第7話 尾行 骨董 隠し事
「さ、フウマちゃん、願い事を言ってごらん」
フウマは戸惑っているように、膝の上の三毛猫と、ゼイランを交互に見た。
「ぼ、僕の願いは……」
「僕はただ、おじいちゃんの話してくれた物語が本当のことなのか、それを確かめたかっただけなんです。だから願い事のことは少しも考えたことがなくて……」
フウマは膝の上でゴロゴロと寛いでいるミケ様を見て言った。
「もし願い事を叶えてくれるなら、保留にしてもらってもいいかな? 僕にはまだ思いつかないんだ」
『うん、いいよ』
ミケ様が口を開いて返事をしたわけではなかったが、確かにミケ様は返事をした。
その返事を聞いて、ゼイラン以外の三人は「おお……」と驚いている。
「やっぱり守り神様だってのは本当なんだな。ちゃんと返事したぞ」
ガラは膝の上に猫を乗せたフウマから距離を取りながらも、興味深そうにミケ様を見ている。
こらえかねたといようにゼイランは笑い出した。
「ハハハハハ!! 驚くほど無欲な子だなあ! 守り神様が気に入る筈だよ! 流石はバンジョウのお孫さんだ! 気持ちいい程のマイペースさがある!」
褒められたような褒められていないような微妙なニュアンスを感じ、フウマはどこか居心地悪そうに顔を赤らめている。
「守り神様があと三匹いるのは知っているね?」
ゼイランは笑いをこらえながらフウマに言う。
「はい。三つの国にそれぞれ守り神様がいるんですよね」
「そうだ。旅にミケ様を連れて行きなさい。他の守り神様に会う時に、きっと導いてくれるはずだ」
ゼイランの提案にフウマは戸惑う。それではせっかくのお祭りが意味を成さなくなってしまわないだろうか。
「し、しかし、そうするとこの街は……」
「大丈夫だ。ミケ様がいてくれたお蔭で、小さかった村はここまで大きく発展した。もう守り神様に守ってもらわなくても、自分たちでなんとかやっていけるさ。街からミケ様が出て行っても、感謝を表す祭りは続けるよ。その気持ちは変わらないからね」
ゼイランはフウマの膝の上にいるミケ様の背中を撫でた。ミケ様は気持ちよさそうに目を細めてそれに応える。
「それに、ミケ様だって君と一緒にいて、きっと楽しい旅になるはずだ。今まで守ってくれてありがとう。今度はフウマちゃんの旅を見守ってあげてくれ」
ミケ様はゴロゴロと喉を鳴らしながら、スッと煙のように姿を消してしまった。
「き、消えちゃったよ。大丈夫? どこかにいるよね?」
ルーシェルは心配そうにゼイランの顔を見た。フウマがそれに答える。
「ルーシェル、大丈夫。ここにいるよ」
フウマは自分の胸に手を当てて、何かを確かめるように目を閉じた。
「なんだか胸が暖かい。元気でてきた! 百人力な気がするよ!」
フウマは嬉しそうに言った。自分には守り神がついている。それだけでもう何だって出来る。そんな気がしていた。フウマはソファから立ち上がってガラに尋ねる。
「よし! ガラ、ここから一番近い国はどこだ?」
「サンニャーチコだな」
「サンニャーチコの守り神様に会いに行こう! 今度は犬の姿かもしれない。また猫の姿をしてるかもしれない。よく分からなくて楽しみだな!」
「ちょっと待って。私まだ調べ物をしたいことがあって……。話の腰を折って悪いんだけど、出発は一日待ってもらえないかな?」
ルーシェルは申し訳なさそうに手を上げて言った。
「もちろん待つよ! ルーシェル、手伝うことがあったら遠慮なく言ってくれよ」
フウマはニッコリ笑いながらルーシェルに言った。
「お嬢さん、私に力になれることがあったらなんでも言うんだよ」
ゼイランもルーシェルに微笑みかける。
「ええ。ありがとう。一度自分の力で探してみます。フウマもありがとう。フウマ達は旅に備えてゆっくりしてて」
ルーシェルはゼイランとフウマに笑いながら言ったが、その笑みはどこかぎこちなかった。
「さ、用事は済んだな。仕事の邪魔になる前に行くぞ」
ガラの一声にフウマとルーシェルはうなずく。
三人は市長室を後にした。別れ際、ゼイランはフウマと握手を交わして言った。
「街を出る前に、もう一度顔を見せてくれ。見送りがしたいんだ」
フウマとガラは大通り沿いの喫茶店で、ガラはアイスコーヒー、フウマはクリームソーダを飲んでいる。涼しい店内は、かすかにアコーディオンのカントリーな曲が流れている。
ガラは一心に窓の外を見つめている。喫茶店の向かい側の店は、暗い雰囲気のアンティークショップがある。
「いいのかなあ。こんなルーシェルを疑うようなことして……」
フウマは溜め息を吐きながら力なく言った。
「仕方ねえだろ。あいつが言わないんだから。あからさまに隠し事されると腹立つんだよ」
ガラはニヤニヤと楽しそうに笑いながらも、アンティークショップから目を離さない。
30分前
ルーシェルは
「じゃあ用事を済ませてくるから……」
と言いながら、そそくさと二人から離れて行った。
フウマとガラは目と目で合図をして、無言でこっそりとルーシェルの後をつけていった。ルーシェルはキョロキョロと周りを見回して、大通りのアンティークショップに入った。入り口から少し離れた位置で二人はルーシェルが出てくるのを待っていた。
しかし、なかなかルーシェルは出てこない。ちょうどいい位置にある向かい側の喫茶店に入り、二人はルーシェルの動向を窺う。
クリームソーダに高くそびえ立っているソフトクリームを、スプーンですくってフウマは言う。
「僕たちに言えない事を無理に推し量るようなことはやっぱり良くないよ……」
ソフトクリームを美味しそうに食べるフウマ。
「冷たくて甘くて、美味しい……」
「まだ言ってんのか。しつこいなお前も。もし一人ででかいもん抱えて困ってたらどうする。心配じゃないのかよ」
「ガラは尾行するの楽しんでるだけだろ。さっきからニヤニヤ笑ってさ。心配してるような顔じゃないぞ」
ガラは心底愉快そうに笑っていた。たまにアイスコーヒーに口をつけながら、飽きもせずに窓外のアンティークショップを見つめている。
「隠されたら気になるだろ。探し物って言ってたから、やっぱ人じゃなくて物なんだろうな。アンティークショップからなかなか出てこないってことは骨董品か何かなのかな。お前はどう思う」
ガラは楽しそうに考察している。
それに反してフウマはどこか居心地悪そうだ。
「知らない!」
忙しそうにメロンソーダを飲み、ソフトクリームを食べる。
二人の飲み物が空っぽになった頃、ルーシェルがアンティークショップから出てきた。
待ってましたとばかりにガラは立ち上がる。
「出てきた! 追うぞ!」
「楽しそうだなあ」
フウマは、ついていけないよ……と言いながらも、急いで会計を済ませたガラを追う。
ルーシェルは大通りから外れて、狭い裏通りに入っていった。狭い道で後をつけるのは難しい。二人はルーシェルを見失わないギリギリまで距離を取って、慎重に後を追った。
人が一人通りのがやっとの狭い道。静かで冷たいレンガの壁に挟まれて、二人はお互いの呼吸音がやけに近く感じた。
前を歩くガラの背中に隠されて、フウマは道の先が見えない。とりあえずガラの歩幅に合わせて一緒に歩いていた。
突然ガラが立ち止まる。フウマはガラの背中に思い切り顔をぶつけた。
「ぶわ! おい! 急に立ち止まるなよ。こっちは前が見えてないんだから!」
ぶつけた鼻を抑えながら、フウマは小声で怒鳴った。ガラはびくともしていない。
「ルーシェルが店に入った。……また骨董屋みたいだな」
再び歩き出したガラの後をついていくと、狭い道は一変して、突然開けた場所に出た。ポツンと怪しげな店が一軒建っている。古びた店の外にまで、壺や石像、象牙の大きな柱、謎の石がたくさん入った箱が並んでいる。
大通りにあった店は、小奇麗で若者向けのアンティークショップといった風貌だった。しかし、この店は魔術師が掘り出し物を漁るために通う骨董屋のような暗い雰囲気がある。
一体ルーシェルの探し物とはなんだろう? フウマは急に気になってきた。
「隠れる場所がないな」
ガラは辺りを見回す。
隠れて入り口を窺うスペースが無いほど狭い裏道。二人は店の奥の、陰になっている場所に身を潜めた。ここなら扉から出てきた人物を確認することができそうだ。
バアン!!
突然爆発したようなもの凄い音がして扉が開いた。壊れたんじゃないだろうか。蝶番がギイギイと音を立てている。
扉から現れたのはルーシェルだった。店から飛び出たルーシェルは、一目散に大通りまで走っていった。
フウマとガラは呆気に取られて店の陰から出てくる。
フウマはガラに確認した。
「ルーシェル……泣いてたか?」
「ああ。俺にも泣いてるように見えた。……悪いことしちまったかな。後で話聞いといてくれ」
「そりゃもちろん聞くけどさ……」
二人は後味の悪い思いを裏通りに残して、宿屋に向かって歩き始めた。
ルーシェルは何かとても悲しい事実を隠している。そんな気がしてフウマは胸が詰まる思いがした。
宿屋の一室。フウマとルーシェルが二人で寝泊まりしている部屋の中。ルーシェルは自分の布団にくるまって、ベッドの上に転がっていた。
フウマが耳を澄ませると、鼻をすする音が聞こえた。暗い部屋で一人で泣いていたのだろうか。
「ルーシェル、ただいま」
「……フウマ」
ルーシェルは布団から顔を出した。その顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃだ。
「何を泣いてるの? 僕には話せない事だとしても、何か僕にできることはない? ルーシェルが一人で泣いてるのは見たくないよ」
「あのね、あのね」
しゃくり上げながらルーシェルは話し始めた。ルーシェルが頑張って次の言葉を続けようとしているのが、フウマに痛いほど伝わってきた。
フウマはルーシェルの隣に腰掛けて、よしよしと頭を撫でる。
ルーシェルが次に放った言葉は、あまりにも悲しい事だった。
「私ね、もう二人とはここでお別れしなきゃいけない……」




