第三話 屈辱の連鎖 その3
受付の後ろでは、多くの人間が働いている。
電話を取り、机に向かい、数名で打ち合わせをする――普通に考えてみれば会社なので問題のない光景だが、俺は驚きで声が出なかった。
「どお? ビックリしたでしょ?」
忍さんが得意気に、俺の顔を覗き込む――。
「忍さん?! ドコにいたんですか?!」
「ずっと隣にいたわよ」
そんなワケがない……霧の中では俺の周りに人の気配は全く感じなかったし、忍さんの声だってかなり遠くに聞こえていた。
「え? ずっとですか? 霧の時は? 俺……いや、自分は歩いたのですが……あれ?」
状況が飲み込めず、自分でも何を言っているのか分からない。
「落ち着いて、歩君! これから貴方が見聞きする事はすべて現実よ。いい? 私に付いて来て!」
忍さんは真っ直ぐ俺を見てそう言うと、受付の奥へ足早に歩き始める。
頭が混乱してうまく返事が出来なかったが、とりあえず俺は言われるがまま、忍さんの後を付いて行った。
職場には多くの机が並んでいて、忍さんはその間を縫う様に部屋の奥へと進んで行く――。
当然他の社員とすれ違うのだが、どういう訳か社内にいる人間が誰一人として忍さんや俺を見ようとしない――と言うより、まるで俺達が存在すらしていないかの様に興味すら示さなかった。
「おはようございます! お疲れ様です!」
吐き気がする程に嫌だったが、俺は打ち合わせをしている数人に声を掛けた。
「……」
なんの反応も無い。
完全に俺は無視をされ、打ち合わせは続行されている。
普通このような状況だと人は不安になったり、怒りを覚えたりするものだか、不思議な事に俺はそれが当たり前にすら感じていた。
何だろう? 適切な言葉が見つからない。
人間らしさと言うべきか……皆、動いたり話したりはしているが、感情の無い人形やロボットのに感じるのだ。
人が居るのにそれを感じる事が出来ないのは、初めての感覚だった。
「あっ! 気にしないでね。その人達は、いつもそんな感じなのよ」
俺の様子に気が付いた、唯一人間らしさを持つ忍さんが、一瞬立ち止まってこちらを振り返り、また前を向く。
一体どんな社内教育をしているのだろう? 受付に緊張感は無く、職場のコミュニケーションも壊滅的だ。俺はこの職場で上手くやっていけるのだろうか?
いやいや、今はそれどころではない。
理解不能な事が多すぎて、俺には多大なる危機感が芽生えていた――。
忍さんがフロアの一番奥で足を止めて、目の前にある白い壁に向かって仁王立ちをする。
「さあ、開けるわよ!」
まさかとは思ったが、何も無い白い壁に一つだけいかにもと言わんばかりに付いている、丸く古びたドアノブ。
忍さんがそれを回すと、壁は予想に従いドアとして開いた。
先に忍さんが中へ入る――俺は彼女と壁の隙間から見えた風景に、思わず後退りした。
「立派でしょう? さぁ、入って!」
壁の中に体を半分だけ入れ、呆然と上を見上げる。
俺の目に映るのは、まさかの超高層ビルだった――。
「ちょっと、大丈夫?」
口を開けたままフリーズしている俺を、忍さんは心配そうに見つめている。
「あの、スミマセン……何がどうなっているのか……これは夢ですかね?」
もうそうとしか考えられない――俺は「理解」をほぼ諦めた。
「あらやだっ! ちょっと、しっかりして! さっきも言ったでしょう? これは現実なのよ! 夢じゃないからね!」
忍さんは慌てた様子で俺の両肩を掴むと、少し強めに前後に揺らす。
夢じゃない……本当に?
確かに夢にしては目に映る物、耳に入る音や声がハッキリしていて、妙にリアルだ。
それと目の前にいる受付案内人……彼女の表情には「俺が理解しないと何も始まらない!」と言わんばかりの焦りが滲み出ていた。
「わかりました……一旦、落ち着きます」
深呼吸をしてから、もう一度ビルを見上げてみる。
確かに……自分がこの状況を受け入れないと、何も始まらないし、終わりもしない気もする――。
俺の思考を見抜いたのか、少し安心した様子で忍さんは両手を合わせた。
「そうよね、貴方はいきなり此処に来たのよね……うろたえるのも無理ないわ。もう少し私もキチンと説明するべきだったのよ。本当にごめんなさい!」
「いえ、自分も大きく動揺してしまい、スミマセン……なるべく理解が出来る様に努めます」
俺の言葉を聞くと、忍さんは満面の笑みを浮かべた。
「良かったぁー! そう考えてくれて助かるわ! じゃあ早速、説明するわね! このビルが歩くんの本当の職場よ! 社名は『魂再生機構』で住所は上の世界。人間は天界とも言っているわね。まあ、その人間界とはあまり内容変わらないから、直ぐに慣れるわよ、頑張ってね!」
やはり夢であって欲しい……俺は心底そう願った。
次回、第四話 屈辱の連鎖その4
22時から23時に投稿します。→第四話に大規模な修正箇所が見つかり、投稿が明日(6月7日)になります。
申し訳ございません!!