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第9話 願望 相対 森の中

三人はメイランを出てサンニャーチコへ向かう。市長のゼイランは、街を出る門まで三人を見送ってくれた。


「これを持って行きなさい。私が旅をしていた時に使っていた刀。名刀・烏丸幸臣だ。きっと君の力になるはずだ。達者でな。またいつか顔を見せてくれ」

ゼイランはフウマに自身の愛刀を渡した。


「どうもありがとう……! いつかまた戻ります!」

フウマは受け取った刀を見ただけで、素晴らしい一品だということがすぐに分かった。美術品として、武器としてとても優れているだけではない。先人の長きにわたる旅路を支えてきた刀。その思い出深さや、苦難を乗り越えてきた強さを容易に想像できる。


フウマとゼイランは固く握手を交わした。三人は門番とゼイランに見送られて街を後にした。


お祭りの終わったメイランの街は、毎日がお祭りだとでもいうように、活気のある人々で賑わっていた。






ガラは目を覚ました。

白く清潔なシーツに包まれた広いベッド。使い古された本棚には、魔術の本が所狭しと並んでいる。本棚に収まらなかったものは、ベッドの隣のサイドボードに積まれていた。壁に掛けられた小さな額縁には、幼い頃フウマにもらった海の絵が飾られている。

そこは故郷の村の、実家のガラの自室だった。


「な、なんでここにいるんだ? たしかメイランを出て、それから……」

ガラは頭を抱えて記憶を手繰り寄せようとしたが、思い出せそうになかった。


突然ドアがノックもされずに開けられた。


「ガラ、起きたのか。おはよう」


そこに現れたのはフウマだった。部屋着のようなラフな服装に、空色のエプロンをつけている。


「な、なんで俺の家にいるんだよ! ノックくらいしろ!」


「なんだよ。もう夫婦になったんだから、別に気にしなくていいだろ?」


「はああ?」

ガラは思いがけない一言に衝撃を受け、脳がショートしたように思考が止まる。


フウマはそんなガラを気にすることなくベッドに近づき、ガラの唇に自分の唇を寄せた。

唇が触れ合う寸前、ガラはフウマの顎を鷲掴みにしてそれを阻止する。


「待て待て待て! な、な、なんだ!? いきなり何やってんだよお前!」


フウマは悲しそうな顔をしてガラを見る。息がかかるような近さでフウマの顔を見つめ、まつ毛が長い……目が青くキラキラしている……と、とりとめのない考えが頭をよぎる。


「何って……おはようのチューだろ。いつもしてるじゃないか。ガラ、なんか怒ってるか? 僕、また怒らせるようなことしたかな」


フウマは今にも泣きだしそうな顔をしている。

ガラの頭は未だ混乱していたが、フウマを泣かせるものかと思い、間近に迫っているフウマの唇に、思い切って触れるだけのキスをした。


「ガラ……! おはよう!」

フウマは幸せそうに微笑んで、バッドの上のガラを抱きしめた。


フウマに抱きしめられ、その暖かさと胸のふくらみを感じた。慣れ親しんだフウマの匂いがする。そっとフウマの体に腕を回してガラは思う。


「(これは夢だ。えらく幸せな夢だ。ずっとこのまま夢を見ていたい)」


その時、腹部に勢いよく何かが押し込まれた感触がした。

フウマが護身用に常に懐に入れていた小刀。ガラのみぞおちに深々と突き立てられている。

フウマは小刀の柄を持ち、悲しそうにガラを見上げていた。

小刀が軽く捻られ、内臓が歪む感触がした。

フウマが小刀をゆっくりと引き抜く。内臓が切り裂かれる感触がした。赤黒く鋭い穴から、あふれ出るように血がごぼごぼと流れ始める。


「ガラ、悲しいけど、さよならだ」


「フウマ……」


ガラが意識を飛ばす寸前、誰かから肩を叩かれた。そちらを振り返ると、前髪の長い青年がガラに言う。


「あなた、今、迷ってますよ」






ルーシェルは目を覚ました。

気づくと木製のベンチに腰かけていた。辺りは暗く、夜が更けている。しかし、目に見える景色はどこもかしこもキラキラと輝いている。

そこは夜の遊園地。メリーゴーランドが穏やかな音楽を奏でながら回り、少し離れたところではジェットコースターが滑空し、乗客の楽しそうな叫び声が聞こえた。

マルシェでカラフルなアイスクリームを買う人、はしゃぎながらゴーカートを運転する子ども達。


ルーシェルは驚きで目を丸くしている。


「わ、私たち……メイランを出てそれから……」

頭を捻って記憶を手繰り寄せようとするが、思い出せそうもない。


「フウマ? ガラ?」

ルーシェルはおそるおそるベンチから立ち上がった。


「お待たせ! 遅くなってごめんね。お店が並んでて……」


声をかけられルーシェルが振り向くと、笑顔の爽やかな美青年が駆け寄ってきていた。手には飲み物を二つ持っている。右手に持った方をルーシェルに差し出す。


「はい。ルーシェルはいちごミルク。これ好きだよね?」

優しく微笑みながら青年は聞いた。その大らかでゆっくりと落ち着いた声や柔らかな物腰に、ルーシェルは顔が赤らむ。


「(す、すごく好きなタイプ……!)」


俯いてもじもじしているルーシェルを見て、青年は不安そうに言う。


「これじゃなかった? ごめんね。違うものを買ってこようか……?」


「ち、ちがうの! 恥ずかしくなっちゃっただけで……。ありがとう!」


ルーシェルはいちごミルクを受け取って一口飲んだ。その甘くて溶けてしまいそうな優しい味に、顔がほころぶ。

「わあ美味しい!」


「よかった! 僕はルーシェルが美味しいものを食べて笑う顔が一番好きだな」


ルーシェルは顔を赤らめて俯いてしまう。異性から面と向かって好きだと言われたのは初めてのことだった。


二人はベンチに座り直し、とりとめのない会話をする。

飲み物を飲み終わったタイミングで青年が立ち上がった。


「ルーシェルとデートできるなんて夢みたいだ。さ、今度は一緒にメリーゴーランドに乗ろう」

青年はルーシェルの手を取って歩き出した。


二人は手を繋いで歩き出す。背の高い青年の手は、ルーシェルの手よりも随分大きかった。

その頼もしさと暖かさに、ルーシェルの動悸は止まらない。


「(これは夢なんだ。すっごくいい夢だな。もうずっとこの夢を見てたい……)」


メリーゴーランドの列に並んでいる時、青年はルーシェルの長いピンク色の髪を触りながら言った。


「ルーシェルの髪は凄く綺麗だね。女の子らしくて凄くかわいいな」


「ありがとう! 宝物の絵本の主人公のマネして……」


その時ルーシェルは腹部に何かが刺し込まれていくのに気づいた。青年が持っているのは、ルーシェルが幼少期に訓練で使っていたナイフだ。みぞおちに刺されたナイフが捻られ、内臓が歪む感触がした。ナイフがゆっくりと引き抜かれると同時に内臓が切り裂かれる。赤黒く開いた鋭い傷口から、溢れるようにごぼごぼと血が流れ始めた。


青年の優しい目元は、怒りの形相に変わっていた。眉間に深くシワがより、食いしばった歯からギリギリと音がする。

「一族の恥さらし……!」


ルーシェルは息を吸うのを忘れた。輝いていた夜が、一瞬で底なしの暗黒に変わる。心の中に抑えつけていた後ろめたさが首をもたげる。


ルーシェルが意識を失おうとしたその時、誰かから肩を叩かれた。振り返ると、そこには前髪の長い青年が立っている。


「あなた、今、迷ってますよ」










フウマは目を覚ました。

岬の高台に立っていた。目の前には山のように大きな黒いドラゴンがいる。潮騒をかき消すように、ドラゴンの咆哮が鼓膜を震わせた。


「フウマ! 来るぞ!」

隣にいるガラが叫んだ。


ドラゴンが小さくため息をついたように見えた次の瞬間、地獄の窯を開けたような灼熱の炎の柱がフウマ達を襲う。


「うおおおおお!!」

フウマは何が何だかわからずに、刀を抜いて即座に炎の柱に応戦した。フウマの振り下ろした剣圧で炎は大きく左右に割れた。ガラにも炎は届かない。


「(たしか、僕たちはメイランを出て、それから……)」

フウマは戦いながら記憶を手繰り寄せようとするが、なかなか思い出せそうにもなかった。


「フウマ! あいつの弱点は水だ! お前の刀に水を纏わせる!」

ガラは魔法剣の呪文をとなえる。天空から降りてきたシャボン玉のような泡。フウマの刀と重なって、弾けるようにフウマの刀は水を帯びた。


ふと見ると、ガラの服は焼け焦げてボロボロになっていた。胸部に痛々しい火傷まで負っている。

傷を負ったガラを見た瞬間、フウマの胸に激しい怒りが湧いてきた。刀を握る手に力が入り、柄からギリギリと音がする。


「ガラ待ってろ。すぐに終わらせてやる!」


フウマは力強く地面を蹴って跳躍した。地鳴りのような音と共に、ドラゴンに腕の上に着地した。

フウマの移動した軌道は、水を帯びた空色の文様が、残像のように宙に浮かび上がっている。刀が水の属性を帯びているせいなのか、フウマ自身の動きが速すぎてそう見えるだけなのか、その両方が原因なのか。

フウマはドラゴンの喉元に迫る。炎の柱を吐こうとして、ドラゴンはまた小さくため息をつくような動きを見せた。


旋光のような青い光が走った。

次の瞬間、ドラゴンは炎を吐く前に首を落とされた。

首だけになったドラゴンは、最期の叫びとばかりに断末魔をあげた。

赤黒い炎の血しぶきと共に、ドラゴンの体は轟音を立てて倒れた。


フウマはガラの隣に膝をついて着地し、ふう、と一息ついて立ち上がる。


「フウマ、よくやったな」

ガラはフウマを労うように頭に手を置く。


「ガラのおかげだ。いつもより切れ味がよかったし、水属性はなんだか動きやすかった」

フウマは嬉しそうに目を閉じる。

「そ、それより、ガラ! 傷の手当てをしないと!」


「お前が戦ってる間にもうやった。簡単な白魔法なら使えるの知ってるだろ」


ガラの胸部の火傷は、少し赤くなっているだけで、先ほどより随分よくなっていた。フウマはホッと胸を撫でおろす。


「それよりよお、この戦いが終わったら言おうと思ってたんだが」

ガラはコートのポケットから小箱を取り出した。


「燃えなくてよかった」

ガラは小箱を開けてフウマに差し出す。中にはシンプルなデザインの、鈍色に光る指輪が入っていた。


どうしたらいいのか分からずにフウマが固まっていると、ガラは指輪を取り出してフウマの手を取った。左手の薬指に指輪をはめるガラ。


「俺がお前のこと好きだってのは、うすうす気づいてるんだろ。……結婚してくれ」


「ひええ」


フウマは状況をやっとのことで理解し、顔がすぐに真っ赤になった。何と返をすればいいのか分からずにいると、ガラがフウマの腕をぐい、と引いて抱きしめた。


「お前が何と言おうと結婚するからな」


ガラは力強くフウマを抱きしめている。フウマは慣れ親しんだガラの匂いに安心して、ガラを抱きしめ返した。ガラは平静を装っているが、心臓の音がうるさいくらいに速い。


「(これは夢だ。すごくいい夢)」


その時、フウマは殺気を感じてガラを突き飛ばした。


一瞬前まではガラだったその人物は、人の形をした黒いもやの塊に変貌している。手にはガラの護身用のナイフを持っていた。


「ガラはもっと上手く殺気を隠す。何の目的かは知らないが、悪趣味だな!」


フウマは黒いもやを一刀両断した。


「僕は迷わない!!」









フウマは目を覚ました。

ハッとして飛び起きると、そこは森の中だった。


「おや、あなたは自分で起きられたんですね。すごいな」


隣に見知らぬ男がいた。よく周りを見ると、隣にガラとルーシェルも倒れている。二人は眠っているようだった。


「二人ともさっき起こしたので、もうすぐ起きると思います。それはそうと、あなた方これ食べたでしょ。死にますよ?」

見知らぬ青年は手にキノコを持っている。白くてシンプルな、どこにでもありそうなキノコだ。しめじに似ている。


「思い出した……」

フウマはそのキノコを見て頭を抱えた。


メイランを出てしばらく歩き、森の中で一晩野宿をすることにした。夕飯にしようと持っている食材を煮込んでスープを作っていた時、ルーシェルがキノコを持って森の奥から戻ってきた。


「見てよ~! このキノコはきっと食べられるよ。しめじにそっくりだもん。白いしめじってブナピーっていうんだっけ?」


フウマはルーシェルの手の中を覗き込む。

「ほんとだ。しめじにそっくりだな。ブナピーだ。色もシンプルだから毒キノコじゃないだろ。入れよう入れよう」


二人はキノコ出汁、キノコ出汁と言いながらキノコをスープに入れ煮込んでいた。ガラは猜疑的にじっとその様子を見ている。


「(見た目はしめじだが、調べもせずに森の中のキノコを食べていいもんなのか? 見た目は害がなさそうに見えるからたぶん大丈夫だろうが……なんか不安だ。だがここでごちゃごちゃ言うとめんどくさそうだな)」


結局三人はその具沢山のスープを美味しくいただいた。




「人が倒れているので驚きました。これは“ドクマヨイタケ”です。願望を映した夢を見せて油断させつつ夢の中で殺し、食べた者の死体を媒介して増えるキノコです。無害そうに見えますが恐ろしいやつなんです。生き返るには夢の中で迷っているのに気づくしかありません」


「そうだったのか……。どうもありがとう。恩に着るよ」


ガラとルーシェルが起き上がった。


「……なんか、いい夢を見てた気がするな」


「私もそんな気がする……」


「二人とも! 大丈夫か? 毒キノコで夢見て死にそうだったところを、この人が助けてくれたんだ!」

フウマは二人に水を飲ませながら説明した。


「やばキノコだったんだ! どうも助けていただいてありがとうございます」

ルーシェルは頭を下げた。顔を上げて青年の顔を見た時、初めて会ったような気がしないことに気づき、どこで会ったのか思い出そうとした。


「ありがとう。恩に着るよ。……ところであんた、どこかで会ったことあるか?」

ガラは青年に聞いた。


「そう! 私もそう思ってたの!」

ルーシェルは同意して、二人揃って青年の顔をじっと見た。


会ったのは夢の中だが、それを言ったところで説明するのもめんどうだ。青年は長い前髪を揺らしてほほ笑んだ。

「いえ、初対面ですよ」


ガラとルーシェルは夢で見た内容を覚えていないようだが、フウマは自分の見た夢をハッキリと覚えていた。


「(願望を映した夢……)」

ガラを見て、フウマは一人で赤面していた。



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