<こんな故郷の片隅で> Killing Me Softly with His Song
この部分は再掲出です。
私は自堕落だと自覚している。
でも、生きなければいけないとも考えるようにしている。
だから、今は…もうこれしかないバイトに向かう。
私は人と話すのが本来は苦手だ。
煩わしい人間関係も嫌だ。
だからひたすら機械と向き合うこのバイトが性に合っている。
大抵は電車やバスに揺られて現場に向かう。
知らない街。行った事のない場所から場所へ
流れて、流れて
戻って、帰る。
エレベーターを出て、マンションのドアを開け、棲み処に戻る。
あかりを点けると
椅子の上に置いたストローハットが迎えてくれる。
私はそれを抱いて、テーブルのフレームの脇にそっと置く。
フレームの中にはあかりと私の1枚きりの写真。遺書は隠されている。
ありきたりにシャワーを浴びた後、冷蔵庫からビールを出してコンビニ弁当を流し込む。
それからの長い時間
あかりのストローハットを前に“対話”を続ける。
月が妖しく輝いて、どうしてもどうしようもないときは
あかりを抱いて
ひとりでする。
そしてまた “対話”
「どうして私を愛してくれたの?」
「どうしてあなたを愛したの?」
「本能?」
「快楽と愛情のはき違え?」
でも、これは…
あかりを思うたびに
夕立の降り始めの様にパタパタ落ちるこの涙は…
何なの?
私はフレームの中のあかりを見る。
まばたきで涙を振り払って
見直す。
あっ!!
分かってしまった。
あかりを好きになってしまった訳を…
最初、エレベーターに乗り合わせた時、
ロリータファッションと甘い香りが嫌だと思ったのは
自己欺瞞だった。
遊園地デートの時、急激にあかりに惹かれたのがその証拠。
私は彼女の顔に過去の、私の記憶の底に押し込めた過去の自分を見たのだ。
何て単純で浅はかなんだろう!!
これじゃ、あかりの言う通り以上の“鏡”じゃないか?
私は自分を彼女に写して、それを彼女に押し付け、彼女ごと壊してしまったのか
思わず叫んだ!!
引き出しをひっくり返して、カミソリを手に握った。
浴槽にお湯を溜め始めまでしたところで、
私のもう片方の手が指を開かせて、カミソリを風呂場の床に落とさせた。
もうただ、ただ、泣きじゃくるしかなかった。
もし神様が…いや、悪魔でもなんでもいい!!
私の命を断って、代わりにあかりを連れ戻してほしい!
でも
どこに叫んでも、空虚な響きが残るだけ。
風呂場の床に突っ伏した
ボロ雑巾が残るだけ
あぁ そうだ
連れ戻せないんなら…
あかりを産みたい
ダメだ…
私には同じくらい遠い…
私は“女”で食べてきたのに、“女”を否定してきたんじゃないだろうか…
まるで自分自身をヒモにしていたみたいだ…
あかりを産めるわけがない。
浴槽の中を覗いて、床に落ちたカミソリを拾う。
握り直す。
…
…
…
まだだ!!
可能性のカードが手元に残っているあいだは
降りられない。
カミソリをゴミ箱へ投げ捨てた。
そして、
ガチョウたちがされるように、自分自身に強制給餌した。
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ふきんもグシャグシャ…
でも涙がちっとも止まらない…
そんな私の目を自分の可愛いハンカチで拭いてくれたあなたの瞳から
涙がすじとなって頬に流れていくのを見て
私はますます泣いてしまう。
そんな壊れてしまった私を
あなたは抱きしめてくれた。
これは…
体全体に伝わるこの温かさは…
すっと求めていた
とてもとても懐かしいもの…
あなたは私の顔に濡れた頬をくっつけて頭を撫でてくれる。
「大丈夫! だってこのお話には続きがあるんでしょ? ね!続きを聞かせて…」
そしてあなたは
いつも私を呼ぶときの言葉を
耳元で囁いた。
このお話は現実ではなく、楓の頭の中の異世界のお話です。
だから、
どんな奇跡が起こったって不思議ではないのです。(*^ ^*)