第4部 ACT1の4 神のみぞ知る
父の死。主任の死。
この二つの出来事が続いて起きたからなのか、その翌年、私には”神宿り”が起こるようになった。
それは、決まってテレビでニュースを見ているときに起きた。
大きな事件、事故の映像を見ていると、なぜかふっと頭に何かの単語が浮かぶようになったのだ。
それはたまに起こる現象で、ペースとしては二週間に一度くらい。
最初は気にも留めなかった。でも、それが何度も起こるようになると、さすがに気になり始めちゃって、彼に相談をしてみた。
あ、彼っていうのは会社の同僚くん。主任の葬儀の手伝いをしてるときに仲良くなって、それがきっかけで彼って呼べる人にまで発展したの。
それでね。浮かんだ単語を彼に伝えるようになってから、その何度目かに彼からこんな返事がきたの。
「もしかしてだけど、これって全部、競馬に関係してるんじゃないの?」
私は競馬について全くの無知。
「だから何?」
って感じだったんだけど、彼の部屋に遊びに行って、一緒にテレビを見ていたときにその話は進展したの。
テレビのニュース番組を見ていたら、またふっと単語が頭に浮かんだ。
「あ、まただ。今度は GOKEI だって」
私は彼にそう伝えたのね。そしたら、彼はすかさずパソコンで何かの画面を映し出したの。
「やっぱり。ほら、こっち来て」
彼は手招きしてからモニターを見るように促す。
「ほら、見てみ。ラジオGOKEI賞だって」
私は彼の横に移動しながら、
「GOKEIって何なの?」
と、聞いた。
「たしか五島経済新聞のことじゃなかったかな?」
そう答えた彼の肩に片手を添えて画面を覗き込んだ瞬間、
2,3,10
の数字が画面の左端の枠から飛び出したように見えた。思わず体がビクッとする。
「どうした?大丈夫?」
私を横目で見ながら彼は心配そうな声を出す。
「なんかね、2と3と・・・10だっけな。数字がボンって出てきた気がしたの」
私は目をしばしばさせながらそう説明する。
「・・・それって。・・・もしかしてだけど、このレースで来る馬なんじゃないの?」
彼は目を爛々とさせている。
しばらく二人であーだこーだ話をしたんだけど、その日は、
「まさかね~」
で終わった。
週末、二人で夕飯を済ませた後、
「そういえばさ、この間のレースって今日だったよね?」
と彼が言ってきた。
「レース?」
何それ?って一瞬思ったけど、
「あ、あれね。競馬っ!」
何とか思い出す私。
「そうそう、2と3と何番だっけか。あれどうなったかな?」
彼がモソモソとパソコンに向かう。
「えーと、10だったかな」
モニターがぱあっと明るくなったのが彼の背中越しに見えた。
「えっ!うそっ!マジかぁ・・・。2と3と10?」
そう言うとしばらく固まっていた彼は、椅子をくるりと回して大きく手をブンブンと動かして手招きした。私はそれに誘われて近づく。
「見て」
覗いたモニターには、
1着2番、2着10番、3着3番
と、順番は違がったけど、三つの数字が1~3着に入っていた。
「へ~当たった・・・・てこと?」
私がそう言って、彼の方を見ると、
「ちょ、おまっ!これってすごいことだぞっ!」
不思議と彼はものすごく興奮していた。
「馬券買ってたら、えっと、3連単ってやつだと95,770円だって」
「どゆこと?」
「俺も競馬のことあんま詳しくないんだけど、たぶん100円が95,770円になるってことだと思う」
100円が95,770円?
1,000円だったら957,700円?
「買えばよかったね!」
私も興奮してきた!
「これって”神のお告げ”ってやつなんじゃね?」
いやいや、彼の興奮の仕方は尋常じゃない域に達し始めた模様。鼻息が荒いわ~。
「あー、どうして買おうと思わなかったんだろうっ!」
今度は地団駄を踏み始めましたよ。それを見て、なんだか徐々に冷めてくる私。
「もしっ!もしだよ。次にまた”神のお告げ”がきたら、今度は馬券を買ってみようよっ!」
彼は本気だ。目つきがいつもと違っている。”神のお告げ”って、大丈夫かしら?変な団体を作っちゃったりしないかしら?
「あれあったら、また教えてねっ!」
その日はもう彼は別の世界に行っちゃってた。
「すごいことだぞ、これはっ!」
「マジかよっ!」
数分おきにぶつぶつぶつぶつ興奮しながら呟いては、パソコンの前に陣取って、競馬のことについて熱心に調べていた。
その興奮は夜になっても収まらず、夜中のハッスルタイムが終わるまで続いた。
その次の日から、彼は後悔モードに突入。
「買えばよかった」
「なんで買わなかったんだろう」
グチグチと言い始めた。
-ちょっとこの人と付き合うの考えたほうがいいかも?-って気にもなり始めるくらいの変化だったんだけど、それを吹き飛ばす出来事がすぐにやってきた。
有名なサッカー選手の引退記者会見がテレビのニュースで話題になっていた。
そのとき、
『天雅』
という単語が浮かんだ。
”神のお告げ”を彼に伝えると、彼は待ってましたとばかりに、
「うん。やっぱり今週のレースに 天雅ステークス っていうのがあるよ。まだ馬券は買えないみたいだけど」
真顔でそう答えた。
そんな彼はかなり得意満面な様子に見えた。
「出る馬もまだ決まってないみたいね。試しに画面見てみる?」
誘われてパソコンのモニターを見たけど、特に何も起きなかった。前みたいに数字が飛び出したりしてこない。
「やっぱりそうか。金曜日の夕方に出馬表ってのが発表されるんだけど、それじゃなきゃダメなんだよきっと。金曜日にまた見てみよう」
「それとね、馬券を買うのにはわりと遠出しなくちゃならないみたいなんだ。インターネットでも買えるみたいなんだけど、手続きに時間がかかるみたいで、まだ登録が完了してないんだ」
ん?なんか、私の知らないところで動いていたのですね?
そんな私の思いを察したのか、
「インターネット投票っていうのの登録申請しといたんだよ」
彼はそう言って、サイトの画面を映し出す。
ふむふむ、そういうものがあるのか・・・。
「じゃあ、私も登録しようかな。お金かかるの?」
「登録料は無料なんだけど、専用の口座を作らなきゃならないんだ。 貴子 も申請する?」
という流れで、私も競馬のインターネット投票を申し込んだ。
「今回の 天雅ステークス は間に合わないから、馬券を買いに行ってみようか?」
それから、彼はどこで馬券を買えるからどうやって行くとかなんとかと説明に入った。今日の彼氏は、なんだか頼もしい。
そして、金曜の夜がやってきた。出馬表とやらが発表される日。
二人顔を並べて 天雅ステークス の出馬表を覗き込んだ。
彼は瞳をキラキラさせて「どう?どう?」と私を見ている。
はい、来ました♪
4と6と8の数字がぼぼんっと飛び込んできました。
私は、キラキラお目目の彼氏の方を向いてゆっくりと頷く。
「4と、6と、8、だったよ」
彼は大きくガッツポーズ。
「しゃっ!しゃっ!」
と両腕を何度も前後に振っていた。
-やっぱ、大丈夫かな?この人-
彼の指示に従って平日の内にお金も用意しておいた。
小旅行になるので、旅費と馬券代。
私は父の遺産が少し貯蓄されていたので、ちょっと多めにお金を用意した。
彼は彼でそれなりに用意したみたい。
ちなみに、一応、土日二日間の全レースの出馬表というものを見るだけ見たんだけど、他のレースについては、数字がポンっと飛び出す現象は起きなかった。
ということで、ターゲットは 天雅ステークス のみ。
いざ、馬券売り場へ!
馬券売り場への小旅行は楽しかった。
彼との遠出は初めてだったし、二人とも終始ワクワクフワフワしてた。
馬券売り場で馬券を買うのが目的だったけど、せっかくの遠出なので観光もして、美味しいものも食べて帰って来ることにした。
日曜の朝に出発。
昼前には場外馬券売り場に到着。
私は3連単のBOXというのを600万円分購入。
すごいでしょ。小娘が600万円よ。売り場のおばちゃんもびっくりしてた。
彼氏は3連単BOXを12万円分(2万円×6通り)、4→6→8の3連単を2万円、馬連の4,6,8のBOXを6万円分(2万円×3通り)の合計20万円分購入。
彼曰く「一応保険かけといた」だそうだ。
マークシートのこともよく分からなかったし、高額購入なのもあって困っちゃったんだけど、自動券売機がずらーっと並んでいるその奥の方に窓口があるのを見つけたのね。そこで中の人に声をかけてみたら、おばちゃんが受け付けてくれて何とか購入出来た。
どうにかこうにか馬券も無事購入できたので、私たち二人はごみごみしている場外馬券売り場にはもう用無しということで観光モードに入った。
大金を持ち歩いている緊張から逃れて、気分が楽になったのもあって、大いに楽しむことにしたのである。
その街はお蕎麦が名物だというので、お昼は老舗のお蕎麦屋さんで美味しいお蕎麦をいただいた。
そのあとは各所を観光して周ろうと思ったんだけど、観光名所までは結構距離があるみたいだったので断念。
市街地をブラブラして、あっちでスイーツこっちで特産品漁りと歩き回っていたら、さすがに疲れてきちゃって、
「もう帰ろうか」
となった。
電車が発車してしばらくすると彼が
「そういえば、もう結果出てるんじゃない?」
と言ってきた。
時計を見ると16時ちょっと前。
彼が携帯で結果を見る。
1着4番
2着6番
3着8番
馬連 4,6 3,250円
三連単 4→6→8 6,230円
だったそうだ。
えっと。
それ、当たってるってことだよね。
彼は
馬連で65万円
三連単で2,492,000円
計3,142,000円 3百14万2千円の払い戻し。
私は、
三連単で373,800,000円 3億7千3百80万円の払い戻し。
二人合わせて
376,942,000円 3億7千6百94万2千円の払い戻し。
投資額は
620万円
だったので、
370,742,000円 3億7千74万2千円の儲けとなった。
さ、三億っ!!
そ、そりゃあさ、馬券を買おうと思ったときに、当たったらいくらになるかぐらいは計算したよ、二人で。
でもさ、でもよ・・・
さ、三億ってっ!!
カチャカチャカチャカチャと携帯の電卓機能でそろばんをはじく彼。
何度も何度も馬券を確認しつつ、計算も数回やり直して確かめた。
どう見ても挙動がおかしい。
大丈夫かしら?心配している私の顔面もピクピクいってる。
この紙切れが3億円?
一日にして億万長者?
私たちはそのあとの道中、どんな会話を交わしたのかまるで覚えていなかった。ってか、会話が弾むこともなく微妙な空気を醸し出していたと思う。
若いカップルが小旅行。もうちょっとキャッキャッしててもいいはずなのに、きっと周りは「喧嘩中なのかな?」って思ったはず。
彼は定期的に「ちゃんと(馬券)ある?」と聞いてきた。
そりゃあもう、いいかげんウザく感じるぐらい。
車中でトイレに行くときなんかは、ボディーガードよろしく私に貼りついて周囲を警戒してくれていた。
-かえって目立っちゃってる気がするんだけど-
でもまあ、それはそれでありがたいことよね。頼れる彼氏には文句は言いませんですよ。
私たちは自分たちの街に戻ると、どこにも寄らずに駅前でタクシーを捕まえて彼のアパートへと向かった。
部屋に入ると、彼はそそくさとパソコンを立ち上げ、真顔を私に向けて、
「ちゃんと、持ってるよね?」
自分の財布から自分の当たり馬券を取り出しながら言った。
-そのセリフ、今日何回聞いただろう-
内心、そう思いながら、カバンから馬券を出して彼に向って差し出した。
それを見て彼は黙って大きく頷いて受け取った。3億の紙切れを。
パソコンの画面には、電車の中で確認したのと同じ内容のレース結果が表示されている。
「当たっちゃったね」
私がそう言うと、
「やっちゃったね」
彼の声は震えていた。
そのあとは、抱き合ったり、ガッツポーズをしたり、画面のレース結果と馬券を何度も照らし合わせたり、二人は歓喜の世界に浸りまくった。
そして、いくらか冷静になったころに、私は訊ねた。
「ねえねえ、これってどこでお金に換えられるの?銀行とか?」
すると、彼はお目目を真ん丸にさせてから、ゆっくりと口を開いて小さく声を上げた。
「あっ!」




