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第6話 再会 過去 ミケ様現る

天気のいい穏やかな朝。

三人は約束通り、翌日の午前に再び役所を訪ねようと歩いている。三日間続くという“ミケ大祭”は、今日も朝から大賑わいだ。

小さな子供たちが三人の横を騒ぎながら駆けて行った。


「うふふ。子ども達が元気のいい街は、とってもいい街だと思うわ」

ルーシェルは微笑ましそうに子供たちを見て言った。


「うん! 僕もそう思う」

フウマも同じように子ども達を見ていた。


「ほら。お前らがぼんやり歩いてる間に着いたぞ」

ガラは役所の大きな扉を押し開けた。


昨日の慌ただしい様子とは打って変わって、祭りの二日目に入って役所の人々は落ち着いた様子だ。

三人が入ってきたのを見つけて、受付の女性が声をかけてきた。ポニーテールを揺らしながら、元気よく話す若い女性だった。


「おはようございます! フウマさんと、お連れ様ですか?」


「はい! おはようございます! 僕がフウマです!」

フウマも負けじと元気よく答えた。


「市長からお話は伺っております! 奥で市長がお待ちですので、ご案内いたします!」

受付の女性はニッコリ笑って、役所の奥に歩き始めた。


三人は女性の後を着いて行く。役所の奥の、関係者以外立ち入り禁止と書かれた扉の奥をさらに進む。いくつかの会議室や、面会室、給湯室などが並んでいる奥に、市長室と書かれた部屋がある。三人は普段入ることの無いオフィスの裏側といった雰囲気に緊張してきていた。


受付の女性は市長室をノックして呼びかけた。

「ゼイラン市長! フウマさんがいらっしゃいました!」


「開いてるから入りたまえ」

中から昨日出会ってゼイラン市長の声がした。


受付の女性は扉を開けて三人を中に入れてくれる。

よし! と気合いを入れて、フウマは市長室へと一歩足を踏み入れた。固いフローリング張りだった廊下から、やわらかい絨毯が三人を迎え入れた。応接間と市長のデスクが一部屋に配置されている。観葉植物がたくさん配置された落ち着いた雰囲気の部屋だった。少しだけ緑の香りがする。


市長のゼイランはデスクから立ち、ソファに座れと三人に促した。

「やあ。昨日は手が離せなくてすまなかったね。今日は座ってゆっくり話をしよう」


フウマ達はソファに座った。革張りだがふかふかしていて、立ち上がるのが億劫になる優しいソファだ。

「こちらこそ、お祭りの初日とは知らずにすみませんでした」

フウマはカバンの中から、祖父から市長への手紙を取り出した。


「それがバンジョウからの手紙だね。読ませてもらうよ。……ところで」

市長は三人と向かい合うソファに座り、フウマから手紙を受け取った。言いにくそうに、次の言葉を続ける。


「君が手紙を持ってきたということは、バンジョウはもう……」


「……はい。祖父は亡くなりました。死ぬ前日に、私にこの手紙を預けてくれたんです」


「そうか……」

ゼイランはフウマから確かめるまでもなく、バンジョウが死んだことを直感していた。ただ、その事実を聞いて確信を得るのが怖かった。


ゼイランは受け取った手紙の封を開けた。中の手紙を取り出して、開いた手紙のバンジョウの筆跡を見ると同時に、バンジョウとの思い出が脳裏に蘇った。数十年前の旅の記憶が、まるで昨日の出来事のように土石流のように流れ込んでくる。




若き日のゼイランは、大荷物を抱えてバンジョウの背中を追っていた。


「師匠―! 待ってくださ~い!!」


「遅いぞゼイラン。きびきび歩け~!」

若き日のバンジョウは快活に笑っている。遅いと言いながらも、少し歩く速度は遅くなったようにゼイランには感じた。


バンジョウの隣を歩いていた女性はゼイランに向かって言った。

「大丈夫? やっぱり少し荷物減らした方がよかったんじゃないの? 少し持とうか」

女性はゼイランに向かって手を差し出した。


その手をゼイランは自分の手で制して言う。

「いえ、情けは無用です。これは全て僕の選んだお土産なので、責任を持って僕が全部運びます! ありがとうございます、フウリュウさん」


フウリュウは「そう?」と言って心配そうにゼイランを見る。


「そりゃ逞しいこった! でもそれで村に帰るのが遅れちゃしょうがねえんだけどな! お前の母ちゃん、もう待ちくたびれてるだろうよ!」


「だ、大丈夫です! まだまだスピード出ますから!」

ゼイランはやけになったように走り出す。


そんなゼイランを見ながら、面白くてたまらないというようにバンジョウは笑っている。

「だから荷物は少ない方がいいって言っただろうがよ!」


「やれやれ。旅の目的を果たして育った村に帰るって時まで、この師弟はぎゃあぎゃあうるさいのね……」

フウリュウは長い髪をかき上げながらため息をついた。



三人はゼイランの生まれ育った小さな村、メイランに10年振りに戻ってきた。


バンジョウは探し求めていた魔導書を見つけ、大事そうに小脇に抱えている。

フウリュウは生き別れた自分の姉の消息をたどり、姉は遠く離れたモジャラという国で生きていた。幼い頃に悲惨な別れ方をした姉は気丈に生き抜き、今では大家族の母親だった。フウリュウと姉はお互いの無事を確かめ合い、お互いの平穏な生活に戻ることができた。

10年前、ゼイランは魔物に襲われているところをバンジョウに助けられ、弟子にしてくれと頼み、断られ続けていたが、勝手に後を追って着いてきてしまった。村長の息子で甘えてばかりだったゼイランは、バンジョウの強さに惚れてしまった。自分とはかけ離れた強さに憧れ、“強さ”を求める旅にでると言い残して家を飛び出した。


「おらおらあ! 出迎えはどうしたあ! 甘えた箱入り息子が強くなって帰ってきたぞお!!」

バンジョウは村に入るなりそう叫んだ。


「わああ! 師匠やめてください! なんか恥ずかしいじゃないですか!」

ゼイランは焦ってバンジョウに言うが、バンジョウはそれを無視してずんずん歩いていく。


村人はゼイランの姿を見て、わっと集まってくる。

「ゼイラン様! よくぞ戻られました!」

「ゼイラン様、お怪我はございませんか?」

「母上様がなんとお喜びになるでしょうなあ!」

「こうしちゃいられん! みんな! 祭りの準備を急げ!」

村人たちは総出で祭りの準備を始めた。女性たちは腕を振るって料理を作る。男性たちは村の広場にテーブルやベンチや舞台のセッティングをする。


「がははは!! 相変わらずこの村の連中は祭り好きだなあ! 祝い事があるとすぐ祭りだ!」

バンジョウは愉快そうに笑っている。


賑わいを見せていた村人たちは、突然俄かに静まり返った。

どうしたんだろうと、ゼイランはそちらを見る。

自然と人々は道を開け、その間を村長と、村長の奥方が歩いてきた。ゼイランの父と母だ。


ゼイランはハット息を飲んだ。

「……父上、母上、今戻りました」

ゼイランは抱えていた荷物を下ろし、背負っていた荷物も地面に置いた。身一つで村を飛び出した時と同じように、二人の前に進み出て言った。


母は涙をこらえ、ゼイランから目をそらすまいとしているが、なかなか言葉が出てこない。

父は10年前よりも老け込んでいたが、以前にも増してゼイランに威厳を感じさせた。


「村を出ていった時、お前は“強さ”とは何かを探しに行くと言ったな。聞かせてもらおう。お前は長い旅で何を学んできた。お前の見つけた“強さ”とは何か」


ゼイランは胸を張り、真っすぐに父の目を見ながら言う。人と話すときはこうしろと、バンジョウに口を酸っぱくして叩き込まれたことだった。

「……この長い旅で、僕は多くの人と出会い、別れを経験しました。今の僕がここにいるのは、そのすべての人たちのおかげです。僕が旅の中で見つけた強さは、人との“繋がり”の大切さです。これからはこの村で、皆と助け合いたいと思います」


ゼイランの父は10年振りに再会した息子の言葉を聞き、すっかり大人の青年に成長した事を嬉しく思っていた。おどおどとして頼りなく、すぐに母親の背中に隠れていた小さな少年は、驚くほど立派に成長している。父親として誇らしく思い、少し寂しくも感じる。


「ゼイラン、お前が無事に帰ってくれて良かった」

父がそう言うと、母がこらえかねた様に、わっと泣き出した。三人は抱き合って、再会を喜ぶ。


固唾をのんで見守っていた村人たちも、思わずもらい泣きしてしまう。バンジョウもフウリュウも、嬉しそうに三人の親子を見つめる。




その夜の祭りは村中の人々総出で、明け方まで続く大騒ぎとなった。


バンジョウとフウリュウは、夜の闇に紛れて村を出ようとしていた。

バンジョウはゼイランに別れを言わずに村を出たかった。もし顔を見たら別れが惜しくなるのは分かっていた。10年の付き合いの愛弟子と別れるのはつらい。


「待ってくださああああい!!」

ゼイランの声が聞こえてくる。


「げっ! あいつ気づきやがった!」

バンジョウは思わず逃げようとするが、バンジョウの着物の袖をフウリュウが掴んで止める。


「……怖がらなくてもまたすぐに合えるよ」


「……」


ゼイランは二人に追いつき、三人はいつものように向かい合う。ゼイランは息を整えて言った。


「師匠が別れを言うのが苦手なのは知っています。いつも見つからないようにこっそり出発していましたから。……だから、僕は何も言いません。師匠、また会いましょう!」


ゼイランは元気よく笑って、バンジョウに手を差し出した。

バンジョウはその手を力強く握った。師匠の顔を見上げたゼイランは、バンジョウが今にも泣きだしそうな顔をしているのに気づいた。


「ああ。……またな」


二人の手が離れて、三人の旅は終わりを告げた。ゼイランはいつまでも二人の背中を見つめて声を出さずに泣いていた。

冷たい夜風が、ゼイランの頬を優しく撫でた。





「……ゼイランさん、手紙にはなんと書いてあったんでしょうか?」

フウマはゼイランが読み終わった手紙を閉じたのを確認してから聞いてみた。

思い出を懐古していたゼイランは現実に引き戻される。


「ああ。思い出話と、現状報告だよ。昔から素っ気ない言い方をする人だったが、手紙でも文面が素っ気ないんだよ」

ゼイランは目尻の涙を指で拭いながら笑った。


「フウマちゃんのことをよろしくと書いてある。……君はおばあさんのフウリュウさんによく似てるね」


「ありがとう。僕はおばあちゃんのことを写真でしか知らないんですが、よく話は聞いていました。凛々しくて優しい人だったって」

フウマはくすぐったそうに笑う。


「さて、……君に教えなきゃいけないことがある」

ゼイランは右手でパチンと指を鳴らした。


すると、ゼイランの座っているソファの後ろから、一匹の三毛猫がニャーンと言いながら歩いてきた。


「わ! かわいい!」

ルーシェルが思わず叫んで、おいでおいでと手を差し出す。三毛猫はルーシェルに見向きもしない。


「かわいい三毛猫。ここで飼っているんですか?」

フウマはゼイランに尋ねながらルーシェルと同じように手を差し出すと、三毛猫はフウマの手に擦り寄っていった。ゴロゴロと喉を鳴らして、気持ちよさそうにフウマに顎の下を撫でられている。


「わ~いいなあ! フウマばっかり!」

羨ましそうにルーシェルはフウマを見ている。


「へへへ、かわいい」


「その猫が守り神のミケ様だよ」

ゼイランの言葉に、フウマとルーシェルとガラはポカンとした顔で呆気にとられる。


「この三毛猫が、守り神様だと!?」

ガラが思わず取り乱す。ガラは猫が苦手だった。さっきから三毛猫に対して少し距離を取っている。


「そうだ。旅をしていた途中で懐かれてね。着いてきたんだ。守り神がいるおかげで、小さかった村もどんどん発展していったんだ」


「な、なるほど……?」

フウマは膝の上に乗って甘えている三毛猫を撫でながら相槌をうつ。


「さ、フウマちゃん、願い事を言ってごらん」


フウマは戸惑っているように、膝の上の三毛猫と、ゼイランを交互に見た。


「ぼ、僕の願いは……」


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