第23話 ワイシャツ ワンピ 膝小僧
フウマとルーシェルは街中をあてもなく散歩していた。今日はガラがカフェ“のおあ~る”を手伝う日。何も用事のない一日を過ごすのは久しぶりだ。
空は暖かく晴れていて、周りを歩く誰もが機嫌が良さそうにステップを踏んでいるように見える。ミュージカルの冒頭の、リズミカルな音楽が聞こえてきそう。時折涼しい風が吹く、いい散歩日和だった。
いつもの旅支度のまま散歩をするのは動きづらい。それぞれの軽装で街に繰り出している。
白いブラウスは気に入っている。春夏秋冬いつでも着られるから。黒いズボンにいつもの茶色の革靴。やっぱり服は慣れたものが一番だ。小銭入れはズボンのポケットに入れておけばいい。ポケットがあれば手ぶらで歩ける。最初にポケットを発明した人は偉大だ。頭の柔らかい人に違いない。
隣を歩いているルーシェルを見た。ルーシェルは以前、目を輝かせながら「可愛い服を着たことが無かったの。だから旅の途中で、いろんな可愛い服を着てオシャレしてみたいな!」と言っていたのを思い出す。今日のルーシェルはその夢を体現したような可愛らしい格好だ。スキあらば洋服屋さんを覗いていたのは、きっと今日のような日のためだったんだろう。
ピンクの髪はゆるく巻かれて、ふわふわと揺れている。白いワンピースは大人っぽいけれど、どこか幼い女の子らしさがある。丈の短い茶色の皮のジャケットが、白いワンピースを惹きたてているように見える。白くて長い足に、白いパンプス。まるでお姫様みたいだ。肩にかけた小さなポシェットには一体何が入っているんだろう? 小銭入れ? 手鏡かな? なんだか僕には想像のつかない素敵なものが入っている気がしてくる。
キラキラと輝いて見えるルーシェルをぼんやり眺めていると、僕を見たルーシェルと目が合った。
「フウマ! お腹減ってる?」
「い、いや、あんまり減ってないかな……」
なぜかルーシェルと目が合ってドキドキしてしまう。僕は女の子らしいことは慣れていないから、ルーシェルの存在自体、刺激が強いよ。
ルーシェルの唇はいつもより少し色づいていた。お化粧をしているんだろうな。
「私もまだお腹減ってないの! ねえねえ! 洋服屋さん見に行ってもいい? 着いてきてくれる?」
「もちろん」
「やったあ! この間フウマが好きそうな、シンプルで大人っぽいお店見つけたの!」
わあわあと騒いでいるルーシェルについて街を歩く。昨日はパスタを食べたから今日はご飯が食べたいとか、あそこに太陽があるから東は向こうだとか、出店の屋根でハトが交尾をしているとか、ルーシェルはいつも一人で賑やかそうにしている。一緒にいてとても楽しい。
ルーシェルの見つけた洋服屋さんに着いた。
重い扉を開けると、店内は明るくて木の匂いがする。ベージュの壁に白いタイルの床。落ち着いた色合いがとてもシンプルで居心地がいい。
……でも僕にはなんだか女性らしすぎるような気がする。
「フウマ! これどう? 絶対似合うと思うよ!」
ルーシェルが持ってきたのは、黒いワンピース。裾が少しだけ揺れるシルエットが可愛くていつでも着られそう、だけど……。
「ぼ、僕、スカートもワンピースも着たこと無いんだよ……」
僕にワンピースをあてがってみようとするルーシェルを手で遮る。でもルーシェルは負けじとワンピースをグイグイ押し付けてくる。
「知ってるよ! 前にガラから聞いたもん。絶対女っぽい服着ないって! だからなおさら着てほしいの!」
「いい、いいよ僕は! ルーシェルみたいに可愛くないから似合わないんだよ!」
「そんな可愛い顔して何を言うかあ~! あんぽんたん!」
グイグイと押されて後ずさりしていたら、いつの間にか背中には試着室の扉がある。
「試着してみていいですか?」
「ええ! ごゆっくりどうぞ!」
ルーシェルと店員さんの会話を聞いて、なんだか逃げるのが困難になってきたのを感じる。焦って気をそらそうとしてみるが上手くいかない。
「ぼ、僕は本当にいいから、ルーシェルが着なよ! きっと似合うよ!」
「フウマお願い着て見せて! フウマが着たいとか着たくないとかは、この際どうだっていいの! フウマが女の子らしい服を着てるとこを私が見てみたいの! お願い! 私の為だと思って着てみて!」
そう言ってルーシェルは、私とワンピースを試着室に詰め込んで扉を閉めた。……珍しく強引だなあ。でもそこまで言われて着ないというのも、申し訳ない気がしてくる。やれやれ。仕方ない。僕はブラウスのボタンに手をかけた。
ワンピースを着て鏡に映る自分の姿を見る。……よく分からないけど、似合ってない、気がする。似合わなくてルーシェルはきっと大笑いしてくれるだろう。それで終わりだ。
僕は勢いよく試着室の扉を開けた。ルーシェルは近くで待っていてくれた。
「ルーシェル着てみたよ。で、でもやっぱり似合わないだろ?」
僕は、あははと苦笑いした。
「な、何言ってんの……」
ルーシェルは花が咲いたようにニッコリ笑った。なんだかルーシェルといると、心が洗われるような気がしてくる。
「すっっっごく似合ってるよ! 可愛い!! 足が白くて細長くて素敵! 姿勢が良くて首が長く見えるから、襟付きもいいけど首回り見える方が綺麗! デコルテラインが女性らしくて素敵!」
「え、え……」
「そうやって恥ずかしがるところも、とっても可愛いよ」
「もうやめて……」
顔が真っ赤になっているのが自分でも分かる。両手で顔を覆っても意味がないのは分かるけど、そうするしか方法がない。穴があったら入りたい……。
「このままお会計お願いします!」
「かしこまりました~」
「え!? どういうこと!?」
僕は耳を疑ってルーシェルの肩を掴む。元の服に着替えられないということだろうか!?
「どうせだからこのワンピースのまま今日はお出かけしようよ。フウマ可愛いからもっと見てたいな」
「可愛いって言うな! む、無理だよ! スースーするもん!」
「いいからいいから!」
「よくない……」
か、勝てない……。ワンピースを着ていると、いつものように喋れなくなってしまう。これが服に着られるっていうことなんだろうか。
僕はもじもじしながら、ルーシェルの後ろに隠れるようにしてお店を出た。いつの間にか選んでくれていたポシェットに小銭入れを入れて、肩にかける。
「フウマ、そんなにくっついてると歩きにくいよ」
「だって、だって」
心もとない服を着ていて落ち着かない。その後、レストランで食べたスフレパンケーキはふわふわしゅわしゅわでとても美味しかったけれど、椅子に座って自分の膝小僧が見えるのが、なんとも恥ずかしかった。
ルーシェルは何度も、似合うよ、可愛いよ、と言ってくれるけれど、言われる度に顔が赤くなる僕を見て楽しんでいるのかな? ルーシェルはとても楽しそうに僕の事を見ていた。
「ルーシェル、お店に帰る前にどこかで着替えてもいいよね?」
祈るような気持ちでルーシェルを見た。他の皆に、特にガラにこの格好を見られるのは耐えられない。そんなことになったら、たぶん僕は恥ずかし過ぎて死ぬ。その気持ちが伝わったのか、ルーシェルは残念そうに笑った。
「いいよ。今日はわがまま聞いてくれてありがとね」
「よかった……」
僕はホッと胸を撫でおろした。
すると突然、前方から、「あ!?」という大声が聞こえた。見ると、ガラがこちらを見ながら立ち尽くしている。ガラの顔がみるみる赤くなっていった。……まずいぞ。見られた。
「ガラどうしたの? お店は?」
ルーシェルが心配そうに尋ねる。動揺していないのはルーシェルだけだ。僕とガラはお互いを見たまま、金縛りにあったように動けない。
「……配達の帰りだ。お前、フウマだよな?」
「は、はい、そうですけど」
いたたまれなくなって、僕はスカートの裾をいじって下を向くしかない。
「ガラ、フウマ可愛いでしょ? 似合うでしょ?」
どうしていいか分からず涙目になっている僕をかばうように、ルーシェルが隣にいてくれた。
「か、かわ、か、か……」
ガラはそっぽを向いて何か言ったけれど、声が小さくて聞き取れない。夕方の街の喧騒に、軽々とかき消される。
「何て言ったの? 聞こえないよ!」
ルーシェルに詰め寄られ、ガラはお店の方向に向かって勢いよく走り出した。
「あ! 逃げたよ! 逃げた! 追いかける!?」
「いや、いいよ。ゆっくり帰ろう」
「そうお?」
ルーシェルは私の顔を覗き込む。心配しなくても大丈夫。僕はルーシェルにほほ笑んでみせた。
ガラのことだからいつものように、似合わない、らしくないことするな、馬子にも衣装だな、と言うにに決まっていると思っていた。
でも、あの反応はそんな言葉とは違って見えた。むしろその反対の言葉を言おうとしていたような気さえする。
さっきよりも体が軽い。スースーしていて落ち着かなかった足も、風を感じて気持ち良くさえ思えてくる。
たまには服装を変えてみるのもいいかもしれない。
「ルーシェル、今日はありがとう。楽しかったよ」
ルーシェルは今日一番の、嬉しそうな笑顔を見せてくれた。
「フウマがそう言ってくれて良かった!」




