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黒楓は工事中  作者: 黒楓
5/8

形のいい胸 ①

黒楓は工事中に久しぶりにUPしました。



“あの”桜井くんと佐藤さんの数年後のお話に、“あかりと出会うずっと前”の冴子さんが絡みます。

このシリーズ、数話続きます。


どこかの小説の話ではないけれど、高速の長いトンネルの出口からは雪が降りこんでいた。


トンネルから開けた世界は吹雪いていて、オレはハザードを付けて、エンブレで速度を落とし、次の非常駐車帯を探した。


ライトバンを非常駐車帯に停めると、跳ね上げ式のバックドアを開け、カレンダーやカタログやサンプルを積み直して、とぐろを巻いていた金属製のチェーンとゴムバンド、ジャッキに軍手と引っ張り出した。


作業用のジャンバーと靴に履き替え、表に出てジャッキ上げしているうちに、雪に濡れた軍手に金属の凍えが容赦なく突き刺さる。

そんな時にスマホが鳴った。


課長からか?


小さくため息をつき、軍手を脱いで画面も見ずにタップすると


懐かしく愛しい声が聞こえた。

『桜井くん! 久しぶり』


それは高校の3年間、一つ屋根の下で一緒に暮らした片想いの女の子。

当時の継母の連れ子だった。

親達の離婚で、好きなコと暮らせるというオレのささやかな幸せも遠ざかった。


「久しぶり」

オレの声は少し上ずってしまう。


『今、仕事?』


「ああ、いや、高速道路の非常駐車帯、急に雪に降られてさ!チェーン付けようと思って」


『へえ~チェーン付けられるんだ』


「ぶっつけ本番、今日が初めて」


『すっかり、運転慣れしたみたいだね、もう何ヶ月?』


「半年くらい」


『ふ~ん 少しは社会人らしくなったかな?… あのさ、今日、ちょっと会えない?』


「えっ?!」


『ん? カノジョでもできた?』


「ないないない!!! 今、出張先でさ、年末の挨拶回りの…」


『じゃあ、戻り、遅くなるんだ…』


「いや、今日からなんだ…」


『それじゃダメだね…ゴメンね、変な事言って』


「そんなことない! こっちこそホントごめん! すっごく残念!!」


『ふふ、 あ、少し早いけど、 メリークリスマス そっち、ちょうど雪降ってるんでしょ?!』


「うん、メリークリスマス」



スマホの画面に残っているカノジョの名前…『佐藤美咲』に雪が降りかかる…それを拭う間もなく、今度は本当に課長から電話がかかってきた。



--------------------------------------------------------------------


駅で待ち合わせた課長のボストンバッグ?を受け取り、バックドアを開けて中にそっと置く。

ブリーフケースだけになった課長は、オレが乗ってきた車のチェックを始めた。


「お、チェーン、ちゃんと巻けてんじゃん、 それじゃあれだな、この間、稟議通したスタッドレスタイヤ、高橋に譲ってやれ!」


「えっ?!」


「お前なんか恵まれてるぞ! 新入社員でナビ付の車をあてがってもらって、俺が新入りの頃なんかなぁ~」



理不尽に思える事やウザく思う事も

今日のオレは、飲み込める気がする。


佐藤さんと話せたから


オレは思わず出かかった鼻歌を飲み込んで、エンジンを掛けた。



--------------------------------------------------------------------


課長同行で何軒か挨拶回りをしてからホテルにチェックインし、予約しておいた割烹料理店で大得意先の接待。

大得意先を連れてハシゴ3軒して、課長の部屋の前でお礼の挨拶をして、ようやく自分の部屋へ

オレは酒は強いはずなのに、今日は気疲れしたのだろうか…シャワーもそこそこに深い眠りについてしまった。



朝、目が覚めると外は銀世界だった。


あらかじめ部屋に持って上がっていた作業着に着替えて、オレは急いでホテルの駐車場へ向かう。


案の定、車の屋根や窓ガラスには雪が降り積もり、タイヤも埋まっている。


ホテルからスコップを借りて、冷たい風が心地よく感じる程に雪かきをした。


部屋に戻って慌ただしく身繕いしてロビーに降りて来ると、課長は読んでいた新聞から目を上げてオレに

「あのくらいの酒で寝過ごしかよ!」と言葉を投げつけた。


こんな調子だからオレは自分のスマホをチェックしていなかった。


ようやくチェックできたのは遅い昼食の後、

課長に

『オレと同行してるからって会社からの連絡をなおざりにするな』と言われてからだ。


昨日からのメールを読んでは消し、読んでは消し、しているうちに『佐藤美咲』のタブにぶち当たった。


時間が…『3:14』?


タップし、それが目に飛び込んだ時


辺りは色を失い


オレは…

喧噪の静寂に取り囲まれた。


メールは一行だけ…


『初めてあった人と寝てしまったてどうしよう』


!!!…??


……


??!!


?!!!


!!!!



その、打ち間違いの文字が混ざり込んだメールは


心臓の動悸にブレながら

心の海をどんどんと沈んで行き

一番深い底に

グッサリと確実に

突き刺さった。



オレは

胃の底から上がってきたものを

ゴクリと飲み戻し


震える指で電話番号をタップした。



出ない


カノジョは出ない


しかしカノジョが電話に出たとして…何と言えばよいのだろう…



「いつまでメール見てんだぁ?!」


向こうで課長の声はするけど


するけど



うつろに身の回りの物を抱え店を出て


運転席に乗り込んだ。

けれど…プッシュボタンを見失ってしまう


「さっさと出せ! オレの同行をムダにすんなよ!!」


一瞬目をつぶって目を開くと、それはすぐそこにあった。


オレはようやくプッシュボタンを押して車をスタートさせた。


何軒かの訪問の後、高速のサービスエリアでトイレに行くふりをして掛けた4回目の電話で、ようやくカノジョが出た。


「あの、オレ、 桜井だけど…」


『そんなの分かるよ』


「メール見て…」


『そ、ありがと』


「あの、ホントゴメン 仕事、課長と同行でさ、スマホ見る暇なくて、もらったメールもさっき見たんだ。だから、あの…」


『桜井くん、もういいよ』


「えっ?!」


『キミはもういい 私も仕事中だから、切るね』



電話は切れてしまっているのに


スマホを耳から離すことができなかった。


遠くに見える車の脇には

缶コーヒーを握った課長が腕組みしていた。



--------------------------------------------------------------------


「栄輪商会ってこの近くだろ?! 挨拶行くぞ!」



栄輪商会は先輩からの引継ぎ挨拶以来、行ったことが無い薄い得意先だった。

ナビにも住所を入れてなくて、オレは慌てて名刺入れを探る。


「お前、場所も分かんねえのか?! さっきの得意先での応対といい、やる気あんのかぁ!!」

助手席から肘鉄をくらわされてオレは名刺入れの中身をばらまいてしまう。


栄輪商会の名刺は右の内もも辺りに舞い落ちた。

「一足早いカルタ取りかぁ?! お前のアタマはもう正月休みか? 仕事なめんな!!」



--------------------------------------------------------------------


ご自宅まで課長を送り届けてようやく車の中でひとりになる。



ひとりになると心の海の奥底に沈んでいたメールの言葉が

浮袋を壊した瀕死の魚のように浮き上がって来る。


そう、ジタバタともがく瀕死の魚のような息遣いが苦しくて

オレは車を飛び出てコンビニのチャイムに迎えられる。


肩で息をして目を落とすと、少年誌の表紙を蠱惑的なビキニの美少女が飾っている。



なんだよ! 女って!


オンナって! 何んなんだ??



少なくともオレは男で…


絶対、泣けない。


車に戻ってドアを開けると、座席レバーの辺りに、縁をラウンドカットされた名刺が取り残されていた。


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


株式会社 音羽企画


主任 佐藤冴子


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。



カノジョと同じ苗字のこのオンナは…


うだるような暑さの中で始まった社の飲み会の流れ着いた先で


『お前のクソ童貞なんて今日捨てちまえ!!』と料金はオレ持ちで()()()()()()風俗嬢だった…


『名前と役職は嘘っこだよ 住所と電話番号は本物だから…ヤりたくなったら電話しな』

()()の後、タバコを吸いながらこの名刺をくれたオンナは

『しっかし、主任ってなによ、意味わかんねぇ~』と

ひとりでウケながら笑いで形のいい胸を揺らしていた…


この名刺の番号を


オレはスマホに打ち込んだ。




..........................




イラストは…

これでも一所懸命可愛らしくしようとしている(爆)若き日の黒楓です(^^;)


ああ!!! ひたすら痛い!!(-_-;)



挿絵(By みてみん)




次の回は冴ちゃん、出ずっぱりです(*^。^*)



感想、レビュー、ブクマ、評価、切にお待ちしています!!<m(__)m>


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[良い点] 好きな女の子からの電話に浮かれてしまうこと。 それだけで世界が輝いて見えて、体が軽くなったような気持ちで、なんでもできちゃうような活力がわいてくること。 好きな女の子からのメールでどうし…
[良い点] まさかの『ラブコメを地で行く……』とのドッキング! >向こうで課長の声はするけど >するけど ショックで時が停まるような感覚に……ごめんなさい笑ってしまった(笑) 冴ちゃんは果たし…
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