第4部 ACT1の3 悲しい気持ち
父の死の一件がやっと落ち着いたころ、今度はこっちですか!?というように、私の働く会社でも事件が起こった。
朝、出社すると、事務所の雰囲気がいつもと違った。
いつも朝一で出社することのない社長さまが、すでに社長のいすに座っていたのだ。
わたしより先に出社してきていた数人の社員たちも、ただ黙って座っている。
「おはようございます。なにかあったんですか・・・」
朝の挨拶を言い終わる前に、私は気づいた。
デスクの一つに花の生けられた花瓶が置かれていた。
その花の意味。父の死を体験したばかりだった私は、すぐに理解した。
「えっ・・・うそっ」
両手で口をふさいで私は身を縮めた。
「 貴子 、ちょっとこっち来て」
直属の先輩の一人が、私の肩を抱いて休憩室へと連れて行く。
休憩室にもすでに数人の人がいた。中には泣いている人もいる。
「あとで社長から詳しい話があると思うんだけどね・・・」
国本 先輩は、あの花瓶の意味を説明してくれた。
一課の主任が昨夜、交通事故で亡くなった。
昨日、主任は外回りを終えて帰社後、社長に会社の車を私用で使う許可を得ると車に乗って帰宅した。
ウチの会社は、無断でなければ会社の車を借りて私用で使うことは可能だった。
なので、主任もその日、普通に車を借りて帰った。
なんでも、対向車線からはみ出してきた車に衝突されて、その勢いで信号の柱に突っ込んでしまったということだった。
車には会社名が書かれていたので、会社に連絡が入り、その時間、まだ会社にいた社長が対応して事故現場に駆け着けた。救急搬送される先を教えられて、社長は病院に向かったが、そこにはすでに動かなくなってしまった主任がいたのだという。
私は、亡くなった主任とは、その直前に話をしている。
それはたまたまだった。
仕事が終わって、帰り支度をしていると、主任が外回りから戻ってきた。
わたしと主任は、課が違うこともあって、それまであまり会話を交わすことはなかった。
でも、その日、主任が戻ってすぐに社長のところに行って、何か話をしたあと、社長が私に声をかけてきたことで主任とも会話を交わすことになったのだ。
「あ、 梅川 さん。今どきの若い人って、何貰ったら嬉しいの?」
残っている従業員の中で、社長の席に一番近かかったのが私だった。たぶんそれが私に声をかけてきた理由だと思う。センス云々という話ではないのは分かっている。
それと、うちの会社は小さな会社なので、社長室というものはないので、みんなと一緒の部屋に社長席があったのです。
「何を貰ったらって・・・、何かいただけるんですか?」
「いやいや、 相沢 主任の息子さんの就職祝いなんだけどさ。俺の世代だったら万年筆とか時計が定番だったんだけどね。今の若い子は何が欲しいのかと思ってね。 梅川 さんにあげるわけじゃないんだ。ごめんね」
社長は苦笑いを浮かべながら片手をひらひらと振ってみせた。
「就職祝いですか。男の人だったら・・・なんでしょうね?私だったらバッグとか現金がいいかなあ。・・・お財布なんかでもいいんじゃないですか?若い時って高い財布なんか買えないし。男の人が長い間使ってて、渋い感じになった革財布なんかカッコイイと思いますよ」
「革財布かあ。それも定番っちゃ定番だよなあ」
主任が両腕を組みながらつぶやく。私はそこで、
「そういえば、西須の駅前にちょっとカッコイイ革製品のお店あるんですよ。私もそこのバッグで狙ってるのがあるんですよ」
と、プチ情報を披露。
「それって、コウラ・レザー?だったっけ。そうだなあ、あそこの店は割といいの売ってんだよな。結構なお値段でもあるけどなあ」
社長はその革製用品店のことを知っているような口ぶりだった。
「そうなんですよ。高くてなかなか手が出ないんですよねえ。あのバッグ、誰かプレゼントしてくれないかなあ」
私はしれっとおねだりしてみたけど、
「たしか、ネームを入れた人にはなんかサービスでくれるんだよな。なんだったっけな。もらったことあったと思うんだけど忘れたな」
社長は、私に背を向けて主任に向かって話す。話し終えてから、くるりと私の方に顔を向けると、
「頑張ってお金貯めて自分で買いなさいね」
思いっきりの作り笑いを浮かべて、なおかつ、子供に言い聞かせるような口調でそう言った。
「革の財布なんていいかもしれないなあ。 梅川 さんありがとう。・・・西須の駅前かあ、ちょっと行ってみようかな」
主任の方は、作ってない笑顔を私に向けると感謝の言葉をかけてくれた。
そして、そのあと、主任が事故に遭った。西須駅前で。
きっと、私が教えた革製品のお店に行ったんだ。
だとしたら、私があのお店を教えなかったら、主任は死ななくて済んだ・・・。
私が・・・主任を・・・。
そう思って、私は泣き崩れた。
みんなは、
「 梅川 のせいじゃないよ」
「事故なんだからしょうがない」
「悪いのは突っ込んできた車なんだから」
などと言葉をかけてくれたけど、私は自分のせいじゃないと思うことはできなかった。
とてもじゃないけど、普通ではいられなくなってしまった。
社長から、家に帰って休んでいいと言われ、それに従うことにした。
帰り支度をしていると、社長からみんなへ、どうしてもやらなければいけないものだけは何とか片付けるように仕事を割り振りして、皆なるべく早めに帰宅するように指示が出されていた。
私は、 国本 先輩に連れられて会社を出た。途中、カフェによって少し話をして、家まで送ってもらった。
家でも呆然としながら時間を過ごした。そして、何度も泣いた。自分を責めないようにとみんなは言ってくれたけど、事故は自分のせいじゃないのも理解はしているんだけど、知らず知らずに涙がこぼれてくる。
「私のあの一言のせいで…」
数日後に主任の葬儀が行われて、私も出席した。
社長をはじめ、会社の人たちで葬儀の手伝いをすることになったので、私もその一人として参加した。
なんでも、主任は息子さんと二人暮らしだったそうで、息子さんの身寄りは、遠方にいる祖父母の方だけなのだそうだ。息子さん一人でいろいろと取り仕切るのは大変だろうと、社長や会社のみんなが手を貸していたのだそうだ。
「 梅川 はちょっと時間を置いた方がいいと思って、わざと声をかけなかったんだよ」
社長がそう教えてくれた。
主任の息子さんは私と同い年だった。
親と二人暮らしというもの自分と同じ。
もし、すぐに彼の存在を知っていたら、私は自責の念で自滅してしまったかもしれない。
「大丈夫か?」
社長は私の顔を覗き込む。
「彼に謝ろうなんて考えるなよ。きっと、彼だって謝られたら困るに決まってる。お前は何も悪くないんだからな」
「みんな手伝ってくれてるけど、お前は無理しなくていいぞ。帰ってもいいんだからな。絶対に無理はするな」
と言ってくれた。
確かに私に謝られても困るよね。そうだろうとは思う。でも、このまま帰るのもなんか違う気がして、
「私もみんなと一緒にお手伝いしていきます」
と告げて葬儀のお手伝いをした。




