第5話 喧噪 花火 ファーストキス
「ではまた明日」
ゼイランはフウマの頭をポンポンと叩いて、足早に去っていった。
「ガラ、ありがとな! おかげでうまいこといったよ! いい人だったな!」
フウマはとても嬉しそうにガラに言う。今にも飛びつきそうな勢いだ。
「ん。よかったな」
ガラは素っ気なく返事をした。
「よ~し! じゃあお祭りを楽しもう! さっき聞いたけど、今日は初日だから花火上がるんだって!」
「それは楽しみだな! こんなに大きい街の花火……! きっと派手だろうな!」
フウマとルーシェルは手を取り合って大はしゃぎだ。
三人はお祭りを堪能しようと踵を返した。
夜が更けて明るい月が街を照らし始めても、祭囃子は終わらない。むしろ祭りはこからだとばかりに、人々のざわめきは激しくなったように感じる。
三人は人の波を右に左に避けながら、目新しい出店が無いかと探しながら進む。
ルーシェルは子どものようにおおはしゃぎしている。まるで初めてお祭りに来たという風に、見るものや聞こえるもの全てにオーバーリアクションだ。
「フウマ見て! あんなに大きい鉄板でたこ焼き焼いてる! ころころ転がすのすっごく忙しそう! 見て! あの子の持ってるもの何かな!? 串に刺さったハンバーグみたいに見えるけど! あ! あの看板見て! ぶどう飴だって! どんなのかなあ!」
大きなぶどうを三つ竹串に刺して、りんご飴のように周りを飴で固めたものだ。一口サイズで、りんご飴よりも食べやすい。ルーシェルはぶどう飴で右の頬を膨らませながら嬉しそうにニコニコと戻ってきた。
フウマは水飴せんべいを齧りながらルーシェルに言う。
「ルーシェル楽しそうだな。もしかしてお祭り来るの初めてなのか?」
「う、うん……そうなの……」
ルーシェルは金魚すくいの金魚をしゃがみこんで眺めながら、恥ずかしそうに答える。
「あのね、私の生まれ育った所は、戦闘の修行しかしないような所でね、成人して一人立ちするまで、何の娯楽も知らなかったんだ。……こんなに賑やかでたくさんの物で溢れてるのって初めてなの」
ルーシェルはフウマとガラに向かって笑顔で言った。
「私を旅に誘ってくれてありがとう! やっぱり一人でいるより仲間と一緒の方がずっと楽しいのね! 私知らなかったの。二人に会えてよかったわ!」
フウマも笑顔で答える。
「僕もルーシェルといられて楽しいよ。改まらなくてもそんなの分かってるだろ? ほら、僕が金魚すくいのコツを教えてやるから一緒にやろう」
「うん!」
金魚すくいをしている二人を見ながらガラは思う。
「(こいつやけに腕が立つと思ったら、戦闘民族”ルー家”の出身だったのか。抑制された幼少期の反動で、こんな奔放なやつになったんだろうな)」
ルーシェルの苦労を思い、ガラはホロリと涙を流す。
水をはった容器の中で、たくさんの金魚が泳いでいる。赤い金魚や黒い出目金、白と赤のまだらになった金魚。
ルーシェルは鮮やかに泳ぐ金魚に目を奪われ、はあ~と感嘆のため息をついている間にポイは破れた。提灯のぼんやりとした明かりを映して、ゆらゆらと水面が揺れている。
お祭りはまだまだこれから。三人は思いっきり食べ歩き、クジで大きなぬいぐるみを当て、射的で球を当てても動かない物に文句を言い、どこか遠くから聞こえる誰かの歌声に耳を澄ませた。
「うう~私もう疲れちゃった。ギブ~。お腹いっぱいだし、先に宿屋で寝ま~す」
ルーシェルはふらついた足取りで宿屋へ向かう。
「え~もったいない。花火まで持たないのか? それより一人で戻れるか?」
ルーシェルを追おうとするフウマ。
「大丈夫、大丈夫。お祭り自体はあと二日あるらしいし、今日はここまでにする~。私の分も花火楽しんでね~」
「気をつけてな……」
フウマはルーシェルを見送った。
「おい、フウマちょっとこっち来い」
ガラは出店の一つの中からフウマを呼んだ。
「なんだよ?」
フウマはガラの隣へ行き、ガラが見ている出店の商品を覗き込んだ。
それは女性もののアクセサリーを扱っている店だった。ガラはリボンの髪留めを指さした。空色のリボンが綺麗に巻かれて陳列されている。
「お前もこういうの付けるといいんじゃないか? 空色好きって言ってたろ」
ガラがそう言いながら隣にいるフウマを見ると、フウマは不機嫌そうにむくれてガラを睨んでいた。
「……なんだよ。なんか怒ってんのか?」
ガラは一人で往来を歩き出したフウマを慌てて追いかけた。
「……僕はああいう可愛いのは付けないから。余計なことすんな」
フウマは前を見ながらガラに言う。
「ふうん。恥ずかしいからか?」
ガラはフウマをからかうつもりで言ったが、フウマは真剣な表情でガラを睨んだ。
「違う。僕はルーシェルと違って女の子っぽくないし、可愛くないから。似合わないんだよ」
その時、花火が上がり始めた。花火の球が、空で弾ける音が響く。
人々の歓声があがる。
険しい顔をしていたフウマも、花火を見て思わず顔がほころぶ。
ガラはフウマの隣で花火を見ていたが、ふとフウマの横顔
を見た。
フウマは先ほどとは打って変わって、子どものように純粋無垢な表情で花火を見上げていた。花火が上がる度、フウマの瞳がキラキラと輝いている。
「お前さ」
ガラはフウマに言う。
「え、なんだ?」
よく聞こえない、という風に、フウマはガラに顔を近づけた。
「お前、、自分が思ってるより可愛いぞ」
ガラの声は、花火の音と人々の歓声にかき消されてしまう。
「え~? ごめん。もう一回言って」
フウマはガラに近づこうとして体を寄せた。花火の音が響き渡る。
近づいたフウマの顎を鷲掴みにして引き寄せ、ガラは軽く口付けをした。
今度はフウマの耳元で言った。
「お前は可愛いっつったんだよ」
「え、うん……」
二人は数分間、何も考えずに花火を見ていた。ふと疑問が湧いてくる。
「「ん?」」
フウマは顔を真っ赤にしてガラを問い詰め始める。
「な、なあ! 今チューしたか!? したよな!? なんで? なんでチューした!?」
フウマよりもなぜかガラの方がうろたえていた。
「し、し、してないしてないわ馬鹿! してないわ馬鹿!」
「いやしただろ!? したよ! なんでしたのか意味わからんから説明しろ!!」
「わからん、わからん!! なんか思わず体が勝手に動いたんだよ!!」
顔を真っ赤にしてぎゃあぎゃあ騒ぎ始めた二人はもう花火どころではない。
二人は花火から逃げるように喧噪から離れ、祭りを後にした。
「……」
急に黙り込むフウマ。
フウマは混乱していた。幼馴染で、腐れ縁で、親友で男友達のような旅の仲間だと思っていたガラが、急に自分のことを女のように扱ってきた。どう反応すべきなのかも分からないし、ガラが何を考えているのかも分からない。
フウマが分かることは、ガラに優しくキスをされて嫌悪感を感じるどころか、なぜか安心して心を許してしまったということだった。
「……わ、悪かったよ。急にその、驚かせて。……花火見てるお前が可愛かったから悪いんだよ!」
「も、もういい。わかったから」
「……」
ガラは混乱していた。フウマの横顔を見た途端、心の底からフウマが可愛いと思い、そのことで頭がいっぱいになった。体が勝手に、自分の唇が勝手にフウマにキスをしていた。
ガラは酷く焦っていた。女扱いされて怒りだすようなフウマに勝手にキスをして、フウマはよほど怒ったんじゃないかと考えていた。
無意識の行動で嫌悪されるのは嫌だった。しかしガラにはなんと言えばフウマの気持ちを探れるのか分からない。
気まずい沈黙が続く。二人は宿屋に向かって歩く。祭りの騒がしさからは遠ざかっても、花火の音だけはずっと二人に着いてきていた。
沈黙を破ったのはガラだった。
「フウマ、お、怒ってんのか?」
「怒ってない」
フウマの素っ気ない返事に、ガラは心底ホッとする。
「あと、か、可愛いって言われると……」
フウマの声はだんだんと小さくなり、ガラの耳に届かなくなる。
「なんだ? はっきり言えよ」
「だからあ……! か、可愛いって言われて嬉しかった!!」
フウマは前方に見えてきた宿屋に逃げ込んだ。
顔を赤くしたガラがポツンと一人残される。
「クソ! なんだよあいつ、言い逃げかよ……」
ガラは、ハアと溜め息をついて頭を抱えた。
とりあえず頭を冷やしてから寝よう。と、街の喧騒とは反対の方向へ散歩をするガラ。
夜は更けていく。




