきちゃダメだったんだ」

 彼はそう言いながら、パソコンのキーボードを叩き始める。

ぶつぶつ言いながらパソコンに向かっていた彼は、くるりとこちらを向くと深々と頭を下げた。

「ごめん。換金するのも馬券売り場じゃなきゃだめみたいなんだ。すっかり忘れてた。そりゃあそうだよ。当たるの分かってたんだから、レースが終わるまであっちにいなくちゃいけなかったんだ。でさあ、また来週行かなきゃダメだわ」

 なんというお間抜けなことだろうとは思ったよ。でもね、それで彼を責める気にはならない。何といっても、私だって気が付かなかったんだからね。

「うん。また行こう。”予知”出来たら、また馬券買えばいいんだしね」

 彼にそう言うと、

「あ、でもさ。次からはネット投票で買えるから、もう馬券はあそこで買わなくてもいいんだよ。買っちゃったら、また換金しに行かなきゃいけなくなるし」

 そんな答えが返ってきた。

あ、そうか。ネットだとそのまま口座に振り込まれるんだっけか?

まったくもって、おっしゃる通りです。意外に冷静だな、きみ。


 そこからの一週間の緊張感たるや、今まで味わったことの無いものだった。

二人して、

泥棒に入られやしないか、

火事が起きやしないか、

貸金庫に預けたほうがいいんじゃないか、

いやいや、下手に持ち歩くのはかえって危険だ。

などと、心配はいくらでも湧いて出た。

 とりあえず、二人とも当たり馬券は、自分の家の然る場所に保管しておくことにしたんだけど、仕事中に気になって気になって、携帯メールのやり取りを頻繁にしていた。内容はもちろん、馬券無事かな?っていうの。

「この一週間は家から出ないようにしよう」

 と、仕事以外は自宅での待機=当たり馬券の警備をして過ごすことに決めた。愛し合う二人が一緒にいられないだなんて、なんという神様のいたずらなのでしょう。


そりゃあさ、ただの紙切れが3億になるんだもの。

舞い上がっちゃうわよ。

そんな中でも変にならなかった分だけ自分たちを褒めてあげたいわ。


 しかし、大変なのはこのあとだった。

いざ換金をするために場外馬券売り場へと向かうという、その車中。あまりの緊張に私の胃は激しくキリキリと締め付けられるのであった。

胃が痛い。

トイレに行ってみよう。

トイレで馬券を落としてしまわないだろうか?

馬券を入れているカバンをひったくられでもしたらどうしよう。

胃の痛みはさらに激しくなる。

場外馬券場にやっとこさ辿り着いた時には顔面蒼白だったようで、彼は本気で、

「先に病院行こうか?行った方がいいんじゃない?」

 と言い出す始末。

しかし私は、

換金してしまえばきっと治る!

馬券を一刻も早く換金してしまいたい!

の一心で、

「場外馬券売り場への突入作戦に変更なし」

を告げた。


 入場して、脇目もふらずに馬券を購入したあの窓口へと向かう。

小窓に向かって話かけると、

「あっ、高額の払い戻しですよね?それでは、あちらの窓口へお願いします」

 と、もっと先にある窓口を案内された。

パネルには、『払い戻し窓口』と書かれている。

そこに行ってみると、少しざわついている中の様子が見えた。

「払い戻しですね。勝ち馬投票券を確認いたします」

 声を掛けられ、私と彼はそれぞれ馬券を取り出す。

「えーと、・・・ああ。少々お待ちください」

 馬券を見た窓口のおばちゃんは、そう言って奥へと引っ込む。奥では数人で輪を作って何やら話をしている。そして、うんうんと頷き、また一言二言言葉を交わすとおばちゃんが戻ってきた。

「勝ち馬投票券をお持ちになって、あちらの方の入り口から中へとお入りください」

 指示した方向を見ると、おじさまが扉を開けてこちらを見ていた。目が合うと軽く会釈をしてから腕をゆっくりと動かして誘導してくれた。

「どうぞこちらへ」

 部屋に案内され、ソファへ座るように促される。座ったそのソファは、とてもフワフワしていて、そのフワフワが胃の痛みを少しだけ和らげてくれるような気がした。

「では、勝ち馬投票券を確認させていただきます」

 案内してくれたおじさまがそう言ったので、目の前のテーブルに馬券を置く。

「確認させていただきます」

 おじさまはそう言うと、そこから、配当がいくらで払い戻しはいくらになる。払い戻しの額が大きいのでどーのこーのあーだこーだと説明が続いた。

「3億ともなるとかなりの大きさ、重さになりますが、なにかご用意されてますか?」

-かなりの大きさ?重さ?-

そう言われて初めて気が付く。

3億ともなると、

百万円の札束が300個

一千万円の束(あるのかどうかは知らないけど)だったらが30個

結構な大きさと重さですよ。たぶん。

3億円なんて実際に見たことないものっ!?3億円事件の犯人でもあるまいし!


「振込とかできないんですか?」

 おたおたしている私の手を握りながら、彼は冷静な口調でそう言った。

しかし、日曜日ということもあって、振り込みや預け入れはできないという返答だった。

「何も用意してないんですが、どうすればいいんですかね?」

 彼はとても落ち着いている。頼りになる人だ。

「だいたい1億で10キロ。ケースひとつになります。お客様の場合は、3億以上になりますのでケースは4つ必要になりますね。ケースについてはお貸しすることもできますし、お買い上げいただくこともできます。あと、ケース4つだと運ぶのが大変でしょうから、キャリーのご用意もできます。いかがいたしましょうか?」

 そうか。億単位の現金払い戻しも想定内なのね。というか、3億の払い戻しの馬券が出たってことを、レース直後に把握してるんだもんね。

私たちは、ケース4つとキャリー2台を購入することにした。それくらいの買い物は、今の私たちにとって屁でもない。借りたら返しに来なきゃならない。(郵送・宅急便という手もあるのかもだけど)それも面倒。


 ケース二つを載せたキャリーを、それぞれが一台ずつ引きずりながら帰ることになった。

 出口までは警備を付けてくれるということだったが、敷地外までは警備はつけられない決まりなので、タクシーを出口に横付けしてもらって、出たらすぐに乗り込むのが安全だとおじさまが提案してくれたので、それに従うことにした。

 換金さえしてしまえば緊張の一週間も終わる。と思っていたんだけど、それは大間違い。

 大金を手にしたその瞬間からまたまた緊張の嵐。電車で帰る予定だったけど、何があるのかわからない、というか『怖い』ので、タクシーの運転手さんにこのまま家まで行くことはできないかと交渉。すると、かなりの額になるけど、それを払えるならOKだと言ってくれたので、タクシーでそのまま帰宅することにした。

場外馬券売り場から県をまたいで、そのまま彼の家へとGO!

 ケースを車のトランクに入れるか聞かれたけど、それは断って、私たちは二人の間に横積みした。


 道中はもう大変。

彼氏はと言えば、刑事ドラマかなにかみたいに、ひっきりなしに後ろを振り返っていた。「誰か尾行してるんじゃないか」って思っていたらしい。

そのせいで、家に着いてから「首が痛い」って言いだして、シップを貼るハメになった。

 私のほうは、胃の痛みがまたぶり返してきて、意識が朦朧とし始めちゃった。

運転手さんからも「大丈夫ですか?」って声をかけられて、心配してもらったけど、ここはもう、一秒でも早く帰ることが大事。歯を食いしばって「ダイジョウブデス」って答えた。(運転手さんがちゃんと聞き取ってくれたかどうかは分からんけど)

 途中、トイレ休憩とガソリン補給のために停車。そのたびに緊張の度合いは増して、休憩にはなりゃしない。緊張増し増し、表情硬め、脂汗こってりの二人だった。

 知らないうちに私は寝てしまったようで、彼に起こされて到着したことを知った。

「無事に着いたよ。がんばったね」

 と、言ってくれた彼のその顔は、心なしかやつれているように見えたけど、その笑顔に、私がきゅんとしたのは言うまでもない。


 タクシーから降りて周りを見渡すと、そこは彼のアパートから少し離れた場所だった。

 タクシーが走り去って、見えなくなるところまで行ったのを確認してから、私たちはその反対方向へと歩き始めた。

 人通りのないのを確認しながら、交差点を何回かわざと曲がって、少し遠回りしながら彼のアパートへと到着した。

「一応、用心には用心を重ねて、家の手前に停めてもらったんだ」

 と、彼。やっぱり、頼りになる男である。


 そして、室内へ。

私たちの目の前には 3億円 の現金がドドンと鎮座している。

なぜか二人並んで床に正座している。

「マジかよぉ。やっちまったなあ」


 おそらく、彼の背筋が一生のうちで一番ピンとしているのは今だと思う。

「本当に、億万長者だねえ」

 やっとのことで、私は胃の痛みから解放されたみたいだ。普通に話をすることができそうだ。

 二人はニヤニヤしたり急に真顔になったりと、誰かに見られたらヤバい時間をしばらく堪能した。

「あれやってみる?万札の紙吹雪とか万札風呂とか」

 彼がそんな提案をしてきたけど、私は却下した。だって、片づけるのが大変そうだし、銀行に持って行くんだから束になっていた方がいいでしょうに。

 母に連絡して、その日はお泊りすることを告げた。

大金が入った四つのケースは、ベッドの下に入れて、私たちは3億円の上で寝た。

 二人とも寝つきはよかったが、何度も目を覚ましては、トイレに行ったり、飲み物を飲んだり、いちゃいちゃしたり。

彼は、定期的に玄関のドアと窓をチェックして戸締りの確認をしていた。結構、慎重派なんですなあ、私の彼氏は。とニンマリ。やっぱ、頼りになる男だねえ。


 前からしっかりと計画を立てて、次の日もちゃっかり二人とも休みを取っていた。さすがに、急な休みだとすごく職場に迷惑をかけちゃう業種なもので、その辺はちゃんとしようと、頼りになる彼氏が申しましたもので・・・テヘッ。


 銀行に行くにあたって、彼は自分で持っているカバンの中で大きいやつを二つ用意。ケースをそれに二つずつ詰め込んでキャリーに載せた。

見た感じ、昨日よりも現金を運んでる感はなくなった。

 家の外に出る時も彼は慎重。まず一人で出て、周囲を確認。

戻ってくると、窓を少しだけ開けて外を再確認。

しばらく時間をおいてから、タクシーをアパートの前まで呼んだ。

タクシーには、到着したら携帯電話に連絡をくれるように伝えておいた。

携帯電話が鳴って彼が電話に出る。私たちは無言で頷きあうと、速攻で家を後にした。

カバンをキャリーから降ろし、キャリーだけをトランクに入れて貰って、カバンは自分たちの前に置いて両手で抱えた。

行先の銀行は郊外にある支店にした。

なるべく人がいないところがいいだろうと、彼がインターネットで調べて(たぶん適当に)決めた。


 銀行に到着。

入ってすぐのところに立っていた係りの人に預け入れしたいことを告げると、いたって普通に番号札を取って窓口で待つように言われた。

 彼が小声で

「ちょっと額が大きいんですけど」

 と言うと、

「いかほどでしょう?」

 とたずねられて、

「3億」

 と答えた彼の顔を案内の人は一瞬じいっと見据えてから、手を口に添えて

「今、3億とおっしゃいましたか?」

 と耳打ちした。

そのあと、ちょっとした「ざわっざわっ」な雰囲気になったけど、奥の方からきっちりした身なりの人がやってきて、「どーぞどーぞ、こちらへこちらへ」と、2階の応接室に通された。その部屋には、偉いっぽい感じの人が数人待っていた。

 偉いっぽい人たちからものすごく丁寧に扱われながら、二人分の通帳を作ってもらい、そこに一億五千万円ずつ入金した。

 あとでいろいろ知識を得てから、分散させたり、投資にまわしたりしたんだけど、このときはそんな知識がなかったからドンドドンと預金したの。

 預けた銀行が破綻しなくてよかったわ。銀行が破綻すると、1千万円までしか保護されないのよ。貧乏だとそんなの知らなくてもいい情報だもん。後で知った時に、大慌てで手続したのよ。ま、銀行が破綻するってことは、そうそうあるもんじゃないんだろうけどね。


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