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黄昏に染まるその陰で  作者: 三当香季
12/19

第3部 ACT2の2 幻惑されて

 事故の概要はこんなものだった。

事故当日、 俊平 は勤務後に「私用で車を使わせてほしい」と社長に願い出て、了承を得ると西須駅前まで車を走らせた。

駅前の交差点に差し掛かった時、反対車線を走っていた乗用車が猛スピードで対向車線まではみ出してきて、 俊平 の運転する社用車の後部に激突。 俊平 が乗っていた車は横滑りしながら信号の支柱に頭から突っ込んだ。

反対車線からはみ出した車に衝突されたのは、俊平の運転する車以外にも数台あって、それらの車は交差点付近の歩道にいた人たちを複数名巻き込んで死傷者を出した。

死亡したのは 俊平 と歩行者3名の計4名。重軽傷者は事故原因となった車の運転手を含めた計11名。そのうち8名は歩行者だった。

反対車線からはみ出してきた車の運転手は、重傷は負ったものの存命だという。

その男は、交差点手前で手に持っていた携帯電話をうっかり落としてしまい、拾おうとした。体をかがめて手を伸ばした時にハンドル操作を誤り、アクセルに載せていた足にも力が入ってしまい加速して突っ込んだ。

被害者が複数であることから、弁護団が結成され、今後にあたることになった。

 嵐山 社長が 誠 の窓口になってくれて、手続きや打ち合わせなどにも同行してくれた。 俊平 が運転していたのが社用車であったことから、「どうせ自分も関わっていることだから、気にしないで頼ってくれていい」と社長は言ってくれている。


 新入社員としての生活も始まった 誠 ではあったが、父が巻き込まれた交通事故の話し合いや裁判などの関係で会社を休まなければならない日があったりと

、時間的に余裕のない日々であった。独り暮らしになって、家のこともすべて自分一人でやらなければならないというのも忙しさが増す要因で、次第に肉体的にも精神的にも疲れは溜まっていった。

 祖父母も 誠 のことを気にかけて、何度か田舎から出てきては世話を焼こうとしてくれた。のだが、勝手知らぬ場所だし、年齢的にも無理は効かない。 誠 の目にはどうしても、祖父母が無理をしているようにしか見えなかった。

なので、

「そんなに気にしなくていいよ。なにかあったらすぐに連絡するし、どうしようもなくなったら俺の方からそっちに行くから」

 と、祖父母は田舎で今までどおりに生活するよう、やんわりと伝えた。


 そもそも、一緒に暮らしたことのない祖父母と生活するというのが、お互いに気を使ってしまうものだった。

たまに会って2~3日泊まったりするのとはわけが違う。なんといっても、父がいるのといないのとでは違いは大きかった。


 祖父母が田舎へ帰ってからも、 嵐山 社長を筆頭に父が勤めていた会社の人たちがいろいろと手を貸してくれたので、なんとか乗り切ることができた。


 そんなこんなで一年はバタバタと過ぎていき、裁判の方もやっと一区切りついた。

慰謝料が支払われ、父の保険などと合わせるとけっこうな財産になった。しかし、それをどう使っていいものか 誠 は見当がつかなかったので、ひとまず口座に入れたままにしておいた。

 賃貸の独り暮らしなので、それなりに生活費はかかる。しかし、 誠 は特に趣味といったものもなく、浪費癖も全くなかったため、月の給料だけで生活は賄えてしまう。

したがって、貯金が趣味というわけでもないのに、少しずつ預貯金額は増える一方であった。

 金銭的ゆとりができたというのに何するわけでもなく、いたって平凡・平坦な生活を送っていた 誠 であったが、この頃から妙な現象が起こるようになっていた。


 テレビやインターネットでニュースを見ていると、ふっと何かの単語、時には数字が頭に浮かぶようになったのである。

 それは毎日起こるものではなく、週に一度、もしくは2~3週に一度ぐらいの割合で起こった。

 見ているニュースの内容とは全く関連のない単語や数字なので、何のことか全くわからない。自分の頭を疑いだしたりもした。が、日常の生活はきちんと送れているし、特に頭痛や目眩、記憶障害などの気配もなさそうだし、頭に異常はなさそうだ。そう理解すると、今度はその現象に興味が湧いてくる。

 誠 はとりあえず、頭に浮かんだ単語や数字を日付けとともに記録することにした。

 記録したそれらを見ると、単語に関しては、地名、鉱物名、星座名など、「なにかの名前」というものが多かった。数字については、ほとんどが三つの数字の組み合わせで、それは二桁までに限られていた。

 しかし、それが何を意味するものなのかは分からない。気味の悪い不思議な現象ではあったが、記録を取ることはとりあえず続けることにした。


 そして、とある日。

テレビを見ていると「海外の旅客機が墜落。乗務員を含めた乗客160名は絶望的」とニュースで流れた。

それを目にしたとき、

「豊平ジャ」

「古浦」

「クレイステッド」

 という三つの単語が頭にポンポンと浮かんだ。

誠はいつものように、その単語をすかさずメモすると、いつものようにインターネットで検索にかけてみた。

「豊平=本土の中央部の北東に位置する都市名。県庁所在地」

「古浦=北にある都市名。県庁所在地」

「クレイステッド=冠毛」

 ということが分かった。が、これまた「それがなに?」である。

いつもこんな感じであった。


今回もニュースとの関連性は分からない。

「豊平」について、今度は「豊平ジャ」で検索をかけてみた。

すると、検索結果で表示された結果の下の方に

「豊平ジャンプS」と書かれた項目があった。詳細を見てみると、

「豊平ジャンプS=豊平競馬場で行われる障害レースの重賞競走」

 と書かれていた。

 貼られてあるリンクをクリックしてみる。すると、画面に表が映し出された。

「豊平ジャンプ・ステークス 登録馬」

 表の見出しにはそう書かれている。その下には、カタカナで書かれた文字が収まった枠があって、そのカタカナの文字は馬の名前らしい。

-なんなんだろう?-

 ニュースを見ていたら単語が頭に浮かんで、その単語を検索してみたら競馬のレース名だった。

それは「豊平ジャンプ・ステークス」というレースで、今から4日後に行われるものらしい。

-なんだこれ?-

 彼は大きなため息をつくと、メモ帳をぞんざいに閉じた。

-あの事故と何か関係があるのか?-

 メモ帳をもう一度手に取って広げみる。

そのメモ帳に書かれた単語の一番最初のものを検索してみることにした。それは今日と同じように競馬のレース名に使われている単語だった。

つづけて、それ以降の単語も検索にかけてみると、それらは全て競馬のレース名になっている単語であることが分かった。

 単語と一緒に記録されている日付を照らせ合わせてみる。すると決まって、その単語が頭に浮かんだ週末に、その単語が使われているレースが開催されていた。

 メモのところどころには、数字が書かれているところもある。

それと同じ日に頭に浮かんだ単語、それが使われているレースの情報を画面に映し出してみる。

すると、「レース結果」「全着順」という表の、上位三つの数字はメモされた数字と同じものだった。

 ほかにも数字がメモされた日があったので、それらも調べてみると、その数字も同じ時に頭に浮かんだ単語を使ったレースの結果と符合していた。


-予知能力!?-


ありきたりな単語を思い浮かべた。


-だとすれば-


「豊平ジャンプ・ステークス」の表をもう一度見てみる。

さっき見た「レース結果」「全着順」という表とは違うものだった。

「豊平ジャンプ・ステークス」の方の表には、色が塗られた枠や数字が収まった枠がない。

しばらくその画面とにらめっこをしていたが、それ以上何も進展することなく時間だけが過ぎた。いいかげん飽きて、誠はその画面を閉じた。


ニュースを見ているとときどき単語や数字が頭に浮かぶ時がある。

それを調べてみたら、その単語はその週末に行われる競馬のレースに使われている単語だった。

そして、数字はその競馬のレースの1着から3着までの馬の数字と符合していた。

しかし、単語はその現象が起こる時に必ず頭に浮かぶのに対して、数字の方は稀であった。


今回の、

「豊平ジャ」=「豊平ジャンプ・ステークス」

「古浦」=「古浦記念」

「クレイステッド」=「クレイステッド・サマー・ダッシュ」

の単語が頭に浮かんだ時にも数字はなかった。


-結果が分かる時と分からない時があるんだろうか?

ってことは、数字も浮かんだ時だったら当てられちゃったりするのかも?

だったら、今度、数字も浮かんだらチャンスかも-


 そんな風に考えると、その不思議な現象が待ち遠しくなった。


 そして、その四日後、

-そういえば、あのレースって今日だったな-

 ふと思い出して、 誠 は前に見た競馬情報サイトにアクセスした。

この四日間、あの”予知能力”みたいなことについては頭の片隅で燻ぶってはいた。だが、今回は数字(結果)まで”予知”できなかったから放っておくしかなかった。

-今回は結果まで予知出来てないからなあ-

 そう思いながら画面を見ると、4日前とは違う画面が映し出された。

「出馬表」と書かれている。

そこには、色分けされた枠があり、馬番の書かれた数字、カタカナで書かれた馬名、その横には細かい情報が収まっていた。


その表を見た瞬間、


1,8,13


3つの数字がボンッと頭に飛び込んできた。

「え?」

 誠 は驚きはしたが、瞬時に手を走らせてペンを握ると、メモ帳の中の「8月16日 豊平ジャ」と書かれている横に「1,8,13」と記入する。


-そういえば、単語と一緒に数字も浮かんだ時のその数字は1着から3着までの数字だったんだから・・・‐


 「出馬表」の上の部分に発走時刻というのが書かれている。その時刻まであと数分。

急いで、競馬情報サイト内を探る。


競馬の買い方・・・競馬の買い方・・・


 しかし、「レース情報」「注目馬の紹介」「騎手・調教師へのインタビュー」などはあるものの、「競馬の買い方」は見つからない。

 新たに「競馬の買い方」と検索をかけてみる。

すると、「初めての方へ、馬券の種類」という記事が見つかった。


-そりゃそうか、馬券というもの買って賭けるのか。

競馬を買うんじゃなくて、馬券を買うんだな-


 誠 は、独りごちて「馬券の購入」というページに進む。

どうやら、馬券は現金かインターネットで購入するものらしい。

現金だと、競馬場か場外馬券売り場へ行かなければならない。

インターネットだと、事前に登録が必要らしい。


-ということは、今からじゃ間に合わない-


 間に合わないものはどうしようもない。しょうがないので、『競馬の初心者講座』なるコラムに目を落とす。

今まで、ギャンブルに興味を持たなかった 誠 は、予備知識が皆無だったせいで、それを読んでもイマイチ理解出来なかった。


-競馬って難しいんだなあ-


 そんなふうに妙に感心しながら、多少なりに競馬知識を得ようとしているうちに「豊平ジャンプ・ステークス」の発走時刻となった。

レースのページを開いて「結果」という所をクリックしてみる。が、

「レース終了後、結果が表示されるまで数分時間がかかります」

それもそうだ。発走時刻になってすぐに結果が見れるわけがない。馬がゴールしないかぎり結果が出るわけない。


-何分ぐらいかかるんだろう?10分ぐらいかかるのかな?-


 そう思って、コーヒーを淹れて、テレビを見ながら待つことにした。


-そういえば、競馬ってテレビでやってなかったっけ?-


 チャンネルを変えてみたが競馬中継はなかったので、適当なチャンネルの番組を見ながら時間をつぶす。


-そろそろいいかな?-


「結果」をクリックしてみる。


そこには、

1着1番

2着8番

3着13番

と書かれていた。


-やっぱり、あの数字は勝つ馬の番号だったんだ!-


 先ほど仕入れた知識の中の「馬券の種類」にあった「単勝」「複勝」などの横に数字が書かれている。

その一番下の部分に「3連単」という項目があって、その横の数字は「422,890円」だった。


-42万2千890円

たしか「馬券の買い方」には100円から購入できます。って書いてたよな。

ということは、100円が42万2千890円になるってことなのか!?‐


呆然となった。


-いや、待て待て。これってもし馬券を買っていたら40万儲かったってことだよな、

千円買っていたら400万。

一万円買っていたら4000万!!-


興奮状態はしばらく続いた。

そして、そのあと、大いなる虚しさに襲われた。


-そういえば-


誠が「豊平ジャ」と頭に浮かんだ時、ほかにもう二つの単語もあった。

「古浦」=「古浦記念」

「クレイステッド」=「クレイステッド・サマー・ダッシュ」

パソコンの画面を競馬情報サイトのTOPページに移動させてみる。

すると、そこに、

「古浦記念」

「クレイステッド・サマー・ダッシュ」

と書かれたバナーを見つけた。


 まずは、「古浦記念」の方を押してみる。

「出走表」が表示された瞬間、4,6,10の数字が頭に飛び込んでくる。

ペンを手に取りメモに追記。ペンを持つ手が震えて、いつもより踊り狂った字になった。

気にせず、「結果」を開く。

するとこちらも「レース終了後、結果が表示されるまで数分時間がかかります」と先ほど見たことのある画面が表示された。

 ついで、「クレイステッド・サマー・ダッシュ」の方を開く。

やはりこちらも「出走表」を見た瞬間に飛び込んできた数字があったので、7,10,12とメモを取る。

そしてこちらも「結果」は、「レース終了後、結果が表示されるまで数分時間がかかります」だった。

発送時刻を確認してみると、この二つのレースは明日だということが判明した。


-明日だったら間に合う-


 誠 は馬券の購入方法の「現金」「競馬場、場外馬券売り場」を調べた。

すると、 誠 の住んでいる地域では馬券を購入することのできる施設はないことが分かった。

馬券というものはどの地域でも売っているものではなく、 誠 の住んでいる県にはそういった施設が存在していなかった。

一番近いところでも、隣の県で、電車を使って片道2~3時間はかかりそうである。

 インターネット投票のほうは、銀行口座とインターネットの環境さえあれば登録できるものだったので、さっそくそれに申し込んでみた。

だが、登録の完了までは一週間ほどかかるようで、明日のレースには間に合いそうもない。

 そこからは悶々とした時間が続いた。

片道2~3時間、運賃は約1万円程度。往復で2万ぐらい使う小旅行のようなもの。

馬券を買うにしても、今、 誠 の財布に入っている現金は一万円程度。家に置いてある現金を合わせても五万円歩かないか程度だった。

-軍資金としてはどうだろうか?-

誠は悩んだ。銀行に貯金はある。

-明日、おろしてから出かけようか?

いや、待てよ。日曜は銀行やってないか?ATMはどうだったっけ?

手数料は掛かるかもしれないけど、どこか使えるところはきっとあるはずだ-

 ATMが稼働しているところを探せば軍資金は用意できる。

悩みに悩んだ末に 誠 が出した答えは、

-今回は諦めることにしよう-

そう決断した。諦めが肝心だと。


 とりあえず、”未来予知”の信憑性は確認できたといえる。ネット投票の手続きはしているのだから、早ければ来週、遅くとも再来週からは、家にいながら馬券が買えるようになる。何も慌てることはないのだ。


-でも、”未来予知”がまたあるとは限らない-


 そういう不安は少なからずある。これが最後のチャンスかもしれない。次また”未来予知”できるという確証はない。

一旦は諦める決断をした 誠 だったが、どうしても「チャンスを逃すな」という思いを捨てきれない。その夜はなかなか寝付けずに、「やっぱり行くか」と決断することでようやく眠りにつくことができた。


 目を覚ました 誠 は、時計を見て驚いた。なんということであろうか、時計が正午を過ぎた時間を表示していたのである。

この時間では、どう考えても馬券を買える時間には間に合わない。いや、ぎりぎり間に合うだろうか?そんな微妙な時間だ。

だるい体を引きずりながら起き上がるり、携帯で場外馬券売り場までの所要時間を検索してみる。

すぐに家を出たとしても、電車は急いでくれない。場外馬券売り場の最寄駅に到着するのが15時25分。そこから馬券売り場まで移動して、レースに間に合うだろうか?

馬券の購入が初めての自分は、間違いなく手間取るだろう。土地勘もない。だとすれば、間に合う可能性はかなり低い。

 がっくりと肩を落として、そう結論付けると、 誠 が次にとった行動は、シャワーを浴びに浴室へ行くことだった。

その後、外に出はしたが、彼が向かった先は近所の牛丼屋で、黙々と遅めの昼食を済ませて帰宅したのだった。

 家に戻った時刻は2時ちょっと過ぎだった。

-やっちまった。でも、次が無いわけじゃない-

後悔とそれを何とか打ち消そうとする作業が脳内で交互に行われる。

悶々とする時間は続く。


 そうしているうちにメインレースが行われる時間は過ぎて、結果が出たであろうと思われる頃まで待つと、PCの画面に競馬情報サイトを出した。

「古浦記念」

1着4番、2着6番、3着10番

3連単 2,759,500円

モニター画面にはそう書かれていた。


-275万!!

100円が275万円だって!?-


 頭をハンマーで殴られたような衝撃だった。

衝撃を受けた脳をなんとか動かしながら、他の競馬場の情報も出してみる。

「クレイステッド・サマー・ダッシュ」

1着7番、2着10番、3着12番

三連単 54,240円

「古浦記念」ほどではないが、もう一つのレースも高額配当である。


-こっちは100円が5万か!-


そこから彼は、何度も虚無に襲われながら時を過ごした。


-”未来予知”がこれで終わりってわけじゃない。

来週にはネットで馬券が買えるようになるじゃないか-


自分に何度もそう言い聞かせることで、なんとか虚無を振り払った。

テレビのニュース番組は欠かさず見るようにして、

-”未来予知”こい!こい!-

そう願ったのだが、その週はなにも起きなかった。


-もしかしたら、”未来予知”は本当に終わってしまったんじゃないか-

そう思うと、絶望感は満ち溢れてくる。

-まだだ。まだ終わりじゃない-

自分を励ます。

-今までだって、毎週起きていたわけじゃないんだし、きっと、ダイジョウブだ。また”未来予知”はくるはずだ-


-もし、”未来予知”がもう無かったとしても、損をしたわけじゃない。

そうさ、チャンスを逃しただけ。

でも、きっと来週には・・・-


希望にすがる 誠 であった。



 インターネット投票の登録が完了し、家にいながら馬券を購入できる環境は整った。

あとは、”未来予知”を待つばかり。

誠 は、ニュースを見ながら思う。

「こんな思いをするなら、なんであの日にちゃんと目覚ましのタイマーを掛けておかなかったんだろう。寝ないで馬券を買いに行ったって良かったわけだ」

間違いなく、彼は今、世界で一番、熱心にニュース見ている人間であろう。


 そして、時は来た。

「旅客機が離陸直後に墜落。乗客100名、地元住民49名が死亡」

という痛ましい事故のニュースを見たときに「州海オータム」という単語が頭に浮かんだ。

 発表された出馬表を見ると、 2,5,10 の数字がすうっと頭に入ってくる感じがした。

誠 は、3連単2→5→10を200万、3連単2,5,10のBOXで各50万計300万、合計500万円分の馬券をインターネット投票で購入した。


 レースは日曜に行われ、結果は”未来予知”通りであった。


3連単 2→5→10 配当43,470円

誠 は250万分的中して、払い戻し額は108,675,000円となった。

ただ並んでいるだけの数字を声に出してみる。


1億867万5千円


1億っ!


億万長者


 父の交通事故死によって保険と慰謝料で大金が手に入った。それだけでも、よほどのことがなければ生活には困らないぐらいの額ではあった。

しかし、 誠 は”未来予知”によって、預金額を大きく増やすことに成功したのである。

 競馬素人だった 誠 が、インターネット投票に申し込み、初めて競馬の馬券を購入した結果が1億円以上の配当だった。

その後も”未来予知”はしばらく続き、金は金を呼んだ。

 時に曖昧な”未来予知”もあったりはしたが、それでも、口座の数字は雪だるま式(というよりももう雪崩式)に増えていって、彼はサラリーマンの肩書を捨てて資産家となった。

 というのも、競馬での荒稼ぎを始めてからすぐに、馬券を的中させて得た収入にも税金がかかるということをネットで知って、税金対策として不動産や投資などの勉強を始めていった結果、いつのまにか資産家の仲間入りをしていたというわけである。


 馬券の買い方も最初のころは、3連単だけを買っていたが、そのうち3連複やそのほかの馬券も絡めて購入することにしていくようにした。

購入額もただ大金を突っ込むのではなく、ある程度抑えた額にして配当があまり下がらないように工夫することも覚えた。


 しかし、誠を資産家へと押し上げてくれた”未来予知”は、2年ほど経った頃にプツッと途切れてしまう。

「しばらくすればまた起こるだろう」

そう思ってはいたが、その後、全く”未来予知”は起きなかった。

 とはいえ、そのころにはすでに、何があっても揺るがないほどの資産を手に入れていた 誠 だったので、特に何の抵抗もなくその事実を受け止めた。


 誠 は、そのまま青年実業家として生活を送り、そのうち所帯を持って家族を作り、悠々自適な生活の中で歳を取っていって、最期には子や孫に囲まれて旅立つ。そんな人生になりそうだなあと思っていた。

 だが、”未来予知”が終わったその年の暮れ、彼は急なめまいに襲われた。

すぐに大事を取って病院に向かい、検査を受けたところ、脳腫瘍が見つかった。

幸い良性の腫瘍だったので、手術で取り除けばそれで再発する可能性も低いと医者が言っていたので手術を受けることにした。

 誠 は金に糸目をつけなくて済む身分だったので、最高のものを選択した。

 受診した病院の医師が”神の手”と呼ばれる名医を紹介できると言ってきたので、「せっかく手術を受けるなら、同じ医者でも名医のほうがいいだろう」という選択だった。


 ”神の手の名医”がいる病院は、誠の住む土地からはけっこう離れた場所にあったので、行き帰りは運転手付きの車での移動にすることにした。

 手術は成功。入院中はまるで看護付きの高級ホテルにでも泊まっているかのよう病室で過ごして、術後の経過も順調だった彼は無事に退院となった。

 運転手付きの車に乗り込み、病院を出発。車が高速道路に入ったあたりで雨が降り始めた。

雨のハイウェイをしばらく走っていると、ふいにオルゴールの音が聞こえ出した。

誠 は面倒くさそうにポケットに手をねじ込むと中からそれを取り出す。

「あれ?」

 ポケットに入れた覚えはなかったが、見覚えのあるオルゴールがそこにあった。

「オルゴールですか?珍しいですね」

 運転手がバックミラー越しに話しかけてきた。

「ああ、父親の形見なんだけど・・・。ポケットに入れた覚えはないんだよなあ」

 そう言って、取り出したオルゴールが鳴らなくなったのを確認してポケットに戻す。

 車の外では、雨足が強くなってきていた。

「へえ、お父様の。思い出の品なんですか?いやあ、でも、雨が強くなってきましたね。天気予報ではそんなに降らないって言ってたんだけどなあ」

 運転手がそんなことを言った。んだと思う。

その言葉尻に重ねるように、

「危ない!」

 運転手が大声をあげた。後部座席の 誠 は、視線を前へとやる。

手前を走っているワゴン車が、横滑りしながら中央分離帯にぶつかっていく光景が見えた。

瞬時に 誠 の乗った車は左へと流れていく。運転手がハンドルを切って、前のワゴン車を避けようとしたのだ。

中央分離帯にぶつかったワゴン車は、ぐるりと反転。その運転席と助手席に座っている二人と目が合ったような気がした。

その視線も一瞬でなくなって、誠の乗る車はワゴン車をすり抜けて隣の車線へと進む。そのとき、ものすごい轟音と衝撃が 誠 を包んだ。

 そのさなか、

「さあ、次でおわりだ」

 声が聴こえた。

相沢誠 は、その声に対して何かを考えることもなく終わりを迎えた。


大きな鉄くずと化した物体の中で、かすかにオルゴールが鳴っている。

しかし、激しい雨音にかき消されて、それは誰の耳にも届くことなく鳴りやむのだろう。


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