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第二話 屈辱の連鎖 その2

 俺の願い通り、エレベーターの扉は三階で開く――。 


 そこから降りてきたのは……男だ。

 

 背中まで伸びた茶色い髪に切れ長の瞳、長身で細い身体を包むのは、上は白いシャツに薄紫のカーディガン、そして下は膝丈の白いタイトスカートを履いた、男だった。

 

 男は固まっている俺に駆け寄り、上半身を屈めて顔を近づける。

 

「どなた?」 


 鋭い視線と甘い香水が、強張っているであろう俺の顔に突き刺さった。


「あっ! あの、今日から此処で働く柳原(やなぎはら)と言います。ステキ企画の方ですか?」 


 鋭い視線の女装男は俺から顔を離し、ニッコリと笑う。


「知っているわよ! 柳原歩(やなぎはらあゆむ)君でしょ? ちょっと目つきが鋭いけれど、スマートでなかなかいい男ね! その短い髪も、男らしくていいわぁー」


 上機嫌に男はスカートのポケットから鍵を取り出し、自動ドアの鍵穴に差し込む。


「どうぞ――!」


 ドアが開くと、男はやや高めの声で俺を社内へ誘導した。



「ごめんなさいね。もちろん、あなたが来る事は知っていたわ。でも今日は、急遽私まで現場に駆り出されちゃったのよ! お陰で折角のメイクが台無しぃー」


「やーねー」と男は言いながら、自動ドアを入ってすぐ正面にある小さな受付カウンターに右手を乗せ、細くて長い指先で「トントン」とそこを叩く。


「私、ここの受付なの。大島忍(おおしましのぶ)よ! 強制はしないけれど、名前で呼んでもらえたら嬉しいわ。宜しくね!」


「柳原です。宜しくお願いします……忍さん」

 

「フフッ! ありがとう。ちょっと待ってて……」 


 そう言って微笑んだ彼女? は、カウンターの引き出しから黒い手鏡と埃を被った小さな四角いバッチを取り出した。


 手鏡で一通り自分の顔をチェックした後、手に取ったバッチに「ふぅー」と息を吹きかけて埃を飛ばす。埃が取れると、それは社章なのだと俺は気付いた。


「……?」その社章には、全く見た事が無いロゴが描かれている。


 確かこの会社のロゴは、大中小の曲がった「!(エクスクラメーションマーク)」が書かれたもののハズだが、目の前にある社章は雫のような形に3本の矢が、右上から左下へと斜めに刺さっているデザインだった。社章では無いのだろうか? 


「貴方はつい最近決まったから、ちゃんと()()()()()()()()()()はこの社章を付けていてね。残り物を見つけるの、結構苦労したのよ!」 


 俺の胸に社章を付けた忍さんが、満足気に笑う。


「忍さん。あの、この社章は会社のロゴとは違うのですが、何で……へっっ?!」 


 社章に視線をやっていた隙に、目の前にいたはずの忍さんの姿が白い煙で消えていた。


「火事だっ!」


 吸い込まないように気をつけながら、煙を手で払う――。


「……違う? これは……霧?!」


 混乱している間にもその霧はどんどん深くなり、周囲が冷気に包まれた。


「忍さん、忍さん! ドコですか?!」 


 白い空間に自分の声だけが虚しく響く――どうしていいのか分からず立ち尽くしていると、忍さんの声が聞こえた。


 不思議だかその声は遥か遠くに感じる。


「自分の好きな方向に足を踏み出して、まっ直ぐ歩いてちょうだい! 曲がっては絶対に駄目よ!」 


「こんな何も見えない中、歩く? 大丈夫なのか?!」


 俺は右手を前に出してもう一度霧を払ったが、状況は何も変わらなかった。


「忍さん! 前が見えなくて、とても歩けません!」 


 声を張って何度か叫んだ。しかし忍さんからの返事は帰って来ない。


「……たくっ! どうす……そうだ!」


 俺はズボンからスマホを取り出した。

 だかその(ひらめ)に意味はなく、何をどうしても画面は暗いままだった――。




「……」


「……」


「このまま突っ立っていても……」


 途方にくれてからそう思い直すのに、結構な時間が掛かった。

 

 意を決して足を踏み出す――すると僅だか、霧が少し薄くなった気がした。


 そのまま真っ直ぐゆっくりと俺は足を進めた。何かにつまづいたりぶつかる事も無く、十五から二十メートルは歩いただろうか? 霧は少しずつ晴れ、周りの状況が見えてくる――。



「……えっっ!?」


 俺は受付の前に立っていた。 

 確かに歩いたハズなのだか、俺はその場から一歩も動いていなかったのだ。


 ただし完全に霧が晴れた職場の風景は、驚く程一変していた――。

 

次回、屈辱の連鎖その3


18時から19時までに投稿します。

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